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隣人  作者: 麩天 央
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「とまぁ、そんな事があったので、ちょっと今気まずい状態です。」


俺は渡されたアイスコーヒーに一度口をつけ、ふうと一息ついた。

それから横に立つ相手、ハルさんを見上げれば彼は眉間に皺を寄せ、眉が八の字に下がっている。


「え、何でハルさんがそんな顔するんですか。」

「いや、逆にどんな顔すれば良いのか分かんないんだけど。」

「しつこく聞いてくるから話したのに、話して損でした。」


俺はハルさんからプイと視線を外し、もう一度ストローを啜る。

横からは「悪かったって。」と声と共に、ガシガシと頭を乱暴に撫でられた。それからハルさんも隣に座り、俺と同じ様にアイスコーヒーをズズズと啜った。


寒川さんに怒られた日、寒川さんの情緒は今まで史上最も不安定で、朝食を食べ始めても落ち着くことは無かった。

むしろさっさと食事を済ませ、「悪いが今日はこれで解散としよう。」と一方的に切り上げられた。

翌日も都合が悪いと、初めて休日の食事が無くなった。

そんな週末を終えた今日、俺の様子がいつもと違うとハルさんに見抜かれ、朝からずっと何があったか話せと質問攻めに合っていた。

何時もの俺なら上手くあしらうのだけど、タイミング悪く、今日はハルさんと二人取引先の会社でメンテナンス作業が入っていた。

作業中も視線が煩く、一日中ずっと執拗に絡まれた。それには俺も疲れてしまい、話しますと折れれば、退勤後に喫茶店へ連れられ、こうしてテラス席で肩を並べて座り、珈琲を飲むことになった。


「てか何で横に座るんですか、向かいに椅子がありますよ。」

「いや、ここが外だとしても、なっちゃんだってあまり大きな声で話したくないかなって思って。」


でしょ?と首を傾げ同意を求められれば、「まぁ確かに。」とつい口から出てしまった。

なにせテラス席は俺たちだけしかいないから、そんなに声を潜める必要もない。のに、勢いに押された。

久しぶりの晴れ間で、夕方といってもまだ空は明るい。けど、梅雨独特の蒸し暑さが有り、歩道前に設けられたテラス席の人気は皆無だ。皆冷房の効いた店内で寛いでいる。

これ以上何を言っても、きっとハルさんが席を移動することはない。ならもう良いか、と俺は諦め再度ストローに口をつけた。


「にしても、あの朴念仁となっちゃんがお隣さんなんてねー。良いなぁ俺もなっちゃんの手料理食べたいし、いっそ引っ越そうかな。」

「だからハルさんの冗談は分かりずらいんですって。」


「勘弁してください。」と続ければ、「冗談じゃないのに。」と口を尖らせ、ストローを摘まんでグラス内の氷をかき混ぜ始めた。


「正直なところさ、なっちゃんはサムカワサンの事どう思ってるの?」

「そりゃあ、ハルさんと年近いけど、ハルさんと違って落ち着いて大人な人だなと思ってます。」

「え、今俺と比べる必要あった?」


「てか俺と年近いの?ヤダっ!」とケタケタ笑うハルさん。そういう所が尊敬しきれない所なんですってば。


「そうじゃなくてさ、好きかって話。」

「好き?」

「だって、話を聞く限りほぼ毎日サムカワサンと会ってご飯食べてるし、隣人のよしみって範疇はとっくに超えてるでしょ。」


「妬けるねー」とハルさんは会話を続けているが、今の俺には内容が全く頭に入ってこない。むしろ、ハルさんの言った「好き」という単語だけが留まり、耳から離れなかった。

俺が寒川さんを好き?

そりゃもちろん、寒川さんの事は好きだけど、きっとハルさんの言う「好き」は違う気がする。ならその「好き」を俺は持っているのか?…分からない。

手に持つグラスを眺め、俺は悶々と考え込んだ。

俺と恋愛は余りにも縁遠いもので、経験が一切ない俺に愛情の違いなんて分かる訳がない。


「すみません、俺には好きがどんなものか想像できなかったです。」


正直に返せば、ハルさんに「なっちゃんらしいね。」と言われた。あれ?俺馬鹿にされた?


「なっちゃんは恋愛ド初心者だったね。俺がどれだけ言っても響かない位には、気にならない子だもんねー。」


目と口がにんまり弧を描き、あからさまに声を弾ませるハルさん。

それからグラスをテーブルへ置き、ハルさんは俺へぐいと上体を近づけた。その際、俺が後ろへ逃げないように自然と腰を掴まれる。

びっくりして顔を見上げれば、また更に距離が縮まり一瞬互いの鼻が触れ合った。普段にこにこ笑って細められた目元が、今は少し開き、じっと俺を見つめている。


「え、ちょっと近いですハルさん!」


その距離の近さにギョッとして、俺は両手でハルさんの上体を押した。が、ピクリとも動かない。

なぜこんな事をするのかも分からず、尚も近付くハルさんの顔から逃げようと、彼とは反対の方へ首を必死に曲げる。


「そんなに必死にならなくても良いのに。」


可愛いなぁと笑う声が聞こえ、そこでフッと腰を掴んでいた手が離され、ハルさんの顔も離れていった。表情も普段通りに戻り、にっこり笑顔を浮かべる。

まだ互いの座る場所はピッタリ引っ付いているものの、解放されたことで俺はホッとした。


「あからさまに安心されるのも傷付くんだけどなぁ。」


そう続けるハルさんに、またガシガシと頭を撫でられる。


「今俺がしたのと、サムカワサンと一緒に居る時で違いはあった?」

「違い…」

「そ、もし違いがあるなら、それが何か考えると良いよ。……てことで、俺はアドバイスしてただけだよ?」


そう話すハルさんの顔は、後半俺の後方へ向けられた。

「え?」と俺が声を出すのと、両肩を掴まれグイとハルさんから距離が離れていくのは同時だった。

勢いのまま体はのけ反り、俺の視界は暗くなり始めた空を収める。状況が理解できず、目だけ動かし俺を引っ張った相手を確認すると、そこには寒川さんが肩で息をしながら立っていた。


「何のことだ。」


しかも寒川さんの発する声は低く、まるで唸るようで怒気を含んでいる。眉間は深く溝が刻まれ、ハルさんを睨む眼光は鋭い。俺の肩を掴む手にも力が入っていて、若干痛い。

ハルさんは肩を竦めるだけで、何も答えない。

すると寒川さんは「夏生君。」と俺の名前を呼び、俺へと視線を向けた。瞬間、瞳から怒気は消え、目元が少し下がり口もへの字に曲がる。


「君はここで何をしてるんだ。」


声音も柔らかい。その急激な変化に俺は驚いた。同時に、ハルさんに寒川さんの事を話していたことが何となく知られたくなくて、寒川さんの視線から逃げてしまった。


「え~と、その…あ。ハルさんにコーヒーを奢ってもらってました。」


ここで何を言うべきか、全く思い浮ばなかった俺は、視界に捉えたコーヒーに焦点を当てることにした。

答えになってないけど。


すると寒川さんはおもむろにグラスを掴み、勢いよく中身を飲み干した。そしてガンとグラスをテーブルへ戻す。


「これで用事は済んだな。行こう夏生君。」


そう言い放つと、寒川さんは俺の腕とカバンを掴み、その場から離れるように促した。

勢いに飲まれ、俺も腰を上げれば更に強く腕を引かれ、あっという間に席から離れてしまう。

どうしよう、とハルさんを見やれば「また明日ね~」と手をひらひら振り見送っている。


「あ、えと、お疲れまです。」


軽く頭を下げ、俺は腕を引かれるまま寒川さんについて行った。




お読みいただきありがとうございました。

ゆっくり更新ですが、頑張って書いていきますので、ぜひ二人の展開を見守っていただけると幸いです。


今後の更新ははスローペースになります。

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