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暴竜の嘆き

 地上部隊を蹴り飛ばし、腕で薙ぎ払い、こうしてせっかく集った帝国の兵士達は呆気無く命を散らせた。

 ドラグナージークは憎悪できなかった。竜を軽んじた人間が悪い。だが、と、ここでようやく怒りが湧いてきた。竜を信じる帝国の者達がむざむざ殺されて良いわけじゃない!

 ドラグナージークはラインを駆り、突進した。

 腕が振り上げられ、突風によってラインの速度が緩む。ギロリと真っ赤な目がこちらを睨む。

「もう貴様には頼らん、我は我の神より抱きし役目を果たすまで」

 尻尾が大勢の王国の兵士を巻き込んだ。

「ならば貴様には滅びて貰おう、黒き竜よ! タアアッ!」

 ベンがアメジストドラゴンを操り、振り下ろされた巨腕を掻い潜って腕に大きな傷を刻んだ。グレイグバッソなら斬れる!

 そう判断したのか、ルシンダの相手をしていたはずの闇騎士がレッドドラゴンを羽ばたかせ、狂乱じみた笑い声を上げて、黒い竜の周囲を旋回した。

「背中! やはりここしかない!」

 闇騎士は竜を下り、黒い竜の背中に飛び移ると、鉄の靴を鳴らして首元まで来た。

「決したか」

 警戒、期待、半々という様子でベンが言った。

「死ね、王者はこの世に一人、この俺だ!」

 グレイグバッソが突き立とうとした時、手が伸び、首を叩いた。甲高い音がする。

 だが、闇騎士は潰されてはいなかった。

 ドラグナージークが間一髪助けたのだ。

「余計なことを」

 ラインの上で忌々し気に闇騎士が言葉を吐いた。

「君に野心があるのは分かったが、今は協力して欲しい。ヴァンがいれば君など必要なかった。だから嫌でも共闘して貰うぞ」

 ドラグナージークはそう言い、闇騎士を己の竜まで送り届けた。

「ドラグナージーク!」

 ルシンダが上がって来た。

「ルシンダ、君はここを離れて」

「戦うわ」

 最後までセリフを言わせず、ルシンダはそう意気込んだ。彼女がいるのはありがたい。そこにベンが合流した。

「どうやらこの四人で立ち向かうことになったようだな。私はベン。よろしく、お嬢さん」

「ルシンダです」

 二人が挨拶を交わしている最中に、黒い竜の口の端から炎の尾がヒラリと見えた。

「散開!」

 ルシンダの声に全員がその場を急いで離れた。だが、炎は出なかった。

 黒い竜が一点を見下ろしている。

 青年が、いや、ディアスがペケの亡骸を庇い、剣を向けていた。

「人間、竜を庇うか?」

「庇います。ペケは俺達のせいで死んだ。ペケは最高の友達だった。だから、破壊の竜よ、俺の最後を見届けて、命を失うということはどういうことなのかその目で見て頭を冷やして下さい!」

「ディアス君!」

「ディアス!」

 ルシンダと、ドラグナージークは叫んだ。ディアスは短剣を喉元に当てると、一度ペケを振り返った。

「ペケ、俺達はいつも一緒だよ」

 正面を向いたディアスは何のためらいも無く己の首を短剣で掻き切った。鮮血が噴き上がり、倒れ、二度と動かなかった。

「絶望だ。悲しみを越えた絶望があの若者を死なせてしまった」

 ベンが言った。

「らあああっ!」

 意外にも激昂したのは闇騎士であった。

 グレイグバッソを振り上げ、黒い竜の手を掻い潜り、散々に右側を斬りつけた。

「貴様は、何故怒っている?」

「あれで怒れないほど、俺は人間も竜も捨ててねぇってことだよ! 俺の野心なんぞ、あの小僧にくらべりゃあ!」

「彼に続くぞ!」

 ベンがそう言い、アメジストドラゴンを向かわせる。

 ルシンダとドラグナージークも、左右に分かれ、波状攻撃を仕掛けた。

 黒き竜は吼え、炎を吐いた。首が左右に触れ、火の息は濃い霧の様に広がった。

 四騎の竜乗りは散々背中に着陸を試みたが、腕と尾が鞭のようにしなり、蝿を叩くように黒い竜自身を叩いていた。

 その時、闇騎士の一撃が振り上げられた尾を半ばから真っ二つに分断した。切断された尾は血飛沫と共に大地に重々しく鳴らして転がった。

 黒い竜は呻いて炎を止めた。

「私とドラグナージークは暴竜の周囲を飛ぼう。その間にルシンダと、闇騎士は生き残った兵器の操作を頼む。これ以上、歩かれてはディアス君の遺体だって危ない」

「分かった!」

「ロートルが、命令を聴くのはこれきりだ」

 ルシンダと闇騎士が地上へ向かう。

「破壊こそ我が全て!」

 ドラグナージークは怒れる巨大な竜を前に巧みに師と共に右から左から、回って、時折斬りつけた。

「だが、何故だ、人間が竜のために死ぬとは、この気持ちはなんだ!?」

「撃つな! 撃つな!」

 ドラグナージークは慌てて地上へ声を上げた。師と背中合わせになり、両手を開いて地上の二人に知らせた。ルシンダと闇騎士はバリスタに取り付いていた。

「それはな、黒き竜よ。愛という感情だ」

 ベンが竜の眼前で述べた。

「愛?」

「そう、そして悲しみだ」

「悲しみだと」

「そうだ。愛しているが故に悲しいのだ。暴竜よ、君は知らぬ間に人間の見せた愛に悲しみを覚えたのだ。人間は、竜よりも野心的で時に破滅を望む愚かな生き物だが、全てがそうではない。今回の戦も破滅を招く愚かな行いだった。人間は同じ人間の死から、あるいは竜の死から、命の大切さを学び、このようなことをしてはいけないと反省し教訓にできるのだ。まぁ、そうならない者も当然いる。暴竜よ、この戦はこれで仕舞いにする。その間、我々の子孫がこの愚かな行為を繰り返さないように見守っていてはくれないだろうか?」

 ベンが諭すように願うと、暴竜は喉を唸らせた。

「貴様らを信じろというのか。そして我に調停役を命ずるか?」

「命令では無い、お願い、頼みだ」

 ベンの言葉に暴竜は黙り込んだ。だが、呟きが聴こえた。

「賢き竜よ。我はどうすれば良いのだ? 愛と悲しみが、この身に帯びた破壊の衝動に優るとでもいうのか!?」

 その頃になって、無事な者達は、帝国王国関係なく、寄り添い合っていた。傷を負った者を抱え、動けぬ者を庇う様に剣を手にし、進み出て、だが、彼らもまた黙って竜の様子と決断を見守るしか無かった。

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