第5話 聖域の森
視界が暗転して路地裏の景色が深緑の地に変わる。
「「ーっ!?」」
イツキ以外の9人はあまりのことに言葉を失った。
9人の中で一番年上のジュリナも驚きを隠せずにいた。
な、何が起きたのっ!?
周りを見渡すと周囲は深い森の様で途轍もない巨木と不可思議な草花が生え並んでおり、全ての植物からそれぞれ独特な温かい光が漏れ出ていた。
こ、ここは一体何処なのかしら??
農民だった私じゃ見当もつかないわね…。
はっ、そんなことよりっ!い、イツキ様っ!イツキ様はっ!??
健康体になった身体の反射神経をフル活用して直ちに主人を探す。
イツキは何食わぬ顔で森の中を歩き始めていた。
はぁ~~っ良かったぁ、ご無事でいらしたのね。
ホッと胸をなでおろす。
イツキ様に何かあれば私は、私は…。
言葉に言い表せない程に私はイツキ様をお慕いしてる。
殺処分を待つだけだった何の価値も無い私を救ってくださったもの。
しかも奴隷になる前より何倍も健康的で活力と元気のある身体にして頂いた。
イツキ様に生きる喜びを頂いたのよ。
この御恩は必ず心を込めたご奉仕でお返しするわ。
それまでイツキ様にもしもの事なんてあってはなりませんもの。
奴隷の中では年長者だし私がしっかりしなきゃ。
「ビックリしちゃったかな?転移しただけだから心配ないよ、僕に付いて来てね」
イツキ様の甘ったるい幸せな声が聞こえて来た。
私の健康な身体はイツキ様の声に反応してビクッと喜ぶ。
従順な姿勢と態度を示すべく、込み上げる温かな想い押し殺して歩く。
イツキ様は初めて見た時からとても不思議な雰囲気をお持ちで、近くにいらっしゃるだけで何故か心が癒されるし全身が感じてしまう程に魅力的でもし許されるのなら…。
って、ダメよ、まだ何もお返し出来ていないのに甘い考えを持つだなんて。
イツキの後ろ姿を凝視するのは止めて視線を周囲の神秘的な景色に移す。
光る植物だなんて聞いたことが無いわ。
空気は美味しいし、何だか全身が清らかになっていく感じがするわね。
転移というのが何か知らないけれど、きっと別の場所に移動する魔法ね。
私達を救ってくださった奇跡の魔法に加えて転移という力もお持ちだなんて。
色々な意味でイツキ様の事が気になってしまいますっ。
「この辺の森は僕ん家の庭だから皆覚えといてね~」
イツキ様から衝撃の発言が。
えっ、に、庭?
この森全てがイツキ様の所有される土地??
イツキ様は一体何者なのかしら…。
奴隷が主人を詮索するだなんて大問題だと十分知っているけれど、それでも気になってしまうわ。
もしかして凄く高貴な御方なのかしら。
会得されている魔法も高度に違いないし、ならず者が睨む貧困街を平然と歩いていらしたもの、十分に有り得るわ。
救われておいてこれ以上イツキ様に望む事なんてありませんけど、少しドキドキしてきたわ。
暫く歩いていると犬獣人のエミーが何かに気が付き険しい顔で前列に出て来た。
「イツキ様っ、たった今北東の方角からモンスターの匂いを確認しましたっ!」
エミーの言葉に反応してオーガのラムリーと魔族の男クローリルがもしもの時を考慮してかイツキ様の東側まで進み出た。
私は今より更にイツキ様に近寄って進言する。
「イツキ様っ、奴隷の身分で進言することをお許しくださいっ、エミーは元冒険者の犬獣人でとても鼻が利きますっここは御身の安全を優先して西に進路を逸らしましょう」
進言のついでにイツキ様の素晴らしい香りをスンスン嗅ぐ。
んぁ~~~しゅごい良い香りぃ~。
全身が喜んでっ…りゅっ…。
「大丈夫、出迎えてくれるつもりなんだよ」
ビクンッ
だめっ、イツキ様との距離が近くて声だけで身体が反応しちゃうっ。
でも今は感じてる場合じゃないわ…。
落ち着きましょう。
モンスターが出迎えるということはイツキ様の従魔ということなのかしらね。
少し心配しながら歩いていると進行方向右側に見える少し離れた巨木の隣から狼に似た巨大な白い犬が現れた。
「「ーっ!!??」」
私達奴隷は身構えようとするも、その圧倒的な存在感と巨犬の放つ底知れ無い力の重圧を受けて動けなかった。
この巨犬がこの森の主なのかしら?
もしイツキ様がこの場にいらっしゃらなかったら全員卒倒したわね。
気を保つのもやっと。
それほどまでに巨犬から強者のプレッシャーが伝わって来る。
不味いわねっ、この巨犬がイツキ様に襲い掛かったとしたらっ。
私達の不安を他所に、民家程の体格をもつ白い犬はイツキ様に向かってお座りをして頭を垂れた。
「ほらね、森のモンスターは大人しいから襲って来ないよ、いざとなったら僕が何とかするから皆心配しなくて良いよ」
イツキ様のお言葉で萎縮していた全身の筋肉が緩んでいく。
頃合いを見計らって頂いたのか少し時間を空けてから歩みを再開した。
「あ、あの…イツキ様、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
どうしてもあの巨犬が気になったので意を決して聞いてみる。
「どうぞどうぞ、何でも聞いてね」
奴隷の質問を快く許可して下さるイツキ様。
あぁ素敵です。
「先程の大型モンスターはイツキ様の従魔なのでしょうか」
「あのワン子は野生だよ、僕は従魔を使役してないんだ」
「し、失礼いたしましたっ」
「偶に僕が出掛けるとこうして出迎えてくれるんだよ、気にしないでね」
まさか野生だとは。
イツキ様は野生の大型モンスターを手懐けていらっしゃったということよね。
あの巨犬がひれ伏したのを考えるとイツキ様はこの地の支配者なのかもしれないわ。
などとイツキ様の事を考えていると、またエミーがピクリと反応した。
心配するなと言われた手前からか今度は発言せずエミーはソワソワしている。
それから暫くして進行方向左側に今度は巨大な虹色の鳥が現れた。
巨鳥も巨犬と同じくイツキ様に向けて地面で頭を垂れる。
巨犬に負けず劣らずの強大な力を感じる。
「「…っ!!」」
襲って来ないと知らされていてもこれほどまでの圧倒的な力を前にすると私達如きでは恐怖が買ってしまうわね。
「怖くないからね、慣れれば大丈夫だよ」
イツキ様は鳥のお辞儀に軽く片手を振って答え自然な表情で先へと進んで行く。
道中に次々と大型モンスターが現れモンスター達は何かしゃべるでもなくイツキ様に頭を垂れて去って行った。
こんなに強大な大型モンスターがこんなに居るのも驚きだけど、全てイツキ様が手懐けていらっしゃった事もビックリだわ。
更に歩みを進めるとイツキ様が先の方向を指差した。
「あれが僕の家だよ~」
イツキ様が指し示す先には、淡い光のベールに覆われた白い大きな豪邸が建って居たのだった。