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第12話

 

 先ほどまで二人の話し声しかしていなかったこの広い部屋に、今はナタクが制御盤を指で弾く『カタカタカタ』という小気味良い音だけが静かに響いていた。アキナも最初は彼の後ろから様子を窺っていたのだが、そこには半透明なパネルが現れては消えまた現れを繰り返すばかりで、辛うじて彼が何かを書き込んでいることは分かる程度で、流石にそれが何なのかまでは理解が追いついていなかった。



「なんか目まぐるしく画面が切り替わってますが、先生は一体何をしているんですか?」


「今しているのは、ここの機材のシステム点検のようなものですね。一応この部屋全ての機材に“状態保存”のエンチャントが施されているはずなのですが、万が一防衛システムが作動したらえらい目に遭うのは自分達ですからね。それの予防です」


「今さらっと、とんでもない単語が聞こえてきたのですが!?」


「ですので、そうならないための確認作業を現在急ピッチでおこなっています。それに今更自分達が苦労して解いたギミックを間違えたりするつもりもありませんしね。今からおこなう解除法も『六つのダンジョンで手に入るパスコードを、制限時間内に打ち込む』だけの簡単な仕掛けですので、コードもバッチリ記憶済みです」


「なんか先生にかかると、色んなダンジョンの攻略要素が完全に無駄になっちゃっていますよね。段々と、ここを用意した人達が可哀想になってきました」


「キーアイテムが必要な謎解き系ダンジョンではこうはいきませんが、代わりにここの情報を得るために、時間とストレスという形で代償を払わされましたからね。それに、ちゃんと他のダンジョンにもまだまだ利用価値があるので、そちらも楽しみにしていてください」


「あぁ、トレジャーハント(宝探し)ってことですか?」


「もちろんそれもありますが、個人的には隠し部屋などの研究資料や機材回収が主な目的ですね。かく言うこの部屋も、その“隠しエリア”の一つなんですよ」


「えっ?」


「先ほどは黙って解除しましたが、壁画に現れる扉のギミックには実は秘密があって、他の場所から手にはいる情報だけではダンジョン側に通じる道だけしか現れない仕掛けになっているんですよ。


 そして、此方への隠し部屋に進むには『隣のダンジョンをクリアして、また新たな古文書を!』ってな“チェーンクエスト”ならではの展開が用意されているのですが、情報さえ知っていればご覧の通りです」


「何かもう、色々台無しって感じですね」


「でも向こうで(ゲーム時代)最初にクリアした時なんかは、本当に大変でしたからね。なにせクエストを始めた当初は『古代ラスティア言語』なんて習得していませんし、お使いクエスト宜しく、手がかりを求めて世界中を飛び回るなんて両手の指の数じゃ足りませんでしたから。


 他にも、虚偽の情報でまったく関係ないのダンジョンを何箇所も潜らされたり、正規ルートですら悪質なトラップが潤沢に用意されていたりと、それらを掴まされていったいどれだけ無駄足を踏まされたことか。中でも酷かったのが、一度しか手に入らないクリア報酬の宝箱が二重底になっていて、偽の古文書が上に置いてあったなんてこともありましたからね。まぁ、去り際にレンジャーの子が気がついてくれて事なきを得ましたが」


「ここのクエストって、そこまで酷かったんですか・・・・」


「挙句の果てに、ここのパスコードの正解の組み合わせまでノーヒントでしたので、判明するまでに何度防衛システムのお世話になったことか。本当に、とことん疲れるクエストでしたよ・・・・


 なので、これはその時の意趣返しも兼ねています」


「良くそこまでされてクエストを諦めませんでしたね。私だったら間違いなく途中でドロップアウト(棄権)してますよ」


「もう、後半は意地になってやっていましたからね。それに、クリア報酬も途中で判明していたので、引くにも引けなかったといいますか・・・・」


「それはそれは・・・・」


「なんか、昔の愚痴ばかりですいません。それでは幸い装置にはどこも異常は見られなかったので、このまま本番の起動準備に取り掛かかります」


「先生、頑張ってください!!」



 気合を入れ直し再度ナタクが制御盤へと向き合うと、彼は軽く指のストレッチを済ませ、そこからはまるで一流のピアニストが演奏を始めたかのような、流れる手つきで制御盤を弾き始めた。



「えっ、えぇっ!?」


「これはパスワードではなくパスコードなんですよ。まぁどちらも鍵として使われる物には代わり無いのですが、こちらは古文書に書かれていた『聖句』といわれるその時代に信仰されていた宗教の経典の写しを、時刻によって指定された部分を抜粋して入力しないといけないという、かなり嫌がらせに近い解除法になります。


 もちろん、マスターキーがあればこんな面倒な方法は必要ないらしいですけどね。なんでも、ここに初めて来た新人研究員の実力を試すために用意された訓練コードを弄って、そのまま鍵としたみたいです」


「私はてっきりパソコンとかでお馴染みの8~16桁のパスワードを打って終わりかと思ってましたが・・・・


 って、先生も良く喋りながらこんなに打ち込めますね、それもあきらかに異なる言語で」


「それだったら、もっと楽にクリアできたんですけどね。入力の方は仕事柄、電話しながらモニターで別の仕事なんかをよくやっていたので、こういう作業に慣れているだけです」


「それにしたって、入力数が多すぎませんか?」


「一つのパスに指定箇所30~40文字を計6ヶ所、それらを制限時間の10分以内に打ち込まないといけないという制限はありますが、ここではキーを打ち込むだけでいいので、謎解きが無い分まだ楽な方です。


 ただまぁ、10分を過ぎると次の指定箇所にコードが切り替わるので、多少は面倒ってのはありますけどね。しかもご丁寧に時間の横にある指定記号までランダムで変わるので、先読みすることもできませんし。


 それに間違った聖句を打ち込んだり、入力を開始してから30分経ってもロックが解除されない場合は、強制的に防護システムが作動する安全設計となっています」


「なんか、それを聞いてるだけで全然解ける気がしないのですが。もしかして、その『聖句』とかいうのも丸暗記なされているのですか?」


「流石に経典全部ではありませんが、それぞれ古文書に書かれてある合計36ページは解除方法の組み合わせと一緒に正確に記憶してありますね。でも、学生の語学のテスト範囲とかも大体それくらいじゃないですか?」


「確かにそうかもしれませんが、普通そういうのってテストが終わると同時に直ぐに忘れちゃいません?」


「えっ?」


「あっ・・・・、今の反応で悟りました。そういえば先生は普通じゃなかった」


「今、もの凄く変な納得のされ方だった気がしたのですが?」


「いえいえ。といいますか、真実を知ると今度は私が悲しくなりそうなので、大丈夫です!それよりも、手が止まってますけど時間は平気なのですか?」


「まぁ、入力は全部終了したので、後は見直しをするだけなのですが・・・・特に問題無さそうなので、このまま起動しちゃいますね」


「(『まだ入力を始めて数分しか経ってないのに、喋りながらもう完璧に入力できたんですか!?』なんて、絶対ツッコミ入れてあげないもん!)っぐすん!」



 何故か急に不機嫌そうに頬を膨らませてるアキナを尻目に、再度ざっと文章の確認を終えたナタクが制御盤の操作を再開すると、先ほどまでは自分達の周りでしか音が鳴っていなかったこの部屋に、まるで息を吹き返したように部屋の端から順に機材が起動を開始され、更に先ほどまで床だと思っていた部分にも追加の装置らしきモノが急にせり上がり始めてきた。


 その中でも一際大きな変化が現れたのは、やはり制御盤の目の前に置かれた非常に目立つ巨大なオブジェであろう。


 周りの機材の起動が一通り完了して落ち着いたかと思った矢先、今度は高圧のガスが放出されたような『フシュゥゥゥッ』という甲高い音がいくつも鳴り響き、それに連動しているが如く、そのオブジェの外郭が一つまた一つと大きな音を立てながら周りの壁や床に格納されていった。


 そして、最後に照明が点灯してライトアップされると、そこには大量のチューブに繋がった巨大な水槽のような容器と、その中に今の自分達と同世代としか思えない一人の“少女”が、セパレートタイプのボディスーツのようなモノを着込んだ姿で液体の中で眠るように浮かんでいた。



「先生、この子はいったい・・・・」


「彼女こそが、このチェーンクエストのクリア報酬であり、滅んでしまった古代文明ラスティア王朝の錬金術師達が研究の果てに辿り着いた一つの終着点である、『ヒューマノイド型:ARN2958H00』通称『アルン』と呼ばれる、この世界初となる人造の知的生命体になります」


「・・・・知的生命体ですか?」


「要は、古代から錬金術師達が追い求めていた研究テーマの一つである『真なる人間(不老不死の存在)』の創造。その足がかりとして生み出されたのがこの“彼女達”というわけです。


 本当はもう一段階研究を発展させて、機械に頼らないで身体を保つことのできる『ホムンクルス』の研究も始めたかったみたいなんですけど、そちらは本格的に研究を始める前に魔族との大きな戦争で文明自体が滅んでしまったらしいです。


 それと、そこにいる彼女は同時期に作製されたヒューマノイド型のプロトタイプにして、最上位モデルの個体になるらしいですよ。これはゲームの頃に彼女本人から直接聞きました」


「あっ!だから先生がやたらとここの場所に詳しかったんですね」


「御察しの通り、全て彼女からの受け売りです」


「やっと色々な疑問が解けました。ということは、先日から先生にお願いされていた“メイド服”や既に屋敷で働くことが確定している人物って、全部彼女のことだったんですね」


「そういうことです。それに元々彼女は、契約者の護衛や身の回りの世話などをすることを目的に研究・開発されていたのですが、戦争の激化に伴い、無理やり戦場での運用を目指して改良した結果が今の自分達なんだと、とても不服そうに話していましたからね。


 ただ、そのおかげで作製コストがとんでもなく高くついたため結局実戦投入は見送られ、様々な重要施設の護衛任務に回されたんだそうです。それが、先ほどのパスコードを得るために攻略する必要があった、ダンジョン達というわけです」


「あぁ、それでクリア報酬が事前に解かったのですね!」


「毎回、当たりのダンジョンでは最終エリアに必ず彼女と同型のヒューマノイドがボスキャラとして登場していましたからね。


 まぁ、その辺の詳しい話は彼女を起こしてからにするとしますか」



 さて、それではゲーム時代のクランメンバーでもある彼女には、また一緒に馬鹿騒ぎをしてもらうために、1000年の眠りから覚めてもらうとしますか。彼女には『眠り姫』なんて大人しい称号は似合いませんからね。存分にこちらの世界でも暴れてもらいましょう!

ゴボゴボ・・・(*´﹃`*)スヤァ


「「おぉ」」(`・ω・´)

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