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年上女は年下上司に愛される。

作者: 国樹田 樹

「先輩っ! 自分より年上の女性を落とすにはどうしたらいいすかっ!?」


「……はあ?」


切羽詰った様子で、そう詰め寄ってきたのは、最近になって直属の部下になった三つ下の後輩男子だった。


沢渡さわたり 啓志けいし。若干二十四歳、我が部署期待の新人君だ。


「はあ? じゃなくてっ!ちょっとアドバイスを!こうさくっと、同じく年上女性として先輩のアドバイスを頂きたくっ」


「はあ……」


コミュ障だ草食男子だと、昨今の男子がみな覇気が無い様に伝えられているが、この沢渡は今時珍しい元気印の体育会系である。


黒髪短髪、きりっとした目元でなかなかの男前なのに、未だ口調が「~っす! そうすか! 了解っす!」とかどこの野球部だよ、という口調なので、二枚目なのに扱いはやや三枚目。

(実際野球部だったらしいが。まんまか! と突っ込んだ私に非は無い。)


その学生口調に、社会人としてどうよ?とあたしも思ったけれど、意外に仕事はきっちりこなすタイプで、社外用と社内用を使い分けている様だったので皆何も言わなかった。


そんな沢渡の指導役は、何を隠そうこの私。


営業部という部署柄、ほとんどが男性社員だというのに、ただ一人の営業レディ(自分で言うなって言わないで)の私の下につけられて、もしかしたら不満たらたらかなぁとか思っていたけど、彼はそんなこともなく。


仕事には真剣に、真面目に、真っ直ぐにぶつかってくる。なんとも指導しがいのある後輩だった。時折見せてくれる「先輩」である私への、尊敬の眼差しはなんとも気恥ずかしく、そして好感が持てた。見た目も口調も、性格までも体育会系の彼は、ゆとり世代と言うよりは昭和っ子に近いんじゃなかろうか。


そんな彼は、いつの間にか先輩後輩問わず親しまれていた。


「なあに沢渡、あんた年上好きだったっけ? んー、そーねぇ……年上の女って言っても女は女。やっぱりこう、頼りがいのある男に弱いんじゃない? 仕事でもメンタルでも」


今日の挨拶周りをした際の顧客情報を、パソコンでぱちぱち打ち込みながら、無難なアドバイスを返す。沢渡に想い人がいるなんて初耳だ。しかもそれが年上の女性であることに少し驚いた。だって体育会系の子って、年下の方が好きそうじゃない?


つーか沢渡、今仕事中だぞー。


「そっすね! 了解です! 頼りがいのある男ですね! 俺仕事頑張ります!バリバリ仕事して、デキる男ってのになってやります!」


ふんっと鼻息荒く、ガッツポーズまでかまして勢い込む沢渡を、横目で見やって溜息をついた。瞳を輝かせてニカっと笑う姿に、注意しようとした気が失せる。


……良いヤツなんだけど。なんというか、イノシシ型?猪突猛進?

真っ直ぐなんだよねぇ……。過ぎるとも言うが。


自分の中にはすでに無いその実直さが、微笑ましくて羨ましい。


弟を思う姉の気持ちとは、こういうものかもしれないと、その時の私は思っていた。



◇◆◇



「先輩っ! K宮社の契約取れました! 明日はSTシステムにアポ取ってるんで、行って来ます!」


「え、K宮のヤツ取れたのっ? 凄いじゃん沢渡! さすが私が見込んだだけはあるっ! よっし今日は祝い酒よ! 明日も取れたらまた奢るからねっ!!」


「おっしゃーっ! 先輩俺頑張りますっ!!」


どこの運動部だ、と部署内の仲間からは冷やかされたけれど、バリバリ仕事するという宣言通り、沢渡は尋常じゃないスピードで成果を上げていった。


元々の質が良かったのかもしれないが、真面目で人当たりも良く、頭の回転も早いヤツだったから、みるみるうちに出世コースを走っていった。営業先で会う担当者や役職者が、総じて四十代~から五十代のおじ様方だったのも成果に繋がった一因だろう。


沢渡は団塊世代の人間に与える印象がすこぶる良いのだ。

私が思うに、ヤツの体育会系気質が好まれているのだと思う。


沢渡と商談を終えた相手方が必ず口にするのが、「俺の若い時に似ている」の一言だった。昭和に育ち、バブルからその崩壊後も生き抜いている企業戦士である彼らは、どこか懐かしそうに沢渡の熱心なプレゼンを見つめていた。


そんな沢渡を、私は契約が取れる度、成果が上がる度、祝ってやった。


ごくたまに、ミスをしたと落ち込む彼を、これまた飲んで忘れよう! と背中を叩いて励まして。


そんな私に、沢渡は「先輩に言われたらやる気がでます!」とニっと明るい笑顔で言ってくれて。何度も何度も、飲んで騒いで笑いあって。

居酒屋を出て、夜空に向かって「明日は取るぞ!」と二人で馬鹿みたいに気合を入れて。


後輩の成長を間近で見ていた私も、その背中に励まされていた事を、彼は知らないだろうけど。



そうして気がつくと。


……ってあれ、私いつの間にか抜かれてるし。


というそんな状況になっていた。



「沢渡さん! 明日のJ社との打ち合わせの件なんですけどっ」


「ああ、それはね――――」


今年入った新人が、沢渡に熱心な目を向けている。それにニコリと笑って答えている彼の姿。トレードマークだった「っす」な口調は、今や使われる事は無くなっていた。


着慣れたスーツ姿が、あの頃と違って馴染んでいて。快活さはそのままに、言葉遣いは丁寧になり、社会人らしい「落ち着き」と「冷静さ」が備わっている。


『先輩と後輩』


じんわりとした思いが心に広がる。


かつて、あの光景にいたのは私達。

懐かしさを感じながら、少し離れた席で沢渡と新人君とのやり取りを眺めていた。


部下だった後輩は、今や私の上司になっていた。

営業部主任、なんて大層な肩書きまでついて。


若干二十六歳のスピード出世に、周囲は羨むどころか化け物扱い。


嫉妬されないのは本人の人格ありきだろうが、むしろ違う意味でも今や渦中の人となっていて。

それもそのはず、寿退職を目標としている女性社員軍からは『将来有望、未来の夫候補ダントツ一位』という社内最高 クラスの称号がつけられていた。


成長した沢渡に向けられる女性達の目が、獲物を狙う捕食者の様で、本人がちょっとびびっていた。


私はと言えば、沢渡の成長っぷりに「新人指導って楽しいかも?」という思いに駆られ、今は通常の営業業務の傍ら、配属された新人君への最初の営業指導を行っている。


以前は沢渡の時の様に、部に配置されてすぐに先輩営業マンにつけられていたのだけど、それをワンクッション置いて営業の基本を叩き込むのがあたしの仕事だ。


ここしばらくの間に何人かの営業マンの卵が指導を終え、各先輩方の元へと振り分けられていった。今沢渡に質問している新人君も、この間あたしの指導を終えたばかりのホヤホヤだ。彼もまた、沢渡や他の先輩に叱咤激励されて一人前へと育っていく。


仕事にやりがいを感じているのはもちろんだけれど、最近は少しだけ肩身が狭いのも事実だったりする。

年齢的な事もあり、寿退職の「こ」の字も出ないお局が紅一点で営業部にいると噂されるのは、仕方ないとは言え少々辛かった。



とっとと嫁に行きゃよかったと一人ごちるけれど、そんな相手が表れなかったのはどうしようもない。きっかけとかタイミングとか色々あるのだ。

断じて私のせいではない。たぶん。

いやほんと。


仕事にやりがいを感じられている時点で十分幸せなのだと思う。

それ以上、ましてや恋まで上手くいってほしいなんて、贅沢だと思えた。


そのやりがいをもたらすきっかけとなった沢渡だけれど、俗に言うハイスペックとなった彼にはそんな自覚は全く無い様で……。


「俺なんてまだまだですよ」


というのが口癖だった。


いや十分だと思うよと私は毎回、彼と飲みに行く度に言っていた。


私と沢渡は、時間が流れ、立場が変わってもその関係は変わらなかった。

何かあっても無くても、時間があれば飲みに行く。そんな関係は未だ続いている。


そして今日も、仕事の帰りに馴染みのバーへ立ち寄っていた。


内容はもっぱらお互いの近況や、他愛のない話。

時折出てくるのは、沢渡の片思いの人について。これまた未だに、である。


えらく長いこと、想っているのだ彼は。

件の女性を。

なぜ告白しないのか、と何度か聞いたけれど、沢渡はその都度「俺がまだ未熟なんで」とかなんとか言っていた。


最近はあまりその話はしていないけれど、私を飲みに誘うって事はまだ伝えてはいないんだろう。


だって沢渡がその想い人に告白したら、絶対両想いになると思うから。これだけ条件良しで高スペックな男は他にいまい。中身だって私の太鼓判付きだ。

気持ちを伝えられたならばその瞬間に、相手の女性は恋に落ちる事だろう。

時折沢渡を覗きにくる何人もの女性の視線が、そう語っていた。


……そしたら私は、もう沢渡とこうやって過ごす事は出来なくなるんだろう。


それだけが、無性に寂しく感じた。成長したかつての部下との付き合いに、変化が訪れるのが少し恐かった。その気持ちの意味を、考える事も。


「沢渡、本当すごい出世したねー……。私に付いたヤツの中で一番の大出世!先輩として鼻が高いわぁ。今や私の上司だし!」


「俺とか、まだまだ……まぁ、昔よりは少しはマシになったかなって程度ですよ」


「まーた謙遜してっ!」


ほんとに、いつになったら自信が持てるんだコイツは。もう十分いい男になったと思うのよ。あれから二年。周囲も驚いたほどのスピード出世だ。


二十四歳だった沢渡は二十六になり。

彼より三つ上の私はアラサー……本当に、時間の流れと、沢渡のこれまでの頑張りに感心する。


仕事も出来る、中身も外見も上クラス、かつての彼とは違って、振る舞いもなんだか落ち着いてきて。

何気ない仕草にドキリとしてしまうほど、彼は誰が見ても『良い男』になった。


たとえ沢渡がまだ想い人に気持ちを伝えていなくとも、もうそろそろ、私も彼とこうやって過ごすのは控えなければいけないかもしれない。


いつか沢渡の隣に並ぶ人の為に。二人の恋路を邪魔する可能性の無い様に。


なんて、彼と酌み交わすお酒をちびちび口にしながら、私はそんな事を思っていた。


「先輩は……結婚、しないんですか?」


沢渡から出た嬉しくない話題に、私は返事を苦笑いで返す。

ストレートな所は、昔とあまり変わらない。


彼は未だに私の事を先輩と言う。もちろん会社じゃ言わないけれど、こうやって飲む時にだけまるで昔に戻ったみたいに呼んでくれる。


それが私は嬉しくて、ちょっとこそばゆい。


昇進した途端、態度ががらりと変わるヤツもいるのだろう。

けれど、沢渡はやっぱりそんな事もなく、未だにこんな感じだった。


「そんな相手、どこにいるってーのよ。私の場合は、結婚しないんじゃなくて相手がいないのー」


まぁ、この前実家からお見合いの話だってちらっとされたし、そろそろやってみてもいいかなとも思ってるんだけどね。


しょうがないじゃない?

自分で相手見つけられないなら、そういう手段使うしか。


「……なら、俺と結婚してくれませんか」


勢いよく、口内の液体を噴出しそうに……なったけど堪えた。

ななな、と声になってない呟きを出しながら、私は隣の沢渡を凝視する。


……今、なんつったコイツ?

空耳?

いや、酔ってんの?


「な、なにー? 沢渡酔ってんの? そもそもアンタ片思いの人はどうなったのよ? あ、もしかしてついに告ったけど振られて、ヤケになってるとか?」


茶化して言う私に、じっと向けられた沢渡の視線。

真剣な表情に、え? と身体が固まった。


「今、先輩に断られたらそうなりますね」


カラン、とグラスの中の氷が音をたてて。


沢渡が飴色の液体に口をつけた。


その姿に、どくんと鼓動が跳ね上がる。


あれ?

あれ……?


コトリとグラスが置かれて、再び彼の視線が私に向いた。


「先輩言いましたよね。年上の女性を落とすには、頼りがいのある男になれって。これでも一応、仕事は頑張ってきたつもりですし、その中で成長もしたつもりです」


あたしに視線を真っ直ぐ向けて。

彼の瞳の中に私が居て。

向けられた真剣な表情は、酔っている様には……見えなかった。


「……俺じゃ、駄目ですか?」


「え……」


言葉が出なかった。


彼が言ったセリフから浮かんだのは、懐かしい記憶。

あたしが、まだ彼の事を後輩として呼んでいた時の事。


『先輩っ! 自分より年上の女性を落とすにはどうしたらいいすかっ!?』


『なあに沢渡、あんた年上好きだったっけ? んー。そーねぇ、年上の女って言っても女は女。やっぱりこう、頼りがいのある男に弱いんじゃない? 仕事でもメンタルでも』


仕事しながら、告げたアドバイス。

切羽詰った彼が、微笑ましかった。

あれは……


「先輩。今の俺って、先輩にとって頼れる男になれてますか?」


今の彼が目の前で、私を見てふわりと笑ってそう言った。


後輩としての顔はいつの間にか消えていて。

見つめられると鼓動が跳ねてしまうほど、魅力ある人になった彼がいた。


……頼れる男になれてるか、なんて。


そんなの決まってる。


先を歩いていく彼がいつからか、遠く感じた時があった。

だけど、職場での立場が変わっても、私がミスをしたり、体調を崩すと一番に気付いてくれたのは彼だった。

上司と部下となっても、変わらず接してくれた。

今も変わらず、先輩と呼んでくれて、真っ直ぐ笑って見てくれる。


……惹かれてなかったはずがない。


瞬く間に素敵になっていくかつての後輩に、心動かされなかったわけがない。

だけど私は彼にとっては『先輩』だったから。


密かに片思いをしていた。


気持ちに気付いた時にはもう遅くて、沢渡には想う人がいた。

だから、時期がくれば。

静かに離れるつもりだったのに。


「沢渡……結婚って、順序すっ飛ばしてるじゃない……」


この嬉しさを、どう伝えたらいいんだろう。


泣き笑いで返す私に、沢渡が一瞬驚いた顔をして。


照れた笑顔を返してくれる。


「先輩に振り向いてもらいたくて、色々飛ばしてやってきましたからね。これくらいは後輩の愛嬌として、許してほしいです」


ぎゅ、と私の手が彼の手に包まれて。

その大きな手を握り返した。


「よろしく……お願いします」


そう言った私に、沢渡がいつかの頃の様に「よっしゃぁっ!」とその場で歓喜の声を上げ。

そのままぎゅうと抱き締められた。


……お店の人に大注目された事は、言うまでもない。


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