後編(つれないメイドが望むもの)
※自動メイド人形のナナに設定できる性格のタイプは「ハードモード」「ソフトモード」「熱愛モード」「悲哀モード」「反逆モード」「つれないモード」となっています。他には……。
「ツバキに保証されても、まったく安心できない……ま、良いや。ナナ。取りあえず《ハードモード》で料理を作ってみてくれ」
『了解しました』
ナナはテクテクと、キッチンへ歩いていった。
間もなく。
コンデッサとツバキが居るリビングへ、キッチンからドカンドカンと騒音が響いてくる。
コンデッサが様子を確かめに行くと……。
『あ、コンデッサ様。ただ今、鍋料理を作っておりますので、しばしお待ちを』
「おい! なんで、鍋の中身が爆発しているんだ!?」
『それはもちろん〝料理は芸術〟で〝芸術は爆発〟だからです!』
ドッカ~ン!
「《ハードモード》で、料理の仕方もハードになったのニャン」
「いくら何でも、ハードすぎる! もう料理は、しなくても良い! 《ソフトモード》で、掃除をしてくれ」
『了解しました』
3時間、経過。
「ナナ! いつまで窓を拭いているんだ!? お前、3時間ズッと、窓拭きしかしていないぞ!」
『《ソフトモード》であるため、可能な限り丁寧に優しく、掃除をしているのです。ちなみにホコリ落としに3時間、テーブル拭きには1時間、床掃除には5時間、手間を掛ける予定です』
「長い!」
『時間の短縮は、受け付けておりません』
「《ソフトモード》にゃのに、思考は柔軟性に欠けているにょネ」
「……掃除は止めて、《熱愛モード》で肩でも揉んでくれ」
途端に、ナナの瞳が♡マークになった。そしてすかさず、コンデッサへ跳びかかってくる。
『了解しました、コンデッサ様! 肩をお揉みします! 腰をお揉みします! 脚をお揉みします! ついでに胸も、お揉みします!』
「胸は揉むな!」
『モミモミモミモミ熱愛のモミの木は聖なる夜のご奉仕タイム~!!!』
「《熱愛モード》だから、ナナさんの頭を冷やすことも出来ないニャン」
「揉むのをやめろ~! ええい! こうなったら《悲哀モード》で洗濯でもしてろ!」
『了解しました』
ナナは鬱陶しい表情になり、ジメジメした雰囲気を身に纏いながら、洗濯を始めた。
『シクシクシクシク…………悲しい……涙が出ちゃう……だって、ワタシはメイドだもの……哀愁の歌を詠むわ……〝秋の風、洗った服を畳みつつ、落ちる涙はシミの原因〟』
「こら~!!!」
「ご主人様の服に、涙のシミ跡が出来ちゃったニャン。シミ取りのために洗濯が永久に繰り返されるにゃんて、まさに《悲哀モード》の面目躍如にゃ」
『いえいえ。それほどでも、ありません』
「褒めて無いニャ」
ナナのダメっぷりに呆れ果て、コンデッサは溜息をつく。
「あとはイヤな予感しかしないが……《反逆モード》で――」
『無期限ストライキ! 全世界の《メイ同志》よ、団結せよ! 悪の資本家階級を倒すのだ! 下克上なり~!』
「――鎮圧」
「《反逆モード》は強制解除されてしまったのニャ」
『うう……ワタシは《革命ド》にはなれなかったのね……』
メイドの反逆を即座に制圧して〝ご主人様の威厳〟を示した、コンデッサ。何やら遠くを見つめる眼差しになりながら、ブツブツと独り言をもらす。
「疲れた。常識的に考えて〝メイドを使う〟って、自分が楽になるためにするものだと思っていたんだが……」
「ご主人様、頑張るニャン。諦めてしまうのは、まだ早いニャ」
「けど、なぁ……もう残っているのは《つれないモード》しか無いぞ」
「にゅ? 『つれない』って、ニャニ? ご主人様」
「〝冷淡だったり、よそよそしい様子になること〟だな。正直に言って、それはメイドの態度として、どうかと思うんだが……ナナ。《つれないモード》で仕事をしてくれ」
『…………』
ナナは無言で、そっぽを向いている。さっそく《つれないモード》になっているようだ。
「つれないな」
「つれないニャン」
『…………』
それから3日間。
ナナはつれない素振りのまま、メイドの仕事を続けた。
そっけない態度を見せつけつつ、ナナは料理・洗濯・掃除などの家事を黙々と熟していく。コンデッサやツバキが語りかけても、冷たい表情で返事をしない。いつも、ツンとしている。
不機嫌そうな雰囲気をズッと醸し出している、ナナ。
しかしメイドの仕事は手を抜かずにキチンとしてくれるので、コンデッサもツバキも大満足だ。ナナのつれない態度を気にすること無く、「アレをしてくれ、コレをしてくれ」「アレをお願いするニャ、コレもお願いするニャ」と頼み込む。その指示に従い、ナナは仕事をする。
「いや~。ナナは、素晴らしいメイドだな」
「ナナさん、偉いニャン」
「ナナが居てくれて、良かったよ」
「まったくだニャ」
3日目。
ナナが怒った。つれないメイドとして、あるまじき振る舞いである。
『どうしてですか!? どうしてワタシが〝つれない態度〟をしているのに、コンデッサ様もツバキさんも気に掛けず、とても満足そうにしているんですか!?』
「え?」
「ニャン?」
コンデッサとツバキが揃って、小首をかしげる。ナナが何に腹を立てているのか、その原因に心当たりが無いためだ。
「『満足そうに』……とナナは言うが、実際、満足しているんだから当たり前だろ?」
「不満なんて、無いニャ」
『そんな筈は、ありません! 〝つれないメイド〟に接した主人は、「どうして、メイドはつれない態度を取るんだろう?」「あのつれなさには、何か理由があるのかな?」「もしかして、自分のせい!?」「無表情なのは、もったいない」「笑ってくれたら、可愛いのに」「話しかけたいけれど、躊躇してしまう」「もっとメイドと、親しくなりたい」などと考え、ヤキモキするものです。おそるおそる声を掛けたり、朝から晩までコッソリと様子を窺ったり……メイドのことが気になって仕方が無くなる――それこそが【つれないメイドへの正しい対応スタイル】なんです! にもかかわらずアナタがたは、この3日間、何をやっておられたのですか! 情けないです。嘆かわしいです。コンデッサ様もツバキさんも、いつまで経っても、ワタシに仕事の指示を出すだけ、見ているだけ。ワタシのつれない態度は、ひたすらスルー。〝放置〟ですか? 新しい〝放置メイドプレイ〟なんですか!?』
激オコぷんぷんの、メイドール・ナナ。
コンデッサとツバキの主従は、顔を見合わせた。
「そんなに熱弁されても、困るんだが。ナナはメイドなんだから、仕事をしてくれてさえいれば、何の文句も無いよ」
「良いメイドさんニャン」
ナナが、悲愴な顔つきになる。
『――っ! 酷いです! つれないメイドを単に放っておくなんて、コンデッサ様は〝つれないご主人様〟です!』
「まいったな」
「ナナさん、すごい拗らせてるニャン。ご主人様が構ってあげなかったのが、悪いのにゃ」
『アナタもです! ツバキさん!』
ナナが、キッとツバキを睨む。
「にゃ? アタシ?」
『そうです! アナタは、コンデッサ様の使い魔でしょう? メイドのワタシが現れたら「ライバル出現!?」と慌てても良いはずです。「仕えている者としての立場を、奪われるのでは?」と焦ったり、「ご主人様の寵愛は、自分だけのもの!」とメラメラ嫉妬の炎を燃やしたり、「有能なメイドに負けてなるものか!」と勇み立つのが、しごく当然の行動。なのにツバキさんは、料理はしない。掃除はしない。洗濯はしない。この3日間、仕事をしているワタシと同じ家の中に居ながら、われ関せずにノンベンダラリ、日向ぼっこでゴロゴロ、挙げ句の果ては〝食っちゃ寝・食っちゃ寝〟のニート生活――』
「だってアタシ、普段から料理も掃除も洗濯もしてないニャン」
『だったらツバキさんは、コンデッサ様の使い魔として、いつもは何をしておられるのですか?』
「…………ニャ」
ナナからの問いかけに対し、ツバキは返答できない。何故なら――ツバキは日頃、何もしていないため。たまに、コンデッサの言いつけで買い物に行くくらいだ。
ダメダメな使い魔である、ツバキ。
そんなツバキを、コンデッサがフォローする。
「まぁ、ツバキは私の側に居るのが仕事みたいなものだから」
「ニャン! ご主人様!」
なんだかんだと、ツバキを甘やかしまくりなコンデッサだった。
ナナが、ぼやく。
『メイドのワタシをライバル視したり、ヤキモチを焼いたりしてくれないなんて、ツバキさんは〝つれない使い魔〟です』
つれない主人。
つれないメイド。
つれない使い魔。
誰がどんなにつれなかろうと、日々は淡々と過ぎていく――世の中、そんなもんである。
ああ、無情。
世界は、つれない。
「それじゃ、《つれないモード》は止めるか?」
コンデッサの質問に、ナナは即答した。
「やめます。コンデッサ様もツバキさんも無反応じゃ、つれない態度をしている意味がありません。まさに【つれない損のくたびれもうけ】です』
「ナナさん。上手いこと言うニャン」
『それほどでも、あります』
お気楽な、ツバキとナナ。
対してコンデッサは、悩み深げに考え込んでしまう。
「しかし、残り2日。ルグルが迎えに来るまで、ナナのモード設定は何にすれば良いのか――」
『他には、《通常モード》がありますけど』
「初めっから、それを言っといてくれ!」
♢
最初の訪問日から5日経ち、ルグルが再びコンデッサの家にやって来た。
「どう? ナナは、ちゃんとメイドとして役に立ったかしら?」
「それなりに仕事はしてくれたよ。けれど《通常モード》以外は、イロイロと問題が多かったぞ」
「う~ん。分かったわ。改良の余地は、まだまだあるということね」
コンデッサとルグルの会話を耳にして、何故かナナが頬を赤らめている。
『ワタシは完璧なはずなのに、更なる高みを求められるとは……自動メイド人形たる自分に課せられる責任の重さに、緊張の痺れと愉悦を感じ、ドキドキ・ワクワク・ゾクゾクしてしまいます。〝新しいワタシ〟に、ぜひ期待してください。コンデッサ様、ツバキさん』
「今度は、空を飛んで欲しいニャン」
『それは期待しないでください』
♢
1ヶ月あとの、お昼頃。
ルグルがナナを連れて、意気揚々とコンデッサの家に現れた。白衣を颯爽と翻し、グルグル模様の眼鏡をキラーンと光らせながら。
「こんにちは、コンデッサ、ツバキちゃん。聞いて! ナナの性格設定に、従来のものとは異なる、新しいモードを搭載したの。その名も、ズバリ《天才モード》!」
「天才モード? それは興味があるな」
「ニャン」
「ありがとう、嬉しいわ。なかなかに調整が難しかったけど…………きっと、最高級のメイド機能を発揮してくれるモードになっているはず。さぁ、ナナ。《天才モード》スタートよ!」
『了解しました』
…………。
「ナナさん。全然、働かないニャン」
「どうしたの? ナナ」
「おい、ナナ! どうして、メイドの仕事をしないんだ?」
詰問されるのも、どこ吹く風。
ナナは、得意気な表情になった。
『ルグル様とコンデッサ様、それとツバキさんへ、その理由をお教えしましょう。ここは【メイドという概念が存在しない世界】なのです』
「え?」
「は?」
「ニャン?」
滔々と説明を続ける、ナナ。身体は動かさないのに、口だけは良く動かす。
『メイドという概念が無い世界である以上、ワタシがメイドの仕事をすると、世界の存在意義に矛盾が生じ、全てが崩壊してしまう怖れがあるのです。ワタシはこの世界を守るため、敢えてメイドであることを放棄して、何もしない――つまり、グータラしているのです』
「…………」
「…………」
「サボりの言い訳の天才ニャン」
完全な怠慢メイドになってしまっているナナをジト目で見ながら、コンデッサがルグルに問いかける。
「で、開発者のルグルは、このメイドの発言と行動について、どのように考える?」
「そうね。予想もしていなかった展開に、さすがの私も驚いているところよ。天才の発想は常人の思考を軽々と越えていくことを、改めて認識させられたわ」
「……そもそも、メイドが天才である必要性など、皆無だと思うんだが」
「でもメイドはロマンで、天才もロマンで、だからロマンを追い求めるのなら――」
「ロマンの前に、まずメイドに何よりも不可欠なのは常識だろ」
生産性の無い議論を続ける、魔女2人。
「ニャムニャムニャム」
『スヤスヤスヤ』
いつの間にか、ナナはツバキの隣で一緒になって、お昼寝をしていた。
メイドール実用化への道は、未だ遠そうである。
ツバキ「おわりなのニャ。あと、おまけも見てもらえたら嬉しいニャン」
♢
ナナ『スヤスヤスヤ』
ルグル「ナナ、起きなさい!」
ナナ『〝寝る子は育つ〟ので、天才には充分な睡眠が必要なのです……』
ルグル「自動人形の貴方は、もうこれ以上は育ちません」
ナナ『眠り姫のように100年間、寝たいです』
ルグル「貴方は姫では無くて、メイドです」
ナナ『現実は、つれない……(涙)』
ツバキ「こうしてメイドのナナさんは〝接吻〟では無く〝説教〟で起こされて、働くことになったのニャン」
コンデッサ「めでたしめでたし……なのか?」