第17話
部屋に通され待つこと数分、先ほど案内してくれた女性がティーセットを持って再び戻ってくると、ナタクの前に美味しそうなお茶菓子と一緒に、香りの良い黒っぽい色をしたお茶が振舞われた。
最初はお茶の色味からコーヒーかと驚いたのだが、どうやら豆は豆でもコーヒー豆ではないらしく。乾燥させたお茶専用の豆を水から煮出して作る、この地方では割りとポピュラーな飲み物なんだそうだ。思い起こせば、ゲームの頃は地球の飲み物の再現するために様々な茶葉の研究はしてきたが、なぜか豆のお茶には殆ど触れてこなかった。
給仕が終わると、彼女は「もう暫くお待ちください」と言って、そのまま自分の仕事に戻っていった。せっかくなので淹れてもらったお茶を一口飲んでみると、どうやら豆を焙煎してから淹れるお茶だったようで、心地よい苦味と香ばしい香り、そして飲み終わった後のすっきりした味わいは、温めて飲んだ時の麦茶のような優しい味わいであった。
お茶請けとして出されたお菓子も、地球で言うところのマドレーヌのような小麦を使った物らしく。食べてみると、ほのかな甘みと独特の風味が癖になりそうな一品であった。たぶん、砂糖の変わりにハチミツか何らかの樹液を使っているのであろう。流石はやり手の商会だけあって、美味しい物を良くご存知のようだ。
出された物を一通り満喫しながら一息ついていると、入り口の扉がノックされ、先ほど出会ったマリーが部屋の中へと入ってきた。どうやら、彼女の方が先に仕事の目処がついたらしい。
「お待たせしました。パパはもう少しだけ時間が掛かりそうなので、先に私との商談をしてしまいましょうか。とは言っても、今日は商談の日程を決めだけでしたっけ?」
「そうなりますね。今回持ち込ませていただく商品は女性物の下着になるのですが、只今急ピッチで資料とサンプル作りをしているので、完全に準備が整うのはだいたい一週間後くらいになるかと思います。
そこで来週以降になりますが、マリーさんのご都合のつく日取りを教えていただいても宜しいでしょうか?」
「私は基本的に買い付けを午前中に済ませて午後は店に立っているので、午前中以外は殆どここにいますよ。ただし、遠くの街に買い付けに行く場合もあるので、その場合は数週間不在って事もありますけど、今月中はずっとこの街にいる予定です。
それで女性用下着って話ですけど、いったいどんなデザインの物なんですか?貴族用です?それとも一般向けですか?」
「俺は男性なのであまり詳しくはありませんが、なんでもコルセットを使用しないでもサイズアップやスタイルを綺麗に保つことが出来る下着らしいですよ。材質を変えれば貴族から一般の女性にも幅広く使ってもらうことが可能なんだそうです」
「おぉ!!それはぜひ一度拝見させていただきたいですね。先ほども言った通り、午後ならば殆ど店にいると思いますので、一週間後と言わず商談の準備が出来次第、何時でもお越しになっていただいて結構ですよ。むしろ明日にでも私からお伺いいたしましょうか!」
「いえ、なるべく作業に集中させてあげたいので、用意が出来次第でお願いします。それに、あまり商談事が得意ではない子なので、少し様子を見てあげたいんですよ」
「それは残念。では準備が出来るのを楽しみに待たせてもらうとしますね。ちなみに、服の買い付けもしてますので、この機会に良い物がありましたら是非お声掛けください。勉強させてもらいますよ!」
「本人も洋服を作るのが大好きらしいので、きっと喜ぶと思います」
「それは何よりです。・・・・といいますか、一つ質問をしてもよろしいですか?」
「どうぞ、俺に答えられることであれば」
「ナタクさんは錬金術師の方ですよね、なんで裁縫師の方とお知り合いなんですか?」
「それはですね。彼女は元々裁縫師として他の場所で活躍していたのですが、今は訳あって錬金術師である俺の弟子としてこの街におりまして。漸く此方での生活にも慣れてきたので、本業の裁縫師としての仕事も少しずつ再開するみたいです。俺も彼女に服を仕立ててもらったんですが、中々の腕前でしたよ」
「裁縫師は女性の方だったんですね。ちなみに、ナタクさんが今着てる服もその方の作品なんですか?」
「これは違いますね。それでは今度こちらを訪れる際には、彼女が仕立てた服でお伺いさせてもらいますね」
「ありがとうございます、楽しみにしていますね!なんでも、昨日錬金ギルドの受付嬢さんを見かけた従業員の子曰く『洋服の力もあって可愛さのレベルが振り切れていた!』って言ってたので、衣服を取り扱う商人としては、とても気になっていたんですよ!」
「彼女もその洋服がとても気に入ったらしくて、職場で着られないことを残念がっていましたからね。衣服のプロが注目していたと、後で本人に伝えておきます」
「是非是非!むしろ、今度お店に連れてきてくださいな。こう見えても、人を褒めることに関しては、誰にも負けない自信がありますよ!」
「いえ、そこは意外でも何でもないのでご安心を。少し話せばなんとなく分かります」
「あらら、まぁ褒め言葉として受け取っておきましょう。それでは、私とのお話はこの辺にして、今度はパパを連れてきますね。そちらの商談も頑張ってください」
彼女はぺこりと頭を下げると、スタスタと入り口の扉から部屋の外へと出て行ってしまった。なんだかアキナへのハードルを上がってしまった気がするが、彼女の腕前は間違いなく一流なので、後は物さえ見せてしまえば商談は上手くいくだろう。
そもそもナタクの所属していたクランでは、この手の話はクラマスを中心とした商人部隊が一手に引き受けて取引してくれていたので、あの時はかなり楽ができたんだが、今は彼らに頼ることができないため自分達で頑張る他ない。
これからも更に色々な取引をしていく予定なのだから、今のうちに誰か目端の利く人間を見つけて交渉請負人として雇ってしまうのも悪くは無いが、腕の良いフリーの商人など早々いないので、探すより誰かセンスの良さそうな人をスカウトして育てた方が早そうではある。
(ミーシャさんとか誘ったら、雇われてくれないかな・・・・)
そんなことをソファーに深く腰掛けながら考えていると、入り口の方からノックする音が聞こえたので、姿勢を正して迎え入れた。どうやら次の来訪者はリックのようだ。
「いやぁ、待たせちゃって悪かったね。君が商談に来てくれたと聞いてすぐにでも会いに向いたかったんだが、中々前の仕事から抜けられなくてね。
何やら娘とも商談があったみたいだから、先にそっちを優先してもらったんだが、話は上手く纏まったかい?」
「娘さんとは次回本格的な商談をさせていただきますので、今日はその日取り決めをさせてもらいました。なにぶん急遽話が浮上したためサンプルを持参できなかったのが非常に残念ですが、必ず娘さんのお眼鏡に適う商品であることは保障しますので、是非楽しみにお待ちください」
「それは良かった。それで、今日は私にも商談があると聞いているのだが、一体どんな商品を持ってきてくれたんだい?」
「本日リックさんにお持ちした商談は、此方の『石鹸』『シャンプー』『リンス』という三つの商品の販売についてになります。このアイテム達は、これから領主様主導で製造・発売が開始される商品になるのですが、とあるコネを利用して特別に一枠取り計らってもらいました。アイテムの使用方法や効果などは、此方の用紙をご覧ください」
「領主様主体ということは公共事業ってことかい?さっそく資料を読ませてもらって構わないだろうか?」
「えぇ、どうぞ。此方の商品は一つの商会で独占できる物ではありませんが、それでも最初はそこまで多くの商会にお声掛けするつもりは無いそうなので、上手く立ち回れれば大きな利益が見込めると思います。詳しい値段交渉などは後日、領主様のお城で開かせていただきますね」
「それは願ってもない。もしこれが本当のことであれば、是非我が商会でも取り扱いをさせてもらいたいが、君が領主様にお願いをして特別に取り計らってくれたからには、何か理由があるのだろう?」
「えぇ、実は此方の商品を“とある街”まで輸送して、そちらで商品を流通させていただきたいのです。そちらが、今回の商談の必須条件とさせていただきます。
その条件さえ飲んでいただければ、現地にてご自身で販売されても構いませんし、地元の商人に販売を委託してもらっても構いません。ですが、此方の商品がイグオールの街から運ばれてきたということが分かるようにして販売していただけると助かります。
勿論、全てのアイテムをその街に卸すのではなく、他の取引先で販売されても結構ですよ。まぁ、一定数は保障していただきたいですけどね。此方の条件でいかがでしょうか?」
「ふむ。場所にもよるが、一体どこに運んでアイテムを流通させるつもりなんだい?」
「はい、それはですね」
ナタクは一呼吸おいて、リックにとっても意外な街の名前を提示した。
「商人達の集う街、『自由貿易都市ラハン』です!!」
さぁ、商談を始めましょう!ヽ(`・ω・´)ノ




