第11話
「話がまた脱線してしまいましたね。それでは、そろそろ本格的な錬成作業に戻りますか」
「そういえば、そうですね。ついつい色んなことを質問してしまいました」
「疑問に思うことは良いことですから、また解らない事があったら聞いてください。では、先ほどの『薬研』を使った錬成を実践していきます」
「了解です!」
「といっても、ここの錬成はかなり簡単なんですけどね。まずは、此方の『薬研』に粉にしたい素材を投入して錬成陣を起動させます。
起動を確認したら、後は薬研車を使って前後にゴリゴリ動かして素材を粉になるまで引いていくだけなんですけど。今回は全て均一の顆粒になるまで引いていくので、まずは見て憶えてください」
そう言って、まずは『チカの実』を何個か袋から取り出し、薬研の中へと投入していく。
「この『チカの実』はあらかじめ十分に乾燥させた物だけを使っています。生の物を使う場合もあるのですが、今回は水分があると他の素材とあわせた時に悪さをするので、間違えないようにしてください。
ちなみに、本来は数週間陰干しをして十分に水分を飛ばすのですが、今回は時間短縮のため錬金術の『抽出』のスキルを使って強引に水分を飛ばしてあります。食べる訳ではないので、効果もさほど変わりませんしね」
そう説明しながら、起動した『薬研』を前後に動かしながら『チカの実』を細かく砕いていく。食用の場合は種やヘタも綺麗にとってから細粉するのだが、今回はこの実が持つ“辛味成分”を使いたいだけなので、気にせずゴリゴリ削っていく。本来であれば結構時間をかけないと粉状にはならないのだが、錬成を利用しているだけあって、ものの数分で目標の状態まで細粉が完了した。
「これが『チカの実の粉』になります。こちらは薬皿に移して次の作業に移りましょう」
「了解です。しかし唐辛子のはずなのに、なんか緑色の粉なのがとっても不思議な感じですね」
「まぁ、此方はまだ“配合”途中ですからね。もう少しで赤い実が生るようになるので、そうしたら違和感もなくなると思いますよ。しかも、時間をかけて乾燥させたわけではないので綺麗な緑色のまま粉状になっていますが、今の段階で陰干しで作ったら茶色っぽい粉になっていたはずです」
「へぇ、そうなんですか」
『薬研』を軽く掃除してから、次は『木炭』を同じように砕いていく。ここでも不思議なことがあるのだが、錬成を使わないで普通に『薬研』を使用した場合は、掃除にえらい時間が掛かるはずなのに、何故か錬成を使用して細粉すると、軽くふき取るぐらいで元の綺麗な状態に戻るのである。
ちなみにこれは殆どの魔導具でも言える事で、たぶん錬成が何らかの作用をしているのだろうが、あまりに簡単に綺麗になるので違和感は強い。便利なので助かってはいるが、この辺はゲームぽさを感じる時がある。
『木炭』の細粉が終わると、続いて『硝石』、その次は『硫黄』と次々と『薬研』にかけてゆく。単純作業なのでこの辺は説明することがあまりなかったので、手際よく終わらせていった。
「これで粉引きの作業はお終いですね。次は此方の粉を混ぜ合わせて煙幕の材料を作っていきます。ちなみに、ここでの配合を間違うと大爆発を起こしたりするので、決して間違えないようにお願いしますね」
「はい!爆弾作って『どかーん』は嫌ですからね。頑張って憶えます!」
「配合さえ間違わなければ大丈夫ですよ。それでは、まず『白砂糖』と『チカの実の粉』をすり鉢で合わせてしまいましょう。重さは『白砂糖』がこの錘と同じ量を、『チカの実の粉末』の方は此方の錘を使ってください」
「おぉ、錘を使って分量を量るなんて、なんか学校の化学の実験みたいですね!」
「錬金術って化学の元みたいなものなので、間違ってはいませんね。量を計り終えたら、こうやってすり鉢に入れて乳棒という道具でよくかき混ぜていきます。大体これくらいですかね。
今度はできた物を防火布でできた小さい袋に詰めて縁を麻紐できつく縛っておきます。これで材料の一つの完成ですね」
「あれ?煙幕なのに防火布に中身を入れるんですか?」
「えぇ、最後に錬成でこの布に小さな穴を開けて使うのですが、早い段階で完全に燃え尽きてしまうと困るので、あえて火のめぐりを悪くして中で不完全燃焼をさせるんですよ。
そうすると、砂糖がゆっくり燃えて煙を大量に発生させるってカラクリですね。その時、このチカの実の辛味成分も一緒になって煙として放出されるので、強い“催涙”効果を得られるというわけです」
「なんか、想像するだけで酷い惨状が出来上がりそうですね」
「効果もかなりのモノですよ。それに、ダンジョンなんかの閉鎖空間での『催涙煙幕』の使用は冒険者ギルドを通して禁止令が出ているはずです。あっ、でもあれはゲーム時代の話なので、今ならまだ大丈夫なのかな?後で確認しときますね。
ちなみに効果なんですが、ちゃんと水で洗い流さないと一時間はまともに呼吸や目を開けることができなくなるらしく、嗅覚の鋭い魔物なんかがこれをくらうと、あまりの刺激に失神したりするみたいです。まぁ、俺個人は喰らったことがないので、どれほどの効果なのかは未体験ですけど」
「あはは・・・・なんか、一思いに殺される爆弾の方が優しい気がしてきました」
「なので使い道がかなり限定されるので、思いつくのが軍事利用か暴徒鎮圧くらいですかね。まぁ、使った瞬間恨まれそうですけど」
さて、煙幕の核の部分は完成したので、後は火薬モドキの作製に取り掛かる。流石にこの部分をミスをするわけにはいかないので、先ほどよりも慎重に秤で分量を測った上ですり鉢の中に材料を投入していく。
(あの・・・・アキナさん、そんなに離れていたら作業が見えないと思うのですが。この作業は、後であなたもやるんですよ?)
そうこうしているうちに作業が終了したので、今度はそれを『ホーンラビットの革』で出来た小袋に移して、これで全ての素材の完成した。後は、先ほど作った防火布の袋とサルサの幹を必要な長さに切った物を先ほど描き上げた錬成陣の上に置いて小さい魔石を用意すれば準備完了である。
「さて、それでは最後に錬成陣を起動して『催涙煙幕』を仕上げていくのですが、途中で『形質変化』で形が変わっていく様はなかなかに面白いので良く観察して憶えてくださいね。それと本当に爆発しないですから、いい加減こっちに来てください」
「はぅ、わかりました。・・・・先生、本当に爆発しませんよね?」
「分量が違うので爆発はしませんよ。それに、仮に煙幕が発生したとしても魔導具が拡散する前に全て浄化してしまうので安心してください。そのために色々用意しましたから。それより、この錬成は『形質変化』のスキル上げにもなるので頑張ってくださいね」
アキナも観念したのか、やっと作業机の近くまで戻ってきたので、気が変わる前にさっさと錬成を開始することにする。
錬成陣を起動すると、素材がそれぞれ融合をはじめ徐々に形を変化させていく。これは先ほど言っていたスキル『形質変化』の作用で、今回は外側を燃えずらい性質に変化させるのと、形の変化の両方を同時に錬成中におこなう必要があるので、それにあわせて難易度も高くなっている。まぁ、だからその分経験値も美味いのだが。
今回はアキにお手本を見せる関係で、“マニュアル錬成”は使わずに作業をしているので、なるべく丁寧かつゆっくりと変化をさせることを心がけながら錬成を仕上げてゆく。
アイテム名
『催涙煙幕』(高品質)
刺激成分を含んだ黒煙を数分間で展開させる。一定時間、『視力』『嗅覚』『呼吸器官』に機能障害を与える。
作成者:那戳
「どうやらうまくいったみたいですね。これが今回アキにもたくさん作ってもらう予定の『催涙煙幕』になります。どうです?ただの革袋がソフトボールみたいな形に変化するの、面白いでしょ?」
「本当にここまで綺麗に変わるんですね。先生、これってどうやって使うんですか?」
「これはですね、まずはこのボールの魔石がでっぱている部分をみつけて・・・・ここですね。ここに起動と念じながら少しだけ魔力を込めると、込めた魔力によって大体5~20秒後に反対側の穴の開いている部分から煙が凄い勢いで吹き出てきます。それが1~2分くらい続くと効果切れですね」
「煙はどれくらい残るものなんですか?」
「使う場所と量にもよりますが、一つで無風地帯で10~15分程度。屋外なら5~10分といったところでしょうか。もちろん、同時に何個も使えばもっと長い間煙幕を維持することができますね」
「それで効果が一時間近く苦しむとか、とんでもない兵器ですね。もっと平和的な使い方があればいいんですけど」
「平和的ですか?う~ん、一応毒物は一切使っていないので自然への影響もないですし、なかなか環境にも優しいアイテムなんですけど・・・・
うん?環境・・・・・あっ!もしかしたら麦畑の害虫駆除なんかに使えるかもしれません。後でそっち方面で領主様に売り込んでみようかな」
「確かに、それなら平和利用できていいかもしれませんね。ただ、風向きが変わると一気に地獄絵図と化すのが恐ろしいですが・・・・
そうだ!だったら丁度次の裁縫師のレベル上げ何にしようかと考えていたのですが、『防塵スカーフ』ってどうでしょうか?これなら装備効果で煙幕を無効にできるはずですし、何より今のレベルだと経験値もウマウマです♪」
「おぉ、それはタイミングがいいですね。では、そちらもセットで領主様に売り込むとしましょうか。害虫との戦いはどこの世界でも共通の悩みのはずですからね。煙で燻して退治してやりましょう!」
こういう時、相談できる人物がいるという事が非常にありがたい。まさか倉庫で死蔵するはめになると思っていたこのアイテムに、軍事目的以外で活路を見出すことができるとは。しかも、『防塵スカーフ』というアイデアも素晴らしい。このセットなら領主様も購入してくれる可能性も十分に高そうだ。
よし、一先ず大赤字の心配も何とかなりそうなので、安心して煙幕作製の錬成に取り掛かるとしましょうか!
ゴリゴリ(´・ω・`)うん?
(コロコロ♪)○。.(*´∀`*)




