君に逢えたから
※ 名前等の細かい人物設定等はありません。
懐かしい、君を見た。
それは、3年前の、私を鮮明に蘇らせるもので。
3年なんて、もうずっと昔のことだと思っていたのに・・・・・・
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朝から雨が降る、日曜日。
気分は結構憂鬱で、友達との待ち合わせには、結局キャンセルの電話を入れた。
本当は、すごく見たかった映画だったはずなのに。
雨だから、なのかな。
映画に行く、気分になれなかった。
友達は、電話で「マイペースだよね、相変わらず」と苦笑したけれど、二人きりで行くわけじゃなかったから、「皆に伝えておく」といって、あっさりと私の愚行を受け入れてくれた。
親友というには、ちょっと遠いけど、ただの友達よりは少し親密。
そんな女友達との映画は、昨日の夜までは結構楽しみにしていたのに。
ただ家でぼーっとしてるのもつまらなくて、お気に入りの傘を手に、街へ出た。
歩きたい、わけでもないし。
だからといって、どこかに行きたい、というわけでもなかった。
外は霧雨。
傘を差すほどじゃないかな、と思うけれど、差さないまま歩けば、かなり濡れる。
好きな傘だから、差すのは嫌いじゃない。
基本的に、邪魔になることの多いモノだから、今までは結構嫌いだったけど、この傘に逢ってからは傘を差すのが苦じゃなくなった。
今通う学校への道とは反対の、通り慣れた昔の通学路へと足が自然に動いた。
この通学路は好きだった。
今通る道とは違って、緑が多くて、体が自然と息をする気がした。
晴れた日には、茂る樹の隙間から射す日の光が、朝は優しくて、学校へ行くのが楽しかった。
例え雨が降っていても、この樹のおかげで雨の激しさは軽減されるから、通うのは楽だった。
秋は・・・・・葉が落ちてしまうから、雨が降ると地面が悪くなる。
だけど、その葉が織り成す絨毯みたいな道を歩くのは、嫌いじゃなかった。
四季折々、全てが彩りを変えるこの道は、私にとっては思い出の残る場所。
真っ直ぐ伸びる並木道を通り過ぎると、通っていた学校が見える。
少し先には、まだその学校の生徒だった頃、憧れた小さなカフェがある。
当時は、学校で禁止されていたから、外から眺めることしか出来なかった。
「いつかはいっしょに入ろうね!」と約束をした友達とも、卒業以来逢ってない。
「今なら、遠慮なく入れる、よね」
独り言。
小さく、呟いて、私は昔憧れたカフェの入り口を潜った。
外から眺めていた昔とは変わらない様に思えた。
好きなのは、木目を基調とした店の内装。
同じように、揃えられた外観に、小さくカフェだと分かるだけの看板。
カフェの周りを彩る絶やされない花たち。
入ると、優しい声が私を迎えた。
「窓際の席へどうぞ」
ちらほらといる客たちはそれぞれお互いを干渉しない程度の位置。
気配りは、見た目と同じ、優しい雰囲気。
案内された窓際は、細かい雨が降る表の通りを見渡せる位置だった。
綺麗に磨かれた窓ガラスに、小さな雨の粒。
激しい雨ではなかったから、外の景色が乱れる事はなかった。
左手には、通り過ぎた昔通った校舎。
右手には、少し大きな道路へと続く、交差点。
窓ガラスについた雨粒が、乱れない景色の中信号の赤い色だけを、微妙に滲ませていた。
少し迷って、交差点が見える方の椅子に腰を降ろした。
綺麗な手書きのメニューを手渡され、私は肌寒い空気に冷えた体を温める紅茶を注文した。
視線を外に移すと、信号がいつの間にか青に変わっている。
相変わらず窓は、その光を微かだけど滲ませる。
ほんの少しぶれて二重に見える青い信号が、黄色へと変わる。
また、赤へと色を移す。
少し下に取り付けられた歩行者用の信号が、青に変わる。
窓が滲ませるおかげで、歩行者信号の模様もぼやけて見えるのが不思議だった。
青に変わった信号。
止まっていた歩行者が、歩き出す。
この信号は、長くて有名だった。
反対側から通学する私には縁のない信号だったけれど、この信号が長いことは知ってる。
あの頃。
この信号は私の一日を左右する信号でもあったのだ。
そういえばよく眺めた。
この信号が青に変わるまで、教室の窓からこの信号を見つめてた。
歩き出した歩行者が、こちらへ渡ってくる。
シックな色の大きな傘。
背の高い人。
教室の窓から見ていたときも、こうして男物の傘を捜して目を凝らしたものだった。
目的の傘が見つかると、嬉しくて。
中々変わらない信号のはずなのに、見つめている時間はあっという間のような気がしたものだった。
不意に思い出したその頃の感覚に、すこしくすぐったいような感じがした。
あの頃、毎日が楽しかった。
特に目まぐるしい変化のある毎日だったわけじゃないけど、私の中であの3年は今よりずっと輝いて見える気がした。
心の奥で、何かが騒いだ。
信号を渡りきった歩行者が、傘を少し傾けた。
大きな傘の内側、覗いた顔は。
昔、探した影。
心の奥が、また大きく騒ぐ。
久しぶりに見た君は。
3年という月日を感じさせた。
精悍さの増した顔には、特に表情を乗せないまま、傘を手に歩道を歩く。
私の居る窓の前、君はゆっくりとした歩調で近づいて、立ち止まる。
右手に傘を持ったまま、左の腕時計にちらりと視線を走らせる。
人待ち顔。
心の奥で騒ぎ出した何かは、大きく私の中で揺れた。
そうだよ。
こんな感じだった。
3年前、君をただ遠くから見つめていただけの私は。
こうして毎日、心の中が大騒ぎだった。
特に君に近づこうとか、君とどうにかなりたいとか、そんなことどうでもよくて。
ただ、君を見ていたかった。
あの頃。
頬が赤くなるほど、意識して君のそばを通り抜けた。
君の声が遠くから聞こえるだけで、何故か廊下を折り返して隠れてみたりした。
教室の窓から、君が帰るこの道で、君を見つけることが出来ただけで嬉しかった。
結局、君の中に私という存在を刻み付けることもなく、3年が過ぎて。
遠くから見ていただけの私の恋は終わった。
終わったはずだった。
窓ガラスを隔てた歩道に立つ君の、横顔を見るだけで。
私は今、こんなにもドキドキするのはどうしてだろう。
君との、否、君への恋を終わらせた私のその後の3年間。
恋をしなかったわけじゃない。
優しい人も居て、いっしょに過ごしたこともある。
だけど、どの恋も、こんなにドキドキ、したかしら。
運ばれてきた紅茶に、震える指を伸ばす。
カップに、私の小さな震えが伝わって、紅茶が微かに波立った。
それでも零さないように口に運んだ液体は、暖かくて、少し私の気分を落ち着かせた。
人待ち顔の君。
一体、誰を待っているの?
窓ガラスの向こうは別の世界のようで、私は3年前の私に戻っていた。
スクリーンに映る君を、どこか違う世界から眺めてる。
不意に、腕時計を見た君は、まだ来てない待ち人を探すためなのか、立ち止まっていた私の前から、ゆっくり歩き出した。
遠ざかる、大きな傘。
すらりと伸びた脚。
あの頃と変わらない、君の綺麗な背中。
見えなくなる君の背中に。
ココロの奥が、痛くなった。
顔を上げていられなくて。
手の中の、紅茶を見つめた。
琥珀色の水面が、小さく揺れる。
不意に訪れた、3年前のときめきに、体の震えが止まらなかった。
3年前、君に恋をした。
好きで、好きでたまらなかった。
これほど恋をすることも、もうないかもしれないと思うほど、君のことが好きだった。
だけど、一歩君に近づく勇気もなかった。
そのことを私はずっと悔やんでいたんだ。
こんなにドキドキしてるのに。
こんなにドキドキしていたのに。
私の中から、溢れて、どうしようもないほど、君が好きだったのに。
また、私は。
君に恋したあの頃みたいに。
誰かに恋をすることが出来るだろうか。
手の中の琥珀色の水面が、小さな音を立てて、大きく揺れた。
外は、雨。
私は、指先で、自分の頬についた一筋の跡を消してから、紅茶を飲み干した。
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過去の作品より
自身のブログに掲載していたものです。
どこかで見たなあ、と思った方は、そっとしておいてくれたらうれしいです。




