第28話
あれから五日程が経過し、アキナのサンプル作りも無事目処が立つことができたので、いよいよ明日マリーとの正式な商談がおこなわれる事が決定した。抜かりなく準備は整っているのだが、やはりアキナ自身は交渉事が苦手らしいので、結局その辺りをナタクが担当することになり、アシスタント兼・立会人としてアメリアも付いて来てくれることになった。
というか、アメリアがいるなら自分は必要無いんじゃないかとも思うのだが、彼女曰く「だって、そっちの方が面白いじゃん」っとバッサリ切って捨てられてしまった。準備は進めていたので値段交渉でヘマをする事は無いとは思うのだが、どうやらナタクが女性下着を真剣に売り込む姿を、二人で見て楽しみたかったらしい・・・・解せぬ。
他にも、かなり早い段階で洋服やサンプル作りを終えていたので、アキナにはナタクにはできない商品の説明や使用方法などを自分自身でやってもらうことになるので、その練習をミーシャやリズベットと一緒になって毎日かなり遅くまで練習を繰り返していた。
ちなみに、アメリアにはモデルとしても参加してもらうことになっている。確かにプロポーションは抜群にいいし、立場的にも文句の付けようがない人材だが、残念ながら商品紹介中はナタクは別室で待機することになるらしい。
(えぇ、解っていますよ。見たい気持ちは勿論ありますが、後が恐すぎるので覗いたりはしませんって・・・・)
また、品種改良も順調に成果を出しており、ナタクも何かしらの作業をこなしながらアキナの帰る時間まで付き合って残っていたため、一日に見れる回数が増えたこともあって、最近研究をおこなっていた作物の殆どを無事完成させることができている。唯一、木に成長する『山椒』だけがまだもう少し掛かりそうだが、他の『カラシナ』と『胡椒』、そして『トマト』は満足のいくレベルまで品種改良を進めることができた。
後はこれを領主にお披露目して大々的に栽培を開始してもらう予定なのだが、どうやら思った以上に向こうでの仕事が忙しいらしく、もう数日帰るのに時間が掛かりそうだとアメリアが教えてくれた。それならば、アーネストに頼んでこれらの食材で作れる料理をいくつか再現してもらうのもいいかもしれない。
それと、アキナがサンプル作りをしていた時間は自分も手が空いていたので、錬金ギルドの近くにある木工ギルドでスキル上げ兼“ある物”の作製準備を進めてみたり、約束していたいくつか魔導具を作って時間を潰したりして過ごしていた。
どんな魔導具を作っていたかというと、アーネストにはミルクを用意するだけでバターと生クリームを簡単に作ってくれる調理器具や、アメリアと自分用には薬剤研究に重宝する『魔導顕微鏡』なるアイテムなどを作製していた。
実を言うと、最初はアメリアは恥ずかしいからとモデルを断っていたのだが、この魔導具をプレゼントすることにより快くモデルの仕事も引き受けてもらうことができた。確かに、これがあると薬学研究が加速的に進むので、彼女にしてみれば喉から手が出るくらい魅力的なアイテムなわけで、その時の普段見れないアメリアの葛藤した顔が見れたのは、ナタクにとって実にいい思い出となっている。
(勿論ですが、強要なんかはしてませんよ?俺は普通に約束の品をプレゼントしただけで、偶々渡しに行った時にアキがアメリアさんにお願いをしただけですので。アキも交渉成立時に満面の笑みでサムズアップをしてたので、たぶんセーフのはずです!)
あと変わったことといえば、アキナが無い時間を削ってまで拵えた『フリルの可愛い給仕服』をアテナにプレゼントしようとしたところ、その頃には彼女の刑期?が無事満了となっており、今は元気よく街の外で狩りを堪能しているらしく、その時アキナが物凄く凹んでいたぐらいであろうか。
明日のために英気を養おうという事で、今日は午後の仕事を完全に休みにして、この前食べに行った麺料理の店へ当日商談に臨むことになっているメンバーで出かけることになった。ちなみに、リズベットも連れて行かなくてもいいのか?と思ってアメリアに聞いてみたところ、彼女は近々大事な試験を受けることになっているそうで、そのための宿題を山ほど置いてきたから大丈夫なんだそうだ。どうやら、モデルの件を彼女にからかわれた意趣返しらし。
(なぜ、彼女はアメリアさんをからかうなんて恐ろしい事をやってしまったのか・・・・・)
そんなこんなで、三人で以前のように店の前まで来たのだが、今回は特に此方を窺う気配も感じず話しかけてくる人もなく、そのままスムーズに店の前まで来ることができた。
「もしかしたら今日も邪魔をされるかと思っていたのだが、なんか拍子抜けしちゃったよ。ナタク君も、何かを見つけたりはしていないかい?」
「今日は特に問題なさそうですね」
「むしろ邪魔される方がおかしいんですけどね。でも、今日もあんまりお店は混んでなさそうです」
「でもこの前、夜にこの店の前を通りがかった時はとても繁盛してましたよ。たぶん冒険者の固定客が多いのでしょう。彼等は基本的にこの時間は街の外で活動してますしね」
「あぁ、そうなんですね。私はてっきり妨害を受けて人が少ないのかと思いました」
「それもあるでしょうけどね」
「あんまり酷いようなら、私が父上に掛け合っておくよ。家はこの領地の司法も受け持っているからね。あまりに酷い営業妨害は処罰の対象になるからさ」
「ここで憶測で議論してても仕方が無いので店に入るとしますか。今日はこの後の予定が無いのでゆっくりできますしね」
「それもそうだね」
「りょうかいです!」
店内に入ると中は静けさに包まれており、料理の香りもしていなかったのでどうやら本当に貸切のようだった。
(それにして、もやけに静か過ぎやしないか?)
不安に思いながらも、店の入り口で暫く待っていると、奥からエプロンを外した状態のリリィが慌てて出て来た。どうやら休憩中か、もしくは今日は本当にお店がお休みだったのかもしれない。
「すいません、本日は急遽お店を閉めることに・・・って、あれ?あなた達は、この前の。確かアテナの知り合いの方でしたよね?」
「そういえば名乗っていませんでしたね、俺はナタクといいます。それで、こちらがアメリアさんとアキナです。今日は食事に来たんですが、どうやらお休みだったみたいですね」
「すいません、父が先ほど買出しの途中で利き腕の骨を“折られる”重傷を負ってしまって。何とか従業員と店を開けようと頑張っていたのですが、父の腕が包丁も握れない程酷く腫れ上がってしまっていて、どうにもならないのでお休みさせてもらうことになりました。せっかくお越ししてもらったのに申し訳ありません」
「それは一大事ですね。もしよろしければ傷を見せてもらってもいいですか?俺達は錬金術師なので、よければ治療させていただきますよ?」
「本当ですか!是非お願いします。痛いはずなのに店を開くんだって、お医者様のところにも行こうとしなくて困っていたんです。あ、でも今はあんまりお金が・・・・」
「お金は気にしないでいいですよ。あくまで応急処置をさせていただくだけですので、後でちゃんとお医者様に見てもらってください」
「ありがとうございます!それではすぐに父を連れてきますね!!」
そう言って、リリィは厨房の方へ急いで駆けていった。よほど怪我をした父親の事が心配なのであろう。それにしても・・・・
「“折られる”ですか。どうもきな臭いですね」
「あぁ、全くだね。普通転んだり、ぶつけたとかなら“折られる”じゃなくて“折った”って言うはずだからね。彼女は明確には言ってなかったけど、たぶん何者かに襲われたんじゃないかな?しかも、料理人の大切な利き腕を狙って折るとか、事件の予感しかしないよ」
「・・・・その割には、なんでお二人はそんなに楽しそうに笑っているんですか?」
「いやぁ、薬を研究する者としては、自分の目の前で薬剤の効果が見れる状況ってとても貴重でね。それに、どうせナタク君のことだから応急処置とか言いながら、本当は完全に治してしまうつもりなんだろ?」
「それは症状を見てみないとなんとも言えませんが。まぁ、ちゃんと身体に腕がくっついていれば治せないことは無いでしょう。流石に欠損の場合だと、あのポーションが必要になりますから。
それに、直接被害を与えてきたとなると、色々報復する口実を得たことになりますからね。俺はこういう輩を潰すのは“得意分野”ですので、是非お手伝いをさせてもらおうかと」
「おぉ恐い恐い。ナタク君を敵に回すとか、どっかの誰かさんは実についてないね」
「それは私も同感です」
(むむっ、2人してそんなに期待されては頑張るしかありませんね)
それから直ぐにリリィが一人の男性を連れて厨房の方から戻ってきた。彼は右腕を押さえながら、若干苦しそうにゆっくりとした足取りで歩いてきて来たのだが、たぶん複数人相手にやられたのであろう、どうも腕以外にも怪我を負っているようで、その姿は実に痛々しく感じられた。
(それではまず、錬金術師としてお仕事を頑張らさせていただくとしますか)
「お待たせしました。この人が私の父で、ここの店のオーナーシェフのウィル・バッカスです」
「いつぅ・・・。リリィこの人達は?」
「お初にお目にかかります。俺はこの街の錬金ギルドに所属している者で、那戳と申します。こちらは弟子のアキナと同僚のアメリア氏です。偶々こちらに食事をしに来たところでお怪我の話を聞きましたので、応急処置だけでもさせていただこうかと思いまして、声を掛けさせていただきました。
確か、ウィルさんはアーネストさんのお弟子さんでしたよね?俺達師弟も丁度彼の宿屋でお世話になっているので、これも何かの縁かもしれません。先ほど娘さんに言いましたが、錬金術師として怪我人は放っておけませんので応急処置だけでもさせてください。勿論、御代は要りません」
「師匠のところのお客さんでしたか、態々ありがとうございます。少々手痛くやられまして、腕に力が入らなくて困っていたところなんです。多少のお返しはさせていただきますので、どうぞよろしくお願いします。せめて包丁さえ握れれば店を開ける事ができますので」
「お父さんなに言ってるの!そんな状態で厨房に立っていたら、今度こそ怪我が悪化して倒れちゃうよ!?」
「しかしなぁ・・・・」
「まぁまぁ、取り敢えず治療いたしますので此方の椅子に座って怪我を見せてください。状態によっては、本当にすぐにお医者様の所に行かないと危ないかもしれませんので」
「・・・・解りました、よろしくお願いします」
何とか大人しく椅子に座ってくれたので、まずは問診と患部の状況を見せてもらうことにしよう。とは言っても本来ナタクは医者では無いので、診ただけで詳しい状態が解るわけではないのが、この世界には“鑑定”があるため、怪我の位置と状態異常を見ながら調べることは可能である。
一通り調べてみたところ、どうやら『右前腕骨骨折・肋骨不全骨折・頬部打撲』と状態異常には記載されており、HPも残り3割程まで減らされていた。これは十分大怪我と言っていいのではないだろうか。
ただ、ウィルのフィジカルのレベルがそこまで高くなかったので、これなら等級3の治癒のポーション一本で全快することができるであろう。たくさんポーションをストックしていて本当によかった。それ以下の等級のポーションだと、骨折は治せないからである。
それでは、苦しがっているので早く治してあげようとインベントリを操作してポーションを取り出そうとしていたの時に、いきなり店の入り口の扉が吹飛ばされ、店の椅子や机を巻き込みながら店内側に倒れこんできた。どうやら、あまり友好的ではないお客のお出ましのようである。
さて、一体何者ですかね・・・・・
先生ぐっじょぶです♪(*´∀`*)b
くっ・・・物欲に負けた!(ノ◇≦。)




