幕間:とある隠者の不幸の始まり
SIDE:???
城内で巻き起こっている騒ぎに乗じて、ローブを羽織った男が人の出払った廊下を足早に駆け抜けていた。しかしながら、その表情には明らかに不快感が浮かんでおり。心なしか地面を蹴る音からも、彼の苛立ちがにじみ出ているように感じられた。
(くそっ!『気配遮断の結界』は便利だが、解除した途端に警備兵と鉢合わせるとか、いったいどれだけついてねぇんだよ!!
おかげで、虎の子の魔導具をまた余計に消費する羽目になったじゃねぇか!)
元々、男が潜んでいたあの部屋は来賓の護衛達が寝泊まりする目的に用意された、定期清掃を除いて殆んど人が寄り付かない立地に存在していた。そのためか、迂闊にも結界を切りながら扉を開けてしまったようで、結界の範囲がズレてしまったことにより直前に扉の前を通過しようとしていた兵士の存在に気が付かず、ばったりと鉢合わせてしまったらしい。
(つぅか、荒事専門の俺にスパイの真似事なんてさせるのが、そもそも間違ってんだよ!ブツが手に入ったら覚えておけよ!!!)
男が怒るのも無理はなく。今回のアイテム回収任務について、当初は先ほど彼と密会していたメイドの彼女が担当している仕事であった。だが彼女が苦労の末、アイテムの保管場所を目的地のコレクションルームと宝物庫の2択まで絞れた矢先、公爵夫人が夫のアレックスが趣味に走って仕事をサボらなぬようにと、彼のお気に入りが最も多く安置されている部屋の鍵を持って王都へ旅立ってしまうというトラブルが発生してしまった。
無論、それでは宝物庫の方を先に調べれば良いではないかとなりそうだが、流石はメスティア王国西部筆頭の大貴族が代々居城としている城の宝物庫だけあって、まるで堅牢堅固を体現したかのような鉄壁の守りが敷かれており。更には、ここへ立ち入れる人物も現領主のアレックスを除き、彼が最も信頼を置いている敏腕執事のクロードくらいしかいないため、今回の任務における要注意人物に指定されていたこの二人を出し抜くには、些か彼女単身では荷が勝ち過ぎていた。
そして漸く夫人が王都から戻ってきたと思いきや、今度は同行者の錚々たる顔ぶれに酷い目眩を覚えながら、それでもめげずに目的の品の在処を突き止めた彼女の働きは高く評価されるべきであろう。
だが予定外に警備が厳しくなった結果、このままでは任務遂行も不可能ということになり。急遽別件でこの街を訪れていた荒事専門の彼に、助っ人の依頼が舞い込んできたというわけであった。
そんな事情もあり、悪態をつきながらも順調に指示書へ記載されていた場所へと男が到達すると、どうやら警備兵などは配置されていないようで、辺りからも人の気配は殆んど感じられなかった。
とはいえ、この部屋も宝物庫とまではいかないまでも周りを分厚い石壁で塞がれた窓も一切存在しない強固な造りとなっており。唯一の出入口さえも厳重なロック機構が搭載された特製の鉄扉で塞がれているため、仮に力ずくで扉をこじ開けようものなら相当な時間と騒音をまき散らすことになるのは火を見るより明らかであった。
「さて、目的地に着いたはいいが聞いていた以上に頑丈そうだな」
ここで溜まった鬱憤を解消すべく、専門の力業で扉破りに挑戦するのも悪くはないが、これまでにかなりの出費を支払わされていることに加え、一時の感情で任務を棒に振るほど彼も馬鹿ではないため、ここは素直に奥の手として用意していた“とある魔導具”を使用して鍵の解除に取り掛かるとした。
ただし、この魔導具も使い切りのアーティファクトに分類されるため、本音を言えば温存しておきたかったアイテムの一つなのだが、このような貴重品を消費してでもこの先に眠るアイテムを渇望しているあたり、それだけこの作戦に賭ける彼らの本気度が伺えた。
ちなみに本来の鍵の在処はというと、夫人が王都から帰城した際に一度だけ使用された後、早々にアレックスのお目付け役であるクロードへと預けられており。もはや仕事が片付かない限り、アレックスですら入手困難な品へと昇華してしまっている状態であった。
閑話休題、貴重な魔導具だけあって鍵開け自体はそれほど時間を掛けずに破壊に成功したようで、意を決して男が扉の中へと入って行くと、薄暗い部屋の中には見るからに高価な装備の数々が、整然と部屋のあちらこちらに飾られていた。その中でも一際異彩を放って見えたのが、“古びた黒塗りの杖”の存在であり。そのオーラは、まるで自分を迎えに来る者を今か今かと待ち望んでいるかのような、そんな印象を男に強く感じさせた。
男は徐にその杖を手に取り用意していた革製のケースにしまうと、他のアイテムには目もくれず部屋の外へと歩を進めた。本当であればアイテムボックスでの運搬が好ましいところだが、盗品の場合、前の持ち主の所有権が消えるまでは内部に保存することができないためだ。
しかしながら、遂に念願のアイテムを手中に収めることに成功した。
後は、これを持って仲間の元まで逃げ切るだけである。自分であれば間違いなく達成できるという自信から、自然と口角も釣り上がる。
そんな考えが頭を過った時であった。不意に、廊下の奥から声を掛けられたのは・・・・・
「一応確認させていただきますが、あなたはこの城に勤める者ではありませんね?」
一瞬、心拍数が跳ね上がるのを感じながらも、気を引き絞め声が発せられた方角へ視線を向けると、そこにはこの城で採用されているのとはまた違ったデザインのメイド服に身を包んだ、琥珀色の髪が印象的な一人の少女が、姿勢を正し真っすぐこちらを見つめていた。
「繰り返しお尋ねしますが、あなたはこの城の者ではありませんね?」
「あぁ、すまない。いきなりだったんで、つい反応が遅れっちまった。確かに俺はこの城の関係者じゃねぇな」
「畏まりました。それでは侵入者としての対応を取らせていただきますので、お覚悟を」
「くっくく・・・・いいねぇ、腕に自信ありってところか。だがな、こっちも『はい、そうですか』って捕まるわけにはいかんのでね。お嬢ちゃんには悪いが、仲間を呼ばれる前にさっさと処理させてもらうぜぇ!!」
男はそう言い放つと、少女との距離を一気に詰めるべく力強く地面を蹴った。
口では軽侮な発言を投げかけていたが、決して少女を侮っての行動ではない。むしろ、すぐに助けを呼ばなかったことに対して警戒心を強めたぐらいだ。だが相手が女性である以上、用意していた魔導具は使い物にならず。とはいえ、目撃者をこのまま野放しにして追っ手を増やすわけにもいかぬため、ここは多少のリスクを冒してでも短期決戦を仕掛けるつもりで勝負に出たのである。
そして、その疑念は正しかった。
少女が立っていたのは廊下のT字路部分にあたり、男が死角となっていたもう一つの通路横切ろうとしたまさにその瞬間。強烈な殺気を感じ取った男は、咄嗟に防御姿勢を取ろうとして体を捻ると、まるで巨大な岩でも投げつけられたかのような凄まじい衝撃に見舞われ、彼の身体はそのまま廊下の窓を突き破り、中庭に設置されている噴水の近くまで軽々と吹き飛ばされてしまった。
「がっはっ!!!」
不十分だったとはいえ、防御姿勢が取れていなければ今の一撃で確実に意識を刈り取られていただろう。自分に攻撃を与えた相手を確認すべく、壊れた窓を怒気を孕んだ瞳で睨みつけると、その奥から現れたのは、白髪をオールバックにセットした一人の老紳士の姿であった。
「ふむ、仕留めるつもりで打ったのですが、どうやら防がれてしまったようですな」
「クロード様、初撃は是非とも私にとお願い致しましたのに・・・・」
「ほっほほ、申し訳ございません。少々手練れの殺気を感じましたので、つい手が出てしまいました」
中庭へと降り立ちながら、まるで料理のつまみ食いを咎めるような軽いノリで会話をしている二人とは対照的に、額に汗を浮かべながら男は本作戦における要注意人物の登場に、少なからず動揺を隠せずにいた。
「“剛拳烈破”がなぜここに・・・・、お前は領主の護衛をしているんじゃねぇのかよ」
「おや、ずいぶんと古い通り名をご存じですな」
「先ほど、こちらの方角から不穏な魔力の波動を感知いたしましたので、クロード様と確認をしに来た次第です。
それよりも、ずいぶんと人間族に化けるのがお上手なようですが、あなたは一体何者なんですか?」
「なっ!!!」
この少女の発言は、更なる男の動揺を誘った。
クロードとの邂逅は少なからず可能性の一つとして頭の片隅で覚悟はしていたが、自身の『偽装』が見破られることに関しては、想定の範囲を著しく逸脱していた。何せ千年近くも、自分達の存在を隠し続けてきた秘中の術なのである。そうそう簡単に見破られる類のものではない。
しかし、少女の瞳は疑惑ではなく限りなく本質を見抜いているように感じられた。それに、『不穏な魔力の波動を感知した』と言っていたが、男自身はこの城で魔力を使用した覚えはなく。唯一それに該当する行為として考えられるのは、せいぜい魔導具の使用くらいだろう。
(完全に見破られてはいないはずだが、何か特殊な感知スキルでも持っているのか?
となると、この女の存在はジジィ以上に危険だな。
出来れば今のうちに排除しておくのが得策だが・・・・、くそっ!ほんと厄介な仕事を押し付けられたもんぜぇ!!)
不確定要素が過分に存在していたが、少女の存在は到底看過できるものではなかった。それにクロードの出現で格段に難易度が跳ね上がっているとはいえ、事前情報から加味しても自分の戦闘能力であれば問題なく対処は可能と判断した男は、少女を排除することを選択したようであった。
だが、ここで全力の逃走に転じなかったことを、後に男は激しく後悔することになる。
なにせ男の人生最悪の日は、まだ始まったばかりなのだから・・・・
それにしても、ずいぶんと厳つい通り名ですね(´・ω・`)
ほっほほ、若気の至りというヤツです(*´∀`*)