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隣人  作者: 麩天 央
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「という訳で、匡平さんが拗ねちゃうのでもうあのおふざけは止めて下さいね。」


翌晩、俺はハルさんと二人きりになれる瞬間を窺い、退勤時間が過ぎ誰もいなくなった作業室でハルさんへと声をかけた。

ハルさんが入室した後、続いて勢いよくドアを開け俺がそんな事を言ったからか、ハルさんはぽかんと口を開け、「?」と固まっていた。

おっと、説明を端折りすぎた。


ハルさんは手に持っていた計測機器類を机に戻し、俺へと向きを変え、「あぁ昨日サムカワサンと何かあったんだね。」と納得するように頷いた。


「なっちゃんは昨日俺が言った意味分かったの?」

「意味?」

「あれ、もしかして忘れてる?」


今度は俺がぽかんとしてしまい首を傾げれば、机にもたれかかったハルさんはチョイチョイと俺を呼ぶ仕草をする。

何だろうかと近づけば、腕を掴まれ引っ張られる。そのままハルさんの片手は腰を掴み、両足は俺をがっちりと挟み捕獲された。

あれ、何だコレ、既視感のある態勢な気がする…


俺が頭を振って左右の腰や足元を確認していると、上から「なっちゃんてお間抜けさんだよね。でもそこが可愛い。」とケラケラ笑われる。

腰を掴む手を押し、後ろへ下がろうとしたが、足もがっちりと抑え込まれ、全く動かない。


「だからハルさん、ふざけるのも…」

「好きだよ。」

「…え?」


軽く腰を掴む手を叩いて不満を言えば、それに被せるようにハルさんの声が返ってきた。

何時もの様にヘラヘラした雰囲気ではなく、とても固く真剣な声。

様子の変化に驚き、次いで言われた単語の意味を理解して、俺は目を見開いてハルさんを見上げた。

ハルさんの両目は開かれ、その黒い瞳が俺をジッと見つめてくる。俺の腕や腰を掴む手に力が入り、少し痛くて俺は顔を歪めた。


「初めて会った時から、可愛い後輩だなって思ってた。俺の事を看病してくれた時からは、もう目が離せない。ずっと俺の傍に居て欲しい。ねえ、なっちゃんはどう?」


ハルさんは腰を掴んでいた手をゆるゆると動かし、俺の腰から背中を撫でる。

瞬間、俺の背筋がざわりと粟立ちビクリと震えた。

意味が分からず目を瞬かせ、再度ハルさんを見上げれば、その表情は苦しそうに歪められていた。

「ハルさん?」と再度声を掛ければ、その瞬間掴まれた腕を引かれ、腰、足へと順に圧がかかりバランスを崩した。そのまま視界が反転し、ガシャンと背中に衝撃が走る。

軽い圧迫感に顔をしかめ、ゆっくりと目を開ければ、目の前にハルさん、その後ろには天井が見えた。

さっきまでハルさんが凭れていた机へ、自分が寝転んだのだと気づき起き上がろうと腕に力を入れれば、肩をグッと押さえつけられる。

その行為に更に意味が分からず、肩へ視線を向ける。強く肩を押され、俺の体はピクリとも動かない。もう片方の腕はずっと掴まれていて、そっちの手を使って抗議もできない。

再度顔をハルさんは向ければ、思った以上に顔が近くにあった。


「え、ハルさん?」


その距離に驚き名前を呼べば、顔がより一層近づき、そっと額に何か柔らかいものが触れた。

額にキスされたと理解した瞬間、俺は驚きで口をぱくぱく動かし、ハルさんを見つめ返した。


「なんてね。」


そんな俺を見て、ハルさんは苦笑交じりに呟き、俺を抑えていた手を離した。


「流石のなっちゃんも、俺とサムカワサンとの違いがこれで分かった?」


ハルさんは俺の鼻をキュッと軽く摘む。不意打ち過ぎて、俺の口からふがっと奇声が漏れる。その様子を楽しそうに笑い、そっと手が離された。

手は離れたものの、まだハルさんの顔は近くにあり、俺は起き上がれずにいる。


「違いって言われても…やっぱりよくは……」


分かりません、と続けようとした所で、再度ハルさんの顔が近づき始め、何か来ると直感した俺は慌てて両手でハルさんの口元を押さえた。


「ほらね。ちゃんと答えが出てる。なっちゃんにとって、サムカワサンは凄く特別な存在だと思うよ。悔しいけど。」


ハルさんは眉を下げ、寂しそうに俺を見つめる。それからそっと俺の手を取り口元から降ろさせ、彼自身も後方へと離れていく。その様子にホッと胸をなで下ろし、俺は漸く上体を起こすことが出来た。


「ハルさん…その、すみません。俺、」


何て言えば良いのか分からない。やっとハルさんの言わんとすることを理解出来た。

ハルさんが俺を特別に思ってくれている。

それは凄く嬉しい。でも、この嬉しいって気持ちは、ハルさんと一緒じゃない。


「ハルさんの事、仕事の出来る上司として尊敬してます。認めてもらえるのも、凄く嬉しいです。でも、俺はハルさんと同じ気持ちは返すことができないです。」


ごめんなさい、と頭を下げれば、ハルさんに「あーあフラれちゃった。」と軽い口調で返された。

顔を上げ、そっとハルさんを見返せば、いつもの様に目を細めにこにこ笑みを浮かべていた。


「なっちゃんは恋愛面に超絶疎いから、押せばイケると思ったのに。とんだ伏兵に邪魔されちゃった。」

「ん?俺のこと馬鹿にしてます?」


ハルさんの口調も普段通りに戻り、さっきまでの真剣さも、辛そうな表情も一切が隠される。

きっと俺に気を使って、普段通りのハルさんを演じているのかもしれない。その優しさに俺は何も返せない。ぐっと喉の奥が苦しくなり、心の中でありがとうございます、と頭を下げた。


「それで、なっちゃんはサムカワサンにいつ告白するの?」

「え、何でそうなるんですか。」


ハルさんへ眉を寄せ見返せば「まだそんな事言うわけ?」と呆れたようで、軽くため息を付かれた。


「なっちゃんがサムカワサンに何も言わないってなら、俺はまだ望みがあるって思っても良いの?これからも全力を出そうかな?」


そう言いながら、ハルさんが未だ掴んでいた俺の手を口元へ近づけ、掌へと押し当てる。暖かい感触が掌に押し当てられ、ギョッとして俺は慌てて手を引っ込めた。

奪取した手をもう片方の手で包み込み、胸元へギュッと押し込み見返せば「ほらね」とハルさんは苦笑を浮かべた。


「答えは出てるんだからさ、ちゃんと気持ちも伝えておいでよ。」


俺の気持ち?

俺は匡平さんのことをどう思ってるんだ?

ハルさんのことは、仕事仲間であって、恋愛対象とは思っていない。

なら匡平さんは?

確かに、ハルさんの言う通り俺は匡平さんの事は好ましいと思っている。最初に会った頃の家事を切り捨て倒れてしまう所も、公園で一生懸命体を縮こませていた姿も、俺の名前を嬉しそうに言ったり、俺にも名前呼びをして欲しいと一生懸命声を掛けようとしてた姿も、全部が微笑ましい。

この感情は恋、なのだろうか?

俺は心の中で何度も頭を捻り、うんうんと唸り続けるが、何も答えは出てこない。


「なっちゃん!取り替えず今からサムカワサンの所に行って来なさい。」


そんな俺を見かねたのか、ハルさんは大きくため息をつき、「もう、塩を送るみたいで嫌なんだけど…」と呟きながら俺の背中をグイグイ押していく。

そのまま会社の出入口へカバンと共に放り出され、「必ず行くように!」と再度言われ会社のドアがピシャリと閉められた。


「え、いや、俺も仕事…」


あるんですけど…と呟くも、ハルさんに届くことはなかった。




お読みいただきありがとうございました。

ゆっくり更新ですが、頑張って書いていきますので、ぜひ二人の展開を見守っていただけると幸いです。

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