幕間:とある愚か者の悲惨な末路
SIDE:コンゴ
既に初夏の太陽は元気よく辺りを照らしているというのに、その僅かな恩恵も殆ど届かぬ薄暗い牢獄の中で、コンゴ・ウォーランは一人、まるで気でも狂ってしまったかのように口汚い罵詈雑言を吐き続けていた。
現在、彼が収容されていたのは領軍第一訓練所の敷地内に建造された“特別監獄塔”と呼ばれるかなり特異な場所であった。
ちなみに本来この施設は凶悪犯や高い戦闘能力を持った容疑者を無力化するために用意されており、彼のような非戦闘員が収容されるなど極めて稀なのだが、彼の場合はここに至るまでの経緯が少し変わっていた。
まず、捕縛されて最初の数日間は普通に軍の留置所に拘留されていたのだが、そこで支離滅裂な言動を繰り返し、挙句の果てには担当官との尋問中にいきなり暴れ始めたため、彼はそのまま懲罰房へと移送されることが決まったそうだ。
そして裁判を前に数多くの物的証拠の中から罪状について調査をおこなっていたところへ、今度は彼自身が実家だと主張していた“ハインリッヒ侯爵家”から『当家の名前を騙って我ら貴族を貶めようとした愚か者へ、厳罰を求む』という強い趣旨の抗議文が、現当主の署名入りで領主の下へと届けられてきた。
さらには彼の数多い犯罪履歴の中に、この地を治める領主の愛娘への殺害命令までもが含まれていたことが正式に明らかになったことで、領主の最大級の怒りを最安値で買い叩いてしまい。最終的に、ある意味犯罪者の頂点が住まうに相応しい、この“特別監獄塔”へと半ば強引に叩き込まれたんだそうだ。
また彼には先日、正式な法廷の場が設けられており。そこでこの国の法律に則った裁きが下され、刑の執行も明日の午後に執り行われることが既に確定していた。この件で、一番の貧乏くじを引かされたのは、まず間違いなく担当官に任命されてしまった哀れな文官の彼であろう。
「くそ!くそっ!!くそぉっ!!!!」
「俺はあの“ハインリッヒ侯爵家”縁の人間なんだぞ!!」
「それを寄って集って『犯罪者』だの『詐欺師』、挙句の果ては『貴族を騙る愚か者』だと!!」
「そもそも、俺自身は何も悪いことはしていないじゃないか!」
「部下が勝手にやったことで、なんで俺が責任を取らされるんだ!!」
「しかも令嬢殺害命令を俺が指示しただと?ふざけるな、そんな覚えはないのだから冤罪だ!!」
「それをあのくそ領主め、取り付く島も無しにこんなところへ押し込めやがって」
「挙句の果てにあんな不当な裁判にかけて、資産没収の上、極刑に処すだと!」
「人を馬鹿にするのも、いい加減にしろってんだ!!!」
どんなに威勢よく彼が騒ぎ散らそうとも、ここに彼を咎める者は誰もいなかった。
いや、もちろん最初の頃はこの“特別牢獄塔”を警備する領兵達が何度も注意を促してはいたのだが、それでも気狂いじみた行動や罵声は一向に収まる兆しは無く。それに耐えかねた警備の者が上に報告したところ『どうせ脱獄するだけの力もないのだし、近いうちには処刑されるのだからもう放っておけ』という返事がきたため、何時しか領兵達も煙たがって必要以上に誰も彼のいる階層へ近づこうとはしなくなっていた。
「それもこれも、元を辿れば“あの錬金術師”が関わってきてから全てがおかしくなったんだ!」
「もしやアイツが全て裏から手を回しているのでは!?」
「くそっ!きっとそうに違いない!!」
「しかもアイツ、あのくそ領主のお抱えだとかほざいていたし、これも全部俺を貶めるための罠だと考えれば話はつながるな・・・・」
「まずい、このままだと無実の罪で俺は明日にも処刑されてしまう」
「とにかく、真実を喧伝するためにも、どうにかしてここから抜け出ださねば・・・・」
真実も何も裁判で全ての罪状に明確な証拠と証言が提示され、尚且つ公正を期すため態々王都から裁判官までも呼び寄せて厳粛に裁きが下されたはずなのだが、どうやら彼には全く響いてはいなかったようだ。自分の罪を他人のせいだと結論付けるその異常な思考回路は一旦置いておくとして、確かにこの場所は脱獄するにはかなり不向きな構造をしていた。
彼の現在地は“特別監獄塔”の最上階に位置しており、室内には申し訳程度の小さな空気口があるだけで、正面に頑強な鉄格子とそれ以外は特殊な処置が施された硬い石材で覆われていたため、食事用に渡されていた木製の食器やスプーンなどでは、どう足掻いたところで脱獄など到底不可能に思えた。
だがそんな矢先、最近は決まった時間以外にこの階層に人が訪れるなど皆無だったはずが、耳を澄ますと『カツカツカツ』と確かにこちらに向かって近づいてくる足音が聞こえてきた。
「まったくよう、ただでさえ予定外の出来事は勘弁して欲しいっていうのに、どうしたらこんな面倒な場所にぶち込まれるもんかね?
おかげさまで、忍び込むのにえらい出費を払わされたんだが・・・・」
「っ!?貴様は!!!」
「ようボンクラ、元気にしてたか?」
コンゴの前に立ち不満を述べたこの男こそ、以前コンゴの実家から相談人として派遣されながら、前回の大捕物の際に唯一行方が分からなくなっていた人物その人であった。だが、以前のような胡散臭い笑顔や最低限の敬語などは一切無く。むしろ、コンゴのことを見下すような、軽薄な態度を全く隠そうとしていなかった。
「貴様っ、雇い主を見捨てておいてよくも俺の前に姿を現せたな!!!」
「あ・・・・はいはい、鉄格子の中から凄まれたって全然恐くねぇから。しっかし、下の奴らを無効化した際に一応情報収集もしてみたけどよ。お前この短期間でどんだけ嫌われてんだ?
哀れみとか一切無しで『ざまぁ』って感情しか拾えないとか、悪党の俺からしてもどうかと思うぜ?」
「うっ、うるさいっ!黙れ黙れぇ!!!!」
「まぁ、煽る必要もないくらいブチ切れててくれるのは、こっちとしてはやり易いんだが・・・・」
「はぁ・・・はぁ・・・、ちょっと待て。そういえば、なんで貴様がここにいる?
しかも、今さっき下の奴らを無力化したとか言っていたな?」
「おかげで貴重なアイテムを無駄撃ちさせられて、少々げんなりしてるがな」
「もしや、実家に言われて俺を助けに来た・・・・のか?」
「はぁ?・・・・もう説明もめんどくせぇから、それでいいや」
「だったら、それを先に言えよ!それとさっきからお前、雇われの分際で偉そうだぞ!!」
「いや、お前みたいなクズにはこれで十分だろ?」
「な・・・・なんだとぉ!!!」
以前とだいぶ印象の違う男についに不満が爆発してしまい、殴りかかろうとして鉄格子に向かって勢いよく駆け寄ったまでは良かったのだが、突如胸に強い痛みを覚えたため慌てて視線を落としてみると、そこには禍々しいデザインをした漆黒の短剣が、彼の心臓部分へ深々と突き刺さっていた。
「あああああぁぁ・・・・っ!!」
「ほい、これで一丁上がりっと。しっかし、あんな安い挑発に引っ掛かるとか、お前ってほんと馬鹿だよな。
ちなみにその短剣、ある悪魔の力が封じ込められた『愚者の剣』っていうお前にぴったりな名前のアイテムなんだが、使用された者は強い悪感情を贄として、肉体を強制的に化け物へと創り変えてしまうらしいぞ。
まぁ、中には魔人に進化する成功例もあるみたいなんだが、底の浅そうなお前はせいぜい人型の魔物が関の山だろうな」
「・・・・なぜ、そんな物を・・・・この俺に?」
「なんだ、物覚えまで悪いのかよ。言っただろ、強い“悪”感情が必要だってな。お前の存在は俺の仕事に都合がよかったから、態々対価まで払って利用しに来てやったんだよ。使ってもらえるだけ感謝しろよな?
っと、そろそろ限界か。いくら強化版とはいえ『ラミアの瞳』の効果が切れる前に、俺も一旦離脱しておかないとだしな。
その変化も数時間で収まるだろうから、終わったら陽動として好き勝手に暴れてくれて構わないぜ」
「おい、待て・・・・ふざけ・・・・ぐががぁ・・・・!!!」
「じゃあな、ボンクラ!程々に期待してやっから、簡単に退治されんなよ」
男はそう最後に言い残して牢屋の前から姿を消してしまったが、コンゴの方はもうそれどころではなかった。まるで巨大な蛇に生きながらにして身体中を食い破られているのではないかと錯覚してしまいそうな激痛が全身を襲い、また苦しんでいる間に胸に刺さった短剣も身体の奥へと吸収されてしまったようで、もはや短剣を抜いてどうにかなるレベルを完全に越えてしまっていた。
彼はこれから数時間に渡り、文字通りの“生き地獄”を体験することになるのだろう。
だが最悪なことに、その異変に気が付く者が現れる可能性は限りなく0に近かった。
なにせ午前の巡回は、男が来る前に終わっていたのだから・・・・
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SIDE:???
コンゴのところで仕事終えて、男が内通者から用意されていた潜伏場所に戻って来ると、その部屋には一人の美しいメイドが椅子に座って男の帰りを待っていた。
「あら、あなたが遅刻するんて珍しいわね。何かトラブルでもあったのかしら?」
「・・・・いや。想定よりも警備が厳しくて、魔導具を無駄に使わされた以外は特に問題ねぇよ」
「別に実力は疑ってないけど、最近トラブル続きなんだからあなたも十分気をつけてよね」
「で、そっちはどうだったんだ?」
「こっちは概ね想定内ってところかしら。ただし、奥方達が帰ってきてしまったから、警備シフトに多少の変更はあったみたいよ。頼まれていた情報もそこの机の上に置いてあるから、後は自分で確認してみて」
「本当はその前に動きたかったんだがな・・・・、まぁこればかりは仕方が無いか」
「それと“お目当ての品”の在り処なんだけど、当初から睨んでた通り、旦那様のコレクションルームの肆の間に保管されていたわ。こっちは自分で確認してきたから、まず間違いないはずよ」
「・・・・お前が無茶して捕まるのは勝手だが、計画を台無しにするのは勘弁しろよ?」
「それこそ、まさかよ。私が何の種族かあなたも知っているでしょ?」
「へいへい、兵士の野郎共はみんなお前の玩具ってか」
「うふふっ。それじゃ私の仕事もこれで終わりだから、騒動が起きる前に街の外へと離脱させてもらうわ。後のことは任せたわよ」
「あぁ、問題ない。俺も時間まではこの場所でのんびりとさせてもらうぜ」
「お好きにどうぞ、それと最後にこれは忠告よ。どうやら錬金術師の坊やが街に帰ってくるみたいだから、一応そっちも警戒しておいてね。さっきここのお姫様が『見つかった!』とか『こっちに向かってる!』って大きな声で騒いでいたから」
「錬金術師ってぇと、あの忌々しい黒髪の野郎のことか。アイツにはことごとく計画を潰されてっからな。もし今回も邪魔しやがったら、今度は俺が直接引導を渡してやる!!」
「・・・・さっきの言葉、そっくりそのままあなたに返しておくわ。それじゃ、頑張ってね」
「おう!」
メイドの方が部屋から出て行くと、男も机にあった資料を手に取り、静かにそれを読み進めていくのであった。彼らが一体何を企んでいるかは分からないが、ただ一つだけ言えることは、この街で何やら碌でもないことが起きようとしていたのは、まず間違いなかった。
ぐがががぁぁっ・・・・!!((((:″*゜;)))))




