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隣人  作者: 麩天 央
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 冬の厳しい寒さが終わり、段々と温かい日が増え始めた今日この頃。

それでも朝はまだ冷え冷えとしていて、冷たくなった手に息をふーと吹きかけ、俺はインターフォンを押した。

それから待つこと数秒、ザザッと電子音が聞こえインターフォン越しから「はい」と低くくぐもった声が聞こえた。人によっては怒っていると捉えかねない、無機質で冷たい声。


「寒川さんおはようございます。今日もめっちゃいい天気ですね。昨日の容器を受け取りに来ました。あと、作りすぎちゃったので、よかったらコレ食べてください。」


俺はインターフォンに向かってにっこり笑みを浮かべ、手に持っていた皿を掲げて見せた。

皿にはフレンチトーストとサラダが鎮座していて、まだかすかに湯気が立っている。

瞬間、ドアが開いてぬっと人影が現れた。正確には腕が伸びて、俺の手から皿を掴んでドア奥へと消えた。そして再び伸びてきた手は、俺の手元に容器を乗せそのまま声を発することなくドアは閉められた。


相変わらずな反応ではあるが、俺は特に気にすることはなく、むしろ手元に戻ってきた容器に大満足である。口元も自然と緩んでしまう。


「昨日の分も食べてくれてありがとうございます!」


俺は閉まったドアへ再度満面の笑みを見せ、軽く頭を下げてから踵を返して数歩、この不愛想な寒川さんの隣にある自宅へと戻った。




 幼い頃から、「夏生(なつき)は面倒見が良いね」と言われる事が多かった。それは、共働きで忙しい両親に代わり、家事の一切を担っていたからか、それとも親戚の中で従兄弟世代がこぞって年下ばかりだったからか、学生時代にお世話係という名のクラスメイトの補助をしていたからか。

兎に角、何かと人の世話に関わる半生を送ってきた。それに対して、苦ではない自分がいる。

むしろ、関わった相手から「ありがとう」と言われる度に心がほっこりと温まり、満ち足りていた。

そんな幼少期を経て、社会人3年目に突入した俺の面倒見の良さは必然と磨きがかかっていた。

大学時代は第二の母またはおばあちゃんという称号を得、俺は未婚にして多くの子供と孫をゲット。

就職後は、慣れない書類仕事や対人関係に悩む同僚・後輩のフォローに徹し、ここでも幾人かの子供ができた。

が、ここで重要なのは面倒見の良さではない。

寧ろ困った人を助けられて良かったと思う。そう、俺はスキル磨きによって、いつの間にか困った人を放っておけないというスキルまで身に着けてしまった。

結果、この不愛想で近寄りがたい隣人、寒川さんに対してお節介お化けと化してしまったのだ。


 隣人の名前は寒川匡平(さむかわ きょうへい)さん。俺より年上で、在宅仕事をしている、多分。無口で無表情、発する声も低く鷹揚がないせいか、とても近寄りがたいと言われている。以上。

そう、俺が知っている隣人情報はこれだけだ。言葉を交わした回数も片手で足りるくらい、目が合ったのも同様、むしろ返答はほぼ相槌。

この程度の付き合いにも関わらず、毎週末俺はせっせと食事を余分に作り、余った体で隣人へ届けている。

このルーティーンを始めて、かれこれ1年近くになる。

昨年の冬、俺たちが住むアパート前で呆然と立ち竦む寒川さんを発見したことから、不思議な縁が繋がった。


 その当時、珍しく定時で退社した俺が帰っていると、夕日をバックに直立不動の男を見つけた。不審者かと警戒したが、近づくと彼の周りには割れた卵パック、ペットボトル飲料、野菜、肉等など、兎に角色々な物が散乱していた。そこに立つ寒川さんの手には、無残にも破れたビニール袋が。瞬時に情況を察した俺は、常備している買い物袋を広げ、落ちた食材たちを拾い上げていった。ついでにもう一枚袋を出して割れた卵を回収するのも忘れない。その間も立ち竦む寒川さん。落ちていた量も多いし、そこに急に知らない男が拾い出したので更に混乱させてしまったのかもしれない。


「袋が破けるなんて災難でしたね。」


声をかけ、詰め終えた袋を寒川さんの前に差し出すと、ぬっと腕が伸び、躊躇いながらもそっと受け取ってくれた。


「俺、いつでも使えるように袋を常備してるんです。まだ家にも在庫があるし、コレ使ってください。」


新品じゃなくて申し訳ないですが、と付け加えアパートへ体を向けると、不意に腕を掴まれた。一歩が踏み出せず前のめりになった俺は、視線を寒川さんに向けると、彼もじっとアパートを見ていた。


「もしかして、お兄さんもここに住んでるんですか?」


俺の質問に軽く頭を上下したことで、どうやら袋は返したいのだと察し、俺は部屋の前まで付いていくと提案した。それには問題がないようで、さっさと歩き始めた寒川さんに続いてアパートへ入り、その結果自分のお隣さんだと判明した。

その日はそれで別れたが、数週間後、また寒川さんに会った。因みに名前を知ったのは二回目の出会いで、職場の先輩の付き添いで向かった病院内でのことだ。

先輩が受診中、なんとなしに見渡した院内でちょうど受診を終えた寒川さんが診察室から出たのを発見し、声をかけた。その様子が、医師の目からは気心の知れた友人と見えたのか、寒川さんが栄養失調で倒れて運ばれたことや、ちゃんと様子を見るようにと強く指示されてしまった。

いや、そこはちゃんと確認してから話して欲しかったけど、寒川さんとの意思疎通が難航していたようで、要は医者に丸投げされたのだ。

そんな状況を目の当たりにして、俺のお節介魂が大人しくしていられる訳もなく。結果、寒川さんの健康観察も兼ねた声掛けや食事の提供が始まった。

因みに、付き添った先輩は胃腸風邪とのことで、彼に対しても回復するまでお世話をさせて頂きました。


お読みいただきありがとうございます。

久しぶりに創作欲が湧き、書き始めた内容です。

更新頻度はゆっくりとなりますが、お付き合い頂けますと幸いです。


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