魔法使いと、それに憧れる者。
『月村さんみぃ〜つけた!』
アイザは心の中でつぶやき、月村麻耶の後ろ姿を見ながら観察していた。
いま彼女は脳内で魔法のビジョンをイメージしているようだ。
(その魔法はただのまやかし。言わば妄想に過ぎない)
けれど想像や妄想なのだとしても、それを他人が認識しなくても、自分が認識(思い込み)さえすれば、それは現実になる。
それが月村麻耶の魔法。
月村のそんな心をアイザの心眼が見通す。
初めからアイザが星翔学園にティーチャーとしてやってきたのは月村麻耶と接点を持つためだったので彼女にとってこの状況は好都合だった。
アイザはまどろっこしいのは嫌いなのもあり、単刀直入に月村に切り出した。
「ねぇ、月村さん? あなた魔法が使えたらって思ったりしてない?」
学校からの帰り道。
コンビニで買ったアイスを公園のベンチで座って食べている月村麻耶の背後からアイザがそんな言葉を投げかけた。
(ーーえっ、あっ………)
麻耶は驚いた拍子に手元のガリガリちゃんを地面に落としてしまった。
「ごめんね。急に変なこと言ってびっくりさせちゃったわね。アイスは後で買って返すわ」
そういってアイザは麻耶の横に座ると申し訳ないといった表情をしてみせた。
「逢崎先生……」
麻耶はつぶやき、真横に座る金髪の女性を見た。
アイザはそんな麻耶の顔をみて、ニコッと自然な笑顔を作ってみせる。
「私、変なことは月村さんに言ってないと思うわよ。もし「はぁ?」って感じだったら今の言葉は忘れて」
アイザは敢えて話題をそらす選択肢を麻耶に与えたけれど、麻耶はその選択肢を選ばなかった。
「逢崎先生……。どうして私の思ってることがわかるんですか? 私、誰にも何も言ってないはずなんだけど……?」
不思議そうに聞いてくる麻耶に、アイザは嬉しそうに答えた。
「それは私が魔法使いだからよ。まあ、あなたの心を読んだのは魔法ではないけれどーー」
「先生が魔法使い? 」
麻耶は足元を見て、それからアイザを見る。
「じゃあ証明に、いま落としたアイスを魔法で戻すか、新しいの出してください!」
(この子、そんなにアイスが好きなのかしら?)
そう思ったけれど。アイザの魔法ではそれはできなかった。
「無理よ。復元も再生成も私にはできない。私の魔法はそんなに便利じゃないもの。だから、アイスはちゃんと後で買って返すわ」
「それだったら証明になりません。一体どんな魔法だったら使えるんですか?」
そう言われて、アイザは彼女の瞳の奥を覗き込むように見つめて答えた。
「私が生命の命を絶つ魔法って言ったら、あなたは私に、それを実演させられる?」
ーーその瞬間、ゾワッと背筋が凍るような感覚に麻耶は襲われた。
「出来ません。それを観せてもらうってことは虫でも鳥でもそういう命を身勝手に奪うってことになりそうだから……。でも、嘘の逃げ道をそんな方向に持っていく逢崎先生は卑怯者です」
「月村さんは優しい子ね。そうね。犬や猫、当然人間も。動物はもちろん無理ね。勝手に殺しなんてしたら狂気だもの。それにそんなことをしたら犯罪者になっちゃうし。でもーー」
そう言いながらアイザはかがみ、自分の座っているベンチの横に生える小さな草花を一つだけ手に取った。
「私は嘘つきでもないし卑怯者でもないわ。これが私の言った言葉の証明よ。よーく見てなさい」
アイザは意識を精神の奥底に集中させる。
左右の瞳が赤色と青色に変わる。
小さな草花をのせた手のひらを麻耶の目の前に広げて
アイザは心に【死】をイメージした。
そこにイメージされる心象風景はどす黒い霧の中で、
真っ暗な底の見えない深淵の底を覗く自分。
そしてその奈落の奥底からもう1人の自分に似た何者かがこちらを仰ぎ見る姿。
そして一言
「 」
空白の言葉。
深淵を覗く自分にはとても聴き取れない。
いや、聴こえないように耳を塞いでいるのかもしれない。
多分それは。
音にするのもおぞましい言葉なのだ。
そしてその意識から伝わる力が手のひらに向けられると、草花は水気を失ったドライフラワーのようにカサカサになり、アイザがひと握りしただけで散り散りになり、風の中に消えていった。
「命に優劣はつけたくないけれど植物にも命はある。
けれど、動物の命とは比べられないくらいその価値は薄い。でも、命を奪ったって意味では同じことよ。もちろん、私がこの力の対象を動物に向ければ同じように命を奪うことになるわ」
そう言ってアイザは両手を擦り合わせて砂を払った。
「ーーどう? これで魔法の証明になったかしら?」
その目の前の光景は時間にしても2分と経っていないと思う。おそらく1分を過ぎるか過ぎないかくらいの短い時間で起きた出来事だ。
けれど、そのわずかな時間の光景が月村麻耶の中では何回も繰り返してリピート再生のようにされていた。
「本物の魔法使いがここにいた!」
麻耶の中から驚きと感動が入り混じった感情が込み上げてくる。
それは自分の中から消えたいると思っていた子供の頃に感じたドキドキするようなワクワクするような、あの想いだった。
「先生。私にも魔法は使えますか?」
麻耶のキラキラした無邪気な子供の瞳がアイザをみる。心眼を通して見なくてもわかるほどに、彼女のその素直な喜びの感情が伝わってくる。
アイザは人差し指を月村の唇に軽く当てて、
「手にすれば憧れは憧れじゃなくなるの。だから、あなたはまだ【妄想】で遊んでなさい」
そう言ってその人差し指を自分の唇にも当てた。