18
「俺、匡平さんに嫌われるのが怖いんです。だって、…匡平さんのことが好きだから。」
言い切った!
瞬間、匡平さんの目が大きく見開かれ、俺の手を握る力が緩んだ。
その変化にいち早く気付いた俺は、直ぐに手を引っ込め同時に踵を返して匡平さんから逃げ出した。
そのまま玄関を目指して駆けていく。途中、視界にカバンや靴の事が頭に過ったが全て放棄だ。俺はドアロックへと手を伸ばし、開錠する。そのままノブへ手をかけた瞬間、背後から二本の腕が伸びバンッと勢いよくドアへ押し当てられた。
次いで片腕が、ノブに伸ばしていた腕と俺の腰を抱き込み、ぎゅっと締め付ける。
「っ待ってくれ。」
背後からは匡平さんの声が降ってくる。背に触れる匡平さんからは、若干息が上がり浅い呼吸を何度もしているのが感じ取れ、慌てて追いかけてきたと想像できる。それが尚一層、俺を混乱させた。
匡平さんにとってショックなことを言ったのに、どうして追いかけて来るんだ?!
「君は…俺の事を、好きと思ってくれているのか?」
左腕は、俺の腰と一緒に抱き込まれ身動きが取れない。ならもう片方だとばかりに右手を動かすと、匡平さんの腕が俺の手首を掴みドアへと縫い付ける。どれだけ身をよじっても抜け出せない。
暫くして、俺はもう逃げられないと観念し、匡平さんの質問にこくりと頷いた。
「なら、どうして逃げるんだ?」
匡平さんの呼吸はまだ荒い。俺は振り返る勇気が持てず、じっとドアノブを見つめながらなけなしの勇気を振り絞って返した。
「だって、匡平さんは男の俺に好きだって言われても、気持ち悪いだろうと思って。」
けど、俺の勇気に対して匡平さんからは何も返事はない。それがまた、俺の言葉が真実だと強化されてしまい、一層心臓がぎゅっと締め付けられ苦しくなった。
再度体をよじるも、やっぱり匡平さんからは抜け出せない。
嫌われていると分かっているのに、ここから動くことも許されないなんて、地獄でしかない。
俺の両眼に涙が溢れ視界が滲み、ぽたぽたと涙が零れる。
零れる涙を拭うこともできず、うぅっと小さく呻いた所で、俺の左肩へ暖かい何かが触れた。それが匡平さんの額で、頭が押し当てられたのだと理解したタイミングで、匡平さんから大きなため息が漏れた。それはもう盛大に深いため息が。
その勢いに俺は驚き、びくりと肩を震わせれば、俺の左腕と腰に巻き付く腕になお一層力が込められた。
「俺がいつ、君からの好意を気持ち悪いと言ったんだ?」
「…ハルさんに告白されて俺が断ったって話したら、安心してたから。だから…」
男同士の恋愛がダメなのかと…俺の説明は段々としりすぼみになり、最後は口の中でごにょごにょと言葉が詰まった。
それを聞いて、再度匡平さんから深く大きなため息が出る。
「自分で言うのもなんだが、俺は夏生君に対して今の様に抱きしめたり、名前呼びを強要したり、その他諸々をしてきたが、それをどう思っていたんだ?」
「えっと…それだけ俺を信用してくれてるのかなぁと?」
匡平さんから三度目のため息が漏れる。それから「夏生君」と名前を呼ばれるも、その声音には若干の苛立ちが混じっているように感じる。俺はその変化に体を強張らせた。そんな俺の様子に気付いたのか、匡平さんは「怒ってない」と訂正を加え、壁に縫い付けていた手を緩めるとそのまま俺の右手へと重ね、指と指の間に彼の指が絡められた。
その動きに驚き右手を凝視すると、次いで肩に当てられていた頭がもそもそと動き、俺の右耳近くで再度名前を呼ばれる。
その声音に苛立ちは無く、もっと優しく落ち着いていて、むしろとても甘く感じてくすぐったい。
匡平さんの息が首元に触れ、それも相まって俺は肩を震わせた。
「俺も夏生君の事を好ましく思っている。」
そう匡平さんは耳元で囁くと、首筋へ温かく柔らかい何かが押し当てられた。
「えっ?」
チュッとリップ音を響かせ、首元に何度も温かい何かが押し当てられる。5回目にして、漸く首筋にキスをされたのだと理解した。
その瞬間、俺の顔にぶわっと熱が込み上げ口からは「えええぇえぇっ!!?」と声が溢れた。
「え、なっ!!きょ、匡平さん?」
何がどうしてこうなったんだ?!
あまりの急展開ぶりに俺の脳は理解が追い付かず、首を動かし何とか匡平さんを視界へ入れる。
振り向いたことで彼の瞳と視線がかち合うが、余りの近さに互いの鼻先が触れた。
匡平さんの瞳に映る俺は、驚いているものの、若干の期待を帯びた表情をしている。それは匡平さんも同じで、彼の視線からも熱い想いを感じられた。
どの位視線を合わせていたかは分からないが、俺たちは互いに視線を絡ませ、ゆっくりと顔を近づけ、そして互いの唇を重ね合わせた。
一呼吸おいて、触れるだけのキスはゆっくりと離れていく。
俺は若干の寂しさを感じ、再度匡平さんへ視線を向けると、絡められていた手が離れ、そのまま右肩を後ろからグッと押され体が反転させられた。そのまま抱きしめられ、向かい合う形になった俺たちは自然と互いに顔を近づけ、再度唇を重ね合った。
その後も、匡平さんは俺の顔中に何度もキスの雨を落し、その行為に愛しい想いが込み上げ、俺の頬は終始緩みっぱなしだ。
「これで、俺が夏生君を嫌ってないと分かって貰えたか?」
最後にもう一度とばかりに、唇が重なる。
俺は何度も頷き、匡平さんから受け取った愛情を何度も噛みしめた。自然と体全体から力が抜け、うへへっとだらしない声が漏れてしまう。
匡平さんの首元に顔を埋め、俺はゆっくり深呼吸をして彼の温もりを確かめる。
そうして、これは現実なんだと、漸く理解が追い付いた。
真っ青だった空も段々と赤みが差し始めた頃、夜には少し涼しくなるかな、と俺は冷房が行き渡り快適な部屋から窓の向こうを眺めた。
「ほら、これで完成だ。」
すると後ろから声がして、俺の意識は引き戻され顔を前へと向ければ、浴衣姿の自分と目が合った。
鏡の中で俺はパタパタと袖を揺らし全身を観察する。着なれない浴衣に若干、いやかなり違和感を覚えるものの、俺の後ろで着付けを終え満足そうに頷く匡平さんと目が合った。
匡平さんの手が俺の両肩に置かれ、顔が寄せられる。鏡越しに視線が合うと、「良く似合っている」と優しい声音が耳元で囁かれ、耳へ唇が寄せられた。
俺はくすぐったくて肩を揺らし、俺の肩に置かれた匡平さんの手へ自分のも重ねる。
「匡平さんも似合ってますよ。」
首を動かし俺も匡平さんへ、今日の浴衣姿を絶賛し、同様に頬へキスをした。
直接視線が絡み合い、俺たちは互いに褒め合ったことにクスクスと笑い、ゆっくりと唇を重ね合わせた。
窓向こうでは空砲が鳴り響き、今晩の花火大会の開催を知らせている。
「俺、こうして匡平さんと花火が見られて幸せです。」
「ああ、俺も夏生君と一緒に居られて嬉しいよ。」
俺たちはもう一度笑い合い、「じゃあ準備しましょうか。」と俺はキッチンに広げた料理の数々へと視線を向けた。
あの日交わした約束通り、今夜は匡平さんと一緒に花火を見る。
料理たちを手に持ちながら、俺はふと匡平さんと初めて出会った時を思い出した。
俺の困った人を放っておけないスキルがあったからこそ、こうして匡平さんと出会えたわけで。お節介お化けも悪くないな。
そう思いを噛みしめながら食材たちをベランダへと運んでいく。
「ん?」
ベランダのテーブルには小さな箱が置かれてあり、俺は首を傾げた。それは紺色の正方形をしていて、箱の外装は上質な布で覆われている。
これは何だろうか、と再度首を傾げた所で、後ろから「しまった!!!」と匡平さんの慌てる声と共に俺を追い抜き慌てて箱を回収していく。
「何か大事な箱ですか?下に落ちなくて良かったですね。」
俺はそれなりに高い階から箱が落ちず良かったと、ベランダ向こうへと視線を向けた。それから、手に持っていた料理たちをテーブルへと並べていく。テーブルに並べ終わっても匡平さんは動こうとせず、俺は再度首を傾げ彼へと視線を向けた。
匡平さんの目は泳ぎ、眉は八の字に垂れ下がっている。久しぶりに見る困り顔に、俺は匡平さんの名前を呼んだ。
何かトラブルでもあったのだろうか?
「その、予定とは大きく違うんだが…これを君に。」
匡平さんは深呼吸をすると、さっき慌てて回収した小箱を掌に載せ、ゆっくりと蓋を開ける。
そこには二つの指輪が並んで鎮座していた。
指輪は装飾の無いシンプルな作りで、夕日が反射してキラキラと輝いている。俺は指輪と匡平さんを交互に何度も見やり、その意味に思い至ると一気に顔に熱が集まった。
「夏生君との繋がりが物理的に欲しくて、君に相談もなく用意してしまったんだが…受け取ってくれるか?」
匡平さんんは申し訳なさそうに頬をかき、おずおずと俺へ視線を向ける。
「勿論ですよ!匡平さんありがとうございます!早速つけてもいいですか?」
俺は匡平さんへと駆け寄り、腕を広げぎゅっと彼へ抱き着いた。
匡平さんを見上げると、緊張していたようでホッと息を付いたのが伝わってくる。匡平さんは小箱をテーブルへと一度置き、俺の左手を恭しく取り、薬指へと指輪をあてがう。
「「あっ」」
が、指輪は俺の薬指より若干大きいようで、指の付け根までストンと通った。匡平さんを見上げると、よほどショックだったようで、顔から血の気が失せている。
パクパクと口を何度も開閉し、そんな、まさか、と言葉が漏れた。
「っ済まない、どうやらサイズを間違えてしまったようだ。もう一度測り直して改めて…」
「いえ、これが良いです。」
匡平さんが指輪を外そうと手を伸ばして来たが、俺はぎゅっと拳を作り、体を捻って彼の手を避ける。
それから再度指輪を見つめた。拳を作ると、余計に指輪の大きさが露わになった。でも、匡平さんが一生懸命選び準備したものだと思うと、それだけで心が温かくなりじんわりと全身の体温を上げていく。
俺は指輪へ唇を寄せ、匡平さんへ「似合いますか?」と笑んで見せた。
「ああ、よく似合うよ。」
匡平さんは苦笑しつつ、俺へと再度手を伸ばしそっと指輪に触れる。
いつの間にか夕日は沈み、空に夜の帳が降り始めた。
その空に向かい一筋の光が立ち上り、キラキラと光り輝く大輪を咲かせる。ついで響く開花の音を背に、俺たちは再度唇を重ね合った。
おしまい。
ここまでお付き合い下さりありがとうございました。
後半、更新が遅くなり申し訳ございませんでした。でも、無事に物語を終えられてホッとしました。
お隣さんというワードで、久々に妄想が滾り、初めて創作BLを執筆しました。
二人の物語は一度これで終了となります。二人がちゃんとくっついて良かった。
背中を押してくれたハルさんにも幸せになってもらいたいものですね。