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天国か地獄か  作者: 垓
20/55

応援

 教会本部からの応援が辺境の街に着いたのは、応援の手配からきっかり二日が経ったあとだった。その間、村の教会の修道士とも連絡を取り合い、特に村の方では問題が起きていないことを確認している神父である。悪魔信仰の徒らも、今いたずらに戦力を分散させたり情報を漏洩するのは得策でないとして、なりを潜めているようだった。また、捕らえた眷属の男からは、悪魔信仰の主な潜伏先を聞き出している。あとは人手だけが必要だった。

 やってきた馬車は二台。宿屋の使いが客人が来ていると伝えに来たので、神父もまた宿の前の通りに出向いて応援を出迎える。先頭の馬車から降りてきたのは、小柄な男と小柄な少女。テオとスティカである。先輩、と叫んだ彼は御者が足台を置くのも待ちきれずに飛び降りて、神父の腕を取って上下に振った。

「また先輩とご一緒できるなんて嬉しいです!」

「応援とは、お前たちだったのですか」

 顔も知らない者と共同戦線を張ることになるのは、流石に気が重かった神父は、ほっと肩の力が抜けるのを感じる。テオであれば気心も知れているし、スティカも同様である。あの街での出来事を知る二人なら、護衛に関しても少々不自然な点があっても目を瞑ってくれるだろう。寧ろスティカの方は目を輝かせて護衛を見ている。護衛は首を傾げた。

「ええ。他にも悪魔祓いが二人、聖騎士が四人同行しています」

 …少ない。神父の微妙な表情を察してか、テオは馬車を振り返りながら声を潜めて続けた。

「ちょうど、西の方で大きな異端審問があるようで、手の空いている者がいなかったのです。第三位司教様が方々に声を掛けてはくださったのですが…。司教様は、先輩と護衛がいれば、問題ないだろうと言っていましたが」

「…試されているのですね…」

 師匠の笑顔が重圧に感じる。とはいえ、それに報いなければという気持ちもある。気を取直して、神父は続く応援の面々を確認する。一人は、物腰の柔らかい温厚そうな男だ。神父やテオより一回り年上で、その分の熟練と落ち着きを感じさせる。彼の背後に付き従う聖騎士は、例に漏れず屈強な男たちで、それらと相対するテオやスティカ、神父と護衛は随分と貧弱にすら見えたかもしれない。続けて後方の馬車からもう一人の悪魔祓いが降りてくる。それを見ていた神父は、露骨に眉を潜めた。

「やぁ!こんな辺境の土地でご苦労だね!」

 長い足で馬車から降りるなり、悪魔祓いの男は優雅に金髪を靡かせながら神父に声を掛ける。レオンハルト神父である。先日連れていた護衛二人を今日も伴っている。彼らは大股に歩み寄って、神父を見下ろした。隠れて舌打ちしつつ、神父は愛想笑いを浮かべる。

「いえ、こちらこそ遠路遥々ありがとうございます。あなたがたが応援であれば心強い」

「そうだろう、そうだろう」

 往来に響く声量でレオンハルトが頷く。テオが隠すでもなく口をへの字に曲げていた。微妙な空気を感じ取ってか、年上の悪魔祓いが見た目通りの穏やかな口調で間に入る。

「ま、まぁ…これからぼくたちは悪魔信仰の根城に踏み込もうとしている。皆顔は知っているが、仕事を一緒にするのは初めてだろう?」

 何かと華やかなレオンハルトに、神学校時代から天才と呼び声高いテオ、そうして聖水を作ることにかけては右に出る者のない神父と、若手から中堅にかけての有望株同士、お互いの存在を知らないはずがないという趣旨の発言だったが、実際彼らは学年こそ違えど同時期に同じ修道院で学業に励んだ者たちである。神父の一つ上がレオンハルトであり、神父の二つ下がテオだった。顔どころか、名前や学生時代の成績まで知っている。とはいえ、仕事を共にする機会は少なかった。

 年上の悪魔祓いに言われては、表面上はおとなしくせざるを得ない若手たちである。なんとか会話の取っ掛かりを作ろうと、年上の悪魔祓いが続けた。

「まずは、そうだね、自己紹介、改めてしておこうか。ぼくは第六位司教に師事するトマス──」

「ちょっと待ってください」

 神父が眼鏡の下で険しい表情のまま遮る。神父は素早く往来に視線を巡らせ、人々が好奇の目で悪魔祓いの集団と高貴な馬車を眺めているのを確認すると、年上の悪魔祓いに向き直って言った。

「話の続きは場所を変え、馬車の中で行いましょう。どこで間者が聞いているやもしれません。それから、自己紹介は不要です。拷問でも受けて、仲間の名を吐いてしまったら共倒れです」

「君、悪魔祓い歴の一番長いトマス神父に向かってその言い草はないんじゃないかね」

 レオンハルトが横から口を挟む。だから名前を言うんじゃない、と神父はいい顔をしないが、当然レオンハルトが怯むことはない。間で年長の悪魔祓い──トマスが狼狽えた様子で二人を見比べ、残ったテオに助けを求めるような視線を向けたが、テオはにこやかに笑って神父の隣に並んだ。

「ぼくは、先輩の、いついかなる時でも悪魔と戦う気概を忘れない精神、尊敬してますよ」

「融通性がない頭の硬い者たちだ」

「なんですって?」

 やれやれと肩を竦めてトマスの隣に並ぶレオンハルトと、それに食ってかかりそうなテオ。自然と対立するような格好になり、別にそんな意図があった訳ではない、と神父が今更弁解したところでもはや誰も信用してくれそうにない雰囲気である。

 生まれた歪みはそのまま作戦内容にも持ち越され、一行は眷属から聞き出した悪魔信仰の潜伏先に、二手に分かれて偵察に向かうことになったのだった。

 

「全く、レオ神父って昔からいけ好かないですよねー」

 レオ、とはレオンハルトのことである。テオドシアがテオと呼ばれるのと同様に、悪魔祓いの呼称は本名を略したり捩ったりした物が多い。神父は溜息を吐きながら馬車の窓枠に頬杖を付いた。既に一行は二台の馬車に分かれて、別のルートから目的地に向かっている最中である。この馬車にはテオとスティカ、神父と護衛が同乗する。

「いけ好かないというか…何かと私…いや、私たちを目の敵にしていますよね」

「僻んでるんですよ」

 テオは大真面目に続ける。

「先輩の才能を!」

 レオンハルトという男は、神学校では知らぬ者のいない秀才だった。敬虔な信者であり、模範的な学生であり、誰もが彼を愛する友人であった。勉学、武術に加え、聖成の儀でも優秀な成績を収め、誰もが彼の名を一番に上げていた頃、一年遅れて神学校にやってきたのが神父だったという訳だ。神父は、特別試験で優秀な成績を収めた訳でも、武術の実技で華やかな立ち回りを見せた訳でもなかったが、ただ一点のみでレオンハルトの評判を上回った。それが、聖成の儀の速さと正確さである。これはもはや、努力でどうにかなる領域の話でなく、それだけならレオンハルトもそこまで気にしなかったかもしれないが、さらに二年後、天才と呼ばれるテオがやってくる。そのテオが、神父に懐いて付き纏うのだから、それが彼らの対立に拍車を掛けたのだろうことは明らかだった。

「本当に、二手に分かれて良かったのでしょうか」

「…まぁ、大丈夫じゃないですかね。トマス神父は実績も経験もあるベテランだと聞きますし、レオ神父だって、先輩には劣りますけど、失敗知らずの悪魔祓いです。先輩には劣りますけど!」

 二回繰り返すテオの調子の良さは、沈みがちな神父の気持ちを晴らしてくれる十分な明るさを持っていた。一方、その向かいに並んで座るスティカと護衛は何やら小声で喋っているようで、それなりに盛り上がっている様子だった。確かに、気の置く必要のあるトマスやレオンハルトと同乗して馬車に揺られているよりは、この人選は適切だったのかもしれない、と思い直す。そもそも、これを決めたのは年長のトマスである。神父より長く悪魔を祓ってきた経験も、悪魔信仰と敵対してきた経験もあるだろう。

 テオだって、優れた悪魔祓いである。彼の優秀さは状況判断の速さと、自力で窮地を脱せる身体能力の高さだ。いつか聖騎士の試験を受ければ良かったとぼやいていたが、彼にはその才能さえあったのだ。加えて彼を守るのは聖騎士のスティカ。小柄な少女ながら、剣士としての才は並の聖騎士の追随を許さない。

 そもそも、大抵のことは神父の護衛がどうにかしてしまう。出会った時の悪魔信仰の包囲すら、彼には脅威にすらなり得なかった。だから、多分、大丈夫なのだろう。

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