第30話
忌々しき怨敵を滅ぼさんとするかの如く、地面を踏み抜く轟音で殺意の高さを現しながら、その足音は着実に前を走るナタクとの距離を縮めていた。そんな中でもお構い無しに、ナタクは途中何度か振り向きざまに弓を撃ちながら、アキナの待ち構える安全エリアを目指してひたすらに駆けていた。
無論、本来であればこんなリスクの高い行動は控えるべきだが、未だ『キュプロクス』のヘイトが色濃く残っていたため、ナタクもギリギリまで『クレイゴーレム』の敵対心を稼ぎながら先導を続ける必要があったのだ。
「お待たせしました。少し詰められましたが、後はよろしくお願いします!」
「りょうかいです!それでは一旦身動きを完全に封じてから、順番にデバフを貼っていきますよ!!」
ナタクが安全エリアに到着すると、まもなくして後ろを付いて来ていた『クレイゴーレム』が頭と胴体に矢を数本突き刺した状態で安全エリアへと侵入してきた。アキナはその姿を目視で確認すると、予め用意していた巻物を素早く展開させると同時に、今度は利き手に持っていた投擲物へある付与忍術を纏わせながら、それをゴーレムの足元に向かって勢いよく投げつけた。
「まずは定番、移動阻害忍術:忍法『影縛り』の術!
しかも今回は術威力強化バージョンですので、確実に数分は拘束させてもらいますよ!!」
今現在、アキナの周りには展開中の巻物が帯状に広がりながら、まるで見えない球体を描くかのように高速で辺りを駆け巡っていた。また、その周囲にも淡い光を発しながら面妖な記号や魔方陣までもがいくつか浮かび上がっているため、彼女の側だけ幻想的な光景が繰り広げられている。
このアキナが使用している巻物についてだが、用途が忍術に限らず魔法や技などにもその高い効果を付与できることもあり、ゲームの頃から幅広い層のプレイヤー達に人気が高かった、売り切れ必至のブーストアイテムであった。
ちなみに何故この巻物がそこまで人気だったのかというと、付与できる効果がブーストアイテムの中でも飛び抜けて優秀であったことは言うまでも無く。また効果時間も長いことから、ここぞという時に非常に頼もしい性能を発揮してくれる存在として、とても重宝されていた。
ただしデメリットも存在しており、性能が優秀な分それに見合うだけの値段も張るため常用にはあまり向いてはおらず。しかも少しグレードを下げれば、似た効果を持った使い捨の呪府というアイテムもあったため、コストパフォーマンスを考えれば呪府の方に大きく軍配が上がっていたが、それに目を瞑ってでもこちらを使ってみたくなる高い魅力が、このアイテムにはもう一つ存在していた。
それこそがこの巻物固有のド派手なエフェクト効果であり、大々的に中継される大会などでは大技やラッシュの前兆として使われることが度々あることから、この巻物が展開されるだけで観戦者達が一気に盛り上がるため、何時しか大会前になると派手好きなプレイヤー達が大枚はたいてこのアイテムを買い求め、よく品切れになるアイテムとして有名であった。
「さぁて!思い切って奮発しましたので、ここからはアキナさん秘蔵の忍法帳を篤ご覧あれ!!
まずは、移動阻害忍術:忍法『絡み草』の術!
続いて、加重系忍術:忍法『背負い地蔵』の術!
まだまだいきますよ!弱体忍術:忍法『こむら返り』の術!
同じく、弱体忍術:忍法『酩酊千鳥足』の術!
ふっふふ、調子が出てきました!次は攻撃力低下系、いってみましょうか!!」
とても生き生きとした仕草で、『クレイゴーレム』に対しハイスピードでデバフ忍術を重ねていくアキナであったが、実はこの中でプレイヤーが自然と憶えることができる術は思った以上に少なく。実際『影縫い』と『絡み草』以外は、全てプレイヤーメイドのモノであった。
では、何故アキナがこれほどまでにたくさんの忍術を現状使えるのかと言うと、元プレイヤーがアバターの身体でこの世界に転生する際に、女神から与えられたある条件がとても大きく関係していた。
「とりあえず、今掛けられるデバフは全てかけ終りましたので、後はクールタイムごとに掛け直すだけですね。しかし、先生が技・術の継承に気がついてくれてホント助かりましたよ。今の段階でこれだけ使える忍術が揃っていると、やっぱ動きやすさが違いますからね!」
「気がついたのは、本当にたまたまだったんですけどね。錬成時に此方の世界では初めて作ったアイテムが、何故か<新レシピ解放>の文字が表示されないことがあったので、それでは『あちらで使っていたプレイヤーメイドの技・術なんかどうだろう?』と興味本位で試してみたら、見事成功しまして」
「私はお財布の関係で、向こうでは下級職と中級職で憶えられるモノを中心に色々買い揃えるようにしていたので、もしかしたら今が一番恩恵があるかもしれません」
「そういえば、途中聞き慣れない術も使っていましたね」
「えっと、たぶん『こむら返り』ことですかね?あれは私の友達が創った、プレイヤーメイドの術なんですよ。もちろん、実際に足がつったりするわけではないんですが、二足歩行系の相手であれば脚部に麻痺効果を付与することで一定時間移動を妨害することができるため、使い勝手の良さから愛用させてもらっていました。
ただ、創った本人は冗談でつけた名前が変更不可になってたことに凄いショックを受けていましてね。しかたなく売り出すことは諦めて、友達限定で公開してくれていたんですよ」
「あぁ、それはお気の毒ですね。なにせ最初の作成者の名前は説明欄にずっと残るので、使い勝手がいいとその人の代名詞になってしまいますから・・・・」
「っとと、話してる間に巻物の効果が切れたみたいです。ということは、ほぼ同時に唱えた『影縫い』の効果が切れてしまうはずなので、私は一旦ヘイトリセットを入れておきますね」
「忍者って、それができるから便利ですよね」
「ではでは、ヘイトリセット:忍法『雲隠れ』の術!」
アキナが忍術を唱え終わると、何処からとも無く濃い霧のようなモノが発生し始め、彼女の全身を覆い隠した途端に、今度はまるで転移したかのように霧と共にその姿までもが消えてしまった。ただ気配は感じるので、どうやら姿が見えないだけで変わらず近くにはいるようである。
そんなアキナの指摘通りに、程なくして『クレイゴーレム』に掛かっていた呪縛が漸く解けた様子なのだが、その足取りはまさに牛歩のようで、デバフの影響で移動速度がかなり削がれたこともあり、元々鈍足だったことに輪を掛けて酷い状態になっていた。
「最初から分かっていましたが、術が揃っているジャマーほど厄介な相手もいませんね」
ゴーレム種は基本的にデバフに対する耐性獲得機能が存在しないため、後は『クレイゴーレム』の自己回復以上のダメージを与えぬように注意をしながら、安全エリアの壁沿いを時計回りにただただ周回するだけとなる。
そんなわけでナタクは暫くして術を解いたアキナと共に、打ち合わせ通りそのままゴーレムへ黙々と遠距離攻撃を加えていたのだが、大体2時間ぐらいが経過した頃に、ふとアキナからこんな質問が投げかけられた。
「う~ん。なんか、先生の射撃って他の方と少し違くありませんか?」
「そうですか?」
「でもホームは綺麗ですし、射撃も当たっているのでやっぱり気のせい・・・・なのかなぁ?」
「一応ばれない様にしていたつもりですが・・・・よく気がつきましたね」
「あっ、やっぱり何かしていたんですか!?」
「とはいっても、剣術同様『マニュアル』モードでアシストを切って射撃をしていただけですけどね」
「そんなことして、よくあんなに当てられますね」
「一応ちゃんとメリットもあって、アシストありで射撃をするより弓の熟練度が上がりやすいのと、咄嗟に構えた場合に狙いを勝手にずらされる心配がないのが、このモードを選んでる大きな理由ですね。
ただ、アシスト無しだと遠距離射撃と偏差射撃が俺の腕ではほぼ不可能になりますので、狙って撃てるのも、せいぜい数メートルが限界です」
「それで、射撃が苦手だって言っていたんですか。でも、普通はエイムアシストがあった方が断然狙いやすいと思うのですが?
それに職業の武器適性って、そのアシストの恩恵を受けれるかってのも関係してますよね?」
「確かに弓だけ考えれば『セミアシスト』も悪くないのですが、剣術メインで戦う環境を一番に考えると、弓を本気で扱うのは難しいですからね。なので、早々に諦めました。
ちなみに、今も領主様に売り込む新作アイテムの性能チェックをしている意味合いの方が大きいですね」
「アシスト無しでそんなにお上手なら、弓使いでも十分大成しそうですけど・・・・」
「まぁ貴族の方々と取引していると、たまに獣狩りに誘われることもありますので、弓の熟練度だけは上げておいて損はありませんからね。その関係で、以前に結構練習していたんですよ」
「私、そんなお誘い受けたこと無いんですが?」
「向こうだと、貴族と取引のある男性限定のイベントでしたからね。女性限定のお茶会イベントの代わりみたいなモノですよ」
「先生達って、そんな雅なイベントもこなしていたんですか・・・・」
「この話は語りだすと長くなるので、今は置いとくとして。・・・・そろそろターゲットを新しいゴーレムに交換した方が良いかもしれませんね」
「私もあえて気にしないようにしていましたが、流石にこれはあんまりですよね」
何故タナク達がこんなに悠長に会話をすることができるのか?
その答えは偏に2時間以上もただひたすら二人の攻撃に晒され続けていた『クレイゴーレム』の悲惨な惨状に起因するものであった。
「まさか、刺さった矢がそのまま残るとは・・・・」
「なんか色々刺さりすぎて、もはや違う種類のゴーレムみたくなってますもん」
「午後にも同じことをする予定なんですけど、この姿を見てしまうと罪悪感が・・・・」
「確かに・・・・」
そんな会話を二人でしていると、丁度午前最後の周回を終えたアルン達が戻ってきたため、詳しい事情を説明してから、彼女にお世話になったゴーレムの供養をお願いした。ダンジョン産の魔物であるため、逃げる素振りは一切見せず。あんなハリネズミのような状態になりながらも一矢報いようとこちらへ向かってくるその執念には素直に恐れ入るが、ただ、その思いは届くことなく。アルンによって直ぐに小さな魔石に変えられてしまい、どこか居たたまれないものを感じさせられた。
『殲滅完了!それにしても、お昼が迫っていたので急いで此方へ戻ってきたら、マスター達が全然知らない魔物に襲われているように見えて、本当に焦りしましたよ』
「最初この部屋に入ってきた時は、数発矢が刺さっていた程度だったんですけどね。時間が経つにつれ、私達の攻撃を受けてドンドンあんな姿になってしまって・・・・」
「午後はもう少し早く、次のゴーレムと交換しましょう」
「激しく賛成です」
ちなみに別行動をしていたアルン達だが、こちらもかなり順調に周回ができていたらしく。狙い通りに、離れた場所で活動していたナタク達にもちゃんとソールが均等に流れていたので、どうやらゲームの頃と同様に、ダンジョン内で同じPTへ入っていれば多少離れていようともソールは自動分配される仕組みはそのままのようであった。
欲しかったデータも順調に揃いつつありますし、このままいくと思っていた以上に早く目的地の第三階層へ辿り着けるかもしれませんね。しかし、この罪悪感をどうにかしないとですね・・・・
ぐっぐおぉ~~ん((((; ̄□ ̄))
((うわぁ・・・))(´・ω・`;)
アキナ忍法帳:補足説明
※詳しい設定などは物語に魔導師キャラが追加された際に改めて説明しますので、『こういった設定があるんだなぁ』くらいに読んでいただけたら幸いです。
【忍法『影縫い』の術】
種類:隠遁
術印:巳・兎・子
習得:“下忍”『オリジナル』
効果:相手の影に術を宿した投擲物を突き刺すことで、一定時間拘束する。相手のレベルや耐性によって縛れる時間が変化する。
【忍法『こむら返り』の術】
種類:雷遁
術印:虎・牛・辰
習得:“下忍”『プレイヤーメイド』
効果:相手の脚部に一定時間麻痺を付与する。
【忍法『絡み草』の術】
種類:土遁
術印:辰・巳・馬・羊
習得:“忍者”『オリジナル』
効果:背丈の長い草がターゲットの脚に絡まるエフェクトが発生した後、相手の移動速度を15~25%の割合で低下させる。相手のレベルや耐性によって効果は変化する。
【忍法『背負い地蔵』の術】
種類: 土遁
術印:亥・羊・猿・巳
習得:“忍者”『プレイヤーメイド』
効果:相手の背中に大きなお地蔵様が寄りかかるエフェクトが発生した後、相手の移動速度を10~20%の割合で低下させる。相手のレベルや耐性によって効果は変化する。
【忍法『酩酊千鳥足』の術】
種類:水遁
術印:辰・猿・亥・子
習得:“忍者”『プレイヤーメイド』
効果:相手に一定時間、正常歩行困難となる状態異常を付与する。
【忍法『雲隠れ』の術】
種類:水遁
術印:辰・羊・牛・巳
習得:“忍者”『オリジナル』
効果:敵対者のヘイトをリセットする事ができる。雲の様に姿を消すことができるが、実際は相手の認識を誤魔化しているだけのため、本当に消えているわけではない。この術に対する対抗策も存在する。
※術印については、簡略印(片手で可能)と正式印(両手を使用)の2種類が存在し、またそれぞれ術の種類や難易度によって要求される印も異なるのですが、詳しい説明については今回省かせていただきます。
※尚、職業“見習い”時にアキナが『影縫い』を使用できた件ですが、“見習い”の職業特性に下級職の技・術であれば試し打ちができるいうモノがあるためです。ただし『プレイヤーメイド』の術などは、一旦その職業に就かないと習得できないため使えません。




