第23話
※作中、地図を確認しているシーンで第一層を守護する『ゲートキーパー』の位置を、第二層を守護すると誤って記載していた部分を修正しました。ミスリードに繋がる誤字をしてしまい、申しわけありませんでした。現在、該当部分は削除し、修正させていただいております。(2019/7/25)
初夏の朗らかな日差しと共に、湖畔を伝って流れる涼風が窓際の大きな若草色のカーテンを優しく揺らし、食後の余韻に浸りながらアルンによって淹れ直された温かな紅茶を楽しみつつ、ナタク達は暫しの休息を過ごしていた。
とは言っても、完全にリラックスしているナタクとは対照的に、アキナの方はダンジョンへの挑戦が余程楽しみで仕方が無いのか、お茶を飲むために移動してきたリビングのソファーをどこか落ち着かない様子で腰掛けていたので、アルンが残りの家事を終えるまでの間に、先ほど話しそびれたアバターについての雑談をしながらゆっくりと待つことにした。
それにこの件に関してはアルンにはあまり関係がないので、タイミングとしても悪くはないであろう。
「アルンの片付けがもう暫く掛かりそうなので、その間にアバターの隠し機能についてでも話しておくとしましょうか。先ほど、伝えそびれていましたしね」
「ほぇ、それってこの前とはまた別の話になるんですか?」
「前回に比べたら、ちょっとした豆知識みたいなモノですよ」
「なんか面白そう、是非お願いします!」
「それでは、さっそく始めましょうか。
まず、これは転生以前からの話になるのですが、このアバターの身体にはプレイヤーの精神崩壊を防ぐためにゲーム概要には載っていないある安全装置が備わっていたんですが、アキはその事実をご存知でしたか?」
「あっ、それはなんかのテレビ番組で見た気がしますね。確か『遊んでいる最中にプレイヤーに過度なストレスが加わってパニックを起こさせないために、自動で精神の鎮静化を図ってくれるセーフティープログラムが・・・・』ってヤツですよね?」
「おぉ、正解です・・・・」
「なんでそんなにガッカリしてるのかは、あえて聞かないであげますね。せ・ん・せ・い♪」
「あはは・・・・失礼しました。この話を取り上げてた番組って、結構色んな職種の専門的な内容を取り上げるヤツでしたので、まさかアキも見ていたとは思っていなくて」
「そりゃ私も専門職の職人ですので、わりとああいう系の番組は好きなんですよ。それにうちの業界裏なんかも、たまにですが映りますしね」
「なるほど、確かにそうでしたね。ちなみにもう少しだけ補足しますと、これはVR機材を使った全てのコンテンツを対象に『ユーザーが安全にVRの世界を楽しんでもらえるための“ハード側”の機能』だったらしいですよ。たぶん、この辺は医療器具としての名残なんでしょうね」
「そういえば、元は医療目的で開発された機材でしたもんね」
「それで、ここからがこの話の本題なのですが、どうやらその安全装置、実は今もこのアバターの身体へと引き継がれているみたいなんですよ」
「へっ?」
「俺も気が付いたのはつい最近なのですけどね。切っ掛けになったのはグスタフさんが亡くなったあの事件なんですが、アキは今でもその時のことを憶えていますか?」
「そりゃあんな事件が目の前で起これば、忘れたくても忘れられませんって」
「やっぱり、そうなりますよね。俺も最悪のトリガーを引かされた事件でしたので今でも鮮明に思い出せるのですが。あの当時を振り返ってみると、不思議なことに俺の精神は常に正常な状態を維持し続けていたんですよね。本来あんな奇怪な事件を目の当たりにしたら、狼狽したり取り乱してもおかしくなかったはずなのに」
「それは単に、先生の精神基盤が神鉄製で出来ているからじゃ・・・・」
(・・・・アキも中々いいパンチをぶっ込んでくるようになりましたね。
って、キョトンと首を傾げているっていうことは、今のってわりと本気で言ってませんか!?)
「・・・・っこの際、俺の精神の材質については置いておくとして。“一応”俺も平和な日本出身者ですので、今まで人が病気以外で死ぬ光景なんて見たこともありませんし、もしかしたら心のどこかでこの世界をまだゲームの中だと過信していたのではないかと考えてみたのですが、その時、ふと一緒にいたアキとアメリアさんの様子の違いに、ある違和感を覚えたんですよ」
「私とアメリアさんの違い・・・・ですか」
「あの事件が起こった当日、アキも相当なショックを受けていた様子でしたのに、現場を離れて暫く経つと、いつの間にか普段と変わらない精神状態まで回復したのを憶えていませんか?」
「・・・・あれっ!?言われてみれば、あの日はアテナちゃんに出会った頃にはもう普段通りに戻ってた気がします」
「逆にアメリアさんの場合、その日の晩は食事も喉を通らないほどのショックを受けて軽く寝込んでいたと言っていましたので、今になって考えてみると、彼女の方がより正常な反応をしていたんじゃないかと思えたんですよ」
「それで、安全装置が引き継がれているのではないかと気が付いたんですか」
「元々ゲーム本体に付随していたモノではなかったので、この機能までもが用意されてるとは思ってもいませんでしたからね。嬉しい誤算と言うヤツです。
でもまぁアキの様子を見る限り、だいぶ個人差はあるみたいですけどね」
「先生、それは何を指して仰っているんでしょうか?」
「いやぁ、あははは・・・・」
「じぃ・・・・」
(あの、アキナさん。視線がとっても痛いので、そろそろ止めていただけると助かるのですが・・・・
っと、渡りに船とはこのことですね。丁度いいところに、アルンが来てくれました!!)
「あらあら、私のいない間に痴話喧嘩ですか?」
「アルンちゃん聞いてください、また先生にからかわれました!」
「それはとても楽しそうですね、私も一緒に参加してもよろしいですか?」
「はぅ!?」
「アルンは、もう出かける準備は整いましたか?」
「予定していた家事は先ほど全て完了しましたので、これでいつでも外出可能となりました」
「それでは残りのブリーフィングを終わらせて、さっそく出かけると致しますか。
・・・・ってアキ、大丈夫ですか?」
「何故だか急にミーシャさんが恋しくなりました」
「あぁ・・・・」
「??」
今のやり取りで、ナタクの脳裏にアルンがミーシャを弄り倒す未来が鮮明に浮かんできのたが、流石にこの二人の邂逅にはもう暫く時間が掛かるはずなので、今はこれ以上話が脱線する前に事前に用意してあった覚書の地図を広げて、ナタクの記憶にあるダンジョンの構造とアルンが把握している当時の配置とのスリ合わせを始めることにした。
これは、此方の世界と以前自分が踏破したダンジョンの構造が必ずしも同じ物ではない可能性を考慮しての安全策でもあった。決して、アキナの気をそらすだけでのモノでは・・・・ないはずだ。
「・・・・ここと、それからこちらが特に変化の激しいエリアになりますね。ただ、他の場所はマスターが用意してくれたこの地図を見る限り、基本構造は私の記録に残ってある当時のままの姿のようです。
それと“ケニーちゃん”が守っているらしいこの第四層というエリアは、私の記録に存在しないので、完全にダンジョン生成以降に出来た場所のようです」
「ということは、ボス部屋として新たに造られたエリアなんですかね?」
「たぶん、そうでしょうね。実際、あそこに実験機材などは見当たりませんでしたし。では、今日のところは入り口からこのように進むとして、安全エリアを中心にして第一層をぐるっと回ってみるとしましょうか。
アルンには前衛をお願いしてソールと魔石集めを頑張ってもらい、俺とアキはフィジカルが上がるまではタゲを取らないように各種スキル上げをって感じですかね。最初の二日間は、まずは戦力アップに注力しましょう」
「う~ん。でも、そうなりますと私達の装備はどうしましょうか?一応私が担当していた箇所の装備は既にほぼ縫い上がってはいるのですが、肝心のフィジカルレベルが足らなくて殆ど装備ができないんですよね」
「今後のことを考えて、装備レベルを高めに設定していたのが裏目に出ましたね。俺の担当箇所も似た様な感じです。一応無理やり装備もできなくはないですが、今だとペナルティーの影響が強過ぎて、逆に必要なステータスが下がってしまうので、今回は大虎戦で貯めた貯金分で扱える武器やアクセサリーだけを使って戦いに挑むとしましょう。
それにこうなることを見越して、鍛冶のレベル上げついでにこっそりこちらも用意しておいた物もありますからね、っと」
そう言いながらナタクはアキナの横に大きな箱を並べ始めると、彼女が呆れて何かを言い始める前に、手早く箱の中身を説明し始めた。
「最初に出したこちらの箱には、今のレベルでも装備可能な忍者刀が収まっているので、使い潰すつもりで使ってください。それと後に出したこちらの箱達には、それぞれ忍術で使うであろう苦無や手裏剣、千本といった投擲物が大量に詰まっていますので、一日一箱を目標に頑張って使ってみてください。足りなくなったらまだいっぱいありますので。
あっ、あと術威力アップの特製呪符や、術の成功率を高める巻物なんかも用意してありますよ」
「あの、先生?」
「本当は刀も数百本単位で打ちたかったんですけどね。流石に工程が多過ぎてそんな時間もありませんでしたので、今回はこの箱の数だけでご勘弁を。代わりに、鋳造でお手軽に錬成できる投擲物は腐るほど作っておきましたので、まず足りなくなることはないはずですよ」
「何時もながら、本当に用意がいいですよね。もう、戦う前から肩が痛くなりそうです」
「あぁ、それとですね。此方のアクセサリーは以前月影さんの話にも出てきた、武器の変更専用の“携帯型ドレッサー”の劣化モデルを用意しておきましたので、それに忍者刀の予備や投擲物なんかをセットして使ってみてください」
「おっと、今度は頭まで痛くなってきましたよ。先生のことだから、またとんでもなく高価な代物ですよね!今回こそは、断固遠慮させてもらいますから!!
あの、・・・・先生はなぜ笑顔で近付いてくるんですか。
って、アルンちゃん羽交い絞めは卑怯ですよ!?
お願いです、離してください!!いやぁっ、また手首に金貨数千枚が!?」
「こっちは当時も非売品でしたので、衣装版よりもっと高価になりそうですけどね。
よし、これで認証完了っと!」
「なっ、登録が自動認証に変更されてる!?
先生、此方の商品の解約はできませんか!
クーリングオフは!!」
「一度登録してしまうと、アキ専用の魔導具になってしまうのは前の“携帯型ドレッサー”と同じですね」
「あぁ、またしても私に分不相応な高級品が・・・・」
「デザインを左右で合わせてみましたが、予想以上に似合っていますね。今回は劣化版の代替品ですが、後で足りない材料がまた揃いましたら両方とも上位モデルに交換するので、今から楽しみにしていてください」
「うぅ・・・・世界一高価な手錠を嵌められた気分です」
アキナのことだから『どうせ最初は断るだろうなぁ』と簡単に予想が出来たため、今回はアルンに目線を送り有無を言わさず認証設定を済ませてしまったのだが、アキナが腕輪を見つめながら独り言を始めたので、暫くそっとしておくことにした。先ほど話した鎮静化もあることだし、直に普段通りに戻るであろう。
「なんかロマンの欠片も感じられないプレゼントの渡し方でしたね、マスター。
・・・・ところで、アキナ様は何をそんなに困っておられるのでしょうか?」
「たぶんアレは『高価な腕輪が、もし盗まれでもしたらどうしよう!』とか心配しているだけなので、特に気にしなくても大丈夫ですよ。それに仮に盗まれたとしましても、他人では装飾品以上の価値もありませんし。はい、此方がアルンの分になります」
「ありがとうございます、大切に使わせていただきますね。
・・・・ちなみになんですが、装飾品としてはいか程になるのでしょうか?」
「それは能力抜きって話ですよね?う~む、加工費はともかく素材と宝石は街で買えないほど珍しい物は使っていないので・・・・いっても精々金貨80~100枚ってところじゃないですかね。それに、今の俺なら職人レベルも上がっているので、まず失敗しないで作れますし」
「畏まりました。それでは、その旨をアキナ様にお伝えがてら、からか・・・・慰めて参ります」
その後、未だ立ち直れないでいるアキナの下へ、アルンが先ほどの情報を耳打ちしたみたいだが、「それでも十分に高級品ですよ!!」というツッコミが彼女から返ってきたのは、言うまでもなかった。
うおぉぉぉ( ;゜Д゜)ノノ
慌ててますね(*´Д`*)
そうですね(´∀`*)




