第35話
今日も湖畔の前では、訓練用の模擬刀同士がぶつかり合う激しい戦闘音が鳴り響いていた。
無論、戦っているのは何時ものナタクとアキナの二人組であり、おこなっているのも日課である模擬戦で間違いないのだが、今回は珍しく攻守が入れ替わっており。しかも、ナタクが使用していたのは侍が扱う太刀などではなく、世界的にも流通量がもっとも多いとされている、ショートソードと呼ばれるオーソドックスな片手剣であった。
「やはり回避については、アキも中々の腕前ですね。その調子で、最後まで頑張って避け続けてください!」
「なんで侍の先生が、そんなに片手剣の扱いがぁ、上手いんですか!これじゃ、トーナメントで戦った剣士達と全然大差な・・・・っわぁ!!」
「自分はあくまで片手剣の定石を擦っているに過ぎませんよっと。それにライバルの動きを研究するのは、PVPでは至極当然のことですからね。メインで扱う人に比べたら戦い方は多少劣化してるでしょうが、それでも訓練で雰囲気を味わう程度であれば、今の俺でも再現は十分可能ですよ」
「これのどこが劣化してるんですか!鋭すぎて文句と悲鳴しかでませんよ!!ひゃぅ!?」
「ところで、回避訓練ってことになっていますが、アキも攻撃しても構わないんですよ?
むしろ上手く定石を崩して、相手の攻撃リズムを狂わせてしまいましょう」
「今の私に、そんな余裕はありませんっ!!!」
悲鳴を上げるわりには的確に斬撃を避け続けているので、ナタクも攻撃の手を緩めずにそのまま攻め立ててゆく。どうやらアキナがPVP大会で一回戦を突破したというのは、この回避力を最大限に活かしての偉業でもあるのだろう。多少回避後の姿勢が不恰好になってしまっているが、それでもその洞察力と判断力はかなり高い水準で備わっているようであった。
そしてアキナにとっては永遠に終わらないのではないかと思えるほど過酷な戦闘時間も、どうやら時は平等に過ぎ去っていたようで、暫くするとアルンから試合終了の合図が告げられ、地獄のような回避訓練も一時の終わりを迎えることとなった。
「お疲れ様です。アキナ様、お茶とタオルをご用意しておりますよ」
「驚きました、まさの片手剣による回避訓練を見事一発でクリアしてしまうとは」
「ぜぇはぁ、やっとお・・・・おわったぁ・・・・っぷはぁ。
アルンちゃん、私やり切りました!先生の猛攻を逃げ切ってやりましたよ!!」
「えぇ、ちゃんと見届けさせていただきましたよ。特に避け方が残念なところが、見ていて非常に面白かったです」
「なっ!?」
「その辺は余裕を持って動けるように、要鍛練って感じですかね。アドバイスをするとすれば、各武器の定石の動きを完璧に憶えて余計な動きを少なくしていければ、今よりもっと自然と躱せるようになると思います。ただし、それには地道な反復訓練して伸ばしていく他ないですけどね。
てなわけで、インターバルが開けましたら今度は片手棍のアルンともう1セット模擬戦をやってもらいますので、息が整えたら次の戦闘に備えてください」
「へっ!“今度は”って、今朝は連続で模擬戦をやるんですか!?」
「『鉄は熱いうちに打て』と昔から言いますしね。これから暫くの間は朝と晩に2セット続けて頑張ってもらいます。それと、午後からは短剣の定石回避にも挑戦してみましょう」
『ふっふふ。アキナ様、こちらの準備はいつでも整っておりますので、今から私とも存分に楽しもうじゃありませんか!』
「って、アルンちゃんがフルプレート姿に変わってる!?」
「アルンが相手だと多少レベルに開きがありますが、その辺はアキの持ち前の技術と根性でなんとか乗り切ってください。もちろん、お互い練習用の武器を使用してもらいますよ。
ルールは制限時間5分、最初は被弾数を無制限に変更しておきましょう。それではそろそろ時間ですので、戦闘を開始しちゃってください」
「ちょっ!ハンデ無しでフィジカル10以上離れてる相手とか、普通に考えて無理ゲーなんですが!!
いやぁぁ!また頭の横を鈍器が殺人レベルの速さで通り過ぎてく!!」
『おぉ。不意打ちのつもりで放ったのに、あそこまで綺麗に躱されますか。それではこちらもいつも以上に気合を入れて、次からの攻撃に当たらせていただかないといけませんね』
「本当に、気合とか結構ですぅ!!」
そんなコントのような会話を繰り広げながら、本日第二戦となった模擬戦は開始されたのであるが、大半がまたも全力の追いかけっこのような展開になってしまい、それが制限時間まで延々と続けられることとなった。無論、楽しそうなのはアルンだけであり、アキナは必死になって攻撃を掻い潜りながらといった構図である。
ただし、今回は一方的という訳でもなく、確かに攻め立てているのはアルンの方で間違いないが、より有効打を与えているのは僅差でアキナの方が勝っている様子であった。
この辺は、蓄積されていた戦闘経験の差がより強く現れての結果であろう。
圧倒的なステータスの差でゴリ押そうとするアルンに対して、アキナは今まで培ってきた行動パターンに加え、新たにナタクとの戦闘で覚えた行動キャンセルまでをも駆使し、『受け切る』のではなく『受け流す』動きを多用しながら、アルンの猛攻に上手く順応してみせていた。
(それでも、お互いまだまだ荒削りって感じですけどね)
結局、勝敗はつけずに試合が終わった後、ナタクによる実技指導が二人に対しておこなわれたのだが、反省会を終えて溌剌とした顔をしながら朝食の準備へ向かったアルンとは対照的に、アキナは訓練が終わるとその場にへたり込み満身創痍の状態となってしまっていた。
一応怪我などはしていないので、どうやら肉体的な疲れに加えて、格上を相手に戦った精神疲労が大きく影響しているようである。
「やっぱり、暫くは俺とだけの模擬戦にしておきますか?」
「はぁはぁ・・・・いえ。身体は思った以上に動いてくれているので、もう少し頑張りたいと思います。ただアルンちゃんの攻撃って、やたらと恐怖心を駆り立てられるんですよね」
「たぶんそれは、相手とのレベル差によるプレッシャーが大きく影響してるんだと思います。それにゲームの時と違い、こちらの世界では圧倒的強者相手に命を賭けて挑戦するというのは、中々にリスクが高いですからね。
そんな事情もありますので、安全にステータスアップが見込める今のうちに、アキにもある程度の恐慌耐性をつけてもらおうかと思いまして。今までは自主練にしていましたが、今回からは正式にアルンとの試合も組ませてもらいました」
「恐怖で身体が動かなくなるのを事前に予防しておこうってことですか。
・・・・分かりました。そういうことでしたら、私も覚悟を決めて頑張ります」
「最初は大変だと思いますが、直に慣れてくるはずですよ。それでは、鞭ばっかりでは嫌われてしまいますので、努力家のアキへ俺からささやかなプレゼントをあげましょう」
そう言ってナタクがアキナに手渡したのは、少し変わった形状をした巻物のような物であった。
「あっ、もしかしてこれって!」
「お察しの通り、約束していた秘伝スキルが収められている『スキル奥義書』になります。一応最初からこの遠征中に渡すつもりでいたので、材料だけは街で買い揃えていたんですよ」
「おぉ、これが上位プレイヤー達が使っていた、高嶺の花のレアスキルなんですね。心なしか、見た目以上の重量感を感じます!」
「そのスキルはうちのギルドでも使い手がごく少数しか存在しなかった、正真正銘のレアスキルになりますね。月影さんや俺なんかも、これを奥の手として使っていたくらいですし」
「えっ、でもこのスキルって中位クラスなんですよね?」
「使い勝手の良い中位クラスのスキルであるからこそ、価値が跳ね上がった典型ですね。それと、俺はここに書かれているスキルの師範代として登録されているため、最大でも二組しか『スキル奥義書』が作製できませんので、後で使おうとして紛失したり、他人に奪われて使用される前に、できれば今のうちにそれの開封をしていただけると助かります」
「わっ、分かりました!ではご褒美ですし、今回は遠慮なく使わせていただきますね!」
アキナが慣れた手付きで巻物を起動させると、この前使用した巻物と似通った帯状に広がり展開者の周りを球状に駆け巡るといったエフェクトまでは同じであったが、同時に浮かび上がった光り輝く図式や文字の羅列が次々と陣の中心に立つ彼女の下へと吸い込まれてゆき、やがて大きな光と共にその全てのエフェクトが綺麗さっぱりと消え、残ったのは巻物を使用した彼女一人となっていた。
「複合スキル『影渡り』ですか・・・・これが先生達の奥の手なんですね」
「スキルの概要は、前提スキルである“剣士”の『チャージ』、“槍使い”の『サイドステップ』、“格闘家”の『バックステップ』、これら下級職の三つの技を統合して使用することができるようにした、複合スキルとなっております。
まぁ、口で説明するより実際にどうやって使うのかお見せした方が分かりやすいですね。お手数ですが、俺に向かって打ち込んできてもらってもいいですか?」
「えっと、斬撃の種類は何でもいいんですか?」
「えぇ、大丈夫です。本気で当てるつもりで斬りかかってみてください」
「それでは、遠慮なく・・・・。はぁあっ!!!」
ナタクに促され、アキナが選択したのは右上段から振り下ろされる相手の左頚部から右脇腹へと抜ける軌道を描く“袈裟斬り”という斬撃であった。もちろん、本気で来いと言われていたので一切手を抜くことなく斬りかかろうとしたのだが、刀を振り上げた時までは確かに自分の目の前に立っていたはずのナタクが、一瞬腕で視界を遮った僅かな隙に、忽然と彼女の前からその姿を消してしまった。
慌ててナタクを探そうと辺りを見回したところ、不意に右肩を軽くトントンと叩かれ、すぐさま後ろを振り返って叩いた相手を確認してみると、案の定、そこには今しがた姿を晦ましたばかりのナタクが、笑顔でその場に立っていた。
「これが『影渡り』、別名『初見殺し』の異名を持つ移動系スキルになります」
「あの、これって認識阻害系のスキルではないですよね?」
「種明かしをすると、このスキルは先ほど挙げた三つのスキルを指定した順番通りに、ほぼ時間的ロス無しで連続発動することができるスキルになります。
今回はアキが振りかぶった瞬間にできた死角を利用して、『サイドステップ』でアキの右側面へと移動し、そこから身体の向きを調整して『バックステップ』でそのまま今度はアキの後方へ。最後は『チャージ』を使って、開いてしまった距離を詰めさせてもらいました。
ちなみに、そのまま全てのスキルを使ってしまうと無駄な移動距離が生まれてしまうので、そこはちゃんと各スキルに行動キャンセルを使用して、移動距離を調整する必要があるんですけどね。
それをしておかないと、ただただ大きくカタカナの『コ』の字に移動するだけになってしまいますので、中位スキル相当とはいえ中々扱いが難しいんですよ」
「それにしたって、こんなに簡単に相手の背後を取れるなんて、本当にとんでもないスキルですね」
「その分、使いこなすためには最低でも行動キャンセルが自在に使えないといけませんけどね。だから間違っても慣れない間は壁の近くや水辺で練習するのはやめておいた方がいいですよ。制御できなくなって、そのまま壁に激突したり、お池にドボンまでがこのスキルのテンプレですので」
「うっ、普通にやらかしそうで恐いですね。気をつけます・・・・」
「たぶんアキなら一ヶ月くらいで通常戦闘でも使えるようにはなるとは思いますので、これからはこのスキルの練習も一緒に頑張ってみてください。それと、昨日の段階でアルンがレベル40に到達したらしいので、今日からは俺達も近接戦闘に参加していきますよ」
「おっ!っということは、いよいよ第二層の攻略に取り掛かるってことですか?」
「取り敢えず、今日はアルンと『キュプロクス』、それにスラキチさんを合わせた三人に先行して第二層を攻略してもらう予定です。
そしてアルンがレベル40に到達したことにより“ポーン”の2体目が使役できるようになりましたので、俺達と合わせた四人で第一層を高速周回しようかと考えています。その方が全員で一緒に回るよりも、経験値効率が良さそうですからね」
「アルンちゃんと一緒に回ると敵の殲滅速度が速すぎて、私達が何もしないでも敵が沈んでいきますもんね」
「まぁ“ポーン”も十分に強いので、彼らに盾役をお願いして俺達は純粋なアタッカーとして敵を順番に削っていきましょう」
これでソールの収穫量は、更に加速度的に跳ね上がることであろう。
元々、第二層は副産物にそれほど旨味も無いため、当初はサクサクと攻略を完了させて今回の遠征でメインの狩場に予定していた第三層へ向かうつもりであったが、第一層と第二層をほぼ同時に攻略できるようになるのであれば、決して悪い話ではなかった。
それに、第三層にはナタクが楽しみにしている“ある物”が大量に保管されているため、そこへ早く到達できそうなのは彼にとっても願ったり叶ったりであると、焦る気持ちを抑えつつ、まずは腹ごしらえとアキナを連れて朝食を用意しているアルンの元へと向かうのであった。
いやぁぁぁ!! ε=。 ゜(゜ノ´Д`゜)ノ゜。
まてまて~♪@==(*´∀`*)ノシ
(しかし、ほんとよく避けるなぁ)(´・ω・`)




