第4話 転生1日目1-3
“イグオール宿屋:満月亭”
「領兵さんが紹介してくれた宿屋はここかな?」
ゲートからまっすぐ大通りを歩き、中央噴水広場を抜けて指定された道順を辿ると、少し奥まった場所に教えてもらった宿屋が見えてきた。
基礎となる一階部分はしっかりとした石組みとレンガ造りとなっており、二階の木造部分は真っ白に塗られた漆喰の壁が夕日を浴びてオレンジ色に様変わりしていた。大通りの途中にあった宿屋よりは大きくないが、お洒落な外観と落ち着きのある雰囲気の佇まいは、こちらの方が自分の好みにあっていた。
「そういえば、領兵さんの名前聞くの忘れてたな。取り敢えず、中に入って聞いてみますか」
入り口のドアを押して店内に入ると、扉に設置してあった小さなベルが鳴り、すぐに奥から「はぁ~い」という声と共に、エプロン姿の女性が現れた。
「ようこそ、満月亭へ。お食事ですか?ご宿泊ですか?」
「領兵さんから紹介されてきたのですが、ちょっと名前を聞くのを忘れてまして、宿泊でお願いします」
「あぁ、たぶんこの時間だとモーリスかしら?畏まりました。宿帳にお名前の記入をお願いします。料金についてなんですが、ご紹介なので一泊大銅貨5枚、5泊以上だと1日大銅貨4枚までオマケできますよ」
「では、取り敢えず5泊でお願いします。後で追加を頼むかと思いますが、それは大丈夫でしょうか?」
「ありがとうございます、追加の方は大丈夫ですよ。ただ、なるべく早めに教えていただけると助かります」
「よかった、ではそれでお願いします」
「は~い、お部屋は二階の角部屋の205号室になります。ちなみにお食事は夕食と朝食が付きますので、その際は食堂の方まで来てください。
宿泊の方は入り口で鍵を見せていただければ確認できますので、お忘れの無いようお願いします。後、お出かけの際はここで鍵をお預かりいたしますので、その時もお声掛けください」
「分かりました。では、荷物を部屋に置いたらさっそく食事をさせてもらいますね。朝からパンとパリムの実しか食べてなくて、お腹ペコペコでして」
「あらぁ、お若いのにそれだけじゃいけませんよ!では、サービスで量を増やすよう旦那様に言っておきますね。それとお風呂なんですが、二軒隣に共同浴場がありますので、是非そちらをご利用ください。大きいお風呂なので、とっても人気があるんですよ」
「おぉ、では食事の後に行ってきますね。今日は疲れたので、これでゆっくり寝れそうです」
どうやら、大銅貨10枚で銀貨1枚になるようなので、女将さんに銀貨2枚を渡して鍵を受け取ると一旦部屋に荷物を置きに行き、すぐに食堂へと向かうことにする。
一階の食堂へ着くと、すでに何組かのお客が食事を楽しんでおり、女将さんを一回り小さくしたような少女が忙しなく給仕をしていた。
「いらっしゃいませ~、空いている席でお待ちくださ~い!」
丁度窓側の二人席が空いていたので、そこに腰掛けて待っていると、給仕をしていた少女がこちらにやってきた。
「お待たせしました。さっきお母さんが言ってた宿泊のお客さんですよね?鍵の提示お願いします」
「はい」と自分の部屋の鍵を少女に見せると、すぐに持っていたメモ帳にサラサラと部屋番号を書き写して鍵を返してくれた。
「宿泊のお客様はメインをお肉かお魚を選べますよ。お肉はホーンラビットのステーキ、お魚は河魚のシャールの塩焼きになります。後は、シェフのお任せスープに白パン二つ付きますね。お飲み物はお茶なら無料で、エールとワインはジョッキで銅貨5枚になります」
「では、今日はお肉とお茶をお願いします」
「はぁい、ではしばらくお待ちくださ~い。お茶はすぐにお持ちしますね」
本当は異世界のお酒のエールかワインを飲んでみたかったのだが、年齢が15歳まで下がってしまったのと、いったいどのような酔い方をするか自分でも把握しきれていないので、今回は様子をみることにした。
それほど待たずに料理が運ばれてきたので、熱々のうちに頂くことにする。
ホーンラビットとは小型犬くらいの大きさのウサギ型の魔物で、名前の由来となっている小さな角が額に生えているのが特徴だ。
分類的には魔物に該当するのだが、草食で大人しく、自分が襲われない限り攻撃をしてはこない。肉がそこそこ美味しいのと肝臓がポーションの材料になり、また皮も加工しやすく人気があるので、ゲーム時代は駆け出しの冒険者向けに依頼がよく張り出されていた。
ステーキになって現れたウサギさんは、塩のみで味付けがされていていた。淡白な味を想像しながら口に運んだのだが、こちらの世界では肉体にマナを含んでいるため魔物の肉は非常に味が良く、かえって塩だけで食べる方が肉の旨みを楽しむことができるようで、非常に美味しかった。だが、それだけでは説明ができないほどの味だったので、何か下処理に秘訣があるのかもしれない。
一緒についてきた大盛りの野菜スープも絶品で、シンプルな塩味の中にもしっかりとした野菜の甘みが溶け込んでいて、ステーキの油分を洗い流してくれるような爽やかな味であった。
主食のパンもスープにつけて食べる固いパンではなく、外はカリカリ中はしっとりとした絶妙の焼き加減をしている。
あまりの旨さに驚きながら夢中で料理を口に運んでいたら、気がついたら全てを完食してしまっていた。
給仕をしていた少女に挨拶をしてから食堂を離れ、今度は受付で鍵を渡してから風呂へと向かうことにする。
紹介された共同浴場に着いたら受付で料金を払って中に入り、洗い場でしっかりと汗を流し、湯船につかりながら先ほどの食事について考えてみる。
確かに料理自体はシンプルな物で、料理法が焼く・煮るしかないのはゲーム時代と同じだったが、味に関してはまったくの別次元であった。きっとそれ以外を知らないから、狭い範囲で工夫を重ねていった結果、行き着いたのがあの料理だったのであろう。実にもったいないことだと思う。
女神ユーミアが悔しがっていたのは、こういった事だったのか。せっかくの技術が争いによって後世に残らず発達していかない。あれだけの料理が作れるのに調理法が伝わらなかったために、そこで技術が停滞してしまっている。
今回は料理であったが、きっとこれは他分野でも同じことが言えるのであろう。
『世界にさらなる技術革命をもたらすことができる者』
託された思い。新しい変化をもたらせる人材として自分はこの世界に招かれた。
なるほど、確かにこれは遣り甲斐のある仕事ではないか。
(ならば、やってみせましょう。技術革命とやらを!ゲーム時代に散々やらかしてきた知識を、大いに活用して!!
最初は自重しながら様子を見ようと思っていましたが、たった今、自分の中にある辞書から“自重”という文字を消し去ってしまいます!)
決意新たに、若干のぼせ気味で風呂から上がり、夜風を感じながら宿屋へと帰る。
宿屋の受付で鍵を受け取り部屋に戻ると、そのままベットへとダイブした。
今日一日で自分の人生が大きく変わったが、ここまでやる気に満ちているのは何時振りであろうか。毎日会社と自宅の往復し、会社では上司達にいい様に使われ、朝から晩まで無理難題を押し付けられる日々。何時からだろう、『お前には期待している』この言葉を素直に信じられなくなったのは。
女神ユーミアからかけられた“期待してるよ”という言葉。あの時はそこまで心を動かされはしなかったが今は嬉しくてたまらない。
明日はまず、自分を鍛えるために錬金ギルドでドップリ錬成を試みよう。大丈夫、必要な材料は揃っている。無ければ追加で買ってくればいい。きっと楽しいことになるだろう。
明日の予定を考えながら微睡んでいると、いつの間にか眠りへと落ちていった。
きっと明日から世界の歯車は大きく回り出すであろう。そのきっかけを作るであろう一人の青年は今、力を貯めるためといわんばかりに深い眠りへと身を委ねていく。その寝顔は、未来を信じ希望を胸に抱く少女のごとく幸せに満ちていた。
“願わくば、新たな人生に幸多からんことを”
ナタクは力をためている! o(・ω・´o)