第64話
「まずは野菜そのものを味わって欲しいので、此方の『トマト』をカットして食していただきたいのですが、できれば何方か料理人をご紹介していただけませんでしょうか?
料理の方も、一部鍋のままお預かりしていますので、できれば見栄え良く盛り付けていただけると助かるのですが・・・・」
「それでは、私が城の料理長の下へご案内いたしましょう。旦那様、よろしいでしょうか?」
「構わん。流石に私も鍋のまま食べるわけにもいくまいし、それに見ての通り“暇つぶし”には事欠かんからな!」
「それでは、暫く席を外させていただきます。ナタク様、どうぞ此方へ」
断りを入れてから部屋を出て、クロードの案内でお城の厨房へと向かったのだが、領主はだいぶ不機嫌だったが大丈夫なんだろうか?
そのことについて道中クロードに質問してみたのだが、「大丈夫でございますよ、あれは拗ねていらっしゃるだけなので」と笑いながら返されてしまった。
どうやら、遊んでいたわけではないのに仕事がとんでもない量溜まっていて不機嫌になっただけで、その一つ一つがちゃんと大きな利益につながっている事を本人にも判っているため、不貞腐れた態度を取っていただけのようである。
その証拠に、まだ帰って間もないというのに俺が訪れるまでの間で、既に結構な量の仕事を終わらせていたらしい。それに、クロード曰く「並みの領主であれば、あの量の仕事を終わらせるのに下手をすると年単位以上の月日が必要だとしても、あのお方に掛かれば、それを一月以内で終わらせられる実力をお持ちですしな」と楽しそうに語ってくれた。どうやらクロードは其処まで心配していないようである。
(それなら、もう“少し”だけ仕事を頼んでも大丈夫そうですね!)
そうしてクロードの案内で訪れた厨房では、調理ギルドのジョン・ターナー氏の一番弟子にあたる“ディラン”という男性が、部下の料理人達と共に忙しそうに夕食の準備をしているところであった。流石、この街の料理人達の間で一番人気の就職先だけあって、皆自信に満ちた顔をしながら調理に励んでいた。
調理の手を止めてもらうのは申し訳なかったが、此方も仕事であるので、クロードに頼んで彼に事情を説明してもらうと、料理の盛り付けや仕上げなどは、なんと料理長自らが担当してくれることになった。
というか話をしてみると、彼の耳にも街での噂は届いていたようで、自分の師匠達が何を作っていたのか気になっていたらしいので、お近づきの印に預かっていた料理と共に『トマト』を一箱、それと今回作製した料理のレシピや調味料なども一緒に手渡すことにした。これは調理ギルドからいずれ公開される予定のモノなので、彼ならば先に渡しておいても問題ないであろう。
取り敢えず、今はトマトだけをカットしてもらい、残りは後で運んでもらうことにして足早にクロードと執務室へ戻ってみると、領主は凄い速さで書類を捌いている最中であった。
「旦那様、只今戻りました」
「分かった、少し待て。・・・・良し、それでは話の続きといこうか」
「はい。それでは『トマト』について説明させていただきます。まず・・・・」
領主には『トマト』を食べてもらいながら、この野菜の『特徴』『栄養価の高さ』『栽培方法』『そして調理の幅の広さ』を説明させてもらい、続々と運ばれてくる料理と共にその美味しさと魅力を存分に伝えることができたと思う。また、料理を作ってくれた料理人達の腕もかなり良かった為か、毒見役として自分とクロードも一緒に食べることにしたのだが、その味は試作で作っていた時とは比べ物にならないほどの完成度を誇っていた。
「よもや、これ程とは・・・・っと、失礼しました」
「いや、私も同じ感想だ。今まで食べていた料理も十分に美味いと思っていたのだが、これはそもそも次元が違うな。これはディランに作らせたのか?」
「いえ。これは調理ギルドのマスターであるジョン・ターナー氏と、今回グスタフさんの被害にあわれた被害者達に頼んで作ってもらいました。それと、此方のスープはアーネストさんですね」
「その資料は先ほど読んだが・・・・これ程の料理人達が被害にあっていたとはな」
「その件に関して後でお願いがあるのですが、まずは『トマト』についての話を先にさせていただきますね」
「うむ、では続きを頼む」
「ありがとうございます。それではまず、今回の商談では、此方の『トマト』と種の販売権も領主様に買い取っていただきたく思います」
「ほぉ、今回は種の販売権も売ってくれるのか。ということは、他の貴族にも交渉を持ちかけても構わんという訳だな」
「肯定です。ですがその条件としていくつかお願いしたいことがございますので、まずはそちらの方をお話させてもらってもよろしいでしょうか?」
「条件か・・・・。内容にもよるが、まずは話を聞こうか」
「では三点程ありますので、順番にお話させていただきます。
まずは一つ目。
この野菜の原種にあたる『トトアの実』を発見したスイール村での栽培を認めていただたいこと。それと、その発見に貢献した商人のリック・ホームナー氏へも便宜を図っていただきたく思います。理由はこの方達がいなければこの野菜を生み出すことはできなかったので、功労者として報いてあげてほしいのです。
次に二つ目。
この野菜を使った料理を、近々この街でおこなわれるオークション期間に大々的に宣伝していただきたいのです。ちなみに、栽培に関しましては本来の手順で栽培していると間に合いませんので、此方で“ある”方法を使って苗を準備させてもらい、そちらを各地で栽培していただきたく存じます。
ちなみに、事前にクロードさんに相談させていただき、既に候補地はいくつか用意してもらっていますので、後ほどそちらの資料をご確認ください。
ただ、この方法ですと最初の収穫では利益が少なくなる可能性がありますが、次の収穫の際には十分に利益を見込めるはずですので、そのことも考慮していただければ助かります。
そして最後の三つ目。
これは、俺と被害にあった料理人達からのお願いなのですが、今回の事件の責任を取ってジョン・ターナー氏がギルドマスターを辞職しようとした際に、これを阻止していただきたいのです。もちろん、ギルドの最高責任者として管理責任を問われるのは致し方ないとは思いますが、せめて辞職以外の方法での処罰して欲しいのです。こちらが被害者三人からの嘆願書になります」
「ふむ・・・・それでは、順番に答えさせてもらおうか。
まず一つ目については、特に問題はない。功労者に報いるのは統治者としては当たり前のことだし、それくらいの便宜は図っても別に構わない。
そして2つ目だが、こちらについてはこの取引の値段と予想される赤字の金額を聞いてからになるが、どうせお前のことだから、とんでもないことを言い出すのであろう。まずはそちらを聞いてから判断させてもらおう。
それで問題なのが三つ目か・・・・
私もまだざっくりとした事件の内容しか知らされていないで明言は避けるが、通常通りに考えた場合、ギルドマスターである彼の管理不行き届きをそのまま処罰すると“解任と罰金刑”が妥当となるだろう。だが、資料を読ませてもらう限り、今回の場合は彼自身もグスタフに操られていた可能性も捨てきれないため、情状酌量余地がありといったところか。そして、その嘆願書だが・・・・
ふむ、軽く目を通させてもらったが、三人とも彼の辞職を望んでおらず、そればかりか彼に重い罪が科せられる場合、被害すらなかったことにして欲しい・・・・か。一応聞くがこれは本人達の意思で書かれた物なんだな?」
「一筆書いてほしいとは頼みましたが、誓って書かれている内容には一切口出しはしておりません」
「それにしても三人揃って『今辞められると技術を盗む機会が失われて困る』か。それと何処かのお節介が、既に受けた被害以上の補填をしてくれたので、これ以上この事件に関して何も望まないとも書いてあるのだが。お前は一体、彼らに何をしでかしたんだ?」
「さぁ?俺はただ腕の良い料理人達に、自分が食べたかった料理のレシピを教えて、“ちょっと”お客様が集まりやすくなるよう応援してみただけですよ。なにか、特別なことをした憶えはありませんね」
「それで、お前はこれを私にいくらで売り込むつもりなのだ?」
「金額に関しましては初期投資も考慮していただかなくてはいけませんので、そちらのお話もさせていただきますね。
今回、『トマト』の知名度を上げる為に、オークションの期間を狙って出荷をしたいと考えているので、それだと通常の栽培では間に合いませんので、裏技を使わせてもらいたいと思います。ただこの方法ですと、早く収穫が見込める代わりに、人件費などを全て無視したとしても一株に付き約大銅貨2枚のコストがかかってきます。
例を挙げると、一つの村に1000株ずつ運んで育てるとしても、苗の値段だけで金貨20枚の出費が出る計算になります」
「それはまた随分高いな」
「ただ、この『トマト』という野菜は上手く育てると一株当たり、取れなくなるまでに約30個近くは収穫できますので、1000株で大体1万~3万個は収穫が見込める野菜となっています。
まぁ、今の俺のやり方だと3倍のコストをかけて、1回の収穫で10~20個が限界なんですけどね」
「となると、一つの実が銅貨2枚~鉄貨7枚で収穫できるということか」
「ただし、これは苗にかかる値段のみを計算した数字になるので、実際はもっと高くなると思われます。しかし、最初から種で育てた場合、一株当たりのコストがだいぶ抑えられますので、その場合はもっと利益は見込めるでしょうね。
なので理想としては、オークションの時に収穫できる分だけの苗を用意して、後は普通に種を畑に蒔いて育てることをお勧めします。ちなみに、この方法だと二ヶ月程で収穫が出来るようになりますよ。
そういえば、オークションの期間はどれくらいあるのですか?」
「オークションは毎年二週間を目安に開催されますが、その時期は他にも特別な市なども多く開かれますので、前後を合わせると大体一月近くはお祭り騒ぎになるのが通例となっておりますな。なので、今からですと一月半程経ちますと人が集まり始めて参ります」
「俺が用意しようとしていた苗からですと、収穫に一月はかかるので、思っていた以上に結構ギリギリだったんですね」
「左様ですな。なので私も急ぎ色々調べさせてもらいました」
「ありがとうございます、助かりました」
「私はまだ契約するとは言っていないのだが・・・・まぁ、いいだろう。初期投資は宣伝費として目を瞑るとして、一先ず1つ当たりを銅貨2枚程で市場に流すとして考えようか」
「そうですね、それくらいが妥当かと思います。それで約一月と考えると8000~10000株以上は欲しいかもしれませんね」
「苗だけで金貨200枚か。人件費を入れて、まぁ金貨300~400前後といったところか。赤字になるかギリギリといったのところだな」
「まぁ、種から育てれば苗にかかる金額が減りますのでだいぶ利益が見込めますけどね」
「しかし、金額はこの際おいておくとして、お前は時間も無い中で10000株も苗を用意できるのか?」
「今ある道具の数だと間に合いませんので、追加で150個ほど魔導具を作製して合計で200個ほど準備できれば、後は人手さえあれば苗の栽培は可能だと思います。苗は一つの鉢植えで一時間に一株は用意できますので。
それに、若手の錬金術師の方を十人程雇って作業してもらえば、植え替えの手間などを考えても一日1000株はいけると思うので、十日程で全て用意できると思います。
それを毎日二回ずつくらいに分けて各候補の村に運べば、植え付けはどうにかなるのではないかと。クロードさんもなるべく近場になるよう手配してくれていましたので」
「では、残りは植える場所だけか・・・・」
「そちらは今回だけ麦の収穫量の落ちた休耕畑を使わせてもらう予定です。といいますか、そもそも麦の収穫量が少ない地域での栽培を考えて作った野菜なので」
「なるほどな、私に話を持ってくる前に必要な情報は全て集めていたということか。
それで、無理をしてでもオークションに合わせて収穫時期を早めるのは、この街に来た貴族連中に先ほどの料理を食べさせ、この野菜の種を高値で買わせようという魂胆か?」
「その通りでございます。ご推察、お見事です」
「私にだけ野菜を買わせたいのであれば、最初から普通に種を蒔いて育てればいいものを、無理をしてまでお前が赤字覚悟の売り込みをかけるとは到底思えないからな。裏があるのは直ぐに理解できたわ。
ということは、私に提示する金額とは他の貴族に種を売り込んだ際のマージンといったところか。それに、どうせお前のことだ。種にも仕掛けを施して盗難対策なども済ませているんだろ?」
「驚きました、そこまで見抜かれていましたか」
「馬鹿ではないのだ、お前と一度取引すればそれくらいは予想できる。まぁ、やらかした量までは解からなかったがな」
「あはは・・・・では此方の『トマト』の商談で提示させていただくつもりだった金額ですが、まず領主様がトマトの収穫で稼がれた純利益の3割と、先ほど話されていた種の売買で得た利益の3割を報酬として頂きたく考えておりましたが、先ほどの条件を呑んでいただけるのでありましたら、どちらも利益の2割でいかがでしょうか?
もちろん、他の貴族との種の売買が成功した際には、そちらの種にも盗難防止の策を施すこともお約束させていただきます」
「・・・・まただいぶ安く出たな、毎回反応に困るから偶には吹っかけてきたらどうだ?」
「いえ、無理をお願いしているという自覚もありますので。それに、此方の用紙をご覧ください。既にトマトを扱わせて欲しいという要望が、たった三日でこれだけの数が集まっております」
「ほぅほぅ、これは中々面白い資料ですな。書かれている名前の中には、大きな商会やレストラン経営者の名前まで、ちらほら見受けられますな」
「まったく、そんな物まで用意していたのか・・・・それで、もし私が契約しないといったらどうするつもりだったか、聞いてもいいか?」
「その場合は他の買い手の方にお話を持っていく他ありませんが、実はもし断られた場合はクロードさんが買い取ってくれることになっていました」
「・・・・」
「ほっほほ。事前にナタク様から相談された際に、旦那様なら必ず契約なさると確信が持てましたからな。もしもは無いと思っていますが、一応保険をかけさせていただいただけですよ?」
「ここで断ったら、部下に利益を全て取られ、さらにはここに書かれている街の有力者達から白い目で見られると。はぁ・・・・分かった、その条件で契約しよう」
「ありがとうございます、これで用意していた商談の“一つ目”を無事に終えることができました!それでは、今後のプランについてもお話させていただきますね」
「ちょっと待て・・・・今、聞き捨てならない台詞が聞こえたが他にもあるのか!?」
「もちろんですとも!他の作物関係でも四件、新たな事業計画で二件、それ以外にも大きな利益を得られそうな用件が一件、後はオークションに関しても一件お願いしたいことがあるのと、グスタフさんの起こした事件についても気になる点がございましたので、そちらの報告もございます。それと事件で活躍したアイテムで買い取っていただきたいモノもございますね」
「旦那様。ちなみに商談に関係する資料があちらの机の山となっております。そして事件に付きましては、・・・・確かそちらの山ですね」
「やはり、積み上げられた書類はお前がらみの仕事ばかりではないか。もうこの際だ、全部聞いてやるから順番に話せ・・・・」
結局、この後全ての商談を好条件で受けてもらうことができたのですが、全ての話が纏まるまでに次の日の朝までかかる結果となりました。
いやぁ、思っていた以上に有意義な話ができて、とても満足できました。ただ、徹夜してまでプレゼンに付き合ってもらい、流石に自分でも悪いと思ったので、等級3の『スタミナポーション』(高品質)を1箱、差し入れとして手渡しておきました。
さて、それでは俺も自分の実験室に戻って、用意してあった鉢植えの魔改造でも始めるとしますか。二徹は久しぶりですが、ポーションをしっかり飲んで、今日も一日元気にお仕事を頑張るといたしましょう!
次に此方の香辛料についてなのですがヾ(・ω・`)
失礼します、犯罪者の資料をお持ちしました(`・ω・´)
ほっほほ(*´﹀`*)
・・・・(; ・`~・´)




