第45話
室内にいた全員が注目する中、扉を蹴破って入ってきたのは一人の青年であった。
年の頃は、今のナタクとさほど変わらないくらいであろうか。まるで太陽の光がそのまま溶け込んでしまったかのような美しいプラチナブロンドの髪をしており、コバルトブルーの瞳には強い好奇心が一片たりとも隠されておらず、あたかも獲物を目前にした猛獣の如く、爛々と輝いていた。
髪色こそ違うものの、その蒼い瞳や勇ましい印象を受ける整った顔立ちは何処となく自分達の目の前に座っているアレックスに似ているため、この青年が先ほど話題に上がっていたローレンス家嫡男である『ラインハルト・フォン・ローレンス』で、ほぼ間違いないであろう。
「父上!『噂の剣士』が街に帰ってきたというのは本当ですか!!」
「ライル・・・・せめて扉は手で開けなさい。叔父上、息子がお騒がせして申し訳ありません」
「なぁに、今更ローレンス家直伝の扉破りくらいで驚いたりせんよ」
「・・・・てか、アメリアもナタク達を迎えにいった時に同じことやってたよね」
「うぐっ!まぁ、それは一旦置いておくとして。思ってたより来るのが早かったじゃないか、朝の稽古はもう終わったのかい?」
「うおっ、姉貴もいたのか!」
「なんだい、実の姉に向かって失礼な驚き方をして」
「いや、家で姉貴がドレスを着て過ごしているイメージが全くないから、完全に油断してたわ」
「まったく、この私が好き好んでこんな堅っ苦しい格好をするわけないだろ?
母上が、このタイプの服装しか許してくれないんだよ・・・・」
「あぁ、例の件での罰ゲーム中か。それじゃ、男のオレにはどうすることもできんな。とりあえず、母上の機嫌が治まるまで気合で頑張れ。それと稽古の方は、ちゃんと日課のメニューをこなしてきたぜ」
「それは結構。ところでライルよ、そこの黒髪の青年がお前さんの会いたがっていた『噂の剣士』で合っているみたいじゃぞ」
「おっ本当か、じいちゃん!やっと本人に出会えたぜ。オレの名前はラインハルト・フォン・ローレンス。同い年らしいし、気楽にライルって呼んでくれ!これからよろしくな!!」
「初めまして、少し前から領主様の下でお世話になっている那戳と申します。
って、先ほどから度々出てくる『噂の剣士』ってなんのことですか?」
「あぁ、それはこの街で新たに生まれた二つ名『王虎殺し』の誕生秘話みたいなもんだよ。あの事件に関しては、あちこちで噂になってるからな」
「・・・・情報源はあの時一緒に戦いに参加していた人達みたい。私もだいたい知ってるけど、一応は褒め称える内容が殆どだったよ」
「なるほど、そういうことでしたか・・・・うん?」
「そんで、そっちのお二人さんも初めましてだよな?」
「はっ、はい!私は先生の弟子をさせていただいております、アキナっていいます!」
「従者のアルンです。以後お見知りおきを」
「へぇ、こっちも噂通りってわけか。こりゃ、姉貴も大変だ」
「ライル、それ以上余計なことを言ったら・・・・分かってるよね?」
「っちょ!姉貴のその顔、本気で恐いからマジでやめてくれ!何で昔っから、怒りの感情を満面の笑みで表現できんだよ!?」
どうやら彼の性格はアメリアと似ていて、わりとサバサバしている印象を受けるが、幼少の頃からおこなわれていた教育の賜物なのか、姉には絶対に逆らえない人物であるようだ。と言うか、ローレンス家における家庭内ヒエラルキーは全体的に女性優位に偏っていると感じるが、これは決して気のせいではないだろう。
「あはは・・・・ところで、髪色が領主様やアメリアさんとはだいぶ違うみたいですけど、ライル君はお母さん似なんですか?」
「母親譲りと言うより、これは王家の血筋の特徴だな。確かに妻もブロンドの髪をしているが、彼女はもう少しだけ赤味を帯びた色合いをしている」
「他にも広く知られている王家の特徴としては、私と兄のような緑に近い碧眼もわりと有名だな」
「まぁ、わしらは白髪になってしまっておるから、今だと瞳の特徴くらいしか残っておらんがな。昔は二人とも、今のライルのような色をしとったぞ」
「ちなみに、私と父上は完全にローレンス家の特徴だね。ばあちゃんも昔は綺麗な青髪をしていたらしいよ」
「おかげで、姉貴よりも王子の方が兄弟みたいって学院ではよく言われてるよ」
「・・・・性格は姉弟でホントそっくりなのにね」
「さて、そんなことよりライルは何か用事があって私の執務室まで来たんじゃなかったのか?」
「っと、そうだった!噂だとナタクってめっちゃ強いらしいな。力比べを兼ねて、今からオレと模擬戦しようぜ!!」
「まぁ、ライルはやっぱりそれになるよね」
「・・・・ハルっちだしね」
「先生・・・・ふぁいとです」
大方の予想通り、彼はナタクを訓練所へ引っ張って行くためにこの場を訪れたようである。
何でも、彼は先ほどまでレナード達の護衛に混ざって朝の訓練に励んでいたそうなのだが、丁度自分の日課を終えたタイミングでアメリア専用の馬車が車庫へと戻されるのを目撃したらしく。また、メイド達の噂話や今朝の慌てていた姉の姿を思い出し、「これは何かあったな!」と急ぎこの場へと押しかけたんだそうだ。
「それでは、部屋の片付けは部下に頼むとして。我々も代わりの部屋が用意できるまで、ライル達の模擬戦でも観戦しに行きますか」
「それがよかろう。それにライルほどではないが、わしも彼の実力を確かめたいと考えておったしのぉ」
「なんか、俺が戦うことはもう決定事項なんですね・・・・」
「相手が悪かった、それに尽きるな。というか、この家の者が興味のある分野で一度火が点いてしまうとどうなるか、マーガレットやアレックスと共に働いているお前であれば嫌というほど理解しているであろう?」
「そういえば、以前に先生がガレットさんへ魔導具を紹介した時も、結局夜中まで掛かりましたもんね」
「二人とも、うちの家族が本当にごめんね」
「そうと決まれば、さっさと移動しようぜ!」
「・・・・フギン達も一緒にいくよ」
『はむはむ、うん?』
『あてな、どっかにお出かけです?』
先ほどからフギン達がずいぶん大人しいと思ったら、どうやらテーブルに置かれていた焼き菓子の攻略に取り掛かっていたようだ。その証拠にナタクが気がついた頃には、皿に盛られていたクッキーの山が、もう殆どが彼女らによって片付けられてしまっていた。しかしながら、あの小さな身体のいったい何処にあれだけの菓子が消えてしまったのかは、本当に謎である。
ライルに促されながら一行が向かった先は、何時ぞやの事件の際に最初に集まった訓練所であった。
ただし、あの時と違って今日は施設を利用していた兵士の数もそれなりに残っており、そんな状況下で自分達が広場へ入ってきたため、訪れたメンツのあまりの豪華さにすぐさま隊長と思しき人物から号令が発せられ、訓練の手を止めその場で直立不動の敬礼をさせてしまったのは、誠に申し訳なく感じた。
「陛下!それにお歴々まで・・・・これは何かの視察でしょうか?」
「今はお前の部隊がここを使っていたのか。訓練中にすまんな、少しだけ邪魔するぞ」
「いえ、ご存分に!」
「こちらは陛下の護衛部隊を指揮するブルーノ隊長だ。隊長、今から『王虎殺し』と模擬戦するので審判を頼めませんか?」
「おぉ、ライルか。今日は自由教練の時間に珍しくお前の姿が見えんと思ったら、対戦相手を求めて陛下のところへ行っていたのだな。審判の件は別に構わんのだが・・・・」
「ありがとうございます!」
「なるほど、陛下達は彼らの観戦へお越しになられたのですね」
「そういうことじゃ、公平に判定してやってくれ」
「了解しました、謹んでお受けいたします」
「せっかくの機会だ、副審は前回彼と共に戦ったモーリスが務めてやれ」
「はっ、了解であります」
「って、今更気が付いたが、モーリスすげぇ鎧を着てんな。これは父上からなのか?」
「いえ・・・・先ほどナタクさん達に叙爵祝いでいただきました」
「えっ、でもこれって・・・・」
「お前の言いたいことは大体想像がつくが、今はあんまり気にするな」
「ライル、父上の言う通りナタク君は我々の常識で考えても疲れるだけさ。模擬戦も、最初から全力でぶつかっていくことをお勧めするよ」
「あのさ、ナタクって本当にオレと同い年だよな?」
「「「・・・・」」」
「あのぉ、一応『上位鑑定』で確認したので、先生は間違いなく15歳のヒューマンです・・・・よ?」
「何故か同じ質問をよくされるのですが、正直に話しても不思議と誰も信じてくれないんですよね」
「いや、ナタク君の場合は不思議でもなんでもないからね?」
「んんっ、話が逸れてしまったな。ブルーノよ、模擬戦のルール説明を頼む」
「畏まりました。それでは、まず試合形式なのですが・・・・」
「っと、その前に自分からも一つよろしいでしょうか。実は対人訓練に役立つあるアイテムを持参してきているのですが、この場を借りてご紹介しても?」
「またか・・・・何かとんでもない物が出てくるのではないだろうな?」
「叔父上、今更ですよ。それで、次は一体何で驚かせるつもりなんだ?」
「きっと気に入っていただけると思いますよ。それでは説明させていただきます。今回、俺が用意したのは・・・・」
ナタクがそう切り出しながら出現させた大きな箱の中には、遠征先でアキナとの訓練にも頻繁に活躍していた『チャンバラブレード・シリーズ』が幾つかの種類に分かれて綺麗に収められていた。
そこで実際のアイテムを手に取ってもらいながら、この装備の特徴や作製のしやすさ、更には材料の安さなどを次々に紹介していくと、流石は軍務に携わる人間が多くいたため、彼らの強い興味を引くことに成功し、中でも商談に乗り気だったのがレナードとアレックスであった。
「ということは、これは自分の使い慣れた武器に薬品を振り掛けることで、これとまったく同じ効果を持った装備に変換することも可能という訳だな」
「肯定です。ですが安全性を考えると、刃を潰した同じ重さの武器を用意していただいた方が賢明かと思います。もし途中で薬品の効果が切れてしまったら危ないですからね」
「それに値段が安価なところも素晴らしいな。ブルーノ、軍人のお前から見てどうだ?」
「これがあれば訓練中の事故や怪我などもかなり減らすことが出来ますので、是非、我が軍でも正式採用していただきたいですな。いや、むしろ絶対にするべきだと強く進言いたします」
「もし商談に応じていただけるのであれば、薬品の製造方法と販売権をセットでご提供できますよ?
しかも、こちらは俺のオリジナル製品になりますので、上手く製法を隠匿できれば独占販売も可能となっております」
「叔父上には先ほど炉の商談を引き受けてもらったので、こちらは私が担当いたしましょう」
「何を言っておるか、アレックスよ。面倒事だけ私に押し付けて、自分だけ楽して儲けようとしてもそうはいかんからな!」
いつの間にか、ただのアイテムの紹介から商談へと話は変わり、今もレナードとアレックスが販売権を賭けて熱く議論を交わす中、当のナタクはというと『思ったより高く買ってもらえそうですね』とニコニコとしながら話の行方を見守る、といった感じの構図へと変化していた。
「なぁ姉貴、オレ達ってここへ模擬戦をしに来たんだよな?
なんで、こんな場所で商売の話になってるんだ?」
「さっき言っただろ、我々の常識で考えるなって」
「本当に同じ年か、オレも疑いたくなってきたぜ・・・・」
「あはは・・・・(先生っ、私じゃフォローしきれません!!)」
「あのぉ、模擬戦は・・・・」(´・ω・`;)
「「ちょっと待ってろ(おれ)!」」(っ`Д´)っヽ(`Д´ヽ)