第34話
ナタクがゆっくりと目を覚ますと、どうやら自分が意識を失っている間に誰かが拠点内のベットまで運んくれていたようで、自室の南向きに設置されている窓から差し込む太陽の光が今朝よりもだいぶ短くなっていることから、少なくともあれから数時間は経過していることが窺えた。
取り敢えず、何時までも寝ているわけにもいかないため、まずは起き上がろうと身体に力を加えてみると、ふとここで何やら腹部に不自然な重みを感じた。
思い当たる節など皆目検討も立たなかったため、恐る恐る掛けられていた毛布を捲ってその正体を確認してみると、そこには氷嚢代わりにでも使われていたのか、スライムのスラキチがちょこんと乗せられていた。
また彼の身体が微かに発光もしていたので、どうやら意識が戻らず治療薬が飲めなかった自分の代わりに、覚えたばかりの『ライトヒール』を使ってずっと治療をし続けてくれていたようだ。
おかげで痛みなどは全く感じず、お礼を述べてベットの上にスラキチを移動させると、まるで『いいってことよ!』と言っているかのように、また軽く弾んでナタクに返事を返してくれた。スライム種には発声器官が存在しないため、彼と『まじゅう語』を使って直接話すことはできないが、それがなくとも彼の優しさは一連のやり取りでも十分に感じることができた。
閑話休題、あれからどうなったかも気になるため、自分の置かれた状況を把握するためにも、まずは誰かしらがいる可能性の一番高い拠点内のリビングルームへと向かってみると、案の定そこには事情を全て把握していそうなアルンの姿があり、彼女は併設されたダイニングにある大きめなテーブルを使って、何か図面のようなモノを描き起こす作業の真っ最中であった。
「あっマスター、お目覚めになられたんですね」
「えぇ、スラキチさんのおかげでだいぶ楽になりました。アルンは魔導具の図面を描いていたんですか?」
「内容は一応全て自分の中に記録しているのですが、マスター達に説明する際に、こういった物があった方が便利だと思いまして。バックアップの意味も込めて、空いた時間で準備させてもらっていました」
「これは中々解かりやすいですね。・・・・ところで、寝ている間に結構時間が経ってしまったみたいですが、現在アキがどうしているのか、できればこっそりと教えてもらっていいでしょうか?」
「アキナ様ですか?彼女でしたら少し前までマスターのベットの脇でご不安そうに看病なさっていたのですが、どうやら途中で疲れのピークに達してしまわれたのか、先ほど私がお部屋に窺った際、ベットサイドでそのまま突っ伏して眠ってしまわれていたので、私の勝手な判断ながら、ご自身のベットまで運ばせていただきました」
「アキが俺の看病を・・・・ですか?てっきり暫く顔も合わせてもらえないかと思っていたのですが」
「それはもう、とてもご熱心に。まぁ、私がアキナ様を焚きつけ・・・・ごほん。マスターのフォローを入れておいたのが功を成したようですね。特に怒ってもいらっしゃいませんでしたよ」
「俺はその焚きつけた内容が、非常に気になるのですが?」
「マスター、それは誤解です。私は単にマスターが助けに入らなければ、アキナ様がどのようなお怪我をなされていたのかを、懇切丁寧に説明して差し上げただけです。
それに、そもそもの原因はアキナ様にありましたので、その辺も踏まえた上で面白おかしく罪悪感を煽り、しいては良心を突いて彼女が意気消沈していく様を繁々と観察して楽しんでいたのですが・・・・
あれはやっていて、癖になりそうでした」
「あなたは鬼ですか!それと、模擬戦中もワザとアキを煽って誘導していましたよね?」
「はい、それはもちろん!絶対そちらの方が面白くなりそうだったので!!
と言いますか、実際とても愉快なことになりましたし」
「・・・・はぁ。取り敢えず、あなたは後でお仕置き決定です」
「ふふっ、それは頑張った甲斐がありましたね」
「何で怒られいるのに喜ぶんですか、この娘は。しかし、そうなりますとアキが起きてくるのはだいぶ先になりそうですね」
「アキナ様が眠られたのもほんの少し前だと思いますので、お疲れのご様子から鑑みても、自然に起きるとなるとお時間が掛かりそうですね」
「それでは、今日はこのまま休みにしてしまいましょう。丁度良いので、この機会に俺も溜まった書類仕事片してしまうことにします」
「マスター、それは休暇と言ってよろしいのでしょうか?」
「まぁ建前は置いておいて、本音はアキをしっかり休ませるが目的ですからね。そんなわけで、俺は自室に籠もって作業を始めますので、アキが起きてきたらそう伝えてあげてください」
「マスターはお優しいですね。畏まりました、ではそのように」
「それとアルンもこれが終わったら、夕方まで自由にしていてくれて構いませんよ。ただし、夜にはまた魔導具の解析に向かってもらうので、その時にスラキチさんのレベル上げも一緒にお願いします」
「了解です、マスター」
その他、アルンから細かい報告をいくつか受けてから自分の部屋へと引き返したナタクは、宣言通りに大量の紙束や資料を机の前に並べると、軽く頚を鳴らした後に黙々と書類仕事に没頭していった。
ちなみに、これらの書類は次に領主のアレックスへと面会した際に手渡す予定の契約書や報告書などになっており、たった数時間足らずで何も書かれていなかった紙束を次々と立派な書類の山へと変貌させていく様は、もしこの光景を領主が目撃していたのであれば、間違いなく必死になって彼を止めていたであろう。
時間を忘れて仕事に没頭してから暫く経った頃、丁度キリの良いタイミングで扉をノックする音が聞こえたので、アルンが差し入れでも持ってきたのかと思い、気分転換にと扉の前まで赴き来訪者を迎え入れると、そこには申し訳無さそうな表情を浮かべたアキナがオロオロとした様子で佇んでいた。
「あっあの、先生!先ほどは本当に申し訳ありませんでした!!」
開口一番に、思いっきり頭を下げて謝れてしまった。
たぶんアキナは模擬戦のことについて謝罪しているのだと思うのだが、あれは不可抗力だったとはいえ彼自身にも彼女に殴られるだけのことをしたという自覚が過分にあったため、ある意味被害者でもある彼女にだけ一方的に謝られるは筋が通らないという自分の考え伝えた上で、一旦リビングへと一緒に移動することになった。
「おや、お二人が揃って此方に来られたということは、仲直りは上手くいったということでしょうか?」
アキナを連れてリビングへ入って行くと、そこにはアルンが先ほどと変わらぬ席で作業をしており、こちらに向かってニヤニヤとした笑顔を浮かべていた。
「あのままだと廊下で謝罪合戦となりそうだったので、その前に此方へ移動してアルンも交えて話し合おうということになりまして」
「なるほど、要約すると私に仲裁者を求めたいというわけですね。分かりました、その任しかと受けましょう!」
「いえいえ。今回はあなたにもアキをワザと煽っていたことについて、ちゃんと謝らせようかと思いまして」
「あっ、あれぇ?」
「アルンちゃん、それはいったいどういうことでしょうか?今の話を、できれば詳し~く聞かせてもらってもいいですか?」
「・・・・てへぇ♪」
アキナから感じるプレッシャーが半端でないため、このままアルンへのお仕置きは任せてしまって問題ないであろう。他にもナタクが気を失っていた間に、散々不安を煽ってアキナを追い込んでいたようだし。
その後、三人で再度詳しく話し合をおこなった結果、まずナタクについては既にアキナからの制裁をその場で受けているため、これ以上のお咎めは無しということになった。またアキナも同様に、女性として十分過ぎるほどの辱めを受けているので、今後より一層身支度に気を配ることを約束した上で、最後にもう一度お互いに謝りあって、二人の方は話を丸く纏めることができた。
そして問題なのがアルンについての処遇だが、彼女の場合、過失に伴う罰則として肉体的、または精神的に追い込んだりしたところで逆に喜ばせてしまうのが目に見えていたため、ならばいっそうのこと、今後アキナが作る新しい洋服の専属モデルとしてサポートさせることで無理やり納得することにしたのだが、それを聞いて今度は『私に破廉恥な格好をさせて、衆目の前で辱めるってことですね!』などとやけに嬉しそうに興奮し始めたため、逆にアキナの方が恥ずかしがって『そんな卑猥な服は作りません!』と叱り付けるというよく分からない展開になりつつも、何とかここちらも平和的に話し合いを収めることに成功した。
一段落したことで場が一気に和んできたので、そのまま夕飯の時間まで談笑しながら過ごすことになったのだが、先ほどアルンから受けた報告の中にアキナへ伝えておくべき案件が存在したのを思い出し、ついでにその話も一緒にしてしまうことにした。
「そういえば今日の模擬戦の結果についてですが、過程はどうあれアキが課題を見事クリアしましたので、お約束していた『秘伝スキル』を渡せるように後で準備をしておきますね。今から楽しみにしていてください」
「いやいや。流石にあのパンチでご褒美スキルを貰うなんて、いくらなんでも気が引けるのですが!」
「そちらではなく、アキナ様が課題をクリアなさったのは、マスターとの接触事故を起こされた瞬間です。あの時、アキナ様の膝がマスターの頬を打ったことにより、課題の条件がクリアされていました」
「例えあのアクシデントが無かったとしても、最後の『蹴り技』は回避が難しかったでしょうしね。それにこの模擬戦を通して覚えてほしかった『行動キャンセルを使用した攻撃パターンの獲得』の方も無事成し遂げていましたので、ご褒美の前倒しというわけです」
「あの模擬戦にそんな裏があったんですか・・・・それなら先に教えてくれれば良かったのに」
「こればっかりは自分で気が付かないと、身に付きませんからね。
それに明日からはもう一段階上の課題を用意しておきますので、今日はゆっくり休んで体調を整えておいてください。ダンジョンも更に奥へと進む予定ですから、寝不足は厳禁ですよ」
「えっ!模擬戦って、課題をクリアしたら終わりじゃなかったんですか!?」
「まだ俺に一発当てられるようになっただけですからね。これからもできる限り毎日模擬戦は続けていきますので、アキもそのつもりでいてください。それと攻撃面はこのまま伸ばしていくとして、まだ最低限の回避訓練しかおこなえていませんので、次回からはその辺を重点的に鍛えていくつもりです」
「あれで最低限って・・・・。私、今でもわりと必死なんですが?」
「攻撃パターンを考えるのに比べれば、回避行動は一度身体に染み付いてしまえば自然と動けるようになりますからね。今後は、攻撃スキル無しの状態であれば最低7割以上は避けきれるようになるのを目標に頑張りましょう」
「私もアキナ様の戦闘訓練にできうる限り協力させていただきますので、ご要望の際はご遠慮なくお申し付けくださいね」
「あ、あははは・・・・」
アルンがまた悪い顔をしているので、何かよからぬことを企てていそうであるが、レベルが上の相手と一緒に訓練すればそれだけ回避スキルの熟練度上げが捗るのも間違いではないので、ここは暫く様子見でも構わないであろう。
今回、思わぬ形で休暇を取ることにはなったが、思い返せばここに来てから一度も休みらしい休みを入れてはいなかったため、結果としては悪くない判断だった。興味のあることに全力で取り組む姿勢はナタクの持つ美徳の一つかもしれないが、功を焦って取り返しの付かない失敗をする前に適度なガス抜きができたことを天に感謝しつつ、こうしてつかの間の平穏な夜は静かに過ぎていった。
あんな格好やこんな姿に!(*´Д`*)
そんなの作りませんって!ε-(‐ω‐;)
(わくわく)(*´∀`*)




