第40話
結局、あの後は“資料室”に残されていた研究資料の箱詰めや魔導具の運び出しなどに奔走するあまり、ダンジョン探索のために用意していた殆どの時間を使ってしまった。漸くそれらの作業がひと段落し地上へ戻った頃には太陽も沈んでいたため、自然と探索の続きはまた後日ということになり、ナタク達はそのまま各自の研究に邁進していくのであった。
けれども、予定外の出来事はこれだけに留まらず。
翌日、再度ダンジョンへと向かったまでは良ったが、今度はなんと第三層の宝箱で確率変動が壊れてしまったのかと錯覚するほどの大当たりラッシュが発生し、そのことがナタク達の予定をさらに狂わせてしまう大きな原因となってしまう。
本来、このような珍事は喜ぶべきはずなのだが、問題なのが自分達は明日には街へと帰らなくてならず、遠征期間中にこれらを再加工できるチャンスが、もう今日ぐらいしか残されていなかったのだ。
それならば街に帰ってからゆっくりと加工すれば良いではないかと普通なら思うであろうが、実は今回こちらで手に入れたアイテムを分解し素材に使うことで、既に用意してあった武器達の大幅な性能アップが見込めることや、このタイミングを逃すと次にこれらを弄れる時間が仕事の都合でだいぶ先になってしまう現実が重なり、結果として途中で全員のフィジカルレベルが40を突破することに成功していたことや魔石もそれなりに集まっていたこともあり、今できるベストを尽くしたいというナタクの職人魂に押され、彼の錬成時間を設けるためにそれ以上のダンジョン探索は断念することになった。
そして本日ついに遠征の最終日を迎えることになり、後ろ髪を引かれながらも“イグオール”の街へと帰還する準備が全て整い、先ほど漸く全員揃って拠点のリビングでひと息つけたところであった。
「お二人とも、お疲れ様でした。紅茶を淹れておきましたので、どうぞこちらのソファーで休んでいてください。お茶請けにはマドレーヌをご用意させていただきました」
「ありがとうございます。しかし、もう暫くこちらでゆっくりと過ごしたかったですが、そろそろ街の仕事も大変なことになっていそうなので、こればっかりは仕方がないですね」
「先生は色んな事業に携わってますもんね。でも、これで何とか用意していた専用装備のリンク効果が発揮できるようになったのは僥倖でした」
「当初の予定では、フィジカル35くらいで無理やり着るつもりでいましたもんね」
「私的にはアキナ様の忍装束姿をもう少し堪能したかったので、それが暫く拝めなくなるのは素直に残念です。まさか、アキナ様があんなに大胆な服装をされるとは・・・・」
「私だって恥ずかしいんですから、あんまり蒸し返さないでください!あれでも正真正銘、忍者の専用装備なんですって!!」
「アルカディアの世界だと、何故か女性用の戦闘服ってレベルが上がるにつれてドンドン布面積が少なくなっていきますもんね」
「そうなんですよ!しかも無理やり布を付け足しても、今度は加重ペナルティが発生しますのでアレンジするのも難しくて・・・・
その点、男性装備はそんなに厳しくないので、これについては何らかの悪意を感じます」
「そういえば、『男性装備は足し算、女性装備は引き算』なんて格言があったような?
あれで防御力が一緒なのは、確かに不思議です」
「逆に、マスターの鎧姿は実に勇ましかったです。西洋鎧もいいですが、武者鎧独特のあの風貌もまた良いですね」
「個人的には、鎧の上に着ている派手な刺繍の『戦羽織り』は、できれば無しの方向で使いたいのですが・・・・」
「もちろん却下で!なにせ、あれは先生から戴いた高価な腕輪のお礼ですからね!」
「あっ、はい・・・・」
どうやら、アキナの仕返しとはこのことだったようである。何でもその刺繍とは、アキナが転生前にあるコンテストで金賞を取った際に衣装へ施していたモノをこちらで再現したらしいのだが、それを金糸や銀糸でさらにアレンジを加えたことによって、デザインの素晴らしさ以上に見た目がとても派手に仕上がってしまっていたのだ。
これについての詳細は、長くなるので彼らが専用装備を着用した際にでも再度話すとしよう。
「ところで、朝食からずっと卵料理ばかりが並んでいますが、今朝はそんなに多く収穫ができたんですか?」
「そういえば、今日は鳥さん達も拠点の周りで見かけませんね」
「・・・・実は、ドードー達の勧誘が全部失敗に終わりまして。なので腹いせ・・・・ではなく、餞別代りに今朝は全ての卵を収穫させてもらってきたんですよ」
「それはまた・・・・」
「そんなことして、大丈夫なんですか!?」
「アキナ様、そう慌てなくても平気ですよ。なにせ彼らはあまり物覚えがよろしくないので、きっと今頃は自分達がいったい何を探していたのかを忘れるじゃないかと思われます。それに、有精卵も複数確保できましたので、これで無理に成長した彼らを勧誘する必要もなくなりました」
「うぅ。こんなに美味しいお菓子なのに、罪悪感で一気に食べ辛くなってしまいました・・・・」
「マドレーヌが苦手であれば、プリンなんかも用意してますよ?」
「そういう問題じゃありません!」
アキナが軽くアルンに説教した後で、忘れ物がないかのチェックを済ませてから街へと出発することになった。ちなみにドードー達へのお礼として、持ち込んでいた食材の中から彼らが好んで食べそうな食料を細かく刻み、いつもアルンが餌を撒いていた辺りに多めに配置してからこの場を去ることにしたのは余談である。
「たった二週間でしたが、この場所にもかなり愛着が湧きましたね」
「また近いうちに時間ができましたら、ここを訪れるとしましょう」
「そういえば、こういった家って人が住んでいないと傷みが早いって聞いたことがあるんですが、ここも暫く放置しちゃっても大丈夫なんですか?」
「その点は問題ありませんよ。何せ、アルンが『状態保存』のエンチャント効果を範囲内に付与し続けてくれる特殊な魔導具を発見していたので、それを拠点の屋根裏に一つ移設しておきました」
「どうやら周りの魔素を吸収しながら作動するタイプの魔導具だったらしく、付与できる効果も相俟って、私と同様に千年以上経っても問題なく機能し続けていたみたいです。レシピも覚えましたので、今後は複製も可能ですよ」
「ただし、素材に特殊な物がいくつかあったので、複製は暫く先になりそうですけどね。発見場所もアルンの眠っていた部屋と“資料室”の二ヶ所だったので、役割を終えた“資料室”の方には、こちらで新たに働いてもらおうというわけです」
「そもそも、私がいた部屋はまだまだ利用価値がありますからね。それに今は持ち出せない機材も多かったので、あそこの魔導具にはもう少し頑張ってもらうとしましょう」
「確かに、みんなインベントリの表記が『大きな箱』だらけですもんね」
「では、そろそろ出発するとしますか」
「了解です。それではスラキチさんは逸れないよう、私が抱えて行きますね。マスターとアキナ様はこちらの指輪をお使い下さい」
「これは?」
「この指輪はアルンだけが作製できる、最初にここへ訪れた際に使っていた指輪の上位モデルに当たる代物です。これさえあれば霧のギミックに悩まされることがなくなるんですよ。ほら、付けるだけでミニマップが更新されました」
「あっ、本当ですね・・・・」
「おんやぁ?アキナ様は随分とガッカリとされているみたいですが、いかがされました?」
「いえっ、なんでもありません!?」
「??」
ニヤニヤとしながらアルンがアキナのことを弄り始めたので、またアルンに何かの弱みを握られたのであろう。ただし、暫くすると二人揃ってナタクの方を向きため息を吐いてお開きになったので、彼にとっては少々気になる案件ではあった。
閑話休題、霧のギミックが無効化されたことにより多少視界は悪いものの、以前より遥かに楽に森の中を移動することができるようになり、また今となっては高レベルの魔物でもあるスラキチの存在が影響しているのか、他の魔物にも一切会うことなく無事に森の外へと抜けることができた。
「スラキチさんのおかげで『魔避けの香』要らずで済みましたね」
「フィールドの魔物は、本能で自分より格上の存在を避けてくれますからね。逆に俺達は『秘匿の指輪』効果でその恩恵が得られませんので、無駄な戦闘がなくて助かりました」
「私としてはせっかく森を抜けたというのに、あまり昔と代わり映えがしていなくて少々残念でした。もっと道路が綺麗に舗装されていたり、見たことの無い魔導具が闊歩しているのを期待していたのですが・・・・」
「アルンが封印されてた間に、この世界の女神が嘆くほど文明が滅んだりしていますからね。むしろ、技術力は衰退してると考えていた方がいいですよ」
「なるほど・・・・」
「まぁ、その環境も先生が現在進行形で急成長させてる真っ最中ですけどね。今の“イグオール”の街では、軽く技術革命が起こり始めていますよ」
「“まだ”そこまで大げさではありませんけどね。今は職人を育てて、新しい技術の受け皿を作っている段階です」
「あれで“まだ”なんですね・・・・」
「っ!?お話の途中、申し訳ありません。こちらに向かって急速に接近する個体反応を確認しました!」
アルンが慌てて指摘した方向へ注意を向けると、そちらからは以前ある事件で大変お世話になった可愛らしい二対一体の中位精霊が、こちらに向かって大きく手を振りながら近づいてくるところであった。
『やっとみつけたの!おぉ~い、なたく!!』
『あきなもいるです。これで、みっしょんこんぷり~と!』
見るからに敵対心の欠片も無さそうな二柱の精霊の登場により、一瞬高まった緊張はすぐさま霧散し、彼女らもナタク達の頭上を数回楽しそうに旋回した後、ナタクとアキナの肩にそれぞれ舞い降り、いかに自分達が苦労しながら二人を探していたのかを語り始めるのであった。
『なたくとあきな、かくれんぼがとっても上手なの!』
『僕達ずっと探してたのに、全然みつからなかったです。二人はもしかして“かくれんぼますた~”です?』
「あなた達が駆り出されているってことは、アテナさんに誰かが依頼をしたってことですか?」
『あてなはあめりあにお仕事頼まれて、なたく達をずっと捜していたの』
『フギンとムニンは、あてなのお手伝いをしていたです』
『鳥さんや虫さんに聞いても、みんな二人がどこに行ったか知らなくて、捜すのとっても大変だったの』
『僕達、お空をいっぱい飛び回ってたです』
「・・・・どうやら、危険性は無さそうですね。この方達は、お二人と面識のある精霊様なのですか?」
「この子達は、アテナちゃんっていう可愛らしい召喚師さんの契約精霊さんですね。しかし、アメリアさんが私達をって一体どういうことですかね?
確か、出かける前に先生がきちんと事情を伝えてくれていたはずですが・・・・」
「えぇ、そこは間違いなく。関係各所にはもちろん、アメリアさんに関しても街を出る二日前にはリズベットさんを通じて、ちゃんとご連絡差し上げていたはずなんですが・・・・」
『あめりあ、とっても慌てていたの!』
『み~しゃは魂が半分抜けてたです』
「・・・・なんか、その二人の反応から察するにリズさんからの情報伝達に何らかの齟齬があったとしか思えないんですけど?」
「奇遇ですね、俺もそんな気がしてきました・・・・」
「ちなみに、リズさんってどんな状況でした?」
『りずべっとです?』
『りずべっとなら、泣きながらたくさんお絵かきさせられていたの!』
『すっご~く、いっぱいあったです!』
『『ねぇ~!』』
「どうやら、悪い方向に予想が的中していそうですね」
「・・・・俺達はこのまま街に帰って大丈夫なのか、少し不安になってきました」
取り敢えず、ムニンが先行して街へ報告に帰るそうなので、今朝のお茶請けで余ったマドレーヌを渡しつつ、幾つか託を頼むことにした。何も伝えないでおくよりは、断然その方が心象が良いだろうと判断しての行動であった。
間違いなく不機嫌な状態で待ち構えているであろうアメリアのことを考えながら、残ってくれたフギンからここ二週間の街での様子を聞きだそうとするナタク達の姿を、一人だけ楽しそうな笑顔を向けて眺めるアルンの構図は、客観的に見るととてもシュールな光景であった。
先生、なんか称号が増えてます(; ・`д・´)
“かくれんぼますた~”ですか(´・ω・`;)




