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第20話

※今回は飯テロ回となっております。深夜など、空腹の際はご注意ください!

 

 さて、教えたレシピをアーネスト程の腕を持つ料理人が手掛けると、いったい何処まで美味しくなるのだろうか。そんな期待を胸に料理が届くのを待っていると、一旦厨房に下がったアルマが食欲をそそる良い香りを漂わせた料理を持って、ナタクの席まで運んできた。



「ナタクさん、お待たせしました。此方がさっき話していた新レシピになるそうです。それと、ちゃんと再現できているか、後で感想を聞きたいらしいですよ」



 そして彼女がナタクの前に並べてくれた料理が、この『シャールの香草焼き』と『コンソメスープのポトフ』、そしていつも美味しく食べているこの店自慢のマルパンである。パン以外は全てナタクがアーネストにアレンジや作り方を教えた物になるのだが、香りや見た目からしてナタクが教えたオリジナルの料理を軽く越えていた。



「私も賄い(まかない)として試食させてもらいましたが、特にスープが凄く美味しいですね。これがナタクさんの故郷の味なんですか?」


「まぁ、大きな括りではそうなりますね。中々見た目以上に手間のかかる料理なのですが、手を抜かなければそれに見合うだけの味がするのも、このレシピの魅力なんですよ。それにしても、今日の料理は本当にどれも美味しそうですね。見ているだけで、食欲がそそられます」


「お父さんが、まずはナタクさんに試してもらいたいって気合入れて作っていましたからね。この料理も、ナタクさんからの合格がもらえたらお店のメニューにも採用しようかって、さっきも楽しそうに話ていました。おっと!私はお仕事に戻りますね。では、ごゆっくりお楽しみください」



 アルマはそう言って小さく手を振ると、他のテーブルに座るお客さんの対応に戻っていった。それでは、自分も冷める前に頂くとする。正直、目の前にあるご馳走のおかげで、そろそろ空腹で我慢の限界を超えてしまいそうであった。



 まずは黄金色に輝くスープをスプーンを使って一口。口に入れた瞬間に広がるその味は、向こうの世界で接待に利用していた高級レストランと比べてみても全く遜色なく、独特の包み込むような優しい味わいがゆっくりと身体の隅々まで染み渡っていくような感じが、実に心地よかった。


 溶け出した野菜の甘みと、丁寧に灰汁を取ったことにより旨味成分だけが見事に残された鶏ガラ特有の風味が広がり、そのすべてが優しく混ざり合い見事な調和を生み出しているこの黄金色に澄んだスープは、正直転生してから食べた食事の中で一番と言っていいほど、ただただ美味かった。


 さらに、スープの具材にもしっかりと味が染みており、一緒に入っているソーセージから染み出た旨味もスープの美味しさを邪魔することなく、より高みへと押し上げていた。


 ゲーム時代にも、プレイヤーが開発したこのコンソメスープは“調理師”の中位レシピで登龍門として扱われていたが、贔屓目無しで『あの時に食べていた料理の味よりも数段上をいっているのでは?』と思えるほどの完成度であった。ナタク自身もスキル上げで何度も作ったことはあるのだが、ここまでの美味しさは再現することは不可能であると断言できる。材料とレシピは同じはずなので、きっと料理人の腕がそのまま料理に反映された結果なのだろう。


 彼は、やはり恐るべき腕前の料理人である。



 スープの余韻に浸りつつ、次はシャールの香草焼きを試してみることにする。此方の川魚は普段のお店でも塩焼きとして提供されているが、そこにひと工夫加えてみてはどうかとアーネストにアレンジを伝えたところ、完成したものは俺の想定のはるか右斜め上をいっていた。


 シャールは元々淡水魚なので、どんなに頑張って泥抜きをしたとしても、どうしても泥臭さが残ってしまう魚なのだが、彼は塩焼きの時ですらその泥臭さを限りなく感じさせないよう処理をしてから、店で提供していた。


 そこに香草の香り加わることによって、果たしてどこまで美味さが増したのか。期待を胸にフォークを魚の身に近づけ、その香ばしく焼けた皮に切れ目を入れてみる。フォークを刺した瞬間に『パリッ』という音と共に魚から油と旨味があふれ出し、表面のこんがり焼けた皮目を薄っすらと湿らせてゆく。


 すでにこの段階でかなり美味しそうなのだが、一口大に切り分けた身を口に運ぶと、その考えが勘違いでなかったことをこの料理は見事証明してくれた。『本当にこれは淡水魚のシャールなのか?』と思わずにはいられないほど、その引き締まった身は洗練されており。この魚が泥臭いと言われていたことすら疑いたくなるほど、濃厚な魚の旨味だけを宿した高級魚へと進化させてしまっていた。


 これなら、貴族の食卓に上げても十二分に通用するであろう。むしろ、庶民的であるはずのシャールが、どの高級魚達とも引きを取らない素晴らしい魚へと変えてしまった、彼の才能に脱帽の一言である。


 また、横に置かれているレモンに似た『パレンの実』を魚の身に振りかけてもう一度食べてみると、今度は魚の身の脂身を爽やかな酸味で和らげ、更に香草の香りと合わさり、より食欲をそそる皿へと進化させてしまった。


 もはや、今まで食べていたシャールと同じ物とは思えないほどの美味しさに、気がついた時には、皿上から骨と魚の頭を残して料理は全て消えてしまっていた。



 今日の食事も本当どれも一級品揃いで大いに楽しめた。領主のところで食べた高級食材を使った料理も美味しかったが、もしこれが料理勝負であれば、調理の腕前だけでここまで人を楽しませることのできたアーネストの料理に軍配が上がっていたであろう。


 スープの最後の一滴まで飲み干し満足げに食後のお茶を楽しんでいると、今日は珍しく厨房からアーネストが現れ、そのまま俺の向かいの席へと腰掛けた。どうやら料理の感想が聞きたくて態々出向いてきてくれたみたいだ。



「どうだった?教えてもらったレシピ通りに作ってみたんだが、味に違和感などはなかったか?」


「すべての料理を、とても美味しく楽しめました。特にコンソメスープは絶品で、俺の故郷でもここまでこのスープを美味しく作れる人は中々少なかったと思います。文句なしの満点でした」


「そうか、それはよかった。確かに手間はかかるし、出汁に使った食材を捨てるのは勿体無かったが、それに見合うだけの味が出せたことに俺も満足している。家族にも好評だったしな。いいレシピを教えてくれて感謝する」


「いえいえ、此方こそ美味しい料理を作ってもらえて感謝感謝です。それに今、新しい調味料と食材を研究中なので、近いうちにまた味の再現の協力をお願いしますね。この研究が完成すれば、更に料理のバリエーションが増えると思いますので」


「それは此方からもお願いしたいぐらいだ。俺も料理の研究するのは好きだからな。さっそくこのスープを元にした他の料理も考えてみるつもりだ。しかし、本当にこのレシピを教えてしまってよかったのか?」


「問題ありません。むしろ広げてもらって、料理の発展を望むくらいです。そうすれば、俺も美味しい料理をたくさん楽しめますしね」


「お前は本当に欲がないんだな。このレシピだけでも、自分の店を立ち上げることもできるだろうに・・・・」


「俺は料理人ではありませんしね。それに、他にもやりたいことがたくさんあるので、ひとつの事に集中している時間も余りないんですよ。経営者になるのも一つの手ですが、それはそれで大変そうですからね」


「レシピを金で売るとかはしないのか?」


「今のところ、故郷のレシピを売って金儲けすることは考えていませんね。それに売ってしまうと他の人が自由に作れなくなってしまいますから、発展を望むならむしろ公開してしまった方が早いので。このレシピは調理ギルドに提出していただいても結構ですよ。その辺はアーネストさんにお任せします」


「それでは、俺の方で納得がいくところまで味を追求できたら調理ギルドに持っていくとしよう」


「その場合は、提出者をアーネストさんでお願いします。間違いなく、俺ではここまでの味は再現できませんし、これ以上目立つとまた誰かしらに怒られそうなので」


「しかし、そういうわけにもいかんだろ。せめて共同開発という事にしたらどうだ?」


「そう・・・ですね。では、お願いします。このレシピは色々な料理の基礎となるので、なるべく自由に使えるようにしてあげてください。ここからの発展料理を期待しています」


「善処しよう」


「それにしても、アーネストさんが此方に来るのは珍しいですね。もう厨房の方はいいのですか?」


「ラストオーダーは済んだから、後は片付け程度なので残りは弟子達に任せてきた。それが終わったら、明日の仕込みをして今日は終いだ。まぁ、娘達に飴をせまがれたので、そちらも作る予定だが。


 そういえばアテナにも追加で飴をくれたらしいな、感謝する。お前にもらった飴は妻とアルマが怒って全部食べてしまったからな、どうしたもんかと困っていたのだ」


「いえいえ、気に入ってくれてよかったです。それでしたら、追加で『生クリーム』と『バター』も作りましょうか?


 今日は、あと少しだけ仕事が残ってるだけなので時間も取れますし」


「それは助かる。流石に一日の最後に容器を振り回すのも疲れるしな」


「それでは、今度便利な調理魔導具を作ってお渡ししますね。そちらをサンプルとして使ってもらって、良さそうだったら錬金ギルドから調理ギルドへ魔導具の販売をするように手配しておきます」


「色々すまない」


「女性は甘い物好きが多いですからね。俺の周りでも大好評でしたよ」



 その後、アーネストと厨房に行き調理場の一角を借りてぱぱっと『生クリーム』と『バター』を量産しようとしたのだが、初めて彼の弟子達がいる時間に厨房へお邪魔したので作業している最中は全員からキラキラした目で注目され、作業が終わった後にもコンソメスープやアレンジレシピについての質問攻めにあってしまった。ただアーネストも一緒にいたので、技術的な質問は全部お任せして、自分に答えられる質問にだけ答えただけでも満足してくれたなので、職人としては中々有意義な時間を過ごすことができたと思う。



 今日はやたらと脱線することが多かったので、手早く風呂を済ませてきて部屋に戻って残りの仕事を片付けてしまうことにする。残った仕事といっても、追加の鉢植えを魔改造するだけなので、さっさと終わらせて寝る事にしようと思う。



 (アキは今頃、楽しく遊んでいるのだろうか?)


 アーネストもそうだが、やっぱりメイン職業を遺憾なく発揮できるのはとても羨ましい。『俺も後数日の我慢だ。早く領主様帰ってきてください!』そんなことを考えながら黙々と残りの予定を消化していき、作業を終えるとともにベットに倒れ、そのまま夢の世界へと旅立っていくナタクであった。


美味(うま)し!!d( ̄□ ̄*)b



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