第8話
錬金ギルドに帰ってきて、まず最初に買取窓口で午前中に作った薬の代金を受け取りに向かった。そこでもミーシャを探してみたのだが、どうやら自分の席にも戻っていないようだ。さすがにあれから時間がかなり経っているので、食事からは帰っているとは思うのだが、たぶん他の仕事で席を離れているのであろう。
ガレットとの面会の時間などを聞きたかったのだが、仕方がないので他の受付で手続きを済ませて報酬を受け取り、自分の実験室まで戻ることにした。この時、アキナの代金も一緒に渡されたので、そちらもしっかりと預かり自分の実験室へと向う。どうやら彼女は直接実験室へと戻ったらしい。
十分に重たいその革袋を両手に持ちながら実験室に入ると、やはりアキナは既に部屋に帰ってきており、待ち時間で部屋の片づけをしていたみたいだった。
「先生、思ったより遅かったですね。お目当ての物は買えましたか?」
「お待たせしました。直接欲しかった植物の種は売っていませんでしたが、品種改良をすれば生み出せそうだったので、その材料の種を購入してきました。それと、はいこれ。受付で薬の代金を受け取るのを忘れていたようなので、一緒に貰ってきましたよ。此方が今回のアキの売り上げですね」
「わぁ、先生ありがとうございます!そういえば、すっかり忘れてしまっていました」
「此方が明細書だそうです、だいぶ高品質品の成功率が上がってきましたね。アキの頑張りが良く結果に現れていますよ」
「えへへ、どうもです!なかなか先生には追いつくことはできませんが、自分のペースで頑張っていこうと思います」
「千里の道も一歩から、ですね。それでは、俺はこれから鉢植えを用意するので、その間に此方に書かれている素材を倉庫から出してきてくれませんか?その材料を使って、二人で午後の錬成をする予定なので」
「分りました。うわっ!結構多いですね、頑張ります!
しかし鉢植えを用意すると仰っていましたが、また『銭喰らい』さんですか?」
「そうですね。さすがに今ある数で“配合”をしようとすると足りなさそうなので、またこれから新たに作るつもりです。ただ、そろそろこの部屋に置くのも限界になってきましたね」
「ですよね。まだ二人で作業しているので部屋に余裕はありますが、これから他の研究を始めたりしたら、更に手狭になってしまいそうですよね」
「一応、今日の午後にガレットさんとの面会を予定しているので、その時に相談してみたいと思っています。あそこの温室を使わせてもらえるとかなり助かるんですけど」
「そういえば、確かにガレットさんの仕事部屋の隣にありましたね」
「まぁ、あそこがダメなら他の場所を考えますよ。資金的に余裕もありますし、近場でどこか土地を買ってしまってもいいですしね」
「そこで借りるって言わないのが、先生ですよね」
「借りた建物だと好きに魔改造・・・・ごほん、改装ができませんからね。買い上げて好きにいじった方がトラブルがなくて助かりますから」
「あはは・・・・。そうだ、お屋敷にそういった施設を作るのはどうですか?個人のお庭に温室とか、なんか憧れちゃいます」
「あぁ、そちらはすでに建築準備を進めていますよ。主にあちらでは食品関係の研究に使おうかと思いまして。それに、庭師も雇い入れるので、香水に使えそうな草花の栽培も予定してますね」
「えっ、もう着工していたんですか!・・・あのぉ、もしかして他にも私の知らない施設とかってあったりします?」
「えっとですね。お屋敷の外には、『鍛冶場』『温室』『木材加工場』『陶芸・ガラス工房』それと『厩舎』と『小さめの鳥小屋』、後は『大きめの倉庫』を二棟建築中ですね。まぁ、温室はガラス工房が完成したら自分で作るつもりなので基礎工事だけですけど。それと、お屋敷内にはアキ専用の『裁縫施設』『画廊とアトリエ』、それと『錬金施設』『彫金細工工房』『革細工工房』を用意してあります。後はもう少し手が回るようになったら空き部屋を順次改装予定ですね」
「・・・・えぇっと、なんか凄いことになっていませんか?」
「これでもだいぶ抑え気味に改装したんですけどね。本当は全部倍の広さで用意したかったんですが、さすがにそれだと基礎から見直しの大改装になってしまうので、泣く泣く諦めることにしました。それに、施設利用が更に遠のいてしまいますしね。
まぁ、職人のいるクランホームってだいたいこんな物じゃないですか?俺からしたら寧ろまだまだ小さいくらいですが、その代わり施設設備には拘るつもりなので期待していてくださいね」
「確かにうちのクランでもそういった施設は多少は用意してましたが、先生が手がけると更にとんでもないことになりそうな気がしますね・・・・。分りました、“覚悟”しておきます!」
(期待じゃなくて覚悟になってますよ、アキナさん!?)
そんなやり取りをした後に、アキナはさっそく材料を運び出すために倉庫エリアへと向かっていった。
(さて、話し相手もいなくなってしまったので自分も作業を始めるとしますか)
『即栽鉢植え』だが、今回も下位専用の物を作製するためそこまで手間がかからないのでサクサクと錬成の準備を進めてゆく。ただ、今回は数をこなす予定なのでそれなりに時間はかかりそうではあった。
手早く錬成陣を書き上げると、魔石を用意してすぐに錬成へと取り掛かる、あくまでこの鉢植えはおまけで午後の錬成とは関係ないのだし。だいたい一つ20秒くらいで錬成を終え、それを数十回繰り返したところでアキナが倉庫エリアから此方に帰ってきた。どうやら、もう材料を集め終わったようだ。
「先生。木炭が結構な数倉庫にありましたけど、これって何時頃買ってきたんですか?前までありませんでしたよね?」
「あぁ、ここに大量にあった薪材になった乾燥だいこん達を業者さんに売りに行った時に、ついでに買い込んでおきました。だいこんから木炭を作っても良かったんですが、流石に街中で釜を作って焼くわけにもいかないので、専門の方をこの前紹介してもらったんですよ。それで、今日はさっそくそれを使いたいと思います」
「他にも聞きなれない石やら、麻袋なんかもありましたけど・・・。先生?私に隠れてなんか変なものまで買っていませんよね?」
「いやいや、“必要な物”しか買っていませんって!それより準備の方お願いします。俺も此方の方が後少しで終わりますので、そしたら手伝いますよ」
「はぁい。取り敢えずインベントリに書かれていた物はしまっておいたので、部屋の片づけが終わったら机の上に出しておきますね。しかし、結構な数の『銭喰らい』さんを作りましたね。本当に、そのうちこの部屋が植物園になる日も近いかも・・・・」
「“配合”は時間と手間がかかりますからね。少ない鉢植えで細々とやっていると時間がかかりすぎるので、そこは数で押し切る予定です。だいこんの時は資金的に余裕がなかったので仕方がありませんが、今は多少は無理が効きますからね」
「先生の“多少”とか“ちょっと”は信用できませんからね。無理する前にちゃんと相談してくださいね?」
「あはは・・・・、了解です」
「それで、出来上がった鉢植えにはもう土を入れたりするんですか?」
「そうですね、早めにやっておけばそれだけ結果もすぐに出ますので、午後に予定していた錬成の前にセッティングまで終わらせてしまいますか」
「はぁい。では、すぐに続きを終わらせて準備をしてますね」
「よろしくお願いします。俺も出来るだけ早く鉢植えの錬成を終わらせますので」
こうして暫くの間、別々の作業に二人で没頭していった。アキナの方は思いのほか直ぐに終わったようで、俺が作った鉢植えに腐葉土と土を合わせた物を詰めていく作業をしてくれ、俺も買ってきた鉢植えを全て即栽鉢植えに錬成し終えてから、その作業に途中から参加した。中々の数だったのでそれなりに時間はかかったが、二人で頑張ったおかげでなんとか1時間ほどで作業を終了することができた。
「ふぅ、思ったより時間がかかりましたが、やっと準備ができましたね。それで、結局今回は何を育てる予定なんですか?」
「今回は調味料関係の植物を“配合”で生み出す予定ですね。取り敢えず、三種類『カラシナ』『山椒』『胡椒』を生み出す予定です」
「おぉと。唐辛子に引き続き、またしても全て刺激物ですね」
「まぁこの三つは元になる植物が同じなので、そこから派生させていく関係上セットで栽培するのが望ましいんですよ。ちなみに最終的には、『カラシナ』は草花、『山椒』は木、『胡椒』はつる科の植物になりますね。
それぞれに違う“配合”を加えて進化させていくんですが、地球の植物学者が聞いたらクレームが来るかもしれませんね。向こうではそれぞれ別の科の植物になりますから。俺もゲーム時代はかなり不思議に思っていましたが、まぁ途中から別の世界なんだと割り切って考えましたけど」
「ほへぇ。元の情報を全く知らない私からすると、どこがそんなに違うのかが分りませんが、先生が言うならそうなんですかね?私的には全部一括りで刺激系スパイスってイメージですね」
「まぁ、細かく話すと長くなるので省きますが、要は進化させることによって全く違う植物を生み出すことができるのが、この“配合”という錬成です。だいこんの時はあくまで突然変異種を生み出す物でしたが、こちらは似て非なる植物を生み出す作業になりますね。
ちなみに、この配合ツリーも極秘事項になるので他で喋ってはいけませんよ?此方の情報も秘匿、あるいは友好クランでもかなりの高値で取引されていましたから。
特に、『胡椒』はかなりの高額商品でしたからね。此方のレシピを巡って中規模レイドの“クランウォー”まで仕掛けられたこともありましたから。まぁ、みんなでボコボコに返り討ちにしてやりましたけど」
「また恐ろしいレシピを憶えてしまうんですね、私は・・・・。勿論誰にも言いませんよ!」
「えぇ、その辺は信用しています。それに、“配合”では変化に時間がかかる代わりに種に干渉しやすいですからね。“この土地”以外では絶対栽培ができないような細工を施すことも可能なので、盗難対策もおこないやすかったりします。これも“配合”ならではの利点ですね」
「あはは・・・・、苦労して盗んでも他の土地では育たないわけですね」
「そういうことです。それで今回元になる植物の種がこちら、『ライネの実』という物になります。一年草で比較的安価に購入することができますし、だいたい等級5~4くらいの錬成での薬剤の原料になるんだったかな?これに先ほどいった3種類の特徴を持った適性植物の種を合成させることによって進化させていきます」
「ちなみに、何回ぐらい“配合”をすると目的の物になるんですか?」
「そうですね、だいたい20~30回前後でしょうか。途中でいくつか“配合”させる種を変える必要があるので、途中で間違えるとまた最初からやり直しになりますから、注意が必要ですね」
「あれ?でも、それだとなんでこんなに鉢植えが必要なんですか?」
「それはですね。“配合”という作業は、それぞれ一回の変化で微妙に個体差が現れるのですよ。その変化によっては次回の“配合”変えなくてはならないので、何個か同じ種を植えて一番都合の良い結果が現れた種を次に使用していくという訳です。なので、レシピを盗んで同じ手順を追っても目的の植物が生み出せないということも十分にありえますね」
「だいこんの時も思いましたが、先生の所属してたクランって本当にすごいとこですよね。まず、『銭喰らい』さんをそこまで使いこなせていたクランが私の周りには全くいませんでしたよ」
「まぁ、お金と手間がかかるので、結局道楽扱いされていましたからね。それでいて、お金が稼げるとばれた時には、すでにクランマスターが販売経路を完全に牛耳っちゃっていましたので、後続はなかなか追いつけませんでしたよ。それを力で奪おうとしたところは軒並み潰して回りましたしね」
あはは・・・・、とその話を聞いたアキナが苦笑いをしている。まぁ、気持ちは分りるが。
さてと、それではさっそく種を合成して栽培を開始するとしますか!
目指せ、豊かな食生活!その第1歩を進もうじゃありませんか!!
アキナさん、期待じゃなくて?ヾ(・ω・`;)
はい!覚悟します!!(`・ω・´)
あ・・・・はい。(´・ω・`;)




