第24話 転生4日目1-3
アイテムの品種改良は、安定してお金を稼げる錬金術師における赤字錬成の代表格となる。
その中でも比較的易しいと言われていたのが、ナタクが始めようとしている植物の種子に施す錬成だ。これは同種・あるいは配合適正のある植物同士の種などを錬成で合成し、新たな植物を誕生させる行為である。そこで生み出された植物を普通に育成し、種を増やす分には実はたいした出費にはならない。目当ての植物を生み出したら、畑なので栽培するのだから当然である。
しかしこの方法はゲーム内で数ヶ月単位の時間がかかるため、よほどの事情がない限り、品種改良中にこれをおこなうプレイヤーは存在しなかった。なぜかと言うと、一回の合成で起こる状態変化はそこまで多くないため、何度も繰り返して行う必要があり、目的のアイテムを作るためには、どうしても莫大な時間がかかってしまうからだ。
ではプレイヤー達はどのように新種の植物の品種改良をしていたかと言うと、栽培促進効果を持った魔導具を作製し、その機材を使って植物を栽培し、種を得ていたのだ。この方法であれば1回の品種改良で約数時間で新品種の種を安全に栽培し獲得することができるため、この方法が主流となっていたのだが、便利な反面大きなデメリットも存在した。
この魔導具、かなりの量の魔石を消費することによって稼動するのだ。このデメリットが多くのプレイヤーの財政を逼迫させる原因となっていた。下位のレシピとして存在する種でさえ、小ぶりの魔石を一気に数個消費していく。これが中位や上位のレシピになってくると、その消費は天井知らずに増えていくのだ。
ナタクが以前に米の再現を試みて、挫折したのはこれが原因であった。なぜかジャポニカ米はイネ科の上位クラスになっても現れることはなく、あまりの魔石の出費に研究を諦める他なかった。
これには要求されたコストに問題があった。確認されている最上位のレイドボスモンスタークラスの魔核と上位の魔石を数十個を約100回単位で要求されていたために、途中から時間的にも資金的にも手を出すことができなくなっていったのだ。
しかも途中できた種は、まだ非常に不安定な状態であるため、育成難易度もかなり高く。植物育成に適した職業を持つプレイヤーに通常栽培を試みてもらっても、植えてからすぐに何度も枯れてしまった。まさに、現状ではお手上げであったのだ。
なのでナタクが女神ユーミアの救援物資から種籾を授かって非常に喜んだのには、こういった経緯もあったりする。
さて、話を戻すが。このように非常にコストの高い錬成になるため、ゲーム時代の品種改良は金持ちプレイヤーの道楽として認知されていた。だが有用なアイテムを多数手に入れることができるため、この錬成をナタク達のクランでは率先して行い、様々な種類の品種改良を成功させていた。
その中で下位レシピの種子でありながらも、かなり有用なアイテムがあるので、今回の交渉材料最後のサプライズとして使用するために挑戦していく予定だ。
『一緒に開発に携わってくれたクラメン達には申し訳ないが、お米様のために使わせていただきます』と心の中で謝りながら錬成の準備を開始していく。
まずは『銭喰らい』の異名を持つ、ある意味呪われたアイテム『即栽鉢植え』と呼ばれるアイテムを作製していく。仕組みはいたって簡単で、買ってきた鉢植えに魔導回路を全体に行き渡るように刻んでいき、最後に魔石の投入口となる動力炉を作製すれば完了である。これは種のクラスごとに必要とされる鉢植えの材料が異なるのだが、今回の作製予定の『即栽鉢植え』は下位の物なので街で売られていた素焼きの物でも問題なかった。
鉢植え自体の作製難易度もあまり高くないのでテキパキと作業を進めていき、あっという間に4個の『即栽鉢植え』を完成させた。
これに土を入れてれば準備完了である。後は、種と必要数の魔石を投入すれば数時間で結果が現れる。なので先ほど素材を買い込んだ販売所に腐葉土などを買いにいくため、アキナに断りを入れて部屋を後にしようとしたのだが、どうやら気になるらしく一緒に付いてきてくれるようだ。
「さっきのが、噂に名高い『銭喰らい』さんですか。見た目は特殊な模様がついた普通の鉢植えですよね?」
「えぇ、魔導回路を刻んで動力炉を取り付けた以外は、見た目に変化はありませんからね。しかも下位の専用タイプなので、素材もシンプルですしね」
「上位とかになると、すごい煌びやかになったりするんですか?」
「別に宝石をちりばめた様な見た目はしてませんが、素材は確かにエグイですね。ヒヒイロカネで魔導回路を組んだり、動力炉に神鋼を使ったりしますから。鉢植えの素材の段階で『銭喰らい』の異名は伊達ではなかったですね」
「それは酷いですね。神鋼なんて攻略サイトのスクリーンショットでしか見たことありませんでしたから、それを鉢植えに使うとか私には考えられませんね。流石は道楽アイテムです・・・・」
「その分見返りも大きいですが、散々苦渋を舐めさせられたアイテムでもありますからね。使ってレシピ開発するだけで本当に心臓に悪い錬成ですよ」
「恐ろしくて何があったか聞きたくありませんね・・・・、掲示板でも散々な書き込み状況でしたし」
「確かに、進んだ先に成功が約束されているわけではありませんからね。レシピを知らないと本当に地獄を見る結果になりますから」
「そういえば、種のレシピが全然公開されていなかったのは、やっぱり作成者が隠匿していたんですか?」
「そうですね、その種を作り上げるのに莫大な資金を投入することになりますから、俺の周りでも簡単に公開する人なんていませんでしたね。精々下位レシピの初期段階ぐらいじゃないですか?
あえてミスリードを掲示板に上げてる人も見たことありましたが・・・・
散々ガセ情報注意と警告がなされていたのにも拘らず、実行してしまった人はいったいどれだけの損失を出していた事やら・・・・」
「私は恐くて一切触っていませんでしたよ。先生は結構やられていたんですか?」
「むしろ、ゲーム後半の錬金術ではこればかり研究していましたね。鍛冶をメインにしていなければ、間違いなくこの分野の専門家をやっていた自信があります」
「これの専門家ってどんだけお金持ってたんですか!やはり、ゲーム時代からぶっ飛んだ生活をしていたんですね」
「というか、使い道のない余ったお金の捌け口として使ってましたね。うちはクランリーダーがクラン共同研究資金の管理をしてくれていたんですが、あの人お金を増やす天才でして。気がついた時にはものすごい金額が貯まっているんですよね。
ちょっと使ったくらいでは減るどころか増えてしまうので、もう必死になって研究を進めていましたよ。そのおかげで、たくさん研究成果をあげることができたんですけどね」
「なんか、年末の道路工事のような理由で大量のお金が使われていたんですね・・・・そっちにも驚愕です」
「まぁ、今回は下位のレシピ作製なので金貨数十枚でなんとかなるでしょうから、そこまで心配することもありませんよ」
「あの、先生?金貨数十枚あれば、贅沢しなければ最低でも年単位で生活できますよ?」
「気にしない~気にしない!さ、張り切って買い物をしに行きましょう!」
「やっぱり、お金の使い方がおかしいです・・・・・」
販売所に着いてから腐葉土は問題なく買えたので、他に必要そうな物を買い足しつつ実験室にとんぼ返りをしてきた。まぁ、栄養は魔石になるので最悪実験室のすぐ外の土でも問題はないのだが、こちらの方が成功しそうな気がするので、少し拘ることにした。
「あとは種を植えて、魔石を動力炉に入れれば動き出すんですか?」
「動き出しますが、まずは種の合成をしてからですね。これをしないと、種の植物がそのまま出来上がるだけですから」
「そうなんですか。それで、今回はどんな作物を創りだすんですか?」
「これですね。『おバカだいこん』と言うアイテムの突然変異種を狙っていきます」
「なんか随分な名前を持った作物ですね。なんですか、そのアイテムは?」
「悪食のゴブリンすら食べないと言われている、ひたすら苦くて不味いだいこんになりますね。用途は冬の畑に植えておくと翌年の麦の成長が良くなること、3日ぐらい天日干しすると薪材になるので、結構植えているところは多い作物ですよ。まぁ、食べてはもらえませんが・・・・」
「食用作物としては完全に終わっているんですね。何故そんな物に大金をかけて錬成なんてするんですか?」
「これの突然変異種の性能が、ずば抜けて高いからなんですよ。たぶん完成したらみんなから喜ばれるある素材が手に入るので、いい交渉材料になると思うんですよね。あまり切りたくないカードの1つなのですが、お米様には代えられませんので」
「なんか想像ができないので、結果を見るまで詳しく聞かない方が面白そうですね。楽しみにして待っていますね」
「はい、期待していてください!」
さて、それでは種の合成に取り掛かるとする。これは同種・あるいは適合する植物の種子同士を合成することによって、新たな作物の種子を作り出す錬成になる。この錬成自体は適性しないもの同士を錬成しない限り失敗はしないので、容易に錬成が完了することができる。
今回は突然品種狙いなので、同種の種を合成した物を用意した。こうすることでしか突然変異種は生まれてこないので、狙いの物が作れるまでこの作業を繰り返すことになる。また、違う効果や特性を持たせたい場合は適合する別の植物を合成するのだが、今回は使用しないのでひとまず置いておく事にする。
『おバカだいこん』の変異種は2種類存在しており、1つは5%でもう1つは1%の確率で発生する。今回狙うのは1%の方なので数をこなす為鉢植えを4個用意した。
後はこの合成済みの種を鉢植えに植えて魔石を投入して、やっと準備が完了である。要求された魔石の数は最下位の魔石3個なので、まだ良心的といえる。それでも1回大銅貨6枚なのだからそれなりのコストなのだが。これを同時に4セットを同時進行で稼動させていく。
「さて、これで準備は終わりましたので、後は待つだけですか。所要時間はだいたい2時間と言ったところなので俺もポーション作製に戻るとしますかね。20回前後で現れてくれると助かるんですけど」
それから慣れた手付きで等級4のポーション用に錬成陣を描き上げて、黙々とポーションを作りながら時間を潰すことにした。
等級4クラスになると更に特殊な錬成道具を使用しながらの作業になるので、錬成速度はガクンと下がるのだが、錬金ギルドが用意してくれていた道具はそのどれもがかなり高性能の新品で揃えられていたので、ナタクにとってまさに鬼に金棒であり、そこまでの時間をロスすることなく錬成をすることができた。
初日にこの部屋の使用権利を獲得できた幸運に感謝しながらそれからしばらく錬成作業に明け暮れるのであった。
ナタクは金のなる木の錬成を開始した!
財布に銀貨2枚半のダメージ!
( ゜Д゜)!!