表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君に逢えたから

作者: かおる

※ 名前等の細かい人物設定等はありません。

懐かしい、君を見た。


それは、3年前の、私を鮮明に蘇らせるもので。


3年なんて、もうずっと昔のことだと思っていたのに・・・・・・



___________________________________________


朝から雨が降る、日曜日。

気分は結構憂鬱で、友達との待ち合わせには、結局キャンセルの電話を入れた。

本当は、すごく見たかった映画だったはずなのに。

雨だから、なのかな。

映画に行く、気分になれなかった。


友達は、電話で「マイペースだよね、相変わらず」と苦笑したけれど、二人きりで行くわけじゃなかったから、「皆に伝えておく」といって、あっさりと私の愚行を受け入れてくれた。


親友というには、ちょっと遠いけど、ただの友達よりは少し親密。

そんな女友達との映画は、昨日の夜までは結構楽しみにしていたのに。


ただ家でぼーっとしてるのもつまらなくて、お気に入りの傘を手に、街へ出た。


歩きたい、わけでもないし。

だからといって、どこかに行きたい、というわけでもなかった。


外は霧雨。

傘を差すほどじゃないかな、と思うけれど、差さないまま歩けば、かなり濡れる。

好きな傘だから、差すのは嫌いじゃない。

基本的に、邪魔になることの多いモノだから、今までは結構嫌いだったけど、この傘に逢ってからは傘を差すのが苦じゃなくなった。


今通う学校への道とは反対の、通り慣れた昔の通学路へと足が自然に動いた。

この通学路は好きだった。

今通る道とは違って、緑が多くて、体が自然と息をする気がした。

晴れた日には、茂る樹の隙間から射す日の光が、朝は優しくて、学校へ行くのが楽しかった。

例え雨が降っていても、この樹のおかげで雨の激しさは軽減されるから、通うのは楽だった。

秋は・・・・・葉が落ちてしまうから、雨が降ると地面が悪くなる。

だけど、その葉が織り成す絨毯みたいな道を歩くのは、嫌いじゃなかった。

四季折々、全てが彩りを変えるこの道は、私にとっては思い出の残る場所。


真っ直ぐ伸びる並木道を通り過ぎると、通っていた学校が見える。

少し先には、まだその学校の生徒だった頃、憧れた小さなカフェがある。

当時は、学校で禁止されていたから、外から眺めることしか出来なかった。

「いつかはいっしょに入ろうね!」と約束をした友達とも、卒業以来逢ってない。


「今なら、遠慮なく入れる、よね」


独り言。

小さく、呟いて、私は昔憧れたカフェの入り口を潜った。


外から眺めていた昔とは変わらない様に思えた。

好きなのは、木目を基調とした店の内装。

同じように、揃えられた外観に、小さくカフェだと分かるだけの看板。

カフェの周りを彩る絶やされない花たち。


入ると、優しい声が私を迎えた。


「窓際の席へどうぞ」


ちらほらといる客たちはそれぞれお互いを干渉しない程度の位置。

気配りは、見た目と同じ、優しい雰囲気。


案内された窓際は、細かい雨が降る表の通りを見渡せる位置だった。


綺麗に磨かれた窓ガラスに、小さな雨の粒。

激しい雨ではなかったから、外の景色が乱れる事はなかった。


左手には、通り過ぎた昔通った校舎。

右手には、少し大きな道路へと続く、交差点。

窓ガラスについた雨粒が、乱れない景色の中信号の赤い色だけを、微妙に滲ませていた。

少し迷って、交差点が見える方の椅子に腰を降ろした。


綺麗な手書きのメニューを手渡され、私は肌寒い空気に冷えた体を温める紅茶を注文した。


視線を外に移すと、信号がいつの間にか青に変わっている。

相変わらず窓は、その光を微かだけど滲ませる。

ほんの少しぶれて二重に見える青い信号が、黄色へと変わる。

また、赤へと色を移す。


少し下に取り付けられた歩行者用の信号が、青に変わる。

窓が滲ませるおかげで、歩行者信号の模様もぼやけて見えるのが不思議だった。


青に変わった信号。

止まっていた歩行者が、歩き出す。


この信号は、長くて有名だった。

反対側から通学する私には縁のない信号だったけれど、この信号が長いことは知ってる。


あの頃。

この信号は私の一日を左右する信号でもあったのだ。

そういえばよく眺めた。

この信号が青に変わるまで、教室の窓からこの信号を見つめてた。


歩き出した歩行者が、こちらへ渡ってくる。

シックな色の大きな傘。


背の高い人。


教室の窓から見ていたときも、こうして男物の傘を捜して目を凝らしたものだった。

目的の傘が見つかると、嬉しくて。

中々変わらない信号のはずなのに、見つめている時間はあっという間のような気がしたものだった。


不意に思い出したその頃の感覚に、すこしくすぐったいような感じがした。

あの頃、毎日が楽しかった。

特に目まぐるしい変化のある毎日だったわけじゃないけど、私の中であの3年は今よりずっと輝いて見える気がした。

心の奥で、何かが騒いだ。



信号を渡りきった歩行者が、傘を少し傾けた。


大きな傘の内側、覗いた顔は。


昔、探した影。


心の奥が、また大きく騒ぐ。


久しぶりに見た君は。

3年という月日を感じさせた。

精悍さの増した顔には、特に表情を乗せないまま、傘を手に歩道を歩く。

私の居る窓の前、君はゆっくりとした歩調で近づいて、立ち止まる。


右手に傘を持ったまま、左の腕時計にちらりと視線を走らせる。

人待ち顔。


心の奥で騒ぎ出した何かは、大きく私の中で揺れた。


そうだよ。

こんな感じだった。


3年前、君をただ遠くから見つめていただけの私は。

こうして毎日、心の中が大騒ぎだった。

特に君に近づこうとか、君とどうにかなりたいとか、そんなことどうでもよくて。

ただ、君を見ていたかった。


あの頃。

頬が赤くなるほど、意識して君のそばを通り抜けた。

君の声が遠くから聞こえるだけで、何故か廊下を折り返して隠れてみたりした。

教室の窓から、君が帰るこの道で、君を見つけることが出来ただけで嬉しかった。


結局、君の中に私という存在を刻み付けることもなく、3年が過ぎて。

遠くから見ていただけの私の恋は終わった。

終わったはずだった。


窓ガラスを隔てた歩道に立つ君の、横顔を見るだけで。

私は今、こんなにもドキドキするのはどうしてだろう。


君との、否、君への恋を終わらせた私のその後の3年間。

恋をしなかったわけじゃない。

優しい人も居て、いっしょに過ごしたこともある。

だけど、どの恋も、こんなにドキドキ、したかしら。


運ばれてきた紅茶に、震える指を伸ばす。

カップに、私の小さな震えが伝わって、紅茶が微かに波立った。

それでも零さないように口に運んだ液体は、暖かくて、少し私の気分を落ち着かせた。


人待ち顔の君。

一体、誰を待っているの?

窓ガラスの向こうは別の世界のようで、私は3年前の私に戻っていた。

スクリーンに映る君を、どこか違う世界から眺めてる。

不意に、腕時計を見た君は、まだ来てない待ち人を探すためなのか、立ち止まっていた私の前から、ゆっくり歩き出した。


遠ざかる、大きな傘。

すらりと伸びた脚。

あの頃と変わらない、君の綺麗な背中。


見えなくなる君の背中に。

ココロの奥が、痛くなった。


顔を上げていられなくて。

手の中の、紅茶を見つめた。

琥珀色の水面が、小さく揺れる。

不意に訪れた、3年前のときめきに、体の震えが止まらなかった。



3年前、君に恋をした。

好きで、好きでたまらなかった。

これほど恋をすることも、もうないかもしれないと思うほど、君のことが好きだった。

だけど、一歩君に近づく勇気もなかった。


そのことを私はずっと悔やんでいたんだ。

こんなにドキドキしてるのに。

こんなにドキドキしていたのに。

私の中から、溢れて、どうしようもないほど、君が好きだったのに。



また、私は。

君に恋したあの頃みたいに。


誰かに恋をすることが出来るだろうか。



手の中の琥珀色の水面が、小さな音を立てて、大きく揺れた。



外は、雨。


私は、指先で、自分の頬についた一筋の跡を消してから、紅茶を飲み干した。


==================

過去の作品より

自身のブログに掲載していたものです。

どこかで見たなあ、と思った方は、そっとしておいてくれたらうれしいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ