第14話
部屋の片付けも終わり、戸締りの確認も済ませたので、そろそろガレットのいる執務室に向うことにした。少しだけ早い気もするが本館の長い階段を上ってゆく。途中で大きな荷物を抱えた職員とすれ違ったので、どうやら自分の前の仕事も片付いたようだ。しかし、職員も毎回この階段の往復では大変そうである。
長い階段を上りきり、呼吸を整えてからガレットの執務室の魔導具を操作してインターフォンを鳴らすと直ぐに許可が下りたので、挨拶をしながら室内に入っていった。
「ガレットさん、こんにちは。お忙しいところすいません」
「アメリアの話だとここ数日ギルドに来てなかったそうじゃが、坊主は元気にしとったか?」
「はい、おかげさまで。ここ最近は戴いたお屋敷の改装工事の手伝いなんかをしたりしてました。一応、昨日今日で素材は買い揃えてきたので、また明日から本格的な錬成を開始する予定です。それで、今日は一つお願いがあって寄らせてもらったのと、お約束してたレポートが完成しましたので、確認をお願いします。中々面白い資料だったのでついつい夜更かしをしてしまいましたよ」
「資料というと、ドロモンがらみの方か?相変わらず仕事が早いのぉ。ワシはもう数週間はかかると思っとたんじゃが。
それで、ワシにお願いとは何んなんじゃ?」
「今日からまた新しい植物の品種改良を始めたんですが、そろそろ実験室内でおこなう規模を超えてしまいそうなので、できれば温室を貸していただきたいんですが、許可を頂けないでしょうか?」
「温室の使用許可は植える植物にもよるんじゃが、お前さんは今回いったい何を育てるつもりなんじゃ?」
「現在部屋で育てるのは『ライネの実』を品種改良したものですね。最終的に3パターンの作物を育てる予定です。ちなみに、全て食用作物を育てるつもりですが、毒物や人に危害を加える系の植物ではないので、そこはご安心してください」
「ほぉ、『ライネの実』か。確か『俊敏力強化ポーション』の材料だったと記憶しておるが、それを食用に改良することができるのか。中々面白そうな実験じゃないか、特に問題なさそうだし、問題は無さそうじゃな。して、規模はどれくらいを予定しておる?」
「後で増えるかもしれませんが、取り敢えず鉢植えで20~30個は用意するつもりなのと、途中からツル科の物と小さい木に成長する物があるので、それなりのスペースを借りられると助かります。温室の使用期間は大体10日前後もあれば結果が出せると思いますよ」
「植物栽培にしてはえらく結果が出るのが早い気がするんじゃが・・・・。あぁ、お前さんがだいこんに使っとった魔導具を使うんじゃな。鉢植え数個程度なら隣の温室を貸し与えるんじゃが、その数だと研究棟の上にある第二温室を使う方がいいじゃろ。つい数日前に完成したばかりじゃから、今のところ他の利用者もおらんしのぅ」
「実はアメリアさんに教えてもらって、そこを狙ってました。とても助かります」
「まったく、ちゃっかりしとるのぉ。それじゃ、場所を貸すついでにいくつかワシからも依頼を出してもよいか?希少種の薬草類の中で、栽培できそうな物があったら一緒に育ててほしいんじゃよ。勿論、報酬ははずむぞ」
「構いませんよ。いつも大変お世話になっていますので、後で欲しい品種を紙に書いて渡してください。こっちの実験のついでに一緒に面倒を見ますね。ちなみに、種とか株が既にあるなら助かります」
「種なんかは仕入れてから、後日お前さんの実験室に届けさせるとしよう。他に必要な素材があれば揃えるので、遠慮なく申告するように」
「了解です。でしたら今から紙に書きますので、そこにある植物の種が手に入りましたら一緒に購入してもらってもいいですか?そんなに珍しい物ではないんですが、近くの園芸屋には置いてなくて。えっと・・・・これですね」
「どれ?・・・・ふむ、いくつか心当たりはあるの。良いじゃろう、知り合いの商人に後で聞いとくとしよう。しかし、お前さんのような植物を研究してくれる者が来てくれて本当に助かったわい。
どうもうちの連中は、ワシがいるせいか魔導具研究を志す者が多くてのぉ。それ以外の分野は他の街のギルドにだいぶ遅れをとっておったから、次に学術発表会で王都に凱旋するのが楽しみでならんわい」
「あぁ、俺もそんな話を冒険者ギルドで耳にしましたね。でもまぁ、おかげで魔石の入手しやすくて俺は助かっていますけど」
「と言うか、ワシの知ってる限り、魔導具関係の研究が一番魔石を消費すると思っておったんじゃが、どうやら違ったらしいのぉ。
今さっきも冒険者ギルドで『優秀なお弟子さんを取られたようで』と、あそこのギルドマスターに揉み手で歓迎されてきたわい。魔石の大量購入者は、やはり、お前さんの事だったか」
「あはは・・・・」
「まぁ、適当にはぐらかしてきたがの。それと、もしこの街で買えない種や苗があったら、冒険者に聞いてみるのも一つの手じゃぞ。彼らは仕事柄で色んな街や村に行くから、ワシら研究者でも知らん珍しい植物の在り処を、知っておるかもしれんからな」
「確かにそうですね。この前の戦いで何人か冒険者の方と知り合いになれたので、今度会ったときでも聞いてみるとします」
「ふむ。それでレポートの方なんじゃが、結局なんの研究について書いてきたんじゃ?」
「いやぁ、ドロモンさんの研究資料を読んでみたのですが、本当に色々な研究をなさっていたみたいで、どれにするか凄く悩んでしまいましたよ。それで、その中でもこの街で一番ためになりそうな研究があったので、今回はそちらをレポートに纏めてきました。こちらがそのレポートになります、よいしょっと!」
ドン!という音と共に、ガレットの机の上に研究レポートをインベントリから取り出した。
(ふぅ、今回も我ながら良い仕事をしました)
「・・・・一応聞くが、これはなんじゃ?」
「研究レポートです!」
「・・・・研究資料じゃなくて?」
「研究レポートです!!」
「・・・・はぁ、また徹夜確定か。しかし、またとんでもない量のレポートを書いてきおったな。いったい何を題材に、こんなに書き溜めてきたんじゃ?読むだけで二~三日はかかりそうなんじゃが?」
「こちらのおかげで『速記』と『模写』のスキルを取得できましたよ。今回のレポートは『キメラスライムの生態と活用方法について』になります。下水の浄化から農作業の手伝いまで、ありとあらゆる分野で活躍してくれそうなスライム達の特徴から配合法などを、かなり詳しく資料にしたためていたら、気がついた時にはこんな枚数になっていましたよ。もう一種の図鑑みたいな物ですね」
「スライムというと、あの小さい魔物のことか?あれのキメラをどう活かすと言うんじゃ、子供でも倒せる魔物じゃぞ??」
「戦闘で活用するのではなく、産業で働いてもらう予定です。コストも安いし、扱いも簡単ですからね。しかも、キメラだと最初からテイム済みの魔物になりますので、勝手に増えたりもしませんし。
彼らの粘液の活用方法や消化能力を上手く使えば、色んな産業で幅広く活用できます。弱い魔物とバカにされがちですが、産業面でみた彼らの利用価値はかなりありますからね。ドロモンさんも、なかなか良いところに目を付けていました。残念なのが途中で研究を止められていたのですが、この分野をもう少し掘り下げていたら、色んな所から引く手数多だったでしょう」
「それで、なんで途中で止まってしまった研究の結果を、お前さんが知っておるんじゃ?」
「それは俺も昔に同じ物を研究したことがあるからです。俺のお師匠も、かなり幅広い分野を勉強している方でしたからね。その時の宿題で、これと同じ研究をさせられたことがあったんですよ。案外憶えていたみたいで、思いの他サクサクと書けて楽しかったです」
「・・・・それを他人の名義で提出しようとするのが、ワシには理解できんのだが?まだ読んでないからなんとも言えんが、坊主の話す感じだとこの研究レポートだけでもかなりの価値があるんじゃないか?なんで、自分の名前で発表しようとしないんじゃ」
「・・・・これはケジメでもあるのと」
「ケジメと?」
「本音を言えば、俺にとってこの分野は専門外なので、此方のレポートについてとやかく質問をされても、正確にお答えするのが難しいんですよ。答えは知っているけど、どうやって問題を解くのか分からないと言いますか・・・・
勿論、時間を掛けて解析すれば答えは出せますが、この分野は植物の品種改良なんてめじゃないくらい時間が掛かりますし。それに、正直ここに書かれている内容も、俺が一人で見つけたものではないので、全てを正確に理解しているわけではないんですよ。それだったら、この研究を真剣に取り組んでくれる人にそのまま託してしまおうかと思いまして。
それに、亡くなっている人には質問できませんからね。気になるなら、自分で調べてもらおうかなと」
「・・・・」
「でも書いてある実験結果は嘘偽りなく真実なので、そこは安心してください。ただ、これ以上の事は専門外なので、分からないだけですから」
「一応聞いとくが、本当にいいんじゃな?このレポートがどう判断されるかはわからないが、ドロモン名義じゃと坊主の功績にはならんのだぞ?」
「そこは構いません。だって、この研究も“切れるカードの一枚に過ぎません”ので。
むしろ、早く広まってくれてくれた方が生活が豊かになりますので、是非有効活用してください」
「まったく、本当に申告通り15歳なのか疑わしく感じるよ。実はエルフの血が何割か入ってるとか言わなんよな?」
「正真正銘、人間種の15歳ですよ」
「・・・・今までで一番嘘くさい申告をありがとね。それじゃ、この資料はワシが確認してから査定の方に出しておくとしよう。それと、温室の鍵の開け方は、ミーシャにでも聞いておくれ。ワシが態々あそこまで行くのもめんどいからね。ここでこのまま資料と戦っておくとするよ」
確かに、ここから階段を降ってまた研究棟の階段を上るのは一苦労だろう。しかし、ガレットも階段はめんどくさかったようだ。ここでの用事もこれで全部終わったので、挨拶をしてからガレットの部屋を後にした。
さて、それではアキを迎えに行くとしますか。
・・・また徹夜か(-д-;)




