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隣人  作者: 麩天 央
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「と言う訳で、勢いで選んだのがこの二本です。」


どっちが良いですか?と俺が差し出したのは、お汁粉とコーンスープ。しかもホット。

なぜその選択なんだと自分でも思う。よっしゃ!と勢いよく指を突き出し見事に当たったのがこの二つなわけで。いやいや、この時期にホットがあるのも珍しいけど、その上でこの2択はないだろ。

「すみません、物を見ずに押しちゃいました。」と正直に話した。さっきまでの仲良くなるぞと込めた気合はどこへやら、俺は肩を落としもそもそと小さく「どうぞ」と見せる。


「よく分からないが、それならこれを頂こう。丁度飲みたいと思っていたんだ。ありがとう。」


そんな俺に対し、寒川さんは何ともスマートな返しでお汁粉を受け取った。なんて寛大な心を持った大人なんだ。俺の心の中では、後光差す寒川如来像へ何度もありがたやと両手を合わせて拝み倒した。


「その、君さえ良ければさっきの上司とのことを聞いても良いだろうか?」


宣言通り、お汁粉を飲み干した寒川さんは、改めて俺に視線を向けて話し出した。

そりゃそうだ、あのやり取りは触れても触れなくても気まずい。俺もしっかりと訂正したいと思っていたので、「もちろんです」と強く頷いて見せた。因みに、俺の手には未開封のコーンスープがある。後で飲むことに決めている。


「前に、寒川さんと病院で会ったじゃないですか。あの日、俺はハルさんの付き添いで病院にいたんです。」


そう、あの日胃腸風邪と診断されたハルさんは、高熱と嘔吐を繰り返し弱り切っていた。なぜ俺が付き添ったかと言うと、単純に目の前で吐かれたからだ。

あの日、ハルさんは体調が悪いのを押して出社し、そのまま俺への個別指導を始めた所で限界に達したらしい。

社内は大混乱で、同僚やら先輩たちが慌てふためく中、俺がさっさと汚れ物の処理や、帰宅の手伝いをしていたのを上司に見つかり、そのまま病院への付き添いを命じられた。

ハルさんの出身地は他県で、尚且つ遠い。頼れる身内もいないようで、それならば乗りかかった船だと言わんばかりに、受診後も俺はハルさんに付き添った。勿論会社には相談済みで、俺の出社よりもハルさんの早期回復が利とみなした会社は俺に全てを放り投げた。1日有休を使い、せっせと衣食住の介抱をしたからか、その翌日には何事もなかったようにハルさんは復帰した。


「変なこと言ってましたけど、単にハルさんが戻した物で俺の服が汚れて、服を借りた。調子が悪そうだったから、1日間借りしてお世話した、ってだけです。」


しかも、当時の上司に早く回復させろと強く言われていたから、俺は限りある時間内で少しでも回復するようにとサポートした。ただそれだけだ。

そこまで話すと、寒川さんは「そうか」と一言だけ呟いた。


「君は、いつもそうなのか?」


それから一拍置いて、寒川さんから質問が投げられた。いまいち何を指すのか分からずにいると、「いつも人の世話をするのか?」と言い直された。


「まぁ苦ではないので、必要とあらばやりますね。」

「でもそこまで面倒を見る必要はないだろう。あの榛名という男も良い大人だ。自分の面倒は自分で見られるものじゃ……」


そこまで言って、ピタリと寒川さんの動きが止まった。顔を見ると、眉間に皺を寄せ口をへの字に曲げている。


「…いや、俺が言えた事でもないか。」


どうやら、寒川さん自身にも当てはまると思ったようで、不満ではあるがそれ以上言うのは止めたようだ。


「でも、君が全ての面倒を負う必要はない。それだけ面倒を見るという事は、自分の時間を犠牲にしている事に変わりはない。もっと自分の事を大切にしなさい。」


そう続けて話す寒川さんの声音はとても優しく、俺の事を本気で心配してくれているんだと分かる。

その事実に俺は何とも言えないこそばゆさを感じた。


「気にかけてくれてありがとうございます。でも、俺本当に苦じゃないんですよ。俺が関わった事で相手が笑ったり、元気になると凄く嬉しくて、心の底から良かったって思えるんです。」


だから、寒川さんと過ごすこの時間も、俺にとっては大事な時間なんです。そう続ければ、寒川さんは口元を手で隠し、フイと顔を逸らした。

でも俺は見逃さなかった。「そうか」と言う寒川さんの耳は若干赤い。俺の言葉に対し、好意的に受け取ってくれた。

その事実に、俺も自然と頬が緩み「そうなんです」と機嫌よく返した。


「あともう一つ、聞いても良いだろうか?」

「はい、もちろん何なりと!」


だらしなく緩んだ頬を慌てて引き締め、俺は何度も頷き力強く拳を握って見せた。


「…君の、君の名前を聞いても良いだろうか?」

「へあ?」


本日三度目の間抜け声。力強く握った拳は緩める事を忘れ、まるで俺だけ時間が止まり、一人現実から取り残されたような錯覚に襲われた。

なんてこった、寒川さんと出会ってもうすぐ1年と半年。今日まで俺は寒川さんに名乗っていなかったらしい。

そりゃ名前で呼ばれるわけないよねー!と心の俺が大声で叫んだ。





お読みいただきありがとうございました。

ゆっくり更新ですが、頑張って書いていきますので、ぜひ二人の展開を見守っていただけると幸いです。

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