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第42話

 

 馬車でお城に到着すると、いつものように一旦待機室へ通されるのかと思いきや、ナタク達はそのまま領主の待つ執務室へと直で案内されてしまった。いくらアメリアが同行しているとはいえ、領主の立場上こういったことは極めて稀なため、あまりの段取りの良さに若干戸惑っていると、どうやら現在、領主は王都から招いたゲストと談笑中だそうで、また先方もナタクとの面会に強い興味を示していることから、顔合わせとしても都合が良かったんだそうだ。


 それならば、せめて失礼の無いよう礼服に近い服装に着替えようかと申し出たところ、何故かアメリアに「そんな細かいことで怒ったりする方達(・・)では無いよ」と断られ、半ば強引に部屋の前まで連れてこられてしまった。確かナタクの記憶では、かなり高貴な方を招待していると言われていたはずなのだが・・・・


 この時、アメリアの悪戯を企てる子供のような笑顔と、アテナとモーリスの呆れた顔の対比がとても印象的であった。



「父上、ナタク君達をお連れしました」


「おっ、帰ってきたか!直ぐ部屋に入ってきなさい」



 アメリアの合図に機嫌の良さそうな領主の声であっさりと入室許可が下り、最近仕事で通い慣れ始めてきた執務室の中へと皆で入っていくと、領主はソファーの方へと腰掛けており、同じくはす向かいの席に座していた二人の男性と親しげに談笑をしているところであった。



「アレックス、此奴(こやつ)がマギーのところに新しく入った噂の錬金術師か!」


「ほぉ。報告に上がってきた研究資料からして、もっと学者然とした人物を想像していたが・・・・実際に会ってみると、またイメージと違うな」


「何を言っておる。噂では、たった一人で災害級の魔物を無傷で圧倒したらしいぞ。しかも、最後はその魔物の首を見事跳ね飛ばしたとも聞いている。


 わしもライル程ではないが、此奴に会うのを楽しみにしておったわい。ガッハハハ!!」



 どうやら、ゲストは複数名いたようだ。二人とも年齢的にはクロードと大差無さそうではあるが、その風格と纏う雰囲気(オーラ)が明らかに他の者とは一線を画していた。


 まず領主に近い左側に座している男性についてだが、彼を一言で表すならば、『武人』がもっともしっくりくる例えになるだろう。全く衰えを感じさせない鍛え抜かれた肉体がラフな服装からでもしっかりと確認でき、明るく振舞いながらもその鋭い眼光は、威嚇をしているわけでもないのに強者の覇気のようなモノが感じられた。


 そして、もう片方の男性に至っては、特に武術の心得があるようには見えないのにも関わらず、全てを見通すような力強い眼差しと、まるで存在自体がプレッシャーの塊と錯覚してしまいそうなほど、只ならぬ気配の持ち主であった。



「この二人に合わせていると私の調子も崩され兼ねんので手短に紹介するが、左が私の親父でレオン(・・・)、右が私の叔父でリオ(・・)殿だ。くれぐれも粗相のないようにな」



 この期に及んで領主が最低限の情報しか与えなかったことも気になるが、それ以上に席へ座っているその誰しもが、先ほどアメリアがしていたのと同じ笑みを浮かべていることに危機感を覚えた。どうやら自分は、この方達に試されているらしい。



(ならば、領主様から出されていた宿題の答え合わせに全力で臨ませてもらうとしましょうか!)



「レナード陛下(・・)にレオンハルト閣下(・・)ですね、お初にお目に掛かります。領主様の元でお世話になっております、那戳(ナタク)と申します」


「先生の弟子をやらせていただいてます、アキナです!」


「っち、やはり調べていたか。せっかく引っ掛けまでも用意して、楽しみに待っていたというのに・・・・」


「事前にヒントは伝えられていましたからね。準備期間をいただいて、何も調べないのは社会人としてありえませんので。


 それに今、意図的(・・・)にお父上から紹介されましたよね?」


「くっははは!見事だ、試して悪かったな。いかにも、私がメスティア王国前国王のレナード・フォン・メスティアだ」


「そして、わしが前ローレンス公爵家当主のレオンハルト・フォン・ローレンスじゃな。ちなみにその様子だと、わしらが本当に兄弟なのも知っているな?」


「もちろん、存じ上げております」


「我らが正体を明かしてなお、物怖じしないところも実に良い。アレックスは良い部下を得たな」


「もう少し慌ててくれた方が、可愛げがあるんですがね」


「ほんとだよ。せっかくお姉さんがこっそりフォローしようとしてたのに、全然慌てる素振りを見せないなんて。


 君はもう少し、アキナ君を見習った方がいいよ!見てみな、こんなにアワアワしていて可愛いのに!!」



 アキナの場合、全くのノーヒントでここへ連れてこられた挙句、先代とはいえ長年この国のトップに君臨していた人物が目の前に現れたのだから、お偉いさんを苦手としている彼女にとって今の状況は只事ではないであろう。



「あゎあゎゎ・・・・」


「・・・・アッキー、だいじょうぶ?このおじいちゃん達、見た目と違ってとっても優しいから、そんなに緊張しなくても平気だよ?」


『フギンはいっぱいお菓子をもらったの!』


『ムニンもたくさんお話したです』


「アテナはアテナで馴染み過ぎだけどね」


「私には、一生無理そうです・・・・」


「して、話を戻すが。アレックスは事前に情報制限していたらしいが、お主が如何様にわしらのことを知ったのか、種明かしをしてもらってよいかの?


 それにわしを“閣下”と呼ぶくらいじゃ、現在の役職までも調べは付いているのであろう?」


「種明かしと言いましても、実はそれほど難しい話でもないんですけどね。確かに領主様からは具体的な説明を頂いてはおりませんでしたが、“かなり高貴な方をお迎えする”ことや、領主様の代わり奥方が案内役を務めると仰っておりましたので、そこから考えさせていただきました。


 そもそも、公爵家当主で在られる領主様が態々“大物貴族”と言うくらいですので、同格かそれ以上の貴族でないかと予想できましたし、もし仮に相手方が貴族の御当主だった場合、いくら名代とはいえ愛妻家である領主様が奥方を一人で案内役に付けるとは到底思えませんでしたので。


 後は親類縁者か女性貴族の方に候補を絞り、貴族について詳しそうな方から情報を集めさせてもらいました。それに、以前から調理ギルドのジョンさんには閣下の話をたくさん聞いておりましたので。


 閣下が少し前まで国軍の元帥職に就かれていたことや、今も相談役として王都に残られている理由など。ついでに、ガレットさんとの馴れ初めもその時一通り教えてもらっていました」


「なるほどな、情報源はジョンだったか。確かに、アヤツとはマギーと出会う以前からの付き合いだしな」


「しまった、アイツに口止めをするのを忘れていた・・・・」


「あのぉ、つかぬ事を伺いますが、先ほどから話に上がってるマギーさんって、いったい何方(どなた)のことでしょうか?」


「あぁ、アキナ君は知らなかったのか。実は、ばあちゃんの正式な名前は『マーガレット・フォン・ローレンス』といってね。マギーはじいちゃんだけが使ってる、ばあちゃんの愛称なんだよ。


 なんでも、ばあちゃん本人はマーガレットっていう名前が自分には可愛すぎるって、昔から苦手らしくてね。そんな理由もあって、錬金術師としては本名から取ったガレットを名乗っているんだよ」


「・・・・ちなみにアメリアはおばあちゃんとは真逆で、愛称の“エイミー”が可愛すぎるからって、(かたく)なに愛称を使わせないんだよ。変なところでそっくりだよね」


「こらっ、アテナ!そういう無駄な情報は教えなくてよろしい!!」


「それと、ガレットさんと閣下は大恋愛の末に結ばれたらしくて。今でも王都の大きな劇場では、毎年二人をモデルにした舞台が大盛況らしいですよ」


「その煽りをもろに受けたのが、当時第二王子として悠々自適に過ごしていたこの私と、兄を国王に推していた貴族派閥の連中だったというわけだ。しかも王位継承権まで破棄して、あまつさえ敵対していたはずの王家派閥筆頭のローレンス家に電撃的な婿入りを表明したものだから、当時の閣僚など上へ下への大騒ぎだったぞ」


「っけ!貴族派閥の連中、政治音痴なわしを王位に就けて裏で牛耳ろうという魂胆が透けておったからな。これが戦時中ならまだしも、平和な時代に軍務に強いわしが王位に就いたところで碌なことにならんだろうから、ギリギリまで情報を隠して裏をかいてやったんじゃ。それに統治については、わしよりお前の方が遥かに才能があったからな」


「『王位を捨ててまで、愛する者の元へ』と、確かに物語としては美談かもしれぬが、巻き込まれた人間にとっては堪ったものではなかったよ。おかげで混乱を収めるために、私がどれだけ苦労をさせられたものか・・・・」


「代わりに、得意の軍務で長年支えてやったではないか。わしはお前以上の賢王など他にはいないと、今でも思っておるぞ」


「あはは・・・・」


「これは間違いなく、アメリアさんのお爺様ですね・・・・」


「・・・・本当に良く似た家族だよね」


『『そっくりなの(です)!』』


「むぅっ!私はじいちゃんほど破天荒ではないぞ!!」



 どっと笑いが起こったタイミングで、いつの間にか室内からいなくなっていたクロードが紅茶セットが用意されたカートを押して戻ってきたので、自分達もそのまま空いた席へ着くことになった。ちなみに、アルンはスラキチを抱いたまま、ナタクの後ろに立っているつもりのようだ。



「ところで、見慣れない顔も増えているようだが?」


「この子は俺の故郷で代々仕えてくれていた家臣の娘で、名をアルンといいます。どうやら自分達を心配してくれて、態々こちらまで訪ねて来てくれたらしいんですよ」


「ご紹介に与りました、アルンと申します。以後お見知りおきを」


「なるほどな。一応お前の屋敷に勤める人材の選定は無事に終えているのだが、そうなると家令は彼女に任せた方が良いか?」


「いえ、彼女の場合は他に任せたい仕事がたくさんあるので、屋敷の管理は他の方に任せる予定でいます。それに、彼女は優秀な錬金術師でもありますしね」


「それは頼もしいな、それで彼女はどんな研究をしているんだ?」


「大まかに言えば、ガレットさんと同じ分野の研究になります。今後の魔導具研究には彼女の協力が不可欠になりますので、楽しみに待っていてください」


「それでは、マギーとアレックスがますます休めなくなるな!ガッハハハ!!」


「手に余るようなら、私の方でも支援させてもらうから遠慮なく言ってくれ。提出されていたサンプルと研究資料を見る限り、国家主導で着手しても全く問題のない素晴らしい品であったしな!」


「叔父上、勝手に人材を引き抜くのは止めて下さい。もちろん、必要に応じて話は持っていきますので」


「うむ、それでは期待して待つとしよう」



 どうやら遠征前に渡していたサンプルや研究資料が、領主様や陛下にも気に入ってもらえていたようですね。国の中枢に長年いた人物に話を聞いてもらえるチャンスなどそうあることではないので、ここは一つ、本職の鍛冶師としても盛大にお仕事の話をさせていただくとしましょうか!

あゎゎあゎゎ・・・・(゜Д゜;≡;゜д゜)


(あっ、アキに伝えるの忘れてた)(;・∀・)


《ネコ被りモード発動!》(^・ω・^)



※外国の方の愛称って他国の人間には結構難しいですね。ガレットの名前の件は登場初期から用意していたのですが、中々出す機会がなくてここまで遅れてしまいました・・・・

混乱させてしまっていたら、申し訳ありません。

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