第44話
程なくしてアテナに突かれていたモーリスも意識を取り戻し、身に付けられた装備の豪華さに再び取り乱す一幕もあったりしたのだが、結局この場にいた自分の上司や前国王のレナードによって「迷惑料だと思って受け取っておけ」と口を揃えて装備の所有権を認められてしまい、今更この決定を覆すことも出来ず途方に暮れていた。
生真面目な性格をしている彼にとっては、さぞ心苦しい決定だったのであろう。何せ、ナタクのような元プレイヤー達にとっては見慣れた装備の一つでしかないかも知れないが、技術力が衰退してしまったこの世界の住人からすると、今まで製法が失われてしまっていた過去の遺産に他ならないのだから。
「う~ん、先生の後だと少し地味になってしまいますが、私からもお祝いの品として鎧の上から付けられるマントをご用意させてもらいました。一応、装備特性に『環境適応【小】』が付いていますので、よほど極端な気候の場所でない限り他の外套を用意しなくても快適に過ごせますよ。
それと、エンチャントは先生にお願いして『クリーン』と『オートメンテナンス』が付与してあるので、多少手荒に使っていただいても大丈夫です!」
「えっとね、アキナ君。そのマントも十分過ぎるくらい高性能だと思うよ?」
「・・・・たぶん冒険者向けに販売したら、飛ぶように売れるんじゃないかな?」
「あっ、ありがとうございます。どちらも大切に使わせてもらいます・・・・」
モーリスの笑顔が若干引きつっていたものの、受け取ったマントをその場で着用してもらうと、流石は一流の職人であるナタクとアキナが事前に申し合わせて作っただけあって、鎧とマントの組み合わせはかなり見栄え良く仕上がっていた。しかも、ご丁寧にマントにまで“セシリスの花”の紋章が大きく刺繍されているため、仮に彼が戦場に赴いた際にも何処の所属の兵なのか、これで一目瞭然であろう。
「さてと、それでは次に少しだけビジネスのお話をさせていただきたいのですが・・・・」
「やはり何か用意していたか・・・・」
「まぁ、良いではないか。して、その話というのは私が聞いても問題ないのか?」
「えぇ、もちろんでございます。むしろ最初にご紹介する技術につきましては陛下にお願いして、無償で国中に広めてしまってほしい技術となっておりますので」
「ほう、それは実に楽しみだ」
「私の方は、話しを聞く前から嫌な予感しかしないのですが?
はぁ・・・・、もう好きに続けろ」
アレックスは片手で自分の顔を押さえながら表情を歪めていたが、どうもレナードの方が乗り気であったため、何かを諦め渋々といった感じで商談の許可を出してきた。きっと彼は過去の経験から、この後、自分が大変忙しく働かされる未来を感じ取っていたのであろう。
「それでは遠慮なく。まず、これは俺が街の武器屋を巡っていた時に気がついたことなんですが、この街では鉄製品以上の装備が極端に少なくありませんか?」
「あぁ、そのことかい?えっとね、今の時期は近々開催される大きなオークションに備えてて、あまり店頭には良品が出回っていないんだよ。特に、ダンジョン産の装備なんかは殆どそっちに回されているんじゃないかな?」
「それに加えて鋼の製造には、生産工程に量産できない致命的な欠点を抱えているため、市場に流れている物自体が少ないという現実もあるな」
「一般的な炉で鋼を製造する場合、炉の寿命をある程度削る覚悟をしなくてはいけませんからね」
「まぁ、あんな鎧を作るくらいだ。それぐらいは知っていて当然か」
「この問題は、鍛冶師をしている者として一番最初にぶち当たる壁でもありますので」
「じゃから、鋼の製造などは炉の交換時期に合わせて、街の親方衆が集まり纏めて生産することがこの街での恒例行事となっておるな」
「例外として、鋼やミスリルの生産は海を渡った隣国のノートルハイム聖王国が昔から有名だな。ただし、かの国は我々とは異なる製法が確立しているようで、私が国王をしていた頃も貿易でだいぶ足元を見られたものだ」
「あそこの国は自分のところと違う教えを信仰している国家や地域に対して、値段を吹っかけて商売をしておるからな。できれば関わりたくない国じゃて。海で隔てられていて正直助かったわい」
「たぶんになりますが、その聖王国では古代文明で使われていた『精霊炉』の再現に成功しているんだと思いますよ」
「なっ!お前は、かの国の重要機密を知っているというのか!?」
「えぇ、俺が以前いた地域でも『精霊炉』の研究は盛んにおこなわれていましたので。ですが本来の『精霊炉』の扱い方は、もっと等級の高い鉱石を錬成する際に用いる技法なので、今はそれほど拘る必要もないんですけどね」
「・・・・っ!!」
「叔父上、落ち着いてください。という事はつまり、お前はその『精霊炉』とかいう代物に代わる新たな技術を持っているということか?」
「肯定です。そこで漸く準備していた商談の核心へと話が繋がるのですが、今回は特殊なレンガを使用した『耐熱錬成炉』の作製方法をご提供させていただこうかと考えております」
「『耐熱錬成炉』とな?確かにそれは聞いたことのない代物じゃの」
「こちらの『耐熱錬成炉』とは名前にもある通り、従来の炉にはない高い耐熱性を兼ね備えた代物となっております。
また、これの優れた点としましては、形を組み替えて作製すれば鍛冶に限らず、金やミスリルといった彫金細工師が扱う貴金属の精錬はもちろんのこと。他にも、木工細工師の派生職業である陶芸家やガラス職人が使用することにより、純白の陶磁器や透明度の高いガラス製品などといった、美しい工芸品も作製することが可能となります。
ただし、徹底した温度管理や素材の選定など、より専門的な研究も必要となってきますけどね」
「そんな技術を、お前は無償で国中に広めようと考えておるのか!?」
「ナタク君・・・・今の話がもし本当だとしたら、独占すれば一生遊んで暮らせるどころの騒ぎじゃなくなるんだけど。君はそのことをちゃんと理解しているのかい?」
「もちろん、理解した上での技術提供になります。と言いますか、この技術はこれから生み出されるであろう様々な産業の基礎となりえるモノなので、これでお金儲けをするつもりはありませんね」
「まったく次から次へと、とんでもない話を持ってくるな。
しかし、今回はこの場に叔父上がこの場にいてくれて、本当に助かりました」
「なっ!アレックス、まさか私にこの話を全部押し付けるつもりか!!」
「実際問題、得られる利益が莫大過ぎるため、もし仮に我がローレンス家がこの技術を公開してしまった場合、きっと碌なことにならんでしょうな。独占もまた然りです」
「むっ」
「確かに、そんなことをしてしまったらお隣の聖王国など当家を名指しして怒り狂うじゃろうな。他にも、せっかく最近大人しくなった貴族派閥の連中が『王家派閥筆頭のローレンス家が、国家転覆を狙っている』などと、嬉々として吹聴する姿が容易に想像できるわい」
「くっ・・・・」
「丸く収めるためにも国でコントロールするしかないでしょう。無論、我が領内でも使わせてもらいますがね」
「釈然とはせんが・・・・致し方ないか。分かった、私から息子へ話を持っていくとしよう」
「ありがとうございます。それでは既に試作機が一基稼動状態にありますので、今度お時間のよろしい時にでも詳しくご案内させていただきますね。
それと『耐熱錬成炉』のメイン素材でもある『耐熱レンガ』の生産につきましても、知り合いの職人さんにお願いして着々と準備を進めていますので、そちらの報告も楽しみにしていてください」
「叔父上、良い土産話ができましたなぁ」
「アレックス・・・・覚えておれよ」
「ハッハハ、治世の専門家達をここまで悩ますとは本当にとんでもない逸材じゃな」
「先生の場合、これで終わらないのがまた凄いですよね」
「しかも、今日会ったばかりの陛下を平気で巻き込んでる辺りが特にねぇ・・・・」
その後もナタクのペースで着々と商談は進んでゆき、途中、遠征中に用意していた大量の資料で全員をドン引きさせながらも、概ね順調に今後の予定を取り決めることに成功した。
だが、実際に国を挙げて事業を起こす場合は、やはり現国王や各大臣達を説得したり、専門家を交えて詳しく検証する必要もあるため、まずはレナードが現国王に手紙を出し、調査に必要な人材を集めてから再度話し合うこととなった。
「本当は『耐熱錬成炉』で使う新しい燃料の紹介や、炉の内部構造についても、もう少し語っておきたかったのですが・・・・」
「大まかな概要だけならともかく、そんな専門的な話をされても基礎知識のない我々に分かるわけないだろう」
「近いうちに王宮から使者を出すよう手配するゆえ、もう暫く待ってくれ。まったく、せっかく引退したというのに、これでは現役の頃と少しも変わらぬではないか・・・・」
「それにしても、もし陛下がこの場にいなかったらナタク君はこれをどうしていたんだい?」
「元々の計画ですと、まずは領主様を説得してからこの技術を国へ売り込む方向で考えていたので、今回はその手間が省けた形になりますね。
それに領主様も仰っていましたが、ここから生み出される利益の関係上、デメリットも大き過ぎるので、ローレンス家単独ではこの話を受けてくださるとは最初から思っていませんでした」
「当たり前だ。こんな分かりやすいエサに飛びつくなんて、余程俯瞰力の欠如した大馬鹿者くらいだぞ」
「とはいえ、貴族派閥の連中ならば躊躇なく喰いついていただろうな。なにせ、やつらは日頃の贅沢が祟って年中金欠なわけじゃし」
「それこそ、国家転覆を夢見て鼻息荒くな。本当に忌々しい・・・・」
「なんか貴族派閥の方達って、相当嫌われているみたいですね」
「それはね、アキナ君。彼らが見栄と虚勢だけを拠り所に生きている連中だからだよ。いっつも口では威勢の良いことばかり言う癖に、いざ問題にぶつかると直ぐに逃げ出してお得意の責任転嫁。そこで他の者が功績を挙げると、今度は妬んで罵詈雑言のオンパレードってわけさ。
好き勝手やりたい放題やってる、最低なゲス野郎の集まりだよ」
「あはは・・・・何かアメリアさんも個人的な恨みがありそうですね」
「・・・・あのね。アメリア、王都の学校に通ってる時にそいつらに散々言い寄られていたんだって。直訳すると『お家のために貰ってやるから、だまって嫁に来い』って」
「それはまた随分と命知らずな連中もいたものですね。領主様が恐くないんでしょうか?」
「それをお前が言うのか?無論、私の方でちゃんと制裁は入れておいたぞ」
「あれは確かに凄まじかったな。証拠を一切残さず、当時、アメリアに言い寄っていた貴族連中の実家までをも巻き込んで経済的に締め上げ、あっという間に借金漬けにして首を回らなくしまったあの手腕。もはや貴族界隈で一つの伝説となっているくらいだ」
「わしの代では混乱もあったため、あえて大人しくしていたからの。それで当代のローレンス家当主を舐めてかかったんじゃろうて、本当に哀れなヤツらじゃよ」
この頃を境にアメリアへ言い寄る輩も激減し、またアレックス自身も、内政だけではなく外交や経済操作もずば抜けて優秀であることを、国内外に知らしめる切っ掛けにもなった事件だったそうだ。
そして当の被害者達は今も借金返済に悪戦苦闘しているそうで、久しぶりに出席した社交界でアレックスを見かけるだけでも、体調不良を引き起こし倒れるくらいに今も恐れられているらしい。
閑話休題、漸く話も落ち着いてきたので、次はいよいよメインディッシュに用意していたアレックスの騎士剣を披露しようということになり、再びこの場にある種の緊張が再び走ったところで、突如何の前触れもなく、轟音と共に部屋の入り口に設置されていた二枚の扉が留め金までも吹き飛ばしながら室内へ倒れこんでくるという珍事が発生した。
普通であれば『何事か!』と大騒ぎしてもおかしくない状況ではあるが、たった数時間前にもこれと良く似た光景を目撃していたナタク達はもちろんのこと、『いつものことか』ともはや諦めの表情すら浮かべる者達によって、場の空気はなんとも言えないモノへと変わっていくのであった。
(今回は上手くかわしてやったぞ)(* ̄ω ̄)フフッ
ぐぬぬぅ、なぜ私が・・・・(-д-;)
(それじゃ手の空いた領主様にはこちらを・・・)(´・ω・`)




