第1話 バグだらけの異世界
ご訪問ありがとうございます。
拙い文ですが読んで頂けると幸いです。
満月の夜、冴えないサラリーマンが横断歩道を渡っている。
周囲にはサラリーマンの男以外に人がおらず車やバイクも見当たらない。
男の黒い革靴がアスファルトを蹴る時だけ音が聞こえている。
今日は珍しく静かな夜だ。
そしてさらに珍しいことに、突如として男の身体が眩く光り出した。
「えっ!?何こ…れっ…」
男はちゃんとリアクションをする間も無く、フッと姿を消したのだった。
♦
…何が何だか分からない。
急に身体が光ったと思ったら、何故か僕は全く知らない場所に来ていた。
ここは日中らしく明るい。
周囲を見渡すと、石畳の道路に石材と粘土で作られた家々が並ぶ中世ヨーロッパ風の街並みが見える。
そして行き交う人々はローブ姿であったり革ベルトに剣をぶら下げていたりとファンタジーのキャラクターみたいな恰好をしている。
えっと、これはどういう状況なのかな…。
目の前の光景がおかしいのか、それとも僕がヤバイのか。
さっき身体が光ったせいで僕は酷い幻覚でも見ているのかも…。
う~ん、何だか自分の頭が心配になってきた。
脳機能を確認する観点で、少し記憶を確かめよう。
僕の名前は田中樹、27歳の日本人サラリーマン。
趣味はゲームとネットで、彼女も友達も0のブサメン。
連日の深夜残業と職場のパワハラで身も心も疲労している底辺社会人だ。
…なんか自分で確認してて悲しくなって来たよ。
頭は大丈夫そうだと分かったけどさ。
となると、やはり目の前のこの光景がおかしい。
新進気鋭のクリエイターが仕掛けた大掛かりなドッキリだったりして。
なわけないよね、芸人じゃあるまいし。
それか最近小説とか漫画で流行の異世界に飛ばされたとか。
ドッキリより有り得ないか、ハハハ。
この状況を説明出来る良い憶測も出てこないし、ここで考えても仕方が無さそう。
周りの人に声を掛けようかと思ったけど、怪しく見えてしまってまだ話しかけるのには抵抗がある。
少し怖いけど周辺を歩きながら目で見て調査するとしよう。
周りを観察しながら街を歩く。
そんな僕を周囲の人達がチラチラと見てくる。
僕の動きから余所者感が出過ぎていたかなと思ったけど、よくよく周囲の視線を追うと僕のスーツを見ていたみたいだった。
そうだ僕は深夜残業の帰りだったんだよね。
皆ファンタジーな服装だから僕のスーツはメチャクチャ浮いてる。
恥ずかしい気持ちを隠しながらどことなく歩いていると、気になる人を見かけた。
茶色いローブ姿をした坊主の男性が、二重にダブっている。
どういうこと??
誓って僕はドラッグなど服用したりしない健全なブサメンだ。
これは幻覚なんかじゃない、ハッキリと見える。
全く同じ男性が少しずれた位置に2人重なり普通に街中を歩いてる。
これはもしかして魔法による現象で本当に僕は異世界に来てしまったのではないか…。
そう思ってしまうほどに奇妙で衝撃的な光景だった。
行き交う人々はチラリとダブり男を見ると眼を逸らし避けて歩いているみたいだ。
地元の人達も気にしているんだね。
僕も勿論近寄らない。
ダブり男とは逆方向の道を選び散策を続ける。
進行方向には複数の商店らしき建物があった。
うわっ、あれってもしかして武器屋かなっ!?
遠目で店内のディスプレイに立派な剣が沢山飾ってあるのが見え、少しテンションが上がる僕。
近づくとお店前のに置かれた看板にはクロスされた剣の絵が描かれていた。
おおっ!やっぱ武器屋じゃんっ!凄いっ初めて見たっ!
武器屋とは即ち男のロマンなのだっ。
まだ真剣を扱う本物かどうか分からないがこの際レプリカでも良いから見てみたい。
吸い込まれる様に武器屋に近寄る僕。
と、ここで兵士風の武装をした男が近寄って来た。
「そこのお前っ、止まれっ!」
日本語じゃない言語だが何故か言っている意味が分かる。
何か僕やらかしたっけ。
武器屋に入りたい気持ちをグッと抑えて素直に兵士風の男に従い立ち止まる。
「あー、何か用ですか?」
こちらの言葉が通じるか分からず、恐る恐る口にすると僕の言葉は兵士風の男と同じ日本語じゃない別の言語に置き換えられて発せられていた。
まるで魔法みたいに。
う~む、ではやはりここは異世界なのだろうか。
実際に魔法の様な体験を経験してその可能性はかなり高くなったと言えるけどまだ確信までは至らない、まだ少し疑っている自分が居るんだよね。
「何だその変な顔と恰好はっ、まさかお前変身したデーモンじゃないだろうなっ!」
えっ、デーモン?
デーモンってあのファンタジーによく出てくる悪魔的な存在のこと??
あとブサイクは放って置いてよね、自覚してるけど他人に言われると一応傷付くんだから。
「あなたの仰るデーモンがどの様な存在か知りませんが、僕は変身なんて出来ないので恐らく違いますよ」
何て答えたら良かったのか分からないけど、取り合えず変身していないことだけは分かっているので否定しておく。
「この時代にデーモンを知らないだとっ!?ふざけているのかお前はっ!」
あわわーっ、兵士っぽい人が怒り出しちゃったよ。
まずい答え方だったみたい。
何て答えたら良かったか分からなかったんです、許してーっ。
「すいませんっ、ふざけている訳ではなく本当に知らないだけなんです、信じて下さいっ」
兵士風の人が腰の剣に手を置いて僕に迫る。
ちょっと待って、まさかこの訳の分からない状況で斬られるの僕っ!?
「ならばさっさと証明しろ」
良かったまだ斬られないみたいだ。
でも証明って言ったってどうすれば…。
「あの、どうしたら証明したことになるのでしょうか」
僕の言葉に兵士風の人は呆れた表情を見せた。
「なんて間抜けなデーモンなんだ、知らない振りでやり過ごせるとでも思っているのか?」
もうやだなぁ、完全に僕の事をデーモンだと思い込んでしまっちゃってるよこの人。
「ち、違いますよ嘘ではありません、本当に僕はデーモンとかいう存在ではありませんからっ」
「全くこいつはまだ続ける気か?まあ良い、身分証かスキル証を見せろ、それも知らないと言うのなら神殿に来てもらうぞ」
兵士風の人が目に見えてイライラし始めた。
こっちだって信じて貰えなくて腹が立ってるからねっ。
まあ一先ず怒りは置いて、今は無実を証明しないと。
スキル証なんて知らないが、身分証なら確か財布に運転免許証があったはず。
でもここが本当に異世界だとしたら運転免許証なんて見せると余計に話がややこしくなりそうなんだよね。
「分かりました、神殿に行けば良いんですね」
僕の答えに兵士風の人が驚く。
「これは珍しい、まさかデーモンが神殿に来るとはな、神官を出し抜けるとでも思っているのか」
神官なんて居るんだね。
誰が何をしようが僕が人間であることは変わらないけど。
「僕はデーモンではありませんから」
「行けば分かる話だ、ついて来いっ」
兵士風の人に連れられ、デーモン容疑の僕は無実を証明する為に神殿なる場所へと向かって行ったのだった。
♦
案外近かった神殿の内部で、僕はピカピカに磨き上げられた白い石材の床に立たされている。
後ろにはさっきの兵士風の人に加えてもっとゴツイ鎧を着た重装兵の人達が控えていた。
そして奥には金の装飾が施された司祭風の服を着た金髪の女性が、僕を見ている。
この女性が神官さんみたいだ。
神官さんは警戒しているのか、何をするにしても左手に握りしめた銀の長いロッドを僕に向けている。
この人も僕の事をデーモンだと思ってるんでしょうね。
「それでは鑑定します…鑑定!」
神官さんが僕に向かって言葉を発した。
鑑定って異世界系の作品でド定番になっているあの鑑定?
「あ、ごほんっ、鑑定の発動に失敗しましたのでもう一度、鑑定!」
えっ、鑑定に失敗とかあるんだね…。
新人さんなのかな。
神官さんが失敗したことには誰も触れず、再度鑑定された僕。
「…ではもう一度、鑑定っ!」
また失敗したんですね…。
かなりのドジッ子神官さんだね。
そして周りの兵士達も当然の様にスルーしている。
鑑定ってそんなに難易度高いのかなぁ。
「……皆さんご存じの通り、ここ最近世界中でスキルや魔法の発動確率が下がっておりますので暫しお待ちください、鑑定っ!!」
ええーっ!??また失敗したんですかっ。
スキルと魔法に発動確率ってそれ本当かなぁ…。
そんな異世界聞いたことないけどなぁ。
「鑑定っ!!鑑定ーっ!!!」
神官さんは失敗に気持ちが揺れること無く真顔で叫び続け、僕に向けてロッドをブンブン振る。
こんな状況なのに誰もツッコミを入れないのがまた不思議だ。
「あっ、成功しましたっ!…こっ、これはっ!」
神官さんは成功に喜ぶ事無く空中を見ながら目を丸くして驚いている。
僕には見えない何かが見えているのだろう。
鑑定らしいし、僕のステータスとかプロフィールでも見えてるんじゃないかな。
ここが異世界ならだけど。
「信じられないっ、まさかこの人が…、いえ、まずは皆さんにもお見せしましょう」
神官さんはそう言って僕に薄くて小さい鉄のプレートを渡してきた。
「そのプレートに貴方の鑑定結果が表示されます、セーブ!」
例の如くセーブにも失敗した神官さんがセーブを連呼し、6回目でようやく僕が持つプレートに文字が浮かんで来た。
蜷榊燕 イツキ タナカ
遞ョ譌� ヒューマン
諤ァ蛻・ 逕キ
繧ケ繧ュ繝ォ 蟄ヲ鄙定。� 隗」譫占。�
繧ョ繝輔ヨ 險隱槫、画鋤
「いや、文字化けしとるーっ!!?」
思わずリアクションを口に出してしまった。
僕だけが文字化けして見えているのかどうかは知らないが、名前と種族らしいヒューマンの文字以外全部文字化けしていた。
こういうのって隠しスキルとかが一部文字化けするんじゃないのかな…。
驚いている僕とは対照的に神官さんは真剣な顔で僕を見る。
「文字化け?を私は聞いたことがありませんが、今はそれより勇者文字が現れた事が大事です」
出ました異世界の定番、勇者。
勇者文字ってもしかして文字化けの事かな。
「凄いじゃないかアンタ!スキル証に勇者文字が出るなんて勇者の素質があるぜっ」
「疑って悪かったよ、変な顔をしてるが勇者文字が出たんなら間違いなくあんたはデーモンやモンスターの類じゃない」
後ろで僕のプレートを覗き込んでいた兵士達が声を掛けて来た。
僕に勇者要素など無いから勘違いだろうけど、どうやらこれでようやく疑いが晴れたらしい。
あと変な顔は余計だ。聞こえているからね。
「無事証明出来て良かったです、それじゃもう僕は自由にして貰えるんですよね?」
「お待ちくださいイツキさん」
神官さんが僕を呼び止める。
「何でしょうか」
「まず、今回の騒動は衛兵の勘違いでした。ですのでそちらのスキル証プレートは本来銀貨5枚の値段ですがこの街を代表する神官としてお詫びに無料で差し上げます」
「それはありがとうございます、ではこのプレートは頂戴しますね」
僕はスキル証プレートをゲットした。
文字化けしてるけど。
「それと、これも勤めですので勇者文字が出現されたイツキさんに勇者伝説をお話します」
今度は伝説ですか。
「勇者伝説?」
「はい。その昔、強大で邪悪な魔王を今一歩まで追い詰めたアストという英雄が居ました」
神官さんが昔話を聞かせるみたいに話始めた。
なんだか妙な事に巻き込まれそうで嫌な予感がする。
遠慮したいけど神官さんも仕事らしいしな…。
「アストは魔王の侵攻を退け人類に平和を取り戻した真の英雄として多くの人に称えられました」
ふーん、ファンタジーの主人公みたいな人だったんだな。
「アストはイツキさんと同じく鑑定したスキルの一部が読めない文字になっていました」
アストって人は一部でしょ?僕の場合は殆ど読めなかったんだけどなぁ。
「年を取ったアストを再度鑑定すると読めなかった文字が読める文字に変わり、隠されたスキルが勇者だとわかったのです」
なるほど、だから文字化けのことを勇者文字と言ってるのか。
「アストの遺言には、勇者スキルは時を超えて継承され何時の日か自分と同じく勇者スキルを持った英雄が現れて魔王を討ち滅ぼす、とありました」
勇者自身が予言したの?
なんかちょっと変だな。
この流れはもしかして…。
「今世界は危機に瀕しています、先程も言いましたが昔には当たり前に出来た魔法やスキルの発動が低確率になったり、虚無と呼ばれる全てを吸い込む闇の塊が至る所で発生したり、様々な災いが発生しているのです」
流石に鑑定失敗し過ぎだったね、こっちもビックリしちゃったよ。
「ですが、全ての災いは邪悪な魔王とその配下が引き起こした我々人類への攻撃なのです。イツキさん貴方は勇者のスキルを受け継ぐ者、魔王を倒し世界を救って下さい、お願いします」
やっぱりこうなるのか。お願いされてもなぁ。
それに妙な違和感もある。
「あの、魔王の配下も魔法やスキルの発動が低確率になったりするのでしょうか」
僕の質問に神官さんは何故か面食らった様だ。
「…魔王の配下達も魔法は不発します…ですが、我々より絶対に確率は高い…はずですっ!」
それって本当に魔王のせいなのかなぁ。
まだここが何なのかハッキリと分かってないし、なんか色々とスッキリしない。
「あの、お答えする前にどうしてもお聞きしたいことがあります」
「どうぞ、私が答えられる範囲でなら力になります」
「ありがとうございます、それでお聞きしたいのはですね、魔法はどうしたら習得出来るのかということなのです」
神官さんはキョトンとした。
「魔法ですか、良いですよ、えーっと、基本は使用者の魔力と魔素のコントロールということなのですが…」
「ありがとうございますっ!お願いしますっ」
神官さんに頭を下げる僕。
「ふふふっ、先程勇者伝説をお話した時とイツキさんの目が違いますね」
「すいません、魔法の事がずっと気になっていまして」
「いえ良いのですよ、勇者に魔法は必要ですから」
神官さんは笑顔で僕に魔法を教えてくれた。
まだ勇者やるか決めて無いけど。
「ではまず目を閉じてみてください、次に手を動かさずに手を伸ばそうとしてください、何かを感じませんか?」
手を動かさずに手を伸ばす?
一応言われた通りにしてみる僕。
うわっ、本当だっ!
確かに体内から何か沸き起こる感じがする。
「はい、何かが身体の中から沸き起こる感じがします」
やばい、ドキドキしてきた。
「それが魔力です、次は握った利き手を前に出して人差し指だけ突き出してください、その姿勢で魔力を感じている状態を保ちつつ突き出した人差し指から火が出る様子をイメージしながら"ファイア"と唱えてみてください」
期待で緊張しつつも、言われた通りに利き手の右手を前に出して人差し指を伸ばす。
先程と同様に両目を閉じ、手を動かさずに挙げようとして魔力を感じる。
よし、ここまでは大丈夫。
次に言われた通り、魔力を感じる状態を維持しつつ頭の中で人差し指から焚火程度の火が出るイメージをする。
「ファイア」
ボウッ
ガスコンロの点火みたいな音がして、指先から高熱を感じる。
「「おおっ」」
後ろの兵士達から驚きの声が聞こえて来た。
「凄いですイツキさん!眼を開けてみてください、発動は低確率なのですが1回で成功しましたよ!」
眼を開けて見ると、人差し指の少し先に焚火程度の火が噴き出ていた。
サイズ的にはもう火というより炎だ。
「おおーっ!凄いっ!本当に火が出てるっ!魔法ですよこれはっ!まさしく魔法ですっ!!」
僕は初めて魔法を扱えた感動で暫く指先の炎を見ていた。
うん、間違いなくこれは魔法。
つまりここは間違いなく異世界だ。
今まで疑っていてなんだが、僕は前からファンタジーの世界に憧れていたんだ。
夢が叶ったことになる。
「はい、火の魔法です、初めてでこんなに大きな炎を扱えるのとは流石は勇者ですね」
「神官さんありがとうございます!僕、やってみようと思います、勇者として魔王を討伐してやりますよっ!」
あ、ノリで言っちゃった。
でも今はドキドキとワクワクが止まらない状態だ。
剣と魔法!手に汗握る冒険と戦い!未知との遭遇!
あと奴隷を買ったりだとか、奴隷を手に入れたりだとか、奴隷を貰ったり奴隷を…。
何にせよこれから新しい第二の人生が始まるわけだ。
いや~、異世界最高っ!
「ありがとうイツキさん、いえ、勇者イツキ殿、我々の世界を宜しく頼みますね」
そうして僕は神官さんと兵士の拍手に包まれ、修行の旅に出たのだった。
♦
今日で僕が異世界に来て2か月になる。
勇者として剣と魔法の修行を続けながら、あらゆることを学習していった、そんな2か月だった。
だが僕は今、魔王と戦うどころか書斎部屋に籠っている。
なぜかと言えば、魔王だとか勇者なんて世界の危機と一切関係が無いことに気が付いたからだ。
僕は初日から薄々疑問に思っていた。
異世界に来た初日に街で見かけたダブり男、魔法の発動確率、虚無、世界各地の異常現象…。
何となく異世界にしても変な事に思えた。
僕は魔法とスキルのことを研究している内にこれらの謎が分かってしまった。
あれはバグだ。
この世界の事を知れば知るほどに不可解な仕組みが浮き彫りになってくる。
この異世界はバグだらけだったのだ。
そして僕はこの世界のバグを研究し、極めて重大な事に気付いてしまった。
このままだと後数年に世界が消滅してしまうということに。
前置きは2話まで続きます。
3話目でイツキ君は奴隷ちゃんを購入します。