第18話
素晴らしい!
アキナとの戦闘は、まさにその一言に尽きた。
始めに仕掛けてきた攻撃も然ることながら、続く激流のような連撃の数々は、これまでにどれだけ彼女が攻撃構成と真剣に向き合っていたかを物語るような、実に無駄のなく考え抜かれた代物であった。
それだけに残念でならなかったのが、あるアバターの固有能力が原因で、攻撃が非常に読み取りやすくなってしまっており、ナタク並の実力を持った者達が彼女と対峙した場合、まだまだ対処可能な域を脱していなかった。
では、その固有能力とはいったい何か?
その答えを導くために、ここで一つ簡単な例え話をしてみよう。
もし、プレイヤーが初めてゲームの世界を訪れた際に、チュートリアルで『青銅の剣でオオカミ型の魔物を退治しろ!』という初心者向けのクエストが発生したとする。
その際、元々平和であった世界からやってきた者がいくら立派な武器を持たされたとはいえ、いきなり大型犬並みの生物に対して勇敢に立ち向かえる者が、果たしてどれほどいるであろうか?
もちろん、中には幼少から武術と共に人生を歩んできたという歴戦の猛者もいるかもしれないが、そのような武人など限りなく0に近いであろう。
それに当たり前のことだが、相手も生き残るために必死で回避行動を取るであろうし、反撃だってしてくるのである。大抵の場合は尻込みするか、果敢に棒を振り回すような拙い攻撃を繰り出し、手痛く反撃にあうのが関の山であろう。
だが、そんなことではゲームとして成り立たない。
そこで施された処置こそが、その固有能力であった。
アバターの身体には、『兜割り』『袈裟切り』『横薙ぎ』『逆袈裟切り』『返し切り』を左右あわせた8ヵ所、これに『突き』を含めた合計9ヵ所の通常攻撃が“イメージするだけ”で身体に自然とアシストが加わり、そのどれもが“武術の達人”並みの斬撃として繰り出すことができるという特殊な能力が備わっていた。
この恩恵により、戦闘素人でも苦なく戦闘をこなすことが可能となり、また武術の達人の領域を自分視点で体験できると、ゲーム初期の頃は非常に評価も高かったのだが、便利なこの能力にもある大きな弱点が同時に内包されていた。
それがナタクの感じていた『攻撃の読みやすさ』であった。
確かにアシストを使うと素晴らしい斬撃を繰り出すことが可能となるのだが、そのどれもが所詮は『決められた攻撃方法』であり、斬撃の間合いや振りの速度、攻撃のモーションなどは自身で変えることができないため、ある程度ゲームの世界に慣れた頃になると、次第に用意された斬撃に適合しだした者達が現れ始めた。
皮肉にもプレイヤーのために用意されたアシスト機能が、プレイの自由度を奪ってしまった一つの結果であった。
だが、この苦情に対しての運営がおこなった対応はとても素早く。直ぐにアシストのモードを『フルアシスト』以外にも『セミアシスト』や『マニュアル』といった三段階に切り替えることが可能となるパッチが当てられ、現状に満足していなかった一部のプレイヤー達は挙って新しいモードへと腕まくりで挑戦しにいったが、新たに導入されたそれらは彼等が想像していたモノ以上に癖の強い代物であった。
まず、簡単そうなセミアシストですら発動が難しく、マニュアルに至っては格闘技経験者でもない限り扱えないと匙を投げる者が続出した。もちろん、これにはちゃんとした理由があり。そもそも、元になっている斬撃モデルが“一流の達人”に設定されていたため、セミアシストの時ですら基本となった達人の動きをある程度トレースできていないと、指定した斬撃と判定されずにアシストが発動しなかったのである。
そのため多くの者が新しいモードを持て余してしまい、最初からあったフルアシストへと戻っていってしまったが、世の中には変わり者という人種が一定数は存在するもので、新しい可能性を捨てきれずに挑戦を続け、遂にはそのじゃじゃ馬を乗りこなし始めた者達が現れた。
それこそが現在『上位プレイヤー』と呼ばれる強者達であり、ナタクはその中でも一際難関とされていた『マニュアル』モードを完璧に使いこなしてみせた、数少ない人物の一人であった。
ではここで、アキナの連撃を振り返ってみよう。
確かに、攻撃の組み立て自体はかなりの完成度を誇っており、左右から繰り出される攻撃の数々は達人のそれと言っても過言ではなかったのだが、
『失敗に終わった攻撃にも関わらず、対戦相手の前で最後まで振り切る』
『攻撃スキルが使用できないためフェイントを全く使わない』
『無理な体勢からでは攻撃の種類が非常に限定されやすい』
という『フルアシスト』ならではの弊害をモロに受けていたため、正直ナタクにとっては対処のしやすい相手でしか他ならなかった。
たぶん、アキナが戦闘面で困っていたのはこういうところかもしれないと、ナタクは攻撃を回避しながら考えていた。
だが、間違いなくアキナの戦い方は『決して質の悪いものではない』と、これは断言できた。実際、回避行動も的確にこなしていたし、攻撃の組み立ても『フルアシスト』の機能を限りなく限界まで活用しておこなっている為、自分のような戦闘に慣れた者でなければ、かなり苦戦を強いられる相手であることは明らかであったからだ。
そして戦っている内にアキナが何度か被弾するようになってきたのだが、これらの殆どは『フルアシスト』を使用していためにできてしまった隙を衝いただけなので、特に彼女の評価を下げることは繋がらなかったが、ナタクはここで一つ不可解な点に気が付くこととなる。
(これだけ動けているのに、アキが被弾に全く悔しがる素振りを見せていない?
それどころか、彼女の瞳には何やら強い意志すら宿っている・・・・)
そのようなことを朧げに考えながら、徐々に斬撃の鋭さを増してアキナと切り結んでいると、暫くしてその疑問の答えが現実となってナタクを襲った。
それは、丁度彼女がギリギリ躱せそうなタイミングでの突きを、彼女の『左胸部』目掛けて繰り出した際に突如として起こった。その時、確かに彼女は胸部へのクリンヒットだけは回避してみせたが、なんとその斬撃を自分の脇と左手の甲でしっかりと挟み込み、先ほど自分が狙っていた場所と同じ急所へ的確に突き返してくるではないか。
また、自身も突きの攻撃を選択していたために左手一本で刀を持っていたのが災いし、しっかりと固定された刃はそう簡単に解放してもらえそうもなく。こうして迷っている間にもアキナの剣先は確実に己に向かって迫ってきていた。
しかも、この攻撃だけは『決められた攻撃方法』ではなく、アシストを利用しないアキナ自らが選択した攻撃であることは直ぐに理解することができた。たぶん、何らかの発動しない攻撃スキルを真似て勝負を仕掛けてきたのであろう。
この時、ナタクはこの一連の攻撃を素直に『面白い』と感じていた。
しかし、長年染み付いた彼の戦闘センスがその攻撃をそのまま受けることを良しとしなかったようで、本来この模擬戦で自分だけは使う予定をしていなかった移動系スキルである“格闘家”の『バックステップ』を利用して、寸前のところで刀から手を離して後方へ大きく躱し、ほぼ条件反射に近い形で腰から小太刀を引き抜き抜くと、“剣士”が保有する『チャージ』という移動系の突進スキルを使用しながら、未だ突きの姿勢で固まったままの彼女目掛けて本気の打ち込みを繰り出した。
結果、彼女は目の前で起こったことが信じられないと言う表情を浮かべながら成すすべなく斬撃を腹部に受けてしまい、このままこの模擬戦はゲームセットとなってしまった。
「(まさか、最後に本気の一撃を引き出されるとは・・・・)ってアキ、大丈夫ですか!?」
「・・・・ふぇ、負けてしました」
へなへなぁっと、その場に座り込んでしまったアキナに慌てて駆け寄ると、どうやら最後の攻防で張り詰めていたものが完全に緩んでしまったらしく。それと同時に集中力までもが根こそぎ切れてしまったようで、暫くの間彼女に話しかけても少しぼぅ~っとしていた。
「しかし、アキは戦闘が苦手だと聞いていましたが、予想以上にちゃんと動けていてビックリしましたよ」
「うぅ、結構いい作戦だと思ったのですが、先生強過ぎですよ。私、これでも公式PVP大会の常連だったんですよ。・・・・最高でも本戦2回戦敗退でしたけど」
「あの、アキナさん。公式大会の予選を突破している時点で、戦闘が苦手とは言わないと思いますよ?」
「だって、上位常連の方達に誰一人として勝ったことがなかったんですよ。悔しいじゃないですか!」
「通りで動きが良いはずです。攻撃や回避の方法もよく練られていたし、所々知り合いの動きも見て取れましたので、余程熱心に研究されていたんですね」
「元々負けず嫌いな性格のもありますが、研究すればするほどリターンも大きかったので、頑張ってはいました・・・・
って、そんなことは置いておいて。いくらなんでも、あそこまで完璧に対処されたのは初めてだったのですが、先生って一体何者なんですか?
私、研究のために大会の上位ランカーの人達の動きを殆ど分析していたはずですけど、それでも先生の動きに該当する選手は今まで見た記憶がないのですが?!」
「うちは公にしてない情報がたくさんあったので、それを守るために正体を隠していた人が何人もいましたからね。
特に公式大会のような記録媒体の多いところでの本格戦闘となると、こちらもそれなりに手の内を晒さなくてはいけなかったので、そういった仕事は広報部の人達に任せていたんですよ」
「大規模クランって、そんなとこまで気を使わないといけなかったんか・・・・」
「何せお金が集まる分、敵も作りやすかったですからね。俺はそこで研究者兼、護衛担当官みたいなポジションに就いていました。まぁ、他にもいろいろ任されていましたけどね」
「・・・・なんだかそれは簡単に想像できます」
「まぁ、おかげで対人戦の鍛錬には事足りませんでした」
「どうせ、襲ってきた人を全員返り討ちですよね?」
「確かに、俺があそこのクランに所属してから戦争で負けた記憶がありませんね」
「・・・・」
(おっと、アキがジト目でこっちを睨んできました。少しからかい過ぎましたかね?)
「ところで、これは先生のような方達に一度聞いてみたかったことなんですが、私の攻撃構成ってそんなに読みやすいモノなんでしょうか?
正直に話しますと、ある一定以上の実力をお持ちの方と対戦した場合、先ほどみたいに何時も綺麗に対処されて負かされることが多かったのですが・・・・」
「アキの攻撃構成は、限りなくベストに近い形だと俺は思いますよ。ただ、無駄がなさ過ぎて逆に動きが読みやすくなっている感じはありますね。どちらかと言うと対人戦向けではなく、魔狩りに向いている戦い方といいますか・・・・」
「要は、詰め込み過ぎということでしょうか?」
「一概にそうとも言えないのですが・・・・。それでは、せっかくなので転生体として用意されたこのアバターについてから説明することにしましょうか。そこにアキの悩んでる答えもありますので」
「本当ですか!?先生、是非お願いします!!」
思った以上に立ち直りも早いですね。まぁ、それだけ思い悩んでいたんでしょうか・・・・
それでは、今からサクッとアキの悩みを解消して、一流の忍者マスターを目指してこの後もしっかりと努力してもらうと致しましょう!!
蝶の様に舞い (`・ω・´)))====○( ゜Д゜;)!?
蜂の様に刺す Σ( ̄□ ̄;) @((( ー`дー´)○====