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隣人  作者: 麩天 央
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名乗り合ったあの日から、寒川さんの様子がおかしい。

ある時は、彼の家へお邪魔すると「夏生君」と明るいトーンで名前を呼び、いらっしゃいと穏やかに声をかけてくる。と思えば、調理中に寒川さんから調味料を受け取ろうとして、容器がそのまま床へと落ちていく、みたいな事を連発される。またある時は、寒川さんと名前を呼べば、不機嫌そうに眉間に皺が刻まれる。

寒川さんの機嫌が良いのか悪いのか、いまいち分かりかねている。

また、俺と一緒に過ごす中で、もごもごと口を動かし何か話したそうにする姿も頻繁に目撃するようになった。どうかしましたかと聞いても、必ず「気のせいだ」とはぐらかされる。絶対気のせいじゃない。

他にも、今までと変わった事がいくつかある。その一つが、連絡先の交換と、平日でもお互い時間が合えば一緒に食事をするようになったことだ。

といっても、平日俺が帰宅すると寒川さんから連絡が入り、夕飯に誘われそのご相伴に与るというだけだが。その料理がまためちゃくちゃ美味かったりする。


そしてもう一つが、コレだ。

俺はポケットから鍵を取り出し、ドアへ差した。

そう、先日寒川さんから合鍵を受け取ったのだ。

曰く「これから数日昼夜問わず忙しくなるから、朝直ぐには起きられないかもしれない。だが気にせず入ってくれ。」とのこと。

ガチャリと錠の外れる音を響かせ、俺はそっとドアを開け中を覗いた。

部屋の中はカーテンが閉め切られて薄暗い。人の気配も感じず、これは宣言通り寝ているのかもしれない。

俺はそっとドアを閉め、「お邪魔します。」と小さく呟いてから部屋へ上がった。

最後に会った一昨日聞いた話では、今数本の執筆依頼を受けていて、その作業が忙しいとのことだった。それでも、最近は1週間のうちに何度も顔を合わせていたので、寒川さんの言う忙しさにピンと来ていなかった。

薄暗く人の気配のない部屋は、見慣れている筈なのに何だかとても物寂しい。

それから寝室へ続くドアを少しだけ開け覗くと、その奥からスースーと規則正しい寝息が聞こえてきた。やっぱりまだ寝ている。

彼の姿を確認し、俺は再度ドアを閉める。

それからリビングへと戻り、出来るだけ音を立てないように細心の注意を払いながら、朝食の用意を開始した。

寒川さんの奇行の理由は分からない。でも今の俺たちの関係は、前よりもずっと深くなったと思う。

合鍵を渡してくれる位には信頼されているはずだし。

だから、その期待に応えるべく俺は緒食の準備に取り掛かった。



「さて、ご飯の用意はできたけど、まだ起きてこないんだよなあ。」


あれから約1時間。ほぼ朝食は完成し、後は寒川さん待ちになった。正直ここまで起きてこないとは思っていなかったから、これからどうしようか思案する。

朝食を一緒に食べる事は互いの共通認識でもあるし、忙しくても寒川さんはそれを望んでいる。

よって、俺は一度寒川さんへ声をかけることにした。


寝室のドアを軽くノックし、「入りますよー」と一声かけてノブを回した。

中からは、さっきと変わらず寒川さんからは寝息が聞こえる。

近付いて寒川さんを覗き見れば、半分覚醒し始めてきたのか、もぞもぞと体を揺らし夏布団の隙間から眉間に皺を寄せた顔が見えた。

寒川さんとそっと声を掛けてみたが、目が開く気配は無い。

その時、ブーブーと振動音が響き、その音を視線で探ればサイドテーブル上の携帯がピカピカ点滅していた。

目覚まし機能だろう携帯の振動は止むことが無く、一度止めようかと俺は手を伸ばす。

その瞬間、布団から伸びてきた寒川さんの手とかち合い、俺の手首は掴まれそのままベッドへと引っ張られた。


「えっ?!」


携帯と間違われた。そう理由は思い至るものの、突然の出来事に俺は何もできず、引っ張られた勢いのまま寒川さんの上へとダイブしてしまった。

全力で圧し掛かってしまい、俺は慌てて掴まれていないもう片方の腕を押して上体を持ち上げる。しかし、無慈悲かな。未だ目を覚まさない寒川さんは手首を解放するでもなく、更に寝返りを打つことで俺と布団を巻き込んでいった。その最中に手首は解放されたが、間髪置かずベストポジションを探る寒川さんの手と足に全身を絡み取られる。

結果、寒川さんの手は俺を肩から抱き込み、俺は寒川さんの抱き枕状態で一緒に横になっていた。てか寒川さん寝相が悪すぎる。


「寒川さん、起きて下さい!寒川さん!」


向き合う形で捕まり、俺はどうにか気づいてもらおうと寒川さんの名前を呼んだり、手が届く範囲で寒川さんを叩いてみる。しかし全く起きる気配は無い。

また携帯の振動音が響くが、やっぱり反応に変化はない。

もしかして、寒川さんは朝がべらぼうに弱い人なの?

そう思い至った瞬間、俺はもう起こすのを諦め、全身の力を抜き、自ら抱き枕と化す。そして、できるだけ早く起きる事を願うことにした。

救いなのは、一切の調理を終えてコンロの火は止めてきた事だ。最悪の事態は免れているので、それもあって俺は早々に白旗を上げた。


小さくため息を付き、俺も目を閉じた。

俺の顔は寒川さんの首元に押し付けられていて、彼の寝息が髪や額に当たり少しくすぐったい。でも別に嫌ではないし、全身から伝わってくる寒川さんの体温も暖かく、むしろ心地良いとも思った。

窓の外からは雨の降る音が静かに響き、変わらない音の連続に俺の呼吸は穏やかに、全身の力も抜けて行き、いつの間にか俺は意識を手放していた。





「うわーっあ!!?」


ガタガタ、ドスンと何かの落下音と振動を感じ、俺は微睡から覚めた。

何度か目を瞬かせ、音の方向へ顔を向ければ、寒川さんが目と口を大きく開け呆然としていた。

あ、寒川さん起きてる。


「おはようございます。目覚めましたか?」

「な、なんで君がそこにいるんだ!」


珍しく、声を張り上げる寒川さん。

不思議に思い、まだぼおっとする意識を覚醒させようと、体を起こす。

改めて寒川さんを見ると、ベッド横の床に座り込み、俺を見て指さしていた。と言うか尻もちをついているような状態だ。


「朝ごはん出来たから、俺寒川さんを呼びに来たんです。そしたら寒川さんに引っ張られて。」と説明すれば、更に口を大きく開け「えっ」と掠れた声が零れた。

それで俺も一緒に寝ちゃったみたいですね。と続ければ、寒川さんは自身の額に手を付き、大きくため息をついた。


「…それは、悪いことをしたな。」


そう返す寒川さんは、必死に声を絞り出し、深く深呼吸を繰り返していて、自身を落ち着かせているように見える。

そりゃ俺が一緒にいるとは思わないだろうし、不可抗力とはいえ、申し訳ないことをしたかも。


「俺も起きるまで声を掛け続けなかったので、すみません。寒川さんが温くて、俺も気持ちよくなってつい寝ちゃってました。」


軽く頭を下げると、ガシャンとまたけたたましい音が響いた。顔を上げると、寒川さんとサイドテーブルが床へ倒れ、テーブルに置かれていた携帯やテーブルライトが四方に飛んでいた。


寒川さんも落ち着きを取り戻したはずなのに、顔は俯き、チラリと髪から覗く耳は赤くなり、肩は激しく上下に揺れている。えぇっ何故?!


「っきき君のそういうところは如何なものかと思う!!」


俺は初めて寒川さんに怒られた。




お読みいただきありがとうございました。

ゆっくり更新ですが、頑張って書いていきますので、ぜひ二人の展開を見守っていただけると幸いです。

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