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第9話

 

 あれから赤面しつつ、どこかぎこちない動きをしているアキナと共に手を繋いで歩いていると、ある場所を境に先ほどまでの長閑(のどか)で落ち着いた雰囲気が一変し、晴天にも関わらず徐々に薄く霧が発生し始め、それは森の奥へと進むにつれてその濃度を増していった。



「・・・・なんだか、本当に霧が出てきましたね」


「別名『霧隠れの森』とか言われるところですからね。この場所はとある仕掛けの関係で、常にこのような霧が立ち込めているんですよ」


「仕掛け・・・・ということは、これは人工的に作られた現象なのですか?」


「う~ん、厳密に言えば『道具を使った守護結界』が適当(てきとう)かもしれませんね。こちらも一応ゲーム時代に調べる機会がありましたので、仲間達と霧の仕組みを解明しようと挑んだことがあったのですが、少なくとも『魔導具によって引き起こされている現象』だということと、『発動に幾つかの条件がある』のは分かりましたが、その時は全てを解析するには至りませんでした。


 どうやら数ヶ所に霧を発生させるギミックと、中央付近に制御を担当する装置があるみたいなのですが、防犯面から装置を止めることができなかったので、調べるのもこの辺が限界でしたね。ただ制御板には『古代ラスティア語』が使われていたので、少なくとも1000年以上昔の魔導具になるのは間違いないはずです。


 まぁ、他にも状態保存のエンチャントなどが原因で、経年劣化からの割り出しもできなかったので、この辺も推測になるんですけどね」


「本当に、先生のクランって何でもやっているのですね・・・・」


「職人が多く在席していたせいか、こういった調査の好きな学者タイプの人間も結構いましたからね。そこから得られた知識を使って様々な魔導具を復元したりしていたので、これらもクランの重要産業の一つになっていました」


「つくづく同じゲームをしていたのか疑いたくなりますよ。って、話してる間にもかなり見通しが悪くなってきましたが、これって本当に大丈夫なんですか?」


「分かり難いですが、一応目印があるので大丈夫ですよ。ちなみに、迷子になっても散々歩かされた後にさっきの広場に戻されるだけなので安心してください」


「それは安心と言えるのでしょうか?それに、もしこんな状態で魔物に襲われたら一溜まりもありませんよね?今はもう数メートル先も見えませんし・・・・」


「えっと、そもそも動ける個体は指輪がないと、一律に森の外へと追い出される仕組みなので、その点も問題ないですね」


「そういえば、さっき指輪が無いとダメだと言っていましたもんね。あれって、道を知っている先生でも迷ってしまうんですか?」


「それもこの結界の面白いところなんですが、たぶん『霧の中に催眠効果を与える魔法か、何らかの薬品成分が含まれているのでは?』ってのが調べて判った見解ですね。なので指輪が無いと例え正解の道順を知っていても、知らない間に入り口まで戻されるみたいです。


 それに、いくら指輪を持っていようと一度でも間違ったルートを通ってしまうと、その場合も入り口まで戻されてしまうので、もしかしたら進路上にも何か指輪へ反応する仕掛けがあるのかもしれません。正直、この辺も調査不足ですね。


 ただし例外もあって、今の俺達のように指輪の所有者と接触しているとゴールまで辿り着けるみたいなので、もしかしたらこの指輪はその催眠を打ち消す鍵みたいなモノではないかと俺は考えています」


「だからゲーム時代に先生達が隠しエリアを独占できたんですね。そんな条件じゃ間違いなく見つかりっこないですもん。ということは、今から向かう場所に先生達のクランホームがあったんですか?」


「いえ、あくまで分拠点扱いでメインは他の場所にありましたね。ここだと防衛力があったとしても、ホームにするには街から離れ過ぎていて利便性も悪いですし。


 それにある方法が使えるようになると、態々霧のギミックを通らずに結界の中に入ることもできましたので、ゲーム後半では歩いてくることの方が稀でしたしね。っと、話している間にどうやらゴールに着いたみたいですよ」



 ナタクに促されアキナが木々の隙間から漏れ出す(まばゆ)い光の空間へと目を向けると、そこには森にぽっかりと空いた大きめな広場と共に、遠くからでもその清らかさが伝わるほどの高い透明度を誇る泉が色とりどりの野花に囲まれ、まるでこの場所が妖精達の遊び場の如く、降り注ぐ日差しさえもこの場を祝福しているように悠然(ゆうぜん)とした風景が二人の目の前に存在していた。



「うわぁ・・・・、まるで御伽噺(おとぎばなし)の世界に飛び込んだみたい」


「この場所はクランの女性メンバーにとても人気のスポットで、彼女達からは『忘れられた楽園』なんて呼ばれていましたね。きっとアキにも気に入ってもらえると思っていたのですが、その表情を見るに心配無さそうですね」


「はい、とっても気に入りました!こんな綺麗な場所が隠されていたんですね」


「こちらも魔導具の影響か、どの時期に訪れてもこの景色が変わらない、ちょっと特殊な場所なんですよ。先ほど分拠点と言いましたが、我々は保養所として使っていましたね」


「これが先生が用意してくれていたサプライズだったんですね」


「勿論これもその一つなんですが、分かりやすいサプライズがもう一つそこに見えていますよ」


「えっ、本当ですか!?どこだろ・・・・あっ!」


「どうやら、見つけたみたいですね。あの建物こそが、ここ最近木工ギルドへコツコツと通って造っていた、俺のお手製ハウスになります」


「あの立派な建物って、先生が造ったんですか!」


「三角屋根の二階建て、5LDK風呂トイレ付きの新築物件ですよ。しかも、屋敷に搭載予定のモノと同型の魔導具も一式設置していますので、快適な生活空間をお約束します」


「新築って・・・・まさかこれを先生お一人で!?」


「他人にここを知られるわけにはいきませんからね。“少し”頑張らせてもらいました。とはいっても、スキルを使って全ての建材を木工ギルドで加工して、ある程度組みあげてから運んでいたので、ここではそれらを順番にはめ込む簡単作業で済みましたからね。実際一人でも全く問題ありませんでしたよ。


 それに一番の手間といっても精々建材運びくらいでしたので、ちょっと大きめの模型感覚でした。ほら、皆にトマトの苗を栽培してもらってた時とかに、時間を見つけて裏でこれの組立作業をしていたのですよ」


「・・・・やっぱり先生から目を離すと、とんでもないことが起こりますね」


「建材のパーツ作り自体はアキが女性下着を売り込もうとしていた時から、少しずつ準備を進めていたんですけどね。その時にこの建築方法を親方達に教えたら、もの凄く気に入られまして。


 ちなみに、最初お屋敷の手伝いに行っていた時は、『随分と注文の細かい依頼主だなぁ』とか思われていたそうです」


「これだけの建物を一人で建てられれば、そりゃ誰だって気に入られますよ。それにしても、本当にお洒落な家ですね。先生、今から中を覗いてきてもいいですか?」


「どうぞどうぞ。それと、もう霧のエリアを抜けたので手を離しても大丈夫ですよ」


「あっ・・・・そうですね。ありがとうございました!」


「どういたしまして?」



 なにやら少し残念そうな顔をした後に、直ぐに笑顔に戻ったアキナは、家の鍵を受け取ると小走りで建物の方向へと駆けて行った。



 (分かりますよ、新築の家ってテンションが上がりますからね。細部まで拘って建てたので、是非楽しんでいただきたいものです)



「外観も素敵でしたが、内装も凄い拘りを感じますね。まるで外国映画やアニメなんかに出てくる小洒落たペンションみたいです」


「モデルがまんまそんな感じですからね。この建物は、ゲーム時代にもここに建てていたものと同じ造りにしたのですが、その時も仲間と随分調べながら造りましたから」


「もしかして、先生の向こうの世界でのお仕事って建築家さんとかだったんですか?」


「いえいえ、残念ながら違います。ただ、この建物を設計したのはクラン所属の本物の建築デザイナーさんですけどね。今回は造り方と図面を覚えていたので、そのまま流用して造らせてもらいました。それに自分の専門分野ならまだしも、それ以外はレシピ通りに作れたとしても、自分で一から考えて何かを作り上げるのは中々難しいですからね」


「えっ!これだけの建造物のレシピを丸暗記されてるんですか!?」


「他にも今までに自分が携わっていた錬成のレシピは一通り記憶していますよ。ただ、似た様なことをクランの仲間でしていた人が何人かいたので、これは俺が特別という訳でもありませんけどね。それにトップを走ってる人達って、攻略wikiよりも知識が多いことなんて結構ざらですし、俺なんてまだまだですよ」


「先生でまだまだじゃ、私の立場が・・・・」


「あはは・・・・そっそれで、どうでしょうか?家具は流石に作ってる時間がなくて全部買い揃えましたが、今回はいい漆喰(しっくい)が手に入ったので佐官(さかん)にも挑戦してみたんですよ」


「佐官って、あの金属のヘラで土とかを壁にぺたぺた貼って、最後にグイ~と延ばすヤツですか?」


「えぇ、その佐官です。今回の建築法を親方達に教えた代わりに、これの貼り方を教えてもらったので挑戦してみました。本当は壁紙を貼った方が簡単だったのですが、こちらの方がレベル上げ的にも美味しかったで」


「つくづく多芸ですよね、驚きすぎてなんて言っていいのやら。親方さんが先生をスカウトしたがっていた理由が、今日はっきりと分かりましたよ。先生は、絶対この道に進んでも成功すると思います」


「ありがとうございます。でも、あくまでメインは鍛冶師のつもりなので。ただまぁ、鍛冶場が完成してもそれほど槌に触れていないので、まだ錬金術師の半分以下なんですけどね。この二週間で少しでも追いつくつもりでいます」


「あっ、もしかして隣にあったログハウス風の小屋って、まさか!」


「あれは鍛冶小屋ですね。ただし、製鉄作業は熔解させる必要があるのでここではできませんが、既にインゴットに加工してある金属ならここの設備でも十分加工が可能となっています。まぁ、お屋敷にある鍛冶小屋の簡易版ってところですかね。俺達の武器や防具はここで作る予定です」


「だから先生は、現地で作製するって言っていたのですね」


「その通りです。それと、ここの一部屋を作業部屋にできるよう色々準備もしておいたので、アキはそちらを使ってください。もし設置してある魔導具で分からないことがあれば、聞いてくれれば教えますので」


「私は野宿も覚悟して来たのですが・・・・」


「こういう環境を揃えるのも割と好きなんですよ。さて、それでは一通り家の中を見終わったら、次の場所へ向かいますよ」


「えっ!まだ何かあるんですか!?」


「もちろんです!」



 なにやら喜ぶと言うより、驚きすぎて疲れたって感じですかね。ただ、これでも用意していた物の“半分”なので、アキにはもう少しだけ付き合っていただきましょう!

ほわぁ・・・・(*゜▽゜*)


(サプライズは成功っぽいですね)(*´﹀`*)

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