第49話
「この城では、“魔族”を雇っていたりしませんか?」
アルンのこの問い掛けに、その場にいた全員が驚愕の表情を浮かべた。それもそのはず、この世界における魔族と言えば、1000年以上前に勃発した人魔大戦において、多大な犠牲を出しながら人類側と血で血を洗う激闘を繰り広げた因縁の相手であり。時の経過と共に人々の感情は薄れたとはいえ、今もなお歴史上最大の敵として広く知られている存在であったためだ。
更に、ナタク達がゲームとしてこの世界を楽しんでいた頃、つまりは現状況下においても彼らは戦争に敗れ滅んだ種として認知されており、都市伝説としてその生存がまことしやかに囁かれることがあったとしても、公に彼らの姿が確認されたという事例はどこにも存在してはいなかったはずだ。
実際、あれだけゲームの世界に浸かっていたナタクでさえも、その存在との邂逅は経験がなく。ゲームの頃に知り合っていた向こうのアルンですらもこのような反応を一度も示したことはなかったため、今の彼女の発言は、ナタクも含めまさに寝耳に水といったものであった。
(どうやら魔族関連の情報について、向こうの世界といくらか齟齬があるようですね。しかし、アルンは何を根拠にこんな突拍子もないことを突然言い始めたんだか・・・・
ってかこれ、判断を間違えると後でとんでもない事態になる気しかしないんですが!!)
変な汗をかき始めたナタクの心配を他所に、思考停止状態から脱した面々がポツポツとアルンに対し浮かんだ疑問を投げかけ始めていたので、ここは一先ず彼女の意図を探ることに専念し、自分は聞き役に回ることにした。
「魔族と言うと、大昔に人類との戦争で滅んだとされている、あの迷惑極まりない連中のことかい?」
「王家の書庫にも大戦時の古い記録はいくつか残されているが、どの資料にも彼らは絶滅したと記載されておったはずだが・・・・」
「・・・・冒険者の間でも、ダンジョンで魔族を見たって噂話くらいは聞いたことがあるけど、ほとんど眉唾だったよ?」
「なるほど、彼らは本当に歴史の表舞台から姿を消しているのですね。ですが先ほど、こことは別の場所で魔族固有の魔力反応を感知することに成功いたしました。
他にも、この城に来てから彼らの魔法に汚染された疑いのある人物に遭遇もしております」
どうにもアルンの話を詳しく聞く限り、城に到着してすぐに出会った領兵の一人と訓練場に向かう際にすれ違った文官の中に、それぞれ魔族固有の魔法に汚染された形跡がみられたそうだ。だが、彼女が気が付いた時には既に魔法の効果も切れており、特に悪意も感じられなかったため暫く様子を見ていたらしい。
「汚染って、あまり穏やかじゃねぇな。それって、どういった魔法が使われたとかは分かるか?」
「おそらく、精神干渉系の可能性が高いかと。ちなみに、ここにおられる方達にそういった症状は見られませんのでご安心を」
「魔族関係で精神干渉となると・・・・この前のあれか。あんまり思い出したくない事件だね」
「『ラミアの瞳』でしたっけ?私達も酷い目に遭いましたもんね」
「状況判断になりますので確証が持てず申し訳ありませんが、それでも魔力汚染の進行度合から鑑みて、複数回に亘り同じ魔法に晒されていた可能性が高いと判断いたしました」
「それで『城で魔族を』と聞いたのじゃな」
レオンハルトの言葉に、アルンがこくりと頷く。本人はまだ確証が無いと言っているが、魔族と戦うために改良を施され、先人達から知識を託された彼女の話は、遠からず的を射ているであろう。しかしながら、そうなると今度は『いつから』『どうやって』『何の目的で』という疑問が次々に浮かび上がってくる。
「城内で勤める者には、全員に厳しい身辺調査がおこなわれていたはずだが、魔法あるいは魔道具を使い潜り込まれたか、はたまた調査官を直接狙われた・・・・といったところか」
「それにしても、他種族の者が紛れ込んでおったら直ぐに分かりそうなもんじゃが・・・・」
「一概にそうとも言い切れません。何せ、魔族の中には人間種に近しい見た目の種族も多く存在しますし、他にも彼らが扱う魔法には姿かたちを偽装する術までありますので、単純な外見だけでの判断は極めて困難かと。
事実、これらのおかげで戦争当時にゲリラ戦やスパイ活動を仕掛けられ、数で勝っていた連合軍がかなりの苦戦を強いられていました」
「なるほどな・・・・しかし、君は魔族や歴史について随分と詳しいな?」
これについては何時か指摘されると思っていたが、このレナードの発言は至極もっともであった。
そもそも、これらの情報は戦争当時をリアルに知っているアルンならではの知識であり、今や壁画や古文書の類にしか残されていないであろう情報までを、まるで見てきたかのようにスラスラと答えられる彼女の存在が、特異に見えるのも致し方ないだろう。
実際にアルンが語った内容は、ナタクですら殆んど聞いたことがない情報が多分に含まれていた。
(取り敢えず、今はアルンのフォローを入れつつ、彼女がこれ以上余計なことを言う前に、話の内容を逸らしておきますか。それに先ほど、少々気になることも言っていましたしね・・・・)
「アルンの一族は、成り立ちからして魔族と深い因縁を持っていますからね。この分野における彼女の知識量は、専門の考古学者にも引けを取らないと思いますよ。
ところで、魔力反応を感知したと言っていましたが、あそこで暴れている魔物とはまた別にということですか?」
「っと、そうでした。マスターの仰る通り、先ほど魔物が現れたタイミングで魔族と思われる魔力反応をキャッチいたしました。現在、使用者と思われる人物をスキルを使い追跡中です」
「えっと、あちらです」とアルンが指し示した方向へ、全員が視線を向けた。どうやら彼女はナタクが遠征中に獲得していた探索系のスキルを学習装置により引き継ぎ、それらを巧みに使いターゲットの正確な位置を割り出しているようであった。
だが、同じスキルを持っているはずのナタクですら、種族ごとの魔力反応や魔法による汚染状況の有無などは知ることができないため、その部分はアルン独自に備わった機能を使い、上手く補填しているのであろう。
っと、ここで何やら思い当たる節があったのか、これまで黙って聞いていたクロードが徐にこう呟き始めた。
「そちらで重要な施設と言いますと、領兵の予備兵装用の保管庫と旦那様のコレクションルームがございますな」
「しかも、よりにもよって高額なコレクションが多く収められている『肆の間』がある方角ではないか・・・・
クロード、直ちに現場に向かい容疑者の確保に当たれ。抵抗されたら、容赦はいらん!」
「畏まりました」
「それでしたら、私も是非お供させてください。必ずやお役に立ってみせます!」
「確かに・・・・相手の位置が分かる君の手伝いは非常に助かるが、そちらも荒事になる可能性が高いのだぞ?」
「アルンは護衛としてもかなりの実力者なので、もしよろしければ同行させてあげてください。ある意味、魔族との戦いは彼女一族にとって悲願でもありますので」
「あぁ、先ほどの話か・・・・ならば同行は許可するが、無理をせずクロードの指示には従うようにな」
「お心遣い感謝します、仰せのままに」
「ほっほほ。それでは、この老骨めが暫しエスコートをさせていただきましょう」
こうして話が纏まると、アルンは抱えていたスラキチをアキナへと託し、そのままクロードと共に建物の中へと消えていった。元々、その洗練された身のこなしからクロードもかなりの実力者なのは分かっていたが、アレックスが危険人物がいるかもしれない現場へ直接彼を向かわせたことから察するに、戦闘面でもかなり信頼している人物なのが伺えた。
「ほんとに二人だけで行っちゃいましたが、誰もついて行かなくて大丈夫だったのでしょうか?」
「一緒に行ってあげたいのは山々ですが、俺達の相手もあちらで大暴れしてますからね」
「クロードが一緒なんだし、まず心配はいらないよ。何せ、私の師匠だけあって恐ろしく強いからね」
「あいつは父上の護衛すらも勤めていた男だ、引き際は心得ているだろう。それより、我々もバナックの増援に向かうとしよう。いくら鉄壁を誇るバナックの隊でも、増援無しで何時までも戦わせるわけにはいかんからな」
「うむ。何だかんだで、結構話し込んでおったしな」
「では、今回は若者達に出番を譲るとして、わしは護衛に専念させてもらうとしよう。アレックスも、それでよいな?」
「もちろん、最初からそのつもりです」
「よっしゃ!オレがじいちゃんの分も思いっきり暴れてやるぜ!!」
「・・・・てかさ、ナタクとハルっちはいい加減着替えなくていいの?
二人とも、まだ訓練着のままだよね?」
「俺はモーリスさんに渡した腕輪と同じ効果を持つアイテムを所持しているので、着替えるだけなら殆んど一瞬で済みますよ」
「はぁ?ってことは、準備がまだなのはオレだけってことかよ!?」
「マジか、急がねぇと!!」とライルがかなり慌てて何処かに装備を取りに向かおうとしていたので、遠征中にナタクが使用していたスチール製のハーフプレートメイルがインベントリに入れっぱなしだったのを思い出し、時間もないためそれを貸し出そうかと打診したところ、自分の部屋まで取りに戻らなくて済んだと、もの凄い勢いで喜ばれてしまった。
ちなみに、そのやり取りをしていたナタク達の後ろで、呆れ半分、新しい商売のタネに目を輝かせている者が半分といった感じになっていたが、今は放っておいても構わないだろう。確かに、新しい装備の宣伝に持って来いなのは間違いなかった。
「うおぉ!何これ、めっちゃカッコイイじゃん。ありがたく使わせてもらうぜ!」
「俺のお下がりで申し訳ありませんが、汎用性を重視した前衛用の装備になります。着脱も簡単なはずですが、もし分からないことがあったら聞いてください」
「お前は次から次へと・・・・」
「ほぉ、これまた面白そうな装備が出てきたな」
「がっはは、本当に退屈させんヤツじゃわい!」
「・・・・私もナタクに貰ったこの弓を構えて準備完了!『魔導弓』なんて初めて使うから、すっごく楽しみ!」
「私は・・・・もう少し後で着替えようかな」
「ふふん、私も今回こそは大活躍してみせるからね!」
「いやいや。姉貴はそんなドレス姿じゃ、戦闘参加なんてどう考えても無理だろ・・・・」
「そんなの、邪魔なドレスの裾をビリっと破いてしまえば問題解決さ!」
「・・・・アメリア、そのドレスっておば様の王都土産でしょ?また叱られても知らないよ」
「うぐっ!」
「まぁ、それだけは止めておいた方が無難だろうな」
「あはは・・・・(なるほど。やけに領主様が落ち着いていると思ったら、初めからアメリアさんを戦闘に参加させる気はなかったみたいですね・・・・)」
「っと、そうだ!ナタク君がモーリスにプレゼントしてたあの腕輪、あれさえあれば!!」
ナタクが妙に納得していると、名案が浮かんだとばかりにアメリアが彼へと詰め寄ってきた。
はてさて、アメリアの問いにどう答えるべきか。
とは言っても、元々あのアイテムは自分達の腕輪のデコイにならないかと作った試作品であって、本当に予備などは用意しておらず。アメリアの期待に満ちた眼差しと、そのすぐ後ろで『これ以上、余計なことはするなよ?』と言わんばかりに強烈なプレッシャーを放ってくるアレックスとの板挟みが、ナタクはどうにも居心地が悪かった。
「申し訳ありませんが、出先で作ったアイテムなので素材足らずで今は在庫が無いですね。それに個人登録が必要な魔道具になりますので、他者へ貸し出しもできませんし・・・・」
「それは実に残念だったな。では、アメリアは叔父上達と一緒に後方で待機していなさい」
「ぶぅーぶぅー!!」
案の定、アメリアが盛大に不貞腐れているが、こればっかりは仕方がないだろう。ナタクもあまりドレスについては詳しくないが、それでも彼女が着ていたドレスが一人で着替えたりすることが困難な、かなり格式ばったデザインをしているのは見るに明らかであった。
さて、アメリアさんは残念でしたが、後はライル君に武器を渡せば移動ができそうですね。丁度、紹介し損ねていた領主様の騎士剣もあることだし、ちゃっちゃとお披露目して俺達も大猿退治に出かけるとしましょう!!
(作戦通り!)(* ̄ー ̄*)ニヤリッ
ぶぅーぶぅー!!ヾ(*`Д´*)ノ
姉貴・・・・(´・ω・`;)