第6話
お城での用事も無事に済ませ、時間的にもどこか適当な場所で昼食を取ってから錬金ギルドへ向かおうと、辺りを散策しながら街の中心部にある噴水広場まで足を運んでみると、どうやらここの場所ではあの催し物を切っ掛けに屋台通りが完全に定着してしまったようで、今日も多くの出店が軒を連ね、活気に満ちた賑わいを見せていた。
ただし、あの時とは違いトマトだけはまだ栽培が開始されたばかりの食材であるため、まだここで食べられないのが少し残念ではあるが、現在、各村での栽培も順調に進んでいると報告は受けているし、調理ギルド主催の料理研究会も頻繁におこなわれているはずなので、オークションの頃にはこの広場でも美味しいトマト料理が盛大に振舞われていることであろう。
そのためにも、今はできるだけ多くの料理人にトマトという野菜に触れてもらうため、ナタクも調理ギルドへ新鮮なトマトを連日のように提供しており、自分達が遠征に出かける間も、この前トマトの苗栽培に協力してくれた若き錬金術師達に再度請け負ってもらうことになっていた。
それと調理魔導具もイベントでかなりの噂になっているようで、既に少なくない作製依頼が錬金ギルドへも寄せられているため、それならばこの機会に“錬金ギルド”“鍛冶ギルド”“彫金細工ギルド”の垣根を越えて合同での大きな仕事ができないかと、錬金ギルドの長であるガレットに掛け合ってもらっている最中であった。
時間的には余裕があるので、このまま屋台巡りで昼食を済ませても良かったのだが、一応頭に『仮』の文字が付くものの、自分が飲食店のオーナーでもあることを思い出したので、今日は一流の料理人であるウィルが腕を振るうレストランで食事を取ることにした。
店舗の前まで歩いてくると、流石に混雑のピーク前ということもあり行列とまではいかないが、それでも店内は多くの客で賑わっていた。どうやら今日も順調なようで何よりである。そのまま店に入ると、看板娘のリリィが可愛らしい衣装を身に纏い、今も忙しなく働いている姿が直ぐに確認することができた。
「リリィさん、こんにちは。食事をしに来たのですが席は空いてますか?」
「いらっしゃいませ!って、ナタクさんじゃないですか!?どうぞどうぞ、奥の席が空いてますよ」
「ありがとうございます。それにしても、今日も中々の繁盛振りですね」
「えへへ、夜はもっと賑やかですよ!ここ数日は店を開く度にお客様が増えているので、働いててとっても楽しいです!これも、オーナーであるナタクさんのおかげですね」
「これはウィルさんの腕前と、それを支えるリリィさん達の頑張りによる成果ですよ。それで、人手の方は足りていますか?なんでしたら、調理ギルドに頼んで追加募集をかけてもらいますけど?」
「う~ん、今のところは新しく入ってくれた人達が頑張ってくれているので、このままでも大丈夫だと思います。もし、きつくなったら改めてお願いしますね。
っとと、そうだ!お父さんがナタクさんに相談したいことがあるって言ってましたよ」
「はて、相談ですか。なんだろう?」
「多分、隣の金物屋のお爺さんのお話だと思います。開店当初からの常連さんなんですが、だいぶご高齢の方で後継者もいないらしく、そろそろお店を畳んでもう少し静かなところで奥さんと残りの余生をゆっくり過ごしたいって、この前食事に来た時に言っていましたからね。その時、お父さんとも何か話をしていたので、もしかしたらそのことなんじゃないかなぁ?」
「なら俺が店を出る前に少しだけ時間を作れないか、ウィルさんに聞いてもらってもいいですか?自分もこの後に用事がありまして、暫くの間街を離れなくてはいけないので」
「それじゃあ、今からお父さんに確認してきますね!って、注文を聞いてませんでしたね。ナタクさんは、今日何にしますか?」
「では、『シェフのお任せパスタランチ』とお茶のセットをお願いします」
「は~い、お任せランチですね。よしっと、それではもう暫くお待ちください!」
メモを取った後に元気良くそう告げると、リリィは厨房の方へと下がっていったのだが、その途端に残されたナタクに向かってまるで射殺さんばかりの殺気を帯びた視線が、周りの男性客から放たれ始めた。
(なんか、転生してからこの視線に晒される機会が多い気がしますね。まぁ、気にしても疲れるだけなので放っておきますか。さて、今日はどんなパスタが食べれるか楽しみです!)
暫くするとリリィが出来立ての料理と共に此方へ戻って来て、『ナタクさんの食事が終わる頃にお伺いします』とウィルからの伝言を知らせてくれた。
今日のランチはこの前ウィルに教えたばかりの『クリームチーズのパスタ』をアレンジした品だったようで、少し癖の強いチーズの風味をあえて殺さずに、むしろそれすらも料理のスパイスであるかのように巧みなハーブの使い方で活かされており、もはや自分の記憶にあるレシピとは別次元の料理へと進化していた。こういったところは、流石はアーネストの弟子である。
余りの美味しさに一度手をつけてしまったが最後、休む暇なくフォークを動かし続け、あっという間に完食させられてしまっていた。料理の余韻に浸りながら『次はカルボナーラのレシピを教えて作ってもらおう』と硬く心に誓いながら一緒に出されたお茶を楽しんでいると、厨房の方からリリィの父親であり、この店の料理長であるウィルが歩いてくる姿が見て取れた。
「ナタクさん、いらっしゃい。教えて頂いたレシピに自分なりのアレンジを加えてみたのですが、いかがだったでしょうか?」
「とても素晴らしい味わいでした。あまりの美味しさに、休むまもなく口と手を動かしてしまい、お腹がいっぱいのはずなのにまだ食べ続けていたい気分ですよ」
「お口にあって何よりです。おかげさまで他のメニューも好評でして、中には早くこの前食べたトマト料理も出して欲しいという声もありますので、此方としても嬉しい悲鳴ってヤツですね」
「既に各村の畑で栽培が始められているので、早ければもう数週間で最初の出荷品が届けられると思いますよ。期待していますので、存分に腕を振るってください」
「楽しみにさせていただきます。それで今回はその件とは別に、ナタクさんにご相談したい件がありまして・・・・」
「リリィさんが言っていた話ですね」
「はい・・・・実は、隣の金物屋のご主人が近々店を畳むらしく、それに合わせて店舗も売りに出すので、できれば知り合いの私達に自分の店を買い取らないかと持ちかけられまして。個人的にはとてもありがたいお話なので、できれば購入を検討したいのですが・・・・」
「なるほど、ちなみに販売価格はどれ程でしたか?」
「私達であれば金貨350枚でいいと言ってくれています。それに、この辺りの相場だと大体金貨500枚はくだらないので、建物の古さを抜いたとしてもかなり良い条件のお話だと思います」
「なるほど・・・・それでは購入の方向で話を進めておいてください。資金は此方で立て替えておきますので。ただ大きな買い物の取引になるので、紹介状を用意しますからそれを持って大商会主であるリックさんに届けて立会人になってもらってください。きっと協力してくれるはずですよ」
「あっ、ありがとうございます!!」
「それと、木工ギルドにも手紙を書きますので、リフォームも親方達と相談してみてください。自分が立ち会えるようになるのは早くても二週間後になってしまいますので、そちらもお任せしますね」
「分かりました。ではお昼のピークを過ぎましたらさっそく出かけてきます」
「後は、お金の受け渡しですが二週間後でも構いませんか?もしなんなら、今すぐにでも渡せますが?」
「そちらは多分大丈夫だと思います、今すぐ購入してどうこうという話でもないので」
「では手付金としていくらか先にお渡しておきますので、俺の立会いが必要な時にでもまた声を掛けてください。多分二週間後であれば、錬金ギルドか屋敷の方に連絡を入れてもらえば直ぐに伝わると思いますので。しかし隣の店舗も使えるとなると、向かいのアーネストさんのお店とほぼ同規模になりますね」
「とても恐縮ですが、確かにそうなりますね。ですが、ここと師匠のお店は姉妹店なので上手く連携していけたらなと考えています。それに、コンゴの時と違ってメニューが被ったり嫌がらせを受けることもないでしょうしね」
「まったくですね。しかしアーネストさんのお店も、新装開店したばかりだというのに凄い客足みたいですね。まぁ、あれだけ美味しい料理をあの値段で出されれば納得ですが」
「自分の師匠として、とても誇らしいです。いつかあの人に肩を並べる料理人になれるよう、全力で挑戦させてもらいます」
「俺個人としてはどちらに転んでも美味しい料理が食べれるので、両方とも応援していますね」
「確かにそうですね。いつかはこの街が『食の都』としても有名になれるよう、料理人一同尽力させていただきます」
既にかなりのレベルで世界的にも美食の街へと進化し始めているとは思うのだが、今はあえて言わないでおこう。料理人の探究心が止まなければ、それだけ技術の発展が望めるのだから。彼らにはこれからも日々邁進していただかなくては。
それでは食事も済んだことだし、約束した手紙二通と店舗購入の手付金の金貨200枚をウィルさんに渡してから、錬金ギルドへ向かうことにしますか。
そういえば、お金を渡した途端にウィルさんの顔色が青くなっていましたが、ここはあえて気にしなことにしましょう。そのうち彼にもこれくらいの金額を自由に使えるようになってもらう予定なので、今からメンタルをある程度鍛えていただかないと!
さて、残すはガレットさんとの打ち合わせとリズベットさんとの話し合いだけですね。パパッと終わらせて、なるべく早く鍛冶作業に戻るとしましょう!!
これが手紙で、こっちがお金です!(`・ω・´)
ドン!!
カタカタカタ・・・・( ̄△ ̄;)




