間章1
「さて、お前たちはどう見るかね?」
大聖堂に向かって歩き出しながら、司教が問う。両脇に控えた聖騎士は短く頷いた後、年嵩の男の騎士の方が答える。
「なんというか、おべっか使いの嫌な男でしたな!」
豪快にそう切り捨てる男の騎士の言葉に司教は苦笑する。彼はその屈強な図体に見合う豪快な性格の男である。曲がったことや回りくどいことを嫌い、もちろん先に挙げたように媚びを売ったりするような人間を好まない。正直であることを美徳と信じ、己にも他人にもそれを求める高潔な男である──しばしば、その歯に衣着せぬ発言は争いの種となるのだが、それは今は触れずにおこう。
「私の勘は、大抵当たりますからな!あの男、本性を隠しておりますぞ」
顎に手を添え、最もらしく男は言うが、当然そこには根拠も何もない。単に彼が気に入らないというただそれだけなのだが、しかし、司教は男の言葉に頷く。野生的な勘でこれまで幾度も窮地をくぐり抜けてきた男だった。人間の機微にもそれを上手く言葉にできないだけで聡い。それに、概ね司教も同じ見解である。
「なるほど。では、お前の方は?」
司教は続けて女騎士を振り返る。屈強な男の騎士とは対照的に、すらりと背の高い細身の女である。彼女はしばらく悩むように沈黙し、それから口を開く。
「得体の知れない男だと思いました」
「まぁ、事前の身辺調査で素性も割れない男です」
「それは、そうですが…」
女騎士は広場で相対した二人の様子を思い出す。神父──彼女らが仕える司教の愛弟子にして腹心の部下でもある彼は、終始護衛の男の言動に翻弄されていたように見えた。脅されている訳ではないようだが、意思の疎通が出来ているとも言い難い。言葉ばかりは神父や司教を敬う風だったが、あの護衛が本当に主神を信仰しているかすら怪しかったし、何より──。
「…帯刀した我々に、あの護衛は全く警戒心を見せませんでした」
司教が首を傾げる。敵ではないのだから当然だろうと言いたげな彼の様子に、男の騎士が言葉を継ぐ。
「大抵、私たち騎士だとか傭兵だとかいう職種の人間は、武器を持った人間を警戒するもんですよ。それが味方であれ、初対面なら尚更ね」
「ああ、なるほど」
「それをしなかった、ということは…我々を警戒するに値しないと判断したのでしょう」
「…つまり?」
司教が先を促すが、女騎士は答える前にちらと男の騎士を見やる。これを言うと、多分彼は機嫌を悪くするだろう。そうなると面倒なので、極力言葉を選んで伝えねばならない。
男の騎士とは対照的に、女騎士は思慮深く冷静な性格だった。鋭い観察眼で戦況の先読みに長ける。
「…我々を二人同時に相手取ったとして、苦せずして場を切り抜ける自信があったのだと思います」
「なんだと」
案の定、男の騎士はむっとした様子で太い眉を吊り上げたが、女騎士は語気を強める。
「無論、それが驕りである可能性もある…!自らの力を過信した愚者であるか、あるいは本当に我々の想像を越える猛者であるか…それはあの場限りでは判断いたしかねます」
そこまで言い切り、女騎士は司教を見返す。聖職者としての司教の腹心は眼鏡の神父であるが、聖騎士としての司教の腹心は彼ら二人であるとの自負がある。こうして為人を見極める際に意見を求められることも少なくない。司教は腕を組み、考え込むように唸る。
「なるほど…一応聞きますが、あれから調査に進展はありましたか?」
「いえ…」
バツが悪そうに男の騎士は大きな図体を縮こまらせる。女騎士が続けた。
「手を尽くしておりますが、あの護衛の男、出身地はおろか、過去の経歴も一切不明。傭兵ギルドにも当たってみましたが、あの男の顔すら見たことはないと」
「あの子の反応からして、お行儀の良いところの出身でないことだけは確かだね」
司教の求めには必ず応える神父が、護衛と司教を引き合わせることだけは渋った。後ろめたいことがあるのだろう。無論、腹心の部下の裏切りや不信心を疑うつもりはない。いや、神父が本当に信心深い男であるかというとそれは司教も言葉を濁すところであるが、彼に教会に対する敵意や悪意がないのは疑いようもないことだった。とはいえ、人付き合いの下手くそな神父の学生時代を知る司教である。その気がなくても、騙されたり、弱みを握られたりして法外の者共との関係を持ってしまった可能性は捨てきれない。
大事な大事な部下である。未だ手放すつもりは毛頭ない。道を踏み外させようとする者がいるのなら、それは排除してやらねばなるまい。
だが──と口には出さず司教は最後に垣間見た神父と護衛の姿を思い返す。得体の知れない男だが、これまでの一月半ほど、神父の身を守り抜いてきた実績はある。仮に、護衛の男が悪意を抱く者だとして、今すぐに神父をどうこうしようというつもりはないのだろう。だからこそ、遠方の任務にも神父に同行させて出立を許した。
「では、引き続き調査の方は頼みましたよ」
「はっ」
揃って聖騎士二人が頭を下げる。これ以上は気を揉んでも仕方ない。司教は頭を振って考えを切り換えると、今日の説法の話題について聖書の一節を思い浮かべるのだった。