第23話
ミーシャによる施設の説明も終わり、残念ながら彼女はギルド本館の方へと戻っていった。本当は手伝いに残りたかったらしいのだが、『ここ最近、特に帰りが遅い!』と恐い先輩から注意を受けたばかりだったので、すぐに帰らないといけないのだと申し訳なさそうに話していた。
彼女の先輩が言ってることは社会人として至極当然なことなので、手伝いの当てが外れたのは痛かったが、ここは快く送り出したほうが賢明であろう。それに此方も、後は植木棚に鉢植えを並べて合成した種をセットすれば完了なので、無理に引き止めるほど仕事量でもない。
ミーシャを送り出した後にアキナと手分けして鉢植えを並べていき、なんとか10分と掛からずに準備を終えることができた。後は種を用意して魔石を投入すれば完了である。
「これで良し、アキお疲れ様です」
「なんか、こうしているとお花屋さんっぽくて楽しいですね」
「食用作物を育ててるので、農家の方が適切かもしれませんけどね。でもまぁ鉢植え栽培なので、アキの言う通り花屋っぽいかもしれません」
「こういうのは気分の問題なのですよ♪」
「それではお花屋さん、この種を入り口側から植えて順次魔石を投入してもらっていいですか?俺の方では、最後のチカの実の種を合成しまうので」
「おぉ、最後という事は唐辛子はこれで完成ですか?」
「一応、その予定です。今回の栽培で赤い実がなる個体が出現するはずなので、後は育てる土地にあわせて適合化を済ませば、こいつの“品種改良”は終了になりますね。でも、その辺りは領主様と応相談って感じです」
「なるほど」
「まぁ、最後の最適化は種の防犯対策みたいなものですよ」
「こっちの胡椒達は、次も前回と同じ合成なんでしたっけ?」
「そうなりますね。今回で【変異率100%】に達成した個体があれば、次回からはそれぞれに合った種を“配合”していく事になりますので、『ライネの実』で個別の変化が訪れるのはそれ以降になります」
「それではセッティングを開始しますね!」
最後といっても作業自体は簡単なので、馴れた手付きでぱぱっと合成を完了させて、自分もアキナの手伝いに参加する。結構鉢植えも増えたので、小粒の魔石はまた買い足さないといけないかもしれない。
(魔石の消費はこの錬成の宿命だと割り切って、またたくさん購入してくるとしましょうか)
「ほいっと!これで全部のセッティング完了ですね。先生お疲れ様です、次は6時間後でしたっけ?」
「『ライネの実』の方は6時間後ですね。今の“配合”は急ぎ過ぎると失敗しやすいので時間をかけてやっていますが、次回からは魔石の数を増やして4時間おきになる予定です。もっとも、魔石の数を更に増やせばもっと早くできるんですが、コストが大変になるのでこの辺で折り合いをつけました」
「先生、程ほどにお願いしますよ?」
「解ってますって、無理しない程度に留めておきます」
「それじゃ、実験室に帰りましょうか。ここでの作業はこれで終わりですよね?」
「いえ、実は昨日リックさんのお店で掘り出し物を見つけましてね。今日はそちらも一緒に栽培を開始しようかと」
「いったい何を見つけてきたんですか?先生がそんなに楽しそうに笑うと、経験上とんでもない物が出てくる気がしてならないのですが?」
「えっ、笑ってましたか?」
「はい、ご機嫌スマイルでした!」
「では、御期待にこたえられるか分りませんが、頑張って紹介させてもらいますね」
「そんな素敵に笑わないでください、なんかもっと恐くなってきたんですけど!?」
「冗談はさておき、此方がそのアイテムで『トトアの実の苗』といいます」
「へぇ、見た目は普通の植物の苗ですね。その『トトアの実』って、どういった作物なんですか?」
「『トトアの実』は、リマリア地方山岳部に自生する手の平サイズの赤い実になります。向こうの世界で言う『トマト』の原種になりますね。どうです、凄いでしょ?」
「ほへぇ、『トマト』ですか」
「あれ、反応が薄いですね。もしかして『トマト』お好きじゃありませんか?」
「いえいえ、トマト大好きですよ。サラダにもよく入れて食べていましたけど、てっきりもっと凄いアイテムが飛び出てくるのかと思って、身構えてました」
「確かに、そのまま食べても美味しいですけどね。この『トマト』があれば色んな料理や調味料が再現できるので、更に食事が楽しくなりますよ。代表的なものといえば、やはり『ケチャップ』は欠かせませんね。他にも作る予定ですが、発酵系のレシピもあるのでそれらは追々手がけていく予定です」
「おぉ、ケチャップですか!」
「完成したらアーネストさんに色々料理を再現してもらいましょう」
「それは楽しみですね。そういえば、先生は味噌や醤油はまだ作らないんですか?」
「そっちは、自分達の畑作りの時に『大豆』を“品種改良”で生み出してから始める予定なので今のところ保留ですね。こちらも畑の収穫率を上げる効果もあるのですが、今はだいこん達に頑張ってもらっているので、領主様が帰ってきてから一度相談してみようかなと考えています」
「なんか、領主様は帰ってきたら忙しくなりそうですよね。この胡椒達も取引するんですよね?」
「もちろんです、領主様には色々と頑張っていただかないといけませんね!」
「あはは・・・・ふぁいとです、領主様」
説明も終わったことだし、『トトアの実の苗』の“品種改良”も始めてるとしよう。今回は種からではなく苗の状態から『即栽鉢植え』を使うので、少し勝手が違ってくる。
まずは、今使っている鉢植えから苗の根を傷つけないように丁寧に取り外し、『即栽鉢植え』に移し替えていく。どうやら、鉢植えの大きさは一緒だったようで追加の土などは用意しなくて済みそうだ。
普通はこの後に魔石を投入すればお終いなのだが、苗の状態から使用する場合、現在の【成長度】を考慮して魔石を投入しないと栄養過多で苗が枯れてしまうので注意が必要だ。
現在の苗の【成長度】は【3/10】なので約30%前後。
種の状態から育てる場合は3個の魔石でいいのだが、今回はすでに約1/3近くまで成長しているので、魔石を減らし2個を投入することに決めた。ここでの調整がうまくいかない場合は、もう少し苗が育つのを待たなくてはいけなくなるところだったのだが、今回は誤差5%未満だったのでこのまま開始しても問題無さそうだ。程なくしてセッティングも終わったので、これで『トトアの実』も準備完了である。
「お待たせしました。これで全てのセッティングが完了です。次は15時前くらいになるので、その時また来て植え替え作業の手伝いをお願いします」
「はぁい。それでは、今度こそ実験室に帰りましょうか」
そうして、二人で戸締りを確認してから一階にある自分達の実験室に戻ってきた。今週は午前中だけ錬金術のレベル上げをして、午後からは別作業をすることになるので、なるべくこの時間を有効に使ってサクサク錬金術師のレベルを上げてしまうことにする。
どうやら、心配していたアキナも問題なく煙幕の作成ができているようなので、一先ずこれで様子を見ようと思う。本当に駄目そうだったら、その時は他の作業を考えるとしよう。
順調に時間と材料を消化してしていき、正午の鐘が鳴り響いたところで今日の錬金術のレベル上げ作業は終了である。この後はこの材料達は使わないので、片付けをしながらお昼ご飯の準備をしていく。今日はアキナが午後から忙しいのと、昨日の疲れが残っていそうだったので、以前に買いだめしてインベントリに保管してあった屋台飯をこのまま実験室で食べることにした。
「屋台のご飯も中々いいですね。先生はこの後、何をなさるんですか?」
「俺ですか?取り敢えず、今日はアキの書き上げたレポートのチェックをしてからガレットさんに提出しに行き。ついでに温室の魔道具の魔・・・・、魔改造の許可を貰おうかと考えています。流石に勝手にやったら怒られるかもしれませんしね。許可が貰えたら、隣の部屋で部品を作ってから温室で作業することになると思いますよ」
「ついに言い直さずにそのまま言い切りましたか・・・・」
「見た感じ、もう少し弄れば性能がかなり向上すると思うんですよね。たぶん、改造方法を教えれば喜んで許可してくれると思います」
「私はガレットさんが倒れないかが心配ですよ」
「もし俺が部屋から出てこなかったら15時頃に声をかけてもらっていいですか?一応、その頃までには作業を終えてるとは思うんですけどね」
「りょうかいです!では、午後はこの部屋を使わせてもらって作業をしますね」
「午後も頑張って作業をしていきましょう」
食事が終わり、アキナが片づけを引き受けてくれたので、手が空いてしまったナタクはさっそく彼女の書いたレポートのチェックをして過ごすことにした。どうやら昨日ナタク一人で片づけをさせてしまった、そのお礼なんだそうだ。
レポートを読み進めていくと内容は申し分なく、実験結果も良好。挿絵まで丁寧に書かれているので、かなり完成度の高いレポートに仕上がっていた。これなら間違いなく合格が言い渡されることだろう。初めて書いたとは思えないほど良くできたレポートに、ついつい感心してしまった。
今までに機会がなかっただけで、アキナにはこういった才能も元からあったのかもしれない。
一通り読み終わり、ふと視線をレポートから上に向けると、そこにはソワソワした様子のアキナが隣の席に座ってナタクのことを見つめていた。どうやら気になって近くで読み終わるのを待っていたようだ。なんかその様子が、答案用紙を親に見せている子供のようで、とても微笑ましかった。
「あのぉ、レポート大丈夫そうですか?こういうは初めて書いたので、上手くできていればいいのですが・・・・」
「とても良く出来ていましたよ。これなら、手直しの必要もありませんね。さっそく今からガレットさんに提出してきます、よく頑張りました」
「あっ、ありがとうございます。あのぉ、先生。何で私の頭を撫でているんですか?
あっ、勿論嫌ではないですけれど・・・・」
「あっ!すいません、つい・・・・。そ・・それでは、俺はちょっと出かけてきますね。では、また後で!!」
お互い顔を真っ赤にしながら、ナタクは席を立ち実験室を飛び出てギルド本館の方へと向っていった。
(しまった、完全に無意識の内に手を伸ばして頭を撫でてしまっていましたね。子ども扱いしてしまって、アキに怒られなくてほんと良かったですが、しかし何で俺はあんな行動をとってしまったのでしょうか・・・・)
長い階段をいつも以上に時間をかけてゆっくり上り、頚を傾げながら自分の先程の行動に対して悶々と考え込んでしまう、少しレアなナタクの姿がそこにはあった。
なでられちゃった(*ノω・*)テレ




