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はぐれ竜の捕獲

 その日は多くの人々が太陽を背に宙を旋回する少し大きな影を見た。影はまるで惑っている様にただ町の上空を動いているだけであった。

 テリーの宿からラインを引き連れたドラグナージークはさっそく出撃した。普段は外で竜に跨るものだが、相手はすぐ上を漂っている。竜に合わせて造られた町はこういう時に便利であった。幅の広々とした道でラインに跨り、訝し気に空を見上げる者達が、「あれは竜だ」と、野次馬根性を見せる間にドラグナージークは飛翔した。

 近付く度に相手がまだ二メートル程の幼体のフロストドラゴンだということが分かった。フロストドラゴンは青い鱗をし、口から対象をあっという間に凍らせる霧氷を吐き出す。

 だが、その姿は悲惨なものであった。矢が身体中のあちこちに突き刺さっていたのだ。密猟者の仕業に違いない。基本、野生の竜には害が無ければ攻撃してはいけない。そういう約定がある。しかし、竜は神秘的な生き物で、肉や角、鱗などが裏で高値で取引されている。ドラグナージークはそんな裏の世界を嫌悪していた。

 はぐれ竜はフラフラと覚束ない身体で空を浮遊している。ドラグナージークは矢に毒が塗られていたのだとすぐに察した。

 口笛を吹き安心させようとするが、はぐれ竜は口を開き、弱弱しく冷気を吐き出すだけであった。

 最後の力を振り絞る様にはぐれ竜は白い霧を吐き続け、ドラグナージークを駆逐しようとする。

 ドラグナージークは相手が気力を使い果たし、町へ落ちることを懸念していた。

 早く捕らえなければ。

 口笛を吹き続けるが、相手は興奮を静めようとしない。

 無理に背に乗っても落ち着かないだろう。

 ドラグナージークは一旦、町の中へと滑空し地面に足を着いた。

「ドラグナージーク、どうしたんだ?」

 人々が口々に尋ねて来る。

「誰か竜宿のテリーを呼んでくれ」

 時は一刻を争うと感じたドラグナージークはそう叫んだ。そして上でふらつきながら飛び回る竜を不安げに見ていた。

 テリーを呼んで来たのはルシンダであった。

「ドラグナージーク、あの子、苦し気に鳴いているわ」

 ルシンダが心配そうに言った。

「竜の声が聴こえるか。さすがはルシンダ。さて、ドラグナージーク、ワシの力を貸そうぞ」

「ああ、助かる」

 ドラグナージークはテリーを乗せてラインを浮上させた。ラインの羽ばたきに人々が顔を手で覆いながら、二人と一頭を見送った。

 フロストドラゴンの幼体はもはや限界だった。口を開いて威嚇するが、冷気は出ず、身体は危なっかしくよろめくばかりであった。

 テリーがさっそく口笛を吹いた。ドラグナージークが知っている旋律で、先ほどから駆使していたものであったが、テリーの口笛には安心感が漂っている。竜を愛し、竜の宿を立ち上げる程の竜思いの人物だ。ドラグナージークは彼が死ぬ前に教えを乞うべきだと胸に刻んだ。

 フロストドラゴンが鳥の様に鳴いた。テリーが会話を交わすように口笛の旋律を変える。

「ドラグナージーク、大丈夫だ。竜を横づけしてくれ」

 テリーの穏やかな声に従い、ドラグナージークはラインを慎重に近付けさせて矢だらけのフロストドラゴンの側に寄った。

「よっと」

 テリーはそのまま竜の背に跨った。鞍が無くとも平気なようだ。

 老人は口笛を吹き続け、ドラグナージークに頷いてみせた。

 ドラグナージークは先に町へ下り、見物人を遠ざけた。フロストドラゴンがゆっくりゆっくり降下してくる。そして石畳の上でバランスを崩した。

 拍手が沸き起こった。

「何て酷い」

 ルシンダが言った。そして薬箱を持ってテリーに渡した。

 テリーは矢を引き抜いた。血がみるみる溢れ出る。テリーは薬を塗り込みながらルシンダに言った。

「布で止血をしてくれ」

 するとルシンダは着ていた上着を脱いで、そのまま傷口に当てた。

「あとは解毒薬を飲ませるだけだが」

「俺がやろう」

 ドラグナージークが申し出て大粒の錠剤を二つ受け取ると、か細い息を吐くフロストドラゴンの口に手を突っ込んだ。

 薬には味が付いていたらしく、腕を引き抜くと、フロストドラゴンは噛み砕き始めた。

 気付けば、アレンも他の傷口に布を押し付けていた。それに触発されたのか人々も協力を申し出て来た。

 矢を引き抜き、テリーが止血剤を塗る。そして誰かが血の出る傷口を押さえる。みんなが頑張っている姿にドラグナージークは感激していた。ルシンダが嬉しそうにこちらに向かってウインクした。

 このフロストドラゴンはテリーの竜宿で預かることになった。回復し、経験を詰ませて町の竜にすることが決まったのだ。

 町長のオルガンティーノ自身も竜の血に塗れながら快く承諾してくれた。

 それから血が止まり一段落を迎えると、安心しきった人々は元の生活の営みに戻り、この場にはドラグナージークとテリー、ルシンダだけになった。

 ルシンダは疲弊し弱り切っていた竜の眠る頭を愛しそうに撫でていた。

「こんな小さな子まで狙われるなんて」

 ルシンダが吐き出す先が無い憤りを口にした。

「竜の命も人間の命も平等だよ」

 ドラグナージークが言うと、ルシンダはかぶりを振った。

「密猟者だけは許せないわ、地獄へ落ちれば良いのよ」

「そうだな」

 ドラグナージークは心から同意した。

 テリーが一旦、竜の宿の世話に戻るとドラグナージークはルシンダと二人きりになった。

 町は既に夜中だった。

「ルシンダ。もう一度、竜に乗って見ないか? 君の様に慈しみの心を持つ相棒がいると俺は心強い。俺一人ではまだまだ力不足だ。俺が来たせいで君の役どころを奪ってしまったことは申し訳ない。だが、どうだろう、俺と君とでこの町を守る、竜を守ると言うのは?」

 ドラグナージークはそう心からの思いを告げ、ルシンダを見た。

 彼女は竜の背に上半身を預けて寝てしまっていた。

 ドラグナージークはそっと近寄ると、着ていたマントをその背に掛けてやった。

 今だから言えたことだ。俺はルシンダと飛びたい。その思いをもう一度、告げられる機会があるだろうか。

 空を見上げる。夜空は晴れ渡り三日月と星々とが最上の輝きと慰め、そして祝福もしてくれているように思えた。

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