応援する神父様
望むと望まざるとに関わらず、警官たちは捜査状況を逐一テオに報告しに来た。それだけに留まらず、捜査の方向性や考え得る可能性についての意見までをテオに求め、その立場はもはや単なる協力者の度を超えていた。
「これじゃあ、ぼくが監督官のようではないですか!」
捜査状況の報告を終えて、若い警官が扉の向こうに消えるのを待ってから、目の前に積まれた報告書を指差しつつテオが叫ぶ。スティカと神父がその報告書に目を通し、重要そうなものとそうでないものとに仕分けているが、積まれた書類の山は未だ高い。それでも、求められた期待に律儀に応え、見事に采配を振るって見せるテオの献身は甲斐甲斐しいの一言に尽きる。護衛が部屋の隅で笑った。
「さすがというか…後輩殿も、人が良い」
「笑ってないであんたも手伝え!」
そんな護衛にもテオは食ってかかるが、護衛の方が「いいのか?」と首を傾げると、それに気が付いた神父の方が顔を青くして間に割って入った。あの顔は、「報酬をもらうことになるが、いいのか?」の意を込めた問い掛けだろう。
「か、彼はこういった事務仕事には向きません!書類をひっくり返して仕事を増やすのが関の山といったところでしょう」
「俺と神父様を一緒にするなよ」
「黙っててください!」
「テオ」
気が付くと言い合いになっている神父と護衛を後目に、1人黙々と作業を続けていたスティカが書斎机の下から声を上げる。彼女は取り分けた書類を床に広げて検分していたようだが、めぼしい情報を見つけたのか、男たち3人を手招いて一枚の書類を指差した。真っ先にテオがそれを取り上げ、書斎の机の上に広げて見せる。
書類には、中年男性の人相書が添えられて、とある教会に勤める神父が3月ほど前に行方を眩ませたとの報告が載せられていた。地方に派遣された神父にしては、聖水を作ることに長けた人物で、聖職者の大半がそうであるように身寄りのない男であったので、熱心な捜索願も出されることなく、半月ほどで捜査は打ち切られている。地方では夜道を歩けば人攫いに出会うような治安である。人が失踪すること自体は珍しくはない。さっと目を通して、テオは地名と日付を読み上げながら、記憶をた辿るように書類の山から紙を引き抜いて机の上に放っていくので、神父がそれを見やすいように並べ替えていく。
護衛が感心した様子で机を覗き込んだ。
「あの雑多な報告を覚えていたのか」
報告書の山は、基本的に警官たちの口頭の報告と共に渡される。口頭で概要が伝えられ、詳細は書類で確認してくれ、と手渡されるのだ。だから、なんでぼくに確認を求めるんですか、とテオは怒るだろうが、簡単な口頭の報告と、渡された報告書の大体の位置を記憶しているのだから、彼に頼るのは正解だったのだろう。引き抜かれた書類たちは、行方知れずの神父が失踪した地域の近隣で、失踪した日付の前後に起こった事件や報告をまとまられたものばかりである。テオは物言いたげな顔をして護衛を見たが、何かを言う前に神父の方が口を挟んだ。
「…これ、見てください。真主神信仰の活動報告です」
テオが引き抜いた書類のうちの何枚かを指差しながら神父が告げる。真主神信仰は、平時であっても思想の過激さ故に、動向を逐一確認して報告すべき宗派であるとの認識で警察組織にも目を付けられている。活動報告があること自体は問題ではなく、中身が問題だった。スティカが自分の見ていた書類の山からも似たような内容の書類を重ねて出した。テオがパラパラとそれをめくり、そうして頷く。
「なるほど、近頃妙に羽振りが良い。会食、調度品、銀の剣をまとめて20…」
「寄付があった可能性は?」
「捨て切れませんが、その場合資金的な援助が続いていることになります。3月前から先週の報告まで、消費の落ち込んでいる様子がない」
集めた書類をまとめ、机に置いたテオは口角を吊り上げた。
「つまり、こう考えられます。3月前、人攫いに遭った司祭は、真主神信仰の手によって、今もどこかで聖水作りに加担させられている」
「そうして作られた聖水が、真主神信仰の活動資金となっている?」
「ええ!」
神父の補足に、テオはにこやかに頷いた。
「となれば、囚われた司祭を見つけ出して、聖水の工房を押さえることが先決です」
「生きてんのかねぇ、その神父」
床に散りばめられた書類の隙間を飛び越えて、護衛がぼやく。不吉なことを、とテオがむくれるが、神父もまた考え込むように腕を組んだ。
「…確かに、捜査の手が入るとき、言い逃れのできない証拠となりうる人質を残しておく利点は薄い」
「俺なら殺して食っちまうな」
「縁起でもないこと言わないでください!」
護衛の発言にテオは一層肩を怒らせて声を荒げるが、その隣で神父が青い顔をしているのをスティカは見逃さなかった。しかし、可能性としての護衛の発言自体を否定する気のないテオらしく、彼は溜息を吐くと書類の束を端に避け、近隣の地図を取り出して机の上に広げ直した。
「不本意ですが…その護衛の言うことも一理あります。他教の信徒を悪魔と呼んで殺すことも厭わない過激派の人間たちが、金ヅルとはいえ攫った司祭を丁重にもてなしているとは考えにくい」
言いながら、テオは地図にチョークで印を付けていく。それが報告書に書かれていた真主神信仰の活動拠点と思しき場所であると神父らが気付くのは、その丸の数が随分増えてからだった。
「出回っている本物の聖水の数が少ないのは、儲けのためとも思いましたが、聖水を作るのに長けた司祭であったなら、あるいは作る体力が残り少ないのかも…。五体満足ならなお良し、最悪の場合は、もはや死体も見つけ出すことは困難でしょう。しかし、まだ収支の折り合いが付いているということは、司祭は聖水を作ることができているのでは、とぼくは思います」
「では、急げば間に合うと」
「彼らが追い詰められて、自暴自棄にならない限りは、ですね」
テオは地図を睨みつけながら神経質そうに己のこめかみあたりを指で叩く。受けた報告と読んだ書類の情報を整理して、どの土地が一番怪しいかを吟味しているのだろう。邪魔してはならぬ、と神父とスティカは顔を見合わせ、テオの次なる言葉を待つ。自他共に認める通り、テオは多才な男だった。細やかな作業もそつなくこなすし、武器を扱う荒事にも強い。かと思えば、先を見越した洞察力も鋭い。
そうこうしているうちに、テオは地図上に付けられた印の一つを指差して言った。
「重要なのは、彼らを刺激しないことです。恐らく警察組織にそれを期待することは難しいでしょう。となると、ぼくに信用できる戦力はスティカと先輩たちということになります」
簡潔に言えば、捕らわれているだろう司祭を秘密裏に見つけ、助け出した上で警察組織に踏み込ませ、真主神信仰の拠点を摘発してもらう。テオは窺いを立てるように神父を見やる。応援に来たとはいえ、テオにとって神父は先輩、扱き使うなどもってのほかだ。他のほとんどに慇懃無礼なテオであるが、彼は唯一本心から神父に対してだけは敬意をもって接する。神父は斜め後ろに立つ護衛を見、彼が肩を竦めるのを確認して頷いた。
「ええ、あなたの指示に従いましょう。そのための応援です」
「ご協力、感謝します、先輩」
はにかむテオが地図に示した場所は、山間に位置する廃村だった。
またもや一悶着起こりそうな雰囲気になってきました。




