それはまるで、『魔王』の旋律のような
その日が幸せな1日かどうかは、朝起きてすぐに分かると人は言う。ことわざにも『一日の計は朝にあり』、『早起きは三文の徳』、『よい隣人を持った者はよい朝を迎える』とか、いろいろある。
ん? よい隣人を持った者はよい朝を迎える? じゃああいつは……。
今、俺の目の前には、漆黒の四角い扉がある。
我らがチームは、ついにやってきたのだ。
闇を支配する暗黒神姫が持つと言われる、伝説の武器『ダークネスシリーズ8点セット』を求めて、古文書『暗黒神姫 完全攻略マニュアル~必ずやらなければならない24のこと~』を解読。
とある街で手に入れた、【闇のオカリナ】を吹く事で現れる漆黒のダンジョン。
その最下層にある絶唱の間。その玉座の裏の隠し階段を降りたところにある迷路のような夢幻の洞窟……。
これまでの苦労を思い出しながら、俺はドアの取っ手に手をかけ、メンバーの方を振り返る。
チーム全員が無言で頷いたのを確認して、俺は扉の取っ手を勢いよく引いた。
……あれ? 開かない。
背後から『早く開けんかワレ』といいたげな、突き刺さる視線を感じつつ、一度深呼吸をして、もう一度頭の中で手順を振り返る。
まず、八つある扉の、左から四番目。うん、右からじゃないからこれは合っているよな。
次に、扉にかけられた呪いを解くのに、『破邪の祈り』と呼ばれる、ちょっぴり恥ずかしい踊りをチーム全員で踊った。
そうして現れた穴に、【悲愴の取手】を装着して、左に4回、右に8回、左に2回回した。
おかしい、マニュアルによれば、足りない手順はないはずなのに。
まさか引き戸? いや、それならすぐ気がつくはずだし……。
内側からしか開かない? いや、それならこれまでの作業の意味がないような気がする。
どこかに呼び鈴的な何かが!? ……あるはずない。
焦るな。 落ち着け。 考えろ。 何か忘れているはずだ。
…………。
…………。
そうかっ! これは、引いてもダメなら押して……
「遅い!」
イラついた女剣士の声がしたと同時に、背中を強く押される俺。
まるで、取っ手に引っ張られるような格好で、一人部屋の中になだれ込む。
取っ手から手を離し、バランスを崩しそうになるのを回避すべくクルリと一回転。
ついでにもう一回転して着地のポーズが決まった! ……と思ったら、足がもつれて盛大にコケる。
一方の扉は、勢い良く開いた反動で、パタンと音を立てて閉じてしまった。
辺りが静まり返る中、前方上の方から声がする。
「あらあら、大丈夫……ですか?」
顔を上げると、ひとりの女性が、心配そうな表情で立っていた。
これが400年以上もの間、この世界の闇を支配するという、暗黒神姫なのだろうか?
だが、顔は見覚えのあるような、ないような。声も聞き覚えのあるような、ないような。
他に何かヒントになりそうなものがないか、辺りを見回す。
部屋には、重厚感のある椅子とテーブルがあり、上にはお茶とお茶菓子、読みかけらしい本、そして、鏡のような物が置かれていて、暗黒神姫要素はゼロだ。
愛想笑いをしながら立ち上がる俺を見て、女性はニコリと微笑む。
「よくぞおいでになられました。チーム パピペポ の皆……というより、お一人様なのですね?」
何故だ……。何故、初対面なのに、俺たちのチーム名を知っているんだ?
俺が驚いていると、その女性は満足げな表情を浮かべる。
「うふふ。私が、あなた方が適当につけた、その史上最低と評判のチーム名を知っているのが、とても不思議なのですね?」
ゆっくり、丁寧な口調だが、内容は嫌味タップリ。適当につけたかどうかは別にしても、『史上最低』とは失礼な奴だ。
「どうして知っているか、知りたいですか? 知りたい? 知りたいですよね?」
妙なテンションになっている。
『知りたくない』とは言いづらい雰囲気だが、表情を読み取られたらしく、顔から笑顔が消え、今度はシュンとなってしまう。
「余りご興味がなさそうですね。残念です。せっかく、400年間にも渡る、時に笑いあり、時に切なく、壮大で重厚ないきさつを、頑張って3日分にまとめたのですが……」
ながっ!
「そこまで嫌そうな顔をされなくても……。それでは、ポイントだけかいつまんで、簡単に話をいたしましょうか?」
どうしても聞いて欲しいらしい。
仕方がないので、うなずいて話を聞いた。
「私は、闇を司る者で、人々からは『暗黒神姫』と呼ばれています」
ふむ、まあそれはその通りだな。
「私は、ある道具を使い、ここに居ながらにして、人々が持つ、様々な欲望、打算、恨み、妬み等を知ることができます」
ある道具? テーブルの上にある鏡のような物の事か?
「つまり、あなたのチームは、誰かの恨み、妬みの対象になっていたので、知ることができたのです」
まあ、誰でも恨まれる事のひとつやふたつはあるだろうな。
「うふふ、これで終わりです」
みぢかっ!!
「あらあら、小さいお子ちゃまにも充分理解できるよう、努めて短く、平易にお話したつもりですが、まだ分かりづらかったでしょうか?」
暗黒神姫は困ったような表情を浮かべる。
何だか、暗黒神姫って言うより、単なる腹黒女って感じがしてきた。
「ところで、チームなのに何故お一人なのですか? もしやボッチ……」
違うわ! とツッコミを入れようとしたところで、暗黒神姫がハッとした表情に変わる。
「もしやこれは、時間をもて余した者達が、無意味な鍛練の為だけに行うという、シルブプレ……ではなくて……、うーん、そう! あの、『縛りプレイ』と言われるものでは!?」
なんか寒いボケも絡ませてきた!?
もはや否定する気も突っ込む気も失せ、ボーゼンとする俺の様子もお構い無しに、話を続ける。
「あらあら、それならそうと早く言って下さればいいのに……。もう、恥ずかしがり屋さんですねっ!」
笑顔のまま、ポッと顔を赤らめ、モジモジする暗黒神姫。
「うふふ。すぐに準備しますね?」
そう言って、暗黒神姫が指をパチンと鳴らす。
準備……って、えっ? あれっ?
気づいた時には、俺は全身を縄で縛られていた。
おい、ちょっと待て、『縛りプレイ』は、1人でラスボスまで倒したり、呪文禁止とか、そういう事であって、これは意味が違くないか?
「最初はちょっと痛いかもしれませんが、もし、耐えられないレベルでしたら、手をあげるなどして、教えてくださいね」
歯医者かここは? そもそも手をあげるって、後ろで縛られてるからあげようがない。
まあ、今のところ、そこまで痛くないからいいけど……って、俺が言いたいのはソコじゃない!
「ああ、ご心配には及びません。今あなたに見えているのは、あなたが最も劣等感を持つ者の姿ですから、そんな人に攻められても、苦痛なだけですよね?」
最も劣等感を持つ者って、まさかそれは……
「こちらでは、女王様、お嬢様、亜人、男の娘、ガチムチ、オークなども大丈夫ですし、攻め方も、ありとあらゆるジャンルに対応しておりますので、どうぞご安心ください」
聞いてる方が恥ずかしくなるような単語を並べられて、俺は顔が赤くなってくる。
少なくとも、安心しろ、と言われて安心できる内容じゃない。何だかヤバイ気がしてきた。
「あらあら、お顔が真っ赤ですねぇ……。ぼくちゃん、お熱になったのかなぁ?」
暗黒神姫は、顔を上気させて、一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。
俺は、後ずさりしながらさっきの扉を開けようとしたが、手は後ろで縛られているので、位置もわからない扉の取手を掴むのは難しい状況だ。
「こういう時はぁ、たあんとぉ、汗をかくと良いとされているってぇ、言われているんですよぉ」
さっきまでとは口調が変わってきている。
穏やかな面影もなくなり、眼は大きく、鋭く見開き、狂気に満ちた暗黒神姫の顔が、目前にまで迫ってきた。
それは、姫というよりも、むしろ魔王のようだ。
「うふふっ、ふふふふっ、ふははははっ!!」
笑い方までおかしくなっている。
これはヤバイ。そして怖い。
暗黒神姫は、恐怖におびえる俺のアゴを持ち上げながら、顔を近づけ、そして耳元でささやく。
「さあ……、私と一緒にぃ……、たぁーっぷり……」
くっ、あっ、いやっ、そんなトコさわっ!
「あ、そ、び、ま、しょう♡」
うわあああっ!
「…………う………んっ?」
眼を開けると、見慣れた天井がそこにあった。
カーテンの隙間からは太陽の光がさしこみ、外からチュンチュン、という雀の鳴き声が聞こえる。
朝? 鳥が、チュンチュン……?
まさかこの展開は!?
と、思いつつ、念のため、男の娘、ガチムチ、オークなどが、あられもない姿でスヤスヤと眠っていたりしないか、とベッドの周辺を含めて慎重に見回すが、当然ながらそんなことがある訳はなく、誰もいない。
「ええっと、俺の名前は不破 空。神奈川県川崎市在住の16歳、高校1年生……うん、よし」
念には念を、という事で、自分が異世界の変なキャラクターに転生したりしていないか、名乗るのに躊躇するような環境ではないか、きちんと声に出して言えるかを確かめる。
「なんだ、夢か……」
ホッと胸をなでおろす。
同時に、あの腹黒女に、縛りプレイ、寒いダジャレやら何やらが、俺の脳内で生成されたものである事に愕然とする。
ああ、今日も朝から最悪の気分だ……。
しかし、俺はまだ、この悪夢が、最悪の気分になる朝の出来事その1、であるとは、思いもよらなかったのである。
お読みいただき、ありがとうございました。
ひとまず月1ペースぐらいで書いていけたらいいかなと思っています。