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ep.2 久々の仕事も・・・?

少し予定が遅れましたが、更新です。

「ん? ほぉ、こいつは珍しい。嫌味ならじっくり聞いてやれるが?」

 双剣が姿を見せた姿に、嫌味たらしく言う。

「そんなことするわけないでしょっ」

 そんな双剣の挑発を軽く受け流すレイシア。先ほどの事務所での様子はなく、凛として、あくまでも所長としての態度を表している。

「お前が来るなんてそうとしか思えないんだがな」

「失礼ね。別に貴方と対抗するつもりもないわよ」

「と言うかぁ、相手にする価値もないですからねぇ〜所長には〜」

「うるせぇっ! 俺はおめぇの上司だっつーのっ」

 レイシアの姿に相談所が賑わいを見せる。

「だったらもう少し仕事取ってくるが筋ってもんさぁ」

「立地が悪ぃんだよっ、立地がっ」

 だが、すぐにいつもの面々での下らないやり取りになってしまう。

「レイシアさん。いかがなさいましたか?」

 それを見越して言埜が席を立った。

「こんにちは、言埜さん」

「お久しぶりです、綾乃さん」

 ギャーギャー言っている隣で何食わぬ顔でしれっと挨拶を交わす言乃と綾乃。同じ人間同士、つつがなく営業スマイルで応対する。

「止めなくても良いの?」

 綾乃が二人に視線を流すが、言埜は視線を向けることなく綾乃を応接ソファに案内した。

「ええ。いつものことですから。それよりもどうぞ、お掛け下さい」

「そ、そう? それじゃあ、お言葉に甘えてさせてもらうわね」

 やがて双剣が弄られだすとレイシアも綾乃とともに言埜の案内を受けるが、少々双剣が気になるようで視線を送るが、言埜は慣れた様子で対応するだけだった。

「おじゃましまーす」

 奥の応接スペースに言埜が案内する。

「って、何勝手に敵を招いてんだよっ、言埜」

 双剣の隣を過ぎた辺りで、双剣がこちらを思い出す。

「て、敵って貴方……。私たちは同業者じゃないのよ」

「いやぁ、収益の差からすると、そちらの敵と認識されても仕方がないような……」

 レイシアは友好関係を求めたいようで、双剣の言葉に地味に痛みを感じているようだが、その隣の書類を胸に抱えている綾乃は苦笑だ。

「そうだよねぇ〜、ウチとじゃスタートすらないレースだもんねぇ」

「ん? スタートもないのにレースしてんの、俺たちって」

 紅鬼が理解していないのだろう。どういうこと? と一人きょとんとしている。

「いや、そうじゃなくて、多分、ライバル関係だけど、経営の差が激しいってことじゃないですか?」

「だよねぇ〜。ろくにお給金も支払われていないウチとじゃ、相手にしてくれないもんねぇ〜」

 ガイアが困ったように言う。しかし、猫女と飛芽が肯く。

「え、えっと、私は別に勝負だとかは思っては……」

 レイシアがそんなつもりはない、と両手を広げて見せるが双剣にはそれすらも余裕に見えてしまうのだろう。

「ああ、そうさっ! 相手にすらなんねぇよっ! こいつらとはよっ。んなこと俺が一番分かってんだから、いちいち言うんじゃねぇよっ! 泣きたくなるだろうがよっ!」

 後半涙目の双剣。見たくない現実を行くレイシアがいる以上、卑屈にもなりたくなるようだ。

「え? ちょっ、そんな泣くようなことじゃないでしょ?」

 経営者である以上、レイシアへ羨望はあるようだが、対抗しうるものがないだけに声を荒げるしかない双剣に、レイシアが宥めようとするが、火に油を注ぐようなものでしかなかった。

「うるせぇっ! 嘲笑しに来たなら帰れっ! このブルジョワめっ! 紅鬼っ、塩だっ! 塩持ってこいっ」

 一人熱くなりだした双剣に、レイシアが困惑げに言埜を見る。隣の綾乃は久々に見る夜吹相談所の様子に既に他人のように飛芽の方へ歩いていた。

「飛芽さん、また新しいの増えました?」

 机の上に有るものは書類などではない。書類は全体の十%もない狭い割合に置かれているだけで、他は仰々しい植物が飾られている。

「そうなのぉ。見て見てぇ〜」

毒性植物をあげ、綾乃は興味深そうに聞き、リーディアがまた遊びたがっていたというと、飛芽は若干嫌そうながらも、どの植物を実験使用か模索しはじめ、見かねた猫女が向こうで泣けば良いさぁ、と双剣を隣の部屋へと連れて行く。悔しいのか泣きたいのかよくわからない鳴き声が聞こえる中で、言埜が話を進めていく。レイシアは困惑しているが、何事もなかったように、話を戻され、そちらに意識を向けるしかない状況になってしまった。

「先ほど何か仕事の持込のお話をされてましたが、具体的にはどういうことか、教えていただけますか?」

「え、ええ。綾乃」

 切り替えがすぐには出来ないのか、レイシアが隣の綾乃を見る。

「はい。今回夜吹相談所に、この事件を委託させていただこうと今日はお邪魔したんです」

 そういいながら差し出す書類。言埜が受け取り、風を開くと数枚の書類と写真が出てきた。

「やれやれさぁ。双剣のやつぁ、小さいことにこだわりすぎなんさぁ」

 すると、猫女が面倒くさそうに隣の部屋から戻ってきて、当然のように言埜と隣に腰を下ろす。

「ん? 何さぁ? これは」

 そのまま猫女が言埜から書類をかっさらい、眼前に広げる。

「何々? 異種生命体による無差別侵攻計画の未然措置?」

 猫女が首を傾げ、言埜がそれを横から覗き込む。

「あの、これは一体……?」

 今代において、世界は平穏を迎えている。かつては多発していた事件も、SSHによる法の整備に落ち着きを保っている。だからこそ、この文字を記す書類に二人は何の冗談? と表情を浮かばせている。

「冗談みたいに思うのは納得できるわ。けれど、それはSSHが内密に進めている阻止計画なの」

 レイシアの表情はいたって仕事モードであり、綾乃もまた、同様に真剣であった。

「ん〜何何〜?」

 飛芽がおっとりと摩訶不思議な植物を抱きながら顔を覗かせる。

「内密にって、どういうことなのぉ〜?」

 飛芽が猫女と言埜の間から書類に視線を落としながらレイシアを見る。

「あくまでもこれは未然阻止することが前提なのよ。だからこれは公にはされていないわ。そしてこれを知るのはSPDAとSICOの本部局、それからウチだけみたいね」

 レイシアの言葉に言埜たちが顔を見合わせる。

「なぜ、それをウチに?」

 言埜が不思議そうに訊ねる。猫女、飛芽も同じ気持ちで頷く。アリスティック事務所は夜吹相談所に比べると所属するSPDSに優遇されている。それはそれだけの功績と規模をもつということで、力量から依頼があったのだろうが、それがなぜここへ? と夜吹相談所の面々は状況を把握していないようだ。

「本来ならウチで処理するものなの。でも、今のウチは手が回らなくて、委託することにしたのよ」

「本来なら優先して取り組まないといけないんですけど、裁判の手続きが終わっているものが多くて、そちらを優先せざるを得なくて、同時進行が困難なんです」

 二人の話に、若干言埜たちの表情は羨望を浮かばせるような眼差しを浮かべている。仕事で忙しいから、暇な夜吹へおこぼれをあげに来た、とも取れることではあるが、それ以上に忙しく働けることが羨ましいのだろう。三人が扉の向こうに消えた双剣に振り向き、ため息を漏らしていた。

「これは実行に移すかはまだ未定の計画なの。確定情報はそこに書いてあるわ。けれど、首謀者、その目的に関しては憶測でしかなく、今回はその調査と、仮に計画が動いている様子が見られれば、SICO本局へ通達し、組織の壊滅を図ることが目的なの」

 レイシアの話を聞いてはいるが、言埜は書類に目をむけ、猫女は腑に落ちない様子を見せ、飛芽もそれが本当なのか疑っているようだ。

「何でウチに持ってくるんさぁ? あんたらならウチより優秀な事務所くらい知ってるはずさね?」

「ですよねぇ。ウチはSPDSの中でも下の事務所ですよぉ〜?」

 言うには悲しいが、業務功績が少ない以上、そのランクは必然的に下がってしまう。だからこそ、立地の問題はともあれ、評判がない以上、依頼は来ない。そしてランクが……と負のスパイラルの中に夜吹相談所がある。

 猫女と飛芽が不思議なまなざしを向けると、レイシアが分かっているわ、と小さく息を漏らす。

「確かに、言っては悪いけれど実績のある事務所は多いわよ」

 夜吹相談所は決して優秀という箔がついているわけではない。仕事がない以上、最低限のランクを得ている程度。だからこそ、言埜たちも理解しているからこそ、のんびりしているし、双剣もまた、自由だ。

「けれどね、私の目から見て今回の事件に関しては隠密行動が基本なのよ」

「猫女さんと飛芽さんの得意分野ですよね?」

 綾乃も話しに混じり、その問いかけに猫女と飛芽の二人が顔を見合わせる。

「う〜ん、別に苦手じゃないけどぉ、疲れるよねぇ」

「あたいは好きさぁ。こう、じっくり、ねっとり、サクッと不意を撃つのは気持ちが良いもんさぁ」

「やぁん、猫女ちゃ〜んっ」

「こら、猫女。会議中なんだから、はしたないでしょ」

 飛芽は別段嫌ではないが神経を使う分、疲労がいやらしいが、そういう飛芽に猫女が鋭い瞳を光らせ、かぷっと飛芽の耳に甘噛み付いた。くすぐったそうに身をよじる飛芽との二人のやり取りは、緊張感はなく、どこか姉妹のじゃれあいのように藹藹としている。それにやんわりと叱責をする言埜もまた、二人を見守っているようで、職員という以上に、家族のような柔らかさがあった。

「なんだか羨ましいですね」

 綾乃がそんな二人に、羨望を見せる。それに猫女たちが小首を傾げる。

「それは逆ってもんじゃないかい? ウチより業績良いわけだしさ?」

「だよねぇ。私たち、いつお給金もらえるかも分からないんだよぉ?」

 まだ戻ってこない双剣。いつまでウジウジしているのか、と猫女が視線を向ける

「所長があれでは、今月も期待できないでしょうね」

 言埜の呆れに、二人がうなずく。

「いえ、そうじゃなくてですね。何だか皆さん打ち溶け合っていて、良いなぁって」

「仕事がない分、こういうことしかすることがありませんから」

 綾乃の羨望も、言埜にしてみれば恥ずかしいことなのだろう。猫女と飛芽は別段気にしていないようだが、諦めているようでもある。

「馴れ合いも良いけれど、仕事なんだから、綾乃。弁えるものは弁えることも大事なのよ?」

「分かってますよ、所長。ただ、私が就職した時は、こんな感じだったじゃないですか」

 それはつまり、綾乃が就職した当時は、現在のように多忙を極めていなかったということ。レイシアもそれを思い出したようで、それ以上強く言うことはなかった。それ以上の発言は、夜吹相談所の現状を蔑む用に捕らえられてしまう可能性を示唆してか、ウチはウチ。夜吹相談所は夜吹相談所よ、と言葉を区切った。

「まぁ、綾乃の入社した頃は、そっちも色々あったわけさね」

「ですよねぇ。それがここまでになっちゃうんだもん〜。びっくりだよぉ」

「え? どういうことですか?」

 綾乃は急成長した理由を知らないようだが、猫女と飛芽は二人小さく笑った。それに疑問を浮かべてレイシアを見る綾乃だが、レイシアは気にすることじゃないわ、と詳細を口にはしなかった。

「言埜さん、どういうことなんでしょう?」

 綾乃が言埜を見る。

「若気の至り、とでも言いましょうかね?」

「……そうね」

 言埜が少し笑みを携えてレイシアを見る。だが、レイシアはその笑みに、少々表情を暗くして弱い賛意を見せるだけだった。

「ほーい、茶が入ったぞ」

 少しだけ会話が途切れた間に、紅鬼がガイアと共に紅茶を入れてきた。

「ありがとう、紅鬼君」

「おう。綾乃は砂糖三倍ので良かったんだよな?」

 紅鬼が差し出すと、綾乃が笑顔でうなずき受け取る。

「どうぞ」

「ありがとう。もしかしてあなたが双剣の要請した新人かしら?」

 レイシアに紅茶を出しだしたのはガイア。見かけぬ顔にレイシアが訊ねると、はいっ、とガイアが背筋を伸ばす。

「この度、夜吹相談所に就任した、ガイア・ドラクルです。担当は主に事務処理になると思いますが、よろしくお願いします」

 緊張気味のガイアに綾乃とレイシアが軽く自己紹介と共に名刺を渡した。

「さて、話が脱線してるわ。ここからは少しまじめな話をするわ。双剣も呼んでもらえるかしら?」

 レイシアが自分の事務所のように手を打ち、脱線した空気を締める。

「おいらが呼んでくる」

 紅鬼が隣部屋へと駆けていくと、すぐに双剣が出てくる。

「いてて、お、おいっ、紅鬼っ、俺ぁ自分で歩けるっつーの」

 ずりずりと紅鬼が双剣の首根っこを掴んで引きずってきた。

「嘘付け。所長、鏡の前ですすり泣いてたじゃねぇかよ」

 引きずられてきた双剣の頬には、若干の涙後が見えた。よほど髪を気にしているようで、深々とハットを被っていた。

「双剣、あなた室内でそうやって被るから蒸れるのよ?」

 言埜と同じことを言うレイシアに、双剣が立ち上がる。そして、スーツの胸ポケットから取り出したタバコを咥え、開いた片手で横ポケットからライターを取り出した。

「レイシア、男にはな、守ってこそのポリシーってもんがあるんだよ」

 そして格好つけるようにライターをタバコへ近づけ着火した。

「どわっちぃっ!」

 その瞬間、炎柱が双剣の顔面を襲うように燃え上がり、火をつけた双剣自身も驚きに仰け反った。

「馬鹿さねぇ」

「最大火力主義ですもんねぇ」

「オイルの無駄遣いですよ、所長」

 猫女、飛芽、言埜の三人は見慣れているようで、あっちぃ、と気をつけてタバコに火をつけなおした双剣に呆れ顔を見せる。

「だ、大丈夫ですか? 夜吹所長?」

 綾乃は心配しているようではあるが、レイシアも猫女たち同様に呆れ顔を浮かべていた。

「所長、、タオルです」

 ガイアが濡れタオルを用意する。タバコを一吸いした双剣が顔を拭うようにタオルを当て、日と聞きつきながらタオルと取ると、双剣の表情が固まった。

「……」

 様子を見ていた一同も、そんな双剣を見て、固まっていた。

「あ、あぁ……っ」

 タオルを持つ手が震え始める双剣。人差し指と中指で挟んでいるタバコも、プルプルと揺れている。そして、それを見つめるレイシア、綾乃はなんとも言えない寂しさを表現するようなまなざしを浮かべ、言埜の呆れたため息で、空気は一気に膨張した。

「うわあぁぁっ! 俺の髪がぁっ!?」

 響き渡る双剣の叫び。このための沈黙は破られた。

「あ〜ぁ、やっちまったさぁ」

 猫女が双剣の顔が火柱の一瞬でかすかに変化したことに、小さく笑っていた。

「あららぁ〜、所長の前髪、縮れてるよぉ?」

 大丈夫ぅ〜? と飛芽が双剣を覗き込むように小首を傾げる。

「下らないことをするから、そうなるんですよ」

 言埜だけは冷静に言い放った。

「うおおぉっ、前髪半端になくなっちまってんじゃねぇかよっ!」

 自業自得ではあるが、まるで他人のせいのように言う。

「切りそろえるか、いっそのこと刈るかした方が良いわよ」

 レイシアが言うと、飛芽がなにやらウネウネと動く奇妙な植物を胸に抱える。ピンクドレスには不似合いな植物に、全員の視線が飛芽に集中する。

「お、おい、飛芽、そいつは、何だ……?」

 植物にしては異様に動物性の動きを見せ、葉が刺々しい。茎にもバラの棘のようなものがちりばめられている。目の前でうごめくそれに、双剣は髪を押さえつつ、後ずさる。

「うわ、気持ち悪っ」

 猫女がぶるっと身震いして言埜に抱きついた。

「うわぁ……そんな植物、あるんですねぇ……」

 綾乃は興味はあるようだが、近づきたくは無い、と、引いた目で見つめている。

「これはねぇ〜、かに座55星から不法入国した子が持ってた種をねぇ、育ててみたのぉ〜」

 可愛いでしょぉ〜? と飛芽が笑顔で言うが、賛同するものはいない。

「それ、モルビナの花よね? 確か惑星間輸出条約規第七章三十二条に抵触していないかしら?」

「三十二条って、惑星間における独自動植物の輸出入の禁止についてですよね?」

 ガイアが思い出すように言うと、レイシアがうなずく。

「そうね。それを育てることは、SSHの承認が必要のはずよ?」

 いくらSPDSに所属しているとはいえ、飛芽の抱く植物は地球外生命体。植物という分類に所属していても、その様子からして危険視できる以上、地球への持込は禁則されている。「はいぃ〜。なので、これは被告人の所有物として、預かっているんですよぉ〜」

 飛芽が許可は得ていないが、罪を犯し、服役中の被告が釈放、または国外追放処分の際に返還される所持物。それを管理するのは収監所や刑務所ではるが、飛芽がそれを預かっているらしい。

「飛芽は植物のエキスパートでもありますから、万が一に対処しうる人材として特別許可を発行してもらっているんです」

 言埜の補言に、レイシアが納得するように首を振る。

「で、それでなにをしようとしているわけ?」

「こうするんですよぉ〜」

 植物に関しては、飛芽には秀でた能力があり、レイシアもそれを知っているようで、それ以上のことは聞かなかった。

「ちょっ! 飛芽、おまっ、や、やめっ……」

 飛芽が双剣に歩み寄り、にっこりと笑顔を浮かべる。

「所長〜、大丈夫ですよ〜。すぐに終わりますからねぇ」

 うねうねと蠢くモルビナの花が双剣の目の前に差し出される。双剣は脅える子犬のように言埜と猫女に飛芽を止めるように訴える。

「こ、言埜っ、猫女っ、飛芽を止めろっ」

「平気ですよ。救急搬送に比べれば軽いものでしょうから」

「そうさねぇ。ばっさり切ってもらうが良いさぁ」

 伝説とされる食事番の飛芽。飛芽の機嫌を損ねると、食事が危険。それは、飛芽がポイズンプラントファクターである以上、毒を混入することは容易い。だからこそ、双剣は恐れ、言埜と猫女は何も言わない。

「お、お前らっ、自分ばっか可愛がってんじゃねぇよっ」

「所長の方が自分可愛がってんじゃん。禿げてんのにさ」

 紅鬼が後ずさる双剣の背中を抑える。

「ちょっ、おま、は、離せってのっ」

「飛芽、さっさとやっちゃえ」

「はぁ〜い。モルビナちゃぁ〜ん、さくっとやっちゃってぇ〜」

 飛芽の言葉に、モルビナの花が活発に葉を揺らし、動き出す。それはそれは植物の様態ではない。むしろ、異種生命体と表記される、宇宙人のようなものである。

「やっ、やめっ! おうわああぁぁ―――っ!」

 もじゃもじゃと蠢くモルビナと、楽しげな飛芽。見て見ぬふりの言埜と猫女に、うわぁ……と、口を押さえて様子を見る綾乃とレイシア。よく意味を理解していないようなガイアの面々が見守る中、双剣の悲鳴だけが相談所には響いていた。

「はぁ〜い、完了〜」

 だが、その時間はずいぶんとあっさりと終わった。ひらりはらりと舞い落ちるのは、もじゃもじゃに焦げた髪。そして飛芽がモルビナを落ち着かせるように茎を撫でる。すると、うねっていた様態が静まっていく。

「おやおや、見事にばっさりいってやったさねぇ」

「あら、本当に」

 双剣は恐怖に固まったままだが、足元には、双剣が大事にしていた髪が散っていた。

「いっちょあがりって感じだな」

「夜吹所長、大丈夫ですか?」

 ガイアだけが心配しているが、他は誰一人として気にもかけない。

「あの、夜吹所長、鏡、見ます?」

 綾乃が席を立ち、小さな鏡を差し出すと、恐る恐る双剣が受け取り、眼前に晒す。

「な、何じゃこりゃああぁぁっ!」

 そして、まるで決まり文句のように、双剣の叫びがまた響いた。

「うおぉ……な、なんじゃこりゃぁ……」

 双剣は震える手で、モルビナが切り裂いた髪の後に手を触れ、表情は凍り付いていた。

「アフロで前髪切りそろえてると、アホみたいさなぁ」

 猫女が率直な意見を言うと、いくつか笑いをこらえていたのに、我慢を超えたように、小さく噴出す笑いが漏れる。

「ぶっ、た、確かに間抜けに見えないこともないですね……っ」

 言埜も口元を隠してはいるが、頬が上がり、笑っているのが分かる。

「モルビナはねぇ、茎と葉っぱに細かい棘の毛が密集しているからぁ、勢い良く動かすと電動ノコギリみたいに切っちゃうんだよぉ」

 飛芽は相変わらずのん気にモルビナを解説し、双剣を見て、ばっさりだよね? と全員に切れ味を確認させた。

「ぶっはははっ! ダッセッ! 所長、超格好悪ぃっ!」

 あははは、と紅鬼は大爆笑。双剣の表情がその笑い声に合わせるように沈んでいく。

「こ、紅鬼君、だ、ダメですよ。所長は気にしてることなんですから」

 ガイアが紅鬼の肩を抱いて小声で呟き首を振る。他人から見ると、それは、双剣の髪がもう元には戻らないと言っているように見えなくもない。

「よ、夜吹所長……あまり気にしなくても、帽子被れば、だ、大丈夫ですよ?」

 綾乃が一応フォローを入れるが、声が震えている以上、説得力はない。

「それくらい気にする必要ないでしょ。愛嬌が出て良いじゃない」

 だが、全員の笑いを冷却するような一言が、レイシアの口から漏れた。レイシアであれば、卑下するであろうと思っていた一同と、何も知らないガイアは、意外な表情でレイシアを見た。

「な、何よ?」

 レイシアが集める視線に声を向ける。

「まぁ、あんたはそうさね」

「そうですね」

「だよねぇ。恋は盲目って言うもんねぇ。どんなにぶさいくでも格好良いんだろうねぇ」

「所長ですから、そちらも、うちも」

 猫女、言埜、飛芽、綾乃は事情を知るだけに、怪訝なレイシアにどこか微笑ましそう煮帰すばかり。紅鬼とガイアはそんなことよりやはり双剣に視線が向き。からかう紅鬼とそれを止めるガイアという図式が完成していた。

「わ、私はそんなことよりも、早くこの話を進めたいだけよっ。ほら、双剣、あなたも早く座りなさいよっ。これは緊急を要するSSHの勅令なのよ」

 そんな視線に気づいているのか、レイシアが席を立ち、無理やり双剣の首根っこを掴み、いすに座らせた。

「ちょっ、ま、待てっ、俺は今、それどころじゃ……っ」

 髪を隠しながら双剣はレイシアに強制的に座らされ、話題を逸らすべくなのか、レイシアは猫女が持っていた書類を取り上げ、近くに置かれていたミニボードを引っ張り出し、異種生命体による無差別侵攻計画の未然措置、と殴り書きのようにペンを走らせ、全員に強制的に話題の転換を見せつけた。


閲覧ありがとうございました。


次回は、「明日のキミへ」を更新します。


更新予定日は、6月30日前後にさせてもらいます。

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