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第65話 エピローグ1-1

 

 SIDE:ジョン



 あの楽しかった祭りから、もう一週間が経過した。


 よもやこの年になってまで、若手の教え子達に混じって街の広場で屋台を開くなど、正直あの青年に会うまで考えもしなかった。今思えば、若かりし頃から運よく腕前を認められて、今日(こんにち)に至るまで自分が常に調理の世界の最前線を駆け抜け続けていたと愚かにも思い上がっていたが、まだまだ自分の知らない食材や料理法があんなに存在していたとは、料理研究に限界を感じていた俺にとって、まさに青天(せいてん)霹靂(へきれき)といっても過言ではなかった。


 それに、あの距離で自分の作った料理を笑顔で楽しんでいる子供達の姿を目にしたのは、果たしてどれ程前になるだろうか。そもそも自分が料理人の道に進んだ切っ掛けは、幼い兄弟達の為に両親の代わりに作った本当に簡単な手料理を、満面の笑みで『美味しい美味しい!』と食べる姿であったはずなのに、そんな大事なことすら忘れてしまっていたらしい。


 あれから自分の中でも思うところもあり、催し物(イベント)を切っ掛けに、教え子達とも以前よりずっと話しをすようになった。それに、彼らも生意気にも俺の技術を少しでも盗んでやろうと必死にくらいついてくる姿は、若かりし頃の自分を見ているようで指導者として非常に好ましかった。



 (まぁ、何処かの跳ねっ返りの弟子に比べれば、まだまだ余所余所しくて可愛いもんだがな)



 そういえば、あの後打ち上げをしようと皆で計画を立てていたのだが、催し物(イベント)の主催者である青年がどうやら若様から急ぎの仕事を任されたとかで暫くの間忙しいらしく、また催し物(イベント)中に他のトマト料理を出していた三店舗も、祭りの余波でかなり忙しかったので、やっと皆の都合が付いた明日に執り行われることと相成った。


 それに明日の打ち上げでは、弟子のアイツとの料理対決も執り行われる予定なので、今から非常に楽しみである。



 ただ、本日。遂に若様から事件についての召喚状が届いたので、どうやら自分がイグオールの調理ギルドのマスターでいられるのも、今日で最後になりそうだ。あの方が幼き頃からローレンス家に仕えてきたからこそ分かることだが、本心では俺に恩赦を与えようと色々考えてくれていると思うが為政者(いせいしゃ)として特例を許してはいけないこともしっかりと理解もされている方なので、私情は挟まず公平な処罰が下されることであろう。


 自分の見立てでは『マスター職の辞任と罰金刑』といったところであろうか。


 でもまぁ、お父上に似られてお優しい所もあるので、罰金刑もそこまでの高い額にはならないのではないかと思っている。それに、今回は自分の管理不行き届きで皆に迷惑をかけてしまったので、謹んで処罰を受けさせていただくつもりだ。


 しかし、あの青年と会ってから更に仕事が楽しくなってきたところであったので、正直この時期に職を失うのは(いささ)か無念ではあった。せめて、オークションの本番まではと言う気持ちもあるのだが、自分にはそれを言う資格はないので、諦める他ないであろう。



 そんなことを考えながら呼び出された懐かしの元職場である、今は若様の居城となられたお城までやって来たのだが、係りの者に案内された控え室には、なんとアーネストが先に来ており、ソファーに腰掛けお茶を飲んでいた。


 なるほど、次期ギルドマスターにはコイツを指名されるのか。実力と名声から言って、自分の二人の弟子のどちらかが後任を勤めるのではないかと思っていたが、若様は親友のアーネストを選んだらしい。確かに、悪くない人選だ。



「なんだ、今日はマスターも呼ばれていたのか」


「そういうお前こそ。店の方は大丈夫なのか?」


「この前、弟子に店を任せたのが彼にとってかなりの自信につながったらしくてな。もう独り立ちさせても問題ないところまで育ってきたから、今日も任せてきた。直に店を持たせようと思うので、その時はよろしく頼む」


「あぁ・・・そうだな」


「どうした?あんたにしては随分と元気がないが、新レシピの進捗でも悪いのか?


 申し訳ないが華を持たせてやるつもりは全くないから、明日は全力で勝たせてもらうぞ?」


「馬鹿を言うな、誰がお前なんかに負けるものか!!最高の状態に仕上げて、度肝を抜かしてやるわ!」


「それでこそ俺の師匠だ、楽しみにさせてもらおう」


「まったく・・・・。それで、お前は何でここに呼ばれたんだ?」


「いや、詳しくは聞かされていないが、たぶんモーリスのことじゃないかと思う。数日前に正式にアルマと結婚させてほしいと挨拶に来たから、二つ返事で了承してやったところだ」


「ほぉ、それじゃ俺も暫くしたらひ孫が拝めるのか。そいつは楽しみだな!」


「随分と気が早いと思うが・・・・まぁ、いずれはな。あいつはいい伴侶を得たと思うよ」



 暗くなるような話を聞かされる前に、嬉しいニュースが舞い込んできて、かなり心が楽になった気がした。そうか、アルマも遂に結婚か・・・・


 今年で17歳になる自慢の孫娘の一人であるが、領軍の中でも一二(いちに)を争う若手の有望株であるモーリスへと嫁ぐと聞かされ、正直かなり安心ができた。彼の性格の良さはかなり評判であったし、二人が恋仲であるとはかなり前から知らされていたが、まさか母親のアンジュと同じ歳で嫁に行くとは。母親に似て器量も良かったが、そんなところまでも似たのかと少し笑ってしまった。


 暫くの間その話で盛り上がっていると、部屋の外から使いの者がやって来た。どうやら順番に面会されるようで、先に自分から若様のところへ通される事になるそうだ。


 さてと、飛ぶ鳥跡を濁さず。それではしっかりと最後の役目を終え、若い世代に託させてもらうとしよう。



 案内されて、久しぶりに訪れた若様の執務室には、お父上の代から使われていた品のある年季の入った家具の他に、彼にしては珍しく机の上には書類の山が(うずたか)く積まれていた。というか、何時もは綺麗に整えられている髭や髪型が若干乱れており、目元にはくっきりとした(クマ)が現れ、顔色もかなり悪そうなのだが、一体若様の身に何があったのであろうか・・・・



「お久しぶりにございます、若様。・・・・って顔色が優れませんが、大丈夫ですか?」


「おぉ・・・・、ジョンか。もうそんな時間なんだな、クロードお茶の用意を」


「畏まりました。只今準備して参りますので、暫くお待ちください」


「すまない、仕事が忙しすぎて中々時間が取れなくてな。もう少しで今やってる仕事が終わるから、そこのソファーに掛けて待っていてくれ」


「はぁ・・・・、それにしても凄い量の書類ですな」


「これでもだいぶ減ったの方なのだがな。それに、今日お前が来てくれたおかげで、この書類の山も片付く目処が立ちそうなので、これで少しは(まと)まった睡眠が取れそうだ」


「もしや、お帰りになられてから殆ど寝ていらっしゃらないので?」


「多少は寝ているが、あまり長い時間寝ると何故か仕事が増えるのでな。っと、クロード戻ったか」


「お待たせしました、ジョン様も紅茶をどうぞ」


「話の前に“あれ”を一本飲んでおくか。・・・・ふぅ」


「明らかに怪しい薬剤を飲んでおられましたが、あれは一体?」


「ナタク様から差し入れられた、スタミナポーションで御座います。かなり効果があるみたいで、少ない睡眠でも十分に体力が回復できるので重宝しておりまして。ただ、薬にばかり頼られても困りますので、日に一本ずつの服用に押さえてはおりますけどね」


「それなら仕事を増やすのを止めてもらえると助かるのだが?まぁいい、それより話を始めようか」


「よろしくお願いします、覚悟はできておりますので」


「そうか・・・・、それでは事件についての報告からさせてもらおう。


 まず、今回のグスタフという調理ギルドの元会計担当官が起こした不正契約書の事件についてだが。被害者の三人に聞き取り調査をおこない、また事件解決に関わった者達からの証言を聞いて大体の全容が分かってきたのだが、どうしても事件に使われたマジックアイテムの出所だけが掴むことができなかった。どうやら五年前のオークションの時期に何かあったということまでは分かったのだが、こちらは継続して調べているところだ。


 それで、その他の詳しい調査内容が書かれている報告書も用意しているのだが、お前から見ても間違いがないか確認してくれ」


「拝見します・・・・間違いありません。書かれている通りと思われます」


「わかった、それではこのまま保管するとしよう。それで処罰についてなのだが・・・・」


「はい。如何様な処罰も謹んでお受けする覚悟はできております」


「うむ・・・・それでは事件について、引き続きを話させてもらうが。結論から述べるとこの事件、不正な書類の偽造と横流しの事実はあるにもかかわらず、明確な被害者が“存在していない”ということになった。正確にいうと、被害者達が被害を訴えることを放棄したといった方が正解だろう」


「・・・・はい!?」


「気持ちは分かるが事実だ、三人全員が被害を訴えていない」


「・・・・意味が分からないのですが、どういうことですか?」


「どうやら彼らはお前に罪が及ぶのを良しとしていないらしくてな。三人揃ってお前に重い罪がかかるようなら、被害金すら要らないと会った際に宣言された。おかげで、私はお前を普通に裁くことがかなり難しくなってしまってな。何せ被害者のいない事件の責任をどう取らせるかを考えなくてはならないからな。ほら、これが先に渡されていた三人からの嘆願書だ」


「あの馬鹿共・・・・」


「お前は今も昔も変わらず部下達に慕われているようだな。それに、とある事情で私もお前にマスター職を辞められると非常に困る立場に追い込まれてな。悪いが、解任は認められないから諦めてくれ」


「・・・・って、もしや!?」


「察しの通り、うちのお抱え錬金術師の仕業だ。あの野郎、お前をマスター職から解任した場合『トマト』を始めとする様々な食材の種の取引をおこなわないと脅しをかけてきてな。まぁ、逆の場合はかなり此方に利のある話だったので、やられっぱなしで悔しいが条件をそのまま呑むことにした。それに辞めるだけが罪の償わせ方ではないからな」


「ということは俺は・・・・」


「まだ暫くは現役で頑張ってもらうから覚悟しろ。勤めはちゃんと果たしてもらうぞ」


「俺はまだこの仕事で働けるのですね・・・・はい、もちろんでございます。謹んでお受けいたします!」


「それと、流石に無罪と言うわけにはいかないので処罰も言い渡す。ジョン・ターナーよ、処罰の内容を伝えるので心して聞くように。


 今回の事件で考慮すべき点は多々あるが、貴殿の監督責任は十分に重いと考え『一年間のギルドマスター職の給与支給をおこなわないモノとし、これを罰金刑と処す』よいな?」


「・・・・しかとお受けいたします」


「まぁ、被害者がいないのだからこれ以上は罪に問えないであろうし、これで外野からとやかくは言われんだろう。後でお前からも、庇ってくれた奴らに礼でも言ってやれ」


「はい。寛大な御配慮、ありがとうございました」


「おっと、話はまだ終わっていないぞ?これは処罰についての話であって、お前をここに呼んだのは次の依頼をお前に受けて欲しかったからだ」


「はぁ、依頼・・・・ですか?」


「あぁ、此方も急ぎでな。というか、そこの書類の山の原因になっている案件なのだが・・・・


 お前とアーネストで作った『トマトケチャップ』と『粉末コンソメ』があるだろ?あれを近いうちに我が領内での産業として立ち上げることにしてな。まずはコンソメの方から着工する予定だが、それらの統括責任者としてお前にマスター職とは別で働いてもらいたいのだ。これが企画書と仕事内容、それと契約書になるから目を通してサインしてくれ」


「・・・・若様、ここに書かれているのは本気ですか?給与が今の二倍はあるのですが?」


「よかったな、来年度からは給与が三倍だぞ」


「これじゃ、処罰になっていないんじゃ・・・・」


「ギルドマスターとしての給料は支払わないのだから十分罰になっているだろ!それに、先ほども言ったが、これは私からお前個人に依頼を出した仕事になるのだからな。副業で稼いだ金まで毟り取ったら、それこそ為政者として民に顔向けできんわ!」



 そう言って、頭を掻きながら若様はそっぽを向き、先ほど用意された少しさめてしまった紅茶を飲み始めてしまった。これ以上この話での茶々は受け付けないということであろう。まったく、この方は小さい頃から変わらずお優しい。照れ隠しをしている時の仕草も、未だに直られておられないようである。


 きっと、俺への処罰をどうにか軽くできないかと相当悩んでくれたのはこの企画書を見ても明らかであった。それに、この資料・・・・まだ書面上での計画にもかかわらず、かなり細かい数字まで書き加えられているところを見ると、たぶんこれもあの青年が裏で色々動いてくれていたのであろう。


 というか、こんな大事業をポンポン閃くことができる人材に、自分は一人しか心当たりがない。


 どうやら自分は、まだ神に見放されてはいなかったらしい。これからこの街は間違いなく大きく躍進していくであろう。その一端を俺なんかに担わせてくれようとしている、若様には勿論感謝してもしきれないが、自分がまだ働けるよう尽力してくれたあの馬鹿共にも早く会って話がしたかった。まぁ、若様のお手を煩わせてくれたので拳骨の一つもくれてやりたいところだが、今回は高い酒を浴びるほど飲ませて潰すだけで勘弁してやろう。



 そんなことを考えながら、領主と共に紅茶を飲んでいた彼の顔には、笑顔でありながらも頬に一筋の雫が流れ落ちていたのだが、その事を指摘するような無粋な者は、この場所に誰一人として存在してはいなかった。

・・・・・・( ´▽`・。*)


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