第2話 転生1日目1-1
時折吹く風が優しく頬を撫でて往き、青々と茂る青葉のカーテンの隙間から流れる木漏れ日のシャワーを全身に浴びながら、徐々に意識を覚醒させてゆく。辺りを見渡すと、そこは整然と佇む木々の間にできた、小さな野原になっていた。日の高さからまだ朝が明けたばかりだろうか。先ほどから感じる風に早朝特有の冷たさを感じた。
「どうやら、あれは夢ではなかったみたいですね」
昨晩は、何時もより多めの仕事を押し付けられながらも、全力で処理をしてから会社を出た後、駅前の大手牛丼チェーン店で遅めの夕飯を手早く取ってから帰宅した。今日は特にゲーム内でも約束事も無かったので、久しぶりにドップリと錬成作業にのめり込もうと意気揚々とゲーム機のスイッチを入れ、ソファーに腰掛けた途端にあの真っ白い空間へと飛ばされていた。
「異世界転生・・・・、最近のアニメやラノベなどで人気があったので多少知識はありましたが、まさか自分が体験するとは思わなかったなぁ」
確かに、強く憧れていた。
やはりMMORPGという世界で長い時間を過ごしたことのある人間にとって“もし”その世界に転生できるのならと思う瞬間が必ず存在すると思う。それがFPSのような対人ゲームとかなら話は別だろうが、ゲーム内のクランの仲間達とも熱く語り合ったこともあった。
だからこそ、転生に迷いは無かった。
あの世界で自分の存在が消え去ってしまう悲しさは多少あるが、特に結婚もしていなかったし、家族仲も良好で、しっかりとした兄弟達が残っているのでそっちも問題ないだろう。
(兄ちゃん異世界で人生を謳歌するから、そっちの事は任せたぞ。兄弟!)
問題があるとすれば仕事の方だが、いつも俺におんぶに抱っこの上司達が首を吊りたくなる仕事量にヒーヒー言うくらいだろうから特に問題はない。何時も定時で帰ってた彼等には“良い薬”になるであろう、実にいい気味である。
「さてと、取り敢えずステータスの確認なんかをやってしまいますか。確か念じるだけでステータスボードが呼び出せるんでしたっけ。おぉ、出た出た」
“システムアップ”と念じると、言われていた通りにゲーム時代からお馴染みの、青い半透明のボードが目の前に出現した。
氏名:那戳
種族:ヒューマン
年齢:15
フィジカル:Lv1(0/400)
職業:見習いLv1 (0/1200)
サブ職業:--
スキル:インベントリ(アイテムボックス改)
鑑定Lv1 (0/30)
魔法:--
技能:--
能力値
HP:30
MP:12
筋力:12
体力:10
器用さ:15
俊敏力:13
魔力:10
魔耐性:7
精神:8
幸運:10(+20)
称号:転生者
加護:世界神ユーミアの加護
言語:大陸共通語・古代ラスティア言語・魔族共通語・森エルフ語・まじゅう語
「本当にゲーム開始時のヒューマンの初期値ですね。初期職業の“見習い”なのも一緒か。というか、年齢アバターの歳になったから元の年齢よりもだいぶ若返ってしまったな。後、気になるのは幸運値の+についてですけど、怪しいのは加護ですかね。ゲーム時代に見たことも無い加護ですし」
この世界における、種族の種類についてだが、実のところかなりの数が存在する。その中でもっとも人口が多い種族がこのヒューマンであり、全種族の中七割を占めている。
種族特徴については、ヒューマンは全種族の平均と言ったところで、苦手な能力は無いが特出しているものもない。良く言えばオールラウンダー、悪く言えば器用貧乏であるのだが、ゲーム時代様々な職種を体験するために、あえてこの種族を選ぶプレイヤーも多く、斯くいうナタクもその口であった。
ステータスの詳細についてだが、このフィジカルが他のゲームで言うところのプレイヤーのレベルに該当する。
これを上げるには魔物などの生物を倒すことで得られる“ソール”が必要で、これを集めることで肉体の格を高めることができる。ステータスを上げるのにもっとも解りやすく、かつ効率の良いのはこれを上げることになる。
また、もう一つステータスを上昇させる方法として“職業”と“サブ職業”のボーナス値が挙げられる。こちらは、その職業での訓練値によって加算され、各職業のレベルが上がることによって、ステータスの上昇がなされる。
この訓練値というのは、例えば魔法使いが魔法を何度使用したかや、剣士が剣を使ってどれくらい戦闘ないし訓練したかによる技能ポイントによって、それに見合ったポイントが加算されてゆく。また、フィジカルと最も違う点は“ソール”を必要としないことにある。つまり敵を倒さなくても技能ポイントを得られるということだ。
ここで、職業とサブ職業の違いについても説明しておいたほうが良いだろう。
先に“サブ職業”について説明した方が解りやすいのではないだろうか。
この“サブ職業”は、もう一つ別の職業を持てるわけではなく、あくまで生産や採取などに関係する職種に適応されるものになる。
例えば、村の鍛冶職人を例に挙げて説明しよう。彼はまったく戦闘関連職業を上げていないとする。
その場合、彼の職業は“村人”、サブ職業が”鍛冶”と表記される。
ただ、サブ職業のステータス上昇値は他の2つに比べ低いので、ゲーム時代はコアなプレイヤー達を除いて空欄のままにしているプレイヤーも多く存在していた。生産職に魅力を感じないプレイヤーなどが、これに含まれる。
次に“職業”についてだが、こちらは戦闘職はもちろん、先に述べた村人などの戦闘職以外のものも存在する。
これは主にその人の階級を表したものであったり、特殊な職業やスキルを取得する前提になっていたりするものなどもある。また様々な組み合わせでステータスの値の調整に使われていたりもしていた。
それと、職業やサブ職業の特徴として、選択していた職種によって“能力の発現”という“スキル”を習得する為のきっかけを得ることができる。ただ、得意な職業ではないが、どうしてもほしいスキルがある場合、その該当する職業で能力の発現を掴む為に、長々と狩りをし続ける羽目になるプレイヤーも多く存在した。
この“能力の発現”を得ると、後はある一定数その行動を繰り返すことで、スキルを覚えることができるようになる。ちなみに能力の発現のままだと、その職業でしかスキルの効果を使うことができないのだが、スキルをちゃんと習得すると他の職業でも使用可能になるため、だいたいのプレイヤーは必死になってスキルを覚えていった。
ちなみに職業とサブ職業のボーナスステータスの上昇はそれぞれ固定値なのだが、もう1つ注意しないといけないことが存在する。それは両方とも“最初にそのレベルまで上げた職業の上昇分しか加算されない”という点である。
例えば、職業の“剣士”でレベル10まで上げ、その後に“格闘家”をレベル10にしたとする。
通常“剣士”の場合ボーナスステータス上昇は『HP上昇』『筋力』『体力』、“格闘家”の場合は『体力』『器用さ』『俊敏力』となるのだが、先に剣士でもらったボーナス分がステータスに上載せされているので、格闘家で得られるはずだった『器用さ』と『俊敏力』は反映されないのだ。
なので、この場合攻撃力とタフさを持った、他に比べて若干器用さと俊敏力の劣った格闘家が産まれることになる。
ただし、この場合レベル10以降は最も高い職業の値が基準となるので、この後に格闘家を11に上げた場合、格闘家がボーナスの対象となる。
このようにステータスに個性を持たせたキャラを作りたい人にとっては、中々やりがいのあるキャラメイクが可能なので、ゲーム時代多くのプレイヤーが色々なサイトで最強の組み合わせについて談義を繰り広げていた。
更に職業やサブ職業には、『下級職』『中級職』『上級職』『特殊職』が存在し、それぞれの階級でボーナスが再度取得できるようになるので、コアプレイヤー達の組み合わせ談義をさらに熱くさせていた。
ちなみに失敗した時の救済処置で、教会である特別なお祈りをすると、ステータスとレベルを初期値まで戻すことができるが、消したものは元には戻せないため、これをおこなう人は稀であった。
なので職業は、その人物の主軸となるモノであり、フィジカルやボーナスステータスに大きくかかわってくるため、最初に上げる職業は一番気をつけて選択する必要がでてくるのだ。
では、フィジカルはなぜ職業に絡んでくるのか。
それは、職業の持つ“成長率”に関係がある。
こちらもいくつか例を挙げてみよう。
例えば、【剣士】の場合はこんな感じだ。
HP:D MP:G 筋力:C 体力:D 器用さ:E 俊敏力:E 魔力:G 魔耐性:F 精神:F
幸運が無いのはこれはレベルで上昇ではなく、様々なイベントでなどで上昇したり下降したりするのでここでは数値が出せないためである。
次に、【魔法使い】の場合、
HP:G MP:C 筋力:G 体力:G 器用さ:E 俊敏力:G 魔力:B 魔耐性:D 精神:E
このように、職業ごとにステータスの成長率が存在し、フィジカルの上がるタイミングでどの職業であったかによってステータスの成長率が変化していく。
なので自分の理想とするステータスを入力すると、どの順番で職業を上げればいいのかを表にして紹介してくれるサイトや、『俺の考えた最強のステフリ』などのサイトまで立ち上がっており、多くのプレイヤーがこれらを利用しながらゲームをプレイしていた。
まぁ、中にはめんどくさくなり、気にせず適当にレベルを上げるプレイヤーもいたが。それでも、もらえる全体的な値が減るわけではないので、そのようなプレイヤーも勿論存在していた。
因みに、フィジカルは自動更新ではなく自分で選択しない限りレベルは上がらず、超過分はストックされるので『狩場でレベル上がるタイミングを間違えて、違う職業のままレベルを上げてしまった』などの事故は起こらないようになっていた。
なぜ、このような複雑なステータスの上昇形式やスキル習得システムになったのかは、公式に発表はされてはいなかった。
だが、ネットの住人達の見解では『きっとオンリーワンのキャラを作らせたいのではないだろうか?』という意見が、最も多く支持されていた。
実際上位のプレイヤーを見てみると、同種の職業であったとしてもステータスやスキルに必ずどこかしらの違いが存在し、それはそのプレイヤーが苦労し歩んできた軌跡でもあり、その者にしかない輝きでもあったのだ。
「さて、後確認しておかないといけないのはスキルと加護かな?」
『インベントリ(アイテムボックス改)』
6/20
アイテムボックスの改良スキル、ステータスボードで中身の確認ができる。保存されたアイテムは時間経過で劣化することが無い。アイテムを保存している状態でスキル保有者が死亡した場合、アイテムはその場に放出される。容量は使用者のフィジカルに応じて変化する。
「6/20ってことは現在6枠のアイテムが入ってるって事かな?
取り敢えずここは我慢で、次は鑑定か・・・・」
『鑑定Lv1 (2/30)』
手にした調べたい物の情報を表示できる。レベルによって得られる情報量が変化する。
「カウントが2つ進んでるのはスキルの詳細を押したからかな?これも、ちょこちょこ使って上げておきますか。最後に、この加護とはなんだろ?」
『世界神ユーミアの加護』
本人・PTメンバーのスキル習得率上昇・幸運値+ (フィジカルによって変動)
女神ユーミアからの一言
『キミなかなか面白そうだから特別に加護をあげるよ。上手く使って、がんばってね!』
「なんか、もの凄い軽いノリで、かなりいいものが貰えましたね。でも、これからの生活にこの加護は、だいぶ助かりそうだ」
その時、ナタクの脳裏には真っ白い部屋で少女が手を振ってる姿がイメージとして過ぎていった。
「さて、ではお待ちかねの配給品。いったい、何が入っていますかね?」
『インベントリ』
・革の硬貨袋(金貨1枚・銀貨5枚・銅貨10枚)
・マルパン10個
・革の水筒 1.5L
・岩塩3つ
・冒険者のナイフ
・日本人御用達バラエティー3点セット
「これが、日本人なら泣いて喜ぶスペシャルアイテム。取り敢えず、出して確認してみますか」
インベントリから出るように念じると、目の前に大きな木箱が現れ、中には二つの樽と大きな麻袋が収められていた。
そして、手紙が一通。
ちなみに、書かれていた内容はこれだ。
『じゃじゃぁ~ん、無事に到着したかな?このセットは、以前日本人をこっちの世界に呼んだ時、
「“醤油”と“味噌”、“米”だけは必ず持たせてください。それが無いと死んでしまいます」
って言われたから、今回も入れておいたよ!
まったく、大げさだよねぇ。あぁ、それとお米なんだけどさ。なんか特殊な地形じゃないと植えられないみたいだったから、それじゃ困るかなぁと思って、大抵の地形に適応できるようにエンチャントをかけておいたから、後で確認してみてよ。
でわ、良いセカンドライフを~ばいばぁ~い♪』
アイテム名
・神選生醤油 一樽
・神選麴味噌 一樽
・ジャポニカ米(種籾)20kg
エンチャント:『陸穂』『栽培促進』
この時、ナタクは感謝を込めて天に向かって大声で叫んだ。
「先輩!神様!!ありがとうございます!!!」
兄ちゃんはこっちで人生を謳歌する(`・ω・´)
兄弟達:そんなー(´・ω・`)