第63話
打ち合わせなどがあるため、他の者達よりも早く噴水広場にやってきたのだが、催し物の最終日に休息日が重なったためか、広場には営業開始三時間前だというのにもかかわらず、既にかなりの賑わいを見せていた。屋台前には早くも並び始めている人々や、俺達が出展している屋台を左右から挟む形で長い屋台通りも出来上がっており、宛ら前に出張で訪れた際に見たことのある『博多の屋台通り』といった感じになりつつあった。その他にも、一体何処から持ってきているのか、昨日から木陰に設置されていたテーブルや椅子までもが、その数を増やしていた。
それに、昨日まではどちらかと言うと働き盛りの人が多く買いに来てくれていたのだが、今日はちらほら家族連れの姿まで見えていたので、どうやら口コミの方もだいぶ好調のようである。
(もうこれは一種のお祭りといってもいいのかもしれませんね)
「お前達、昨夜はかなり大変だったみたいな。ウィル達は大丈夫か?」
既に並んでいる人達がいたので、早くから来てくれていた冒険者達と打ち合わせをしながらお客を先導をしていると、屋台の奥で仕込みをしていた料理人達の中からギルドマスターのジョンが現れ、不安そうに此方へ話しかけてきた。
「ジョンさん、ご心配お掛けしました。事件の方は無事に片付きましたよ。それに領主様がお帰りになられたので、後のことは全てお任せしてきました」
「ウィルの娘が無事で本当に良かったな。姿が見えないようだが、今は家か?」
「実は、彼女自身もこちらに来たかったらしいのですが、一緒に仮眠を取っていたお母様が彼女のことをガッチリとホールドしたまま眠ってしまったらしくて、全く身動きが取れなくなってしまったみたいなんですよ。流石に今日はウィルさんでも起こすことができなかったみたいです」
「それだけ心配していたということなんだろう。と言うか、ウィルの店も今日は営業するのか?」
「休んでも構わないとは伝えたんですが、今は感謝の気持ちをこめて料理に向き合いたいんだそうです。てなわけで、サポートお願いしますね。今日はジョンさんがウィルさんの所ですよね?」
「あぁ、その予定だ。それじゃ、いつも以上に“厳しく”指導してやるとするか」
「そこは“優しく”じゃないんですか?」
「そんなやる気のある奴相手に、手を抜く訳にはいかないからな。そういう時に実力を伸ばしてやってこその指導者ってもんだ。お前も弟子を持っているなら、しっかり育ててやれよ!」
「なるほど・・・・勉強になります」
「そういや、『トマト』料理も若様のところ持って行くんだろ?さっき聞いたが、ここで出されてる料理の分は俺が全部作っちまって本当に良いのか?」
「えぇ、他の方達には別の料理をお願いしてますからね。それに『赤の煮込み料理』はまだ完成してませんよね?」
「あれは流石に忙しくて手が回っていないからな。この催し物が終わり次第、取り掛かるつもりだったんだが・・・・」
「まだまだ披露するチャンスはあるでしょうし、その時は是非お願いしますね」
「まぁ・・・・そうだな。それじゃ、せめてここの料理だけでも美味く作って食べてもらうとするか。ちょっと待ってろ、今から最高の品を用意してやる!」
「お願いします。今日は出来たての状態を維持できる魔導具も準備してありますので、飛び切り美味しく作っちゃってください!」
「そんなモノまであるのかよ・・・・」
もちろん、そんな便利な魔道具を特殊な設備も無しに作れる訳はないので、実際には『インベントリ』に保管して運ぶ予定だ。というのも、『アイテムボックス』には状態保存効果がなかったことを店を出る前に思い出したので、誤魔化す為に鉄と木材を適当に組み合わせて作った『岡持ちモドキ』を作製して、そこに“それっぽい”回路を組み込んで誤魔化すことにしたのだ。詳しく聞かれたら、試作品の為コストが高すぎて実用性がないと言えばたぶん問題無いであろう。
また、お城に持参する料理なのだが、料理のレシピを渡してある料理人達には冒険者の方にお願いして先触れと一緒に連絡を入れてもらっているので、こちらに来る時に各自料理を作って運んできてもらえる約束となっている。
それとプレゼンに使う資料だが、事前に用意した物に加えて、新たに『粉末コンソメ製造工場』や『トマトケチャップ製造工場』のアイデアも追加したので、これを領主とクロードに見せれば、さらに書類の山が高くなることであろう。それに各ギルドに頼んである残りの資料も夕方には用意ができると思うので、プレゼン資料的にはそれで全てが揃うはずだ。
暫くすると料理を頼んでいた料理人達も続々と集まってきたので、ジョンが調理をしている間に他の料理を『インベントリ』に収納し、こっそり事件の被害者である三人に少し離れた場所にあるテーブルへ集まってもらい、念のため彼がマスター職を辞めないよう領主にもお願いする為に一筆書いてもらえないかと頼んでみると、いとも簡単に了承を得ることができた。
というのも彼らとしても、ジョンには恨みなど全くなく、むしろ『まだまだ現役でいてくれないと技術が盗めなくて余計に困る!』と口を揃えて言われた時には少し笑ってしまった。
これも今まで彼が歩んできた一つの成果なのであろう。この街の調理ギルドのマスターは、部下達からも愛される素晴らしい上司であるようだ。
(それでは、俺も頑張って引退阻止へ向けて働かせていただくとしますか!)
そして時間は進み、いよいよ営業時刻となったのだが、結局屋台前には100人以上の長蛇の列が三本も出来上がっており。その周りにも様子を窺うように、かなりの人が集まるという好条件から最終日の営業は始まりを迎えた。ナタク達も冒険者の方達と一緒になって先導を手伝っていたのだが、想定以上の仕事量に目の廻るような忙しさであった。
そんな中でも、今日もゴッツは大活躍で、紛紜を見つけると直ぐに駆けつけ火消しに尽力し、ナンパ目的の男性客達には微笑みかけながら節度を説いて回っていた。ただ、そんな彼でも今日に限って全く歯が立たない相手も現れ、悪戦苦闘している姿も見れたのだが・・・・
(まぁ、その相手とは迷子の女の子なんですけどね。その後アキ達と交代して無事に母親と再会することはできたのですが、女の子に大泣きされたことがショックでかなり落ち込んでいました。本当、彼って顔が恐いだけで根は凄くいい人みたいですね)
そんなトラブルもありながらも、初日に用意していた食材の丁度二倍の数に当たる400食を用意して挑んだ最終日の屋台イベントは大盛り上がりのうちに完売することと相成った。終始お客が途絶えることが無かったので、かなり疲れてしまったが、それ以上に遣り甲斐もあったので、催し物に参加していた全員がとてもいい笑顔で喜びを分かち合っていた。
(彼らはまた夕方から大変でしょうけど、是非頑張っていただきましょう。それでは俺も、次の行動を開始するとしますかね)
この後、皆に後のことを託してから順番にギルドに赴きお願いしてあった用紙を確保して回ったのだが、どちらも予想より遥かに多い人が問い合わせに来てくれていたみたいで、これだけでも交渉でかなりの武器になりそうであった。
思った以上の結果に上機嫌になりながら領主の待つお城へ向かったのだが、夜に会う約束をしていたのにもかかわらず、予定よりかなり早い時間に到着してしまい、どうしたものかと悩んでいると、直ぐにメイドの方に連れられて領主がいる執務室へと通された。なんでも、到着次第、直ぐに自分の下へ来るようにとの通達がなされていたようだ。
「旦那様、ナタク様をお連れしました」
「うむ、ご苦労。お前は下がってよろしい」
「はい、失礼いたします」
そう言ってメイドは執務室を後にしていった。そうして室内に残ったのは、ナタクと領主のアレックス。そして彼の補佐をしているクロードだけとなった。
「約束の時間前だというのに、直ぐに対応してもらい、ありがとうございます」
「いや、私もお前に色々聞かなくてはいけないことが山ほどあってな」
「俺も追加で色々面白いことを思いついたので、是非聞いてもらおうと思っていたところです」
「ほぉ。この状況を見て、“さらに”追加か・・・・」
「実はですね!「ちょっと待て!まずは私に話をさせてくれ!!」はぁ・・・・」
「私も街に帰ってくるのが遅れて、申し訳なく思っている。もちろん、ここを離れていた間に仕事が溜まっているのも覚悟していた。
だがな、流石にこの量はおかしくないか?なんだ、この書類の山は!覚悟していた量の数倍は積みあがっているんだが!?」
「一昨日も、クロードさんが頑張って積み上げていましたからしね」
「えぇ。ここまで溜まると、なにやら達成感のようなモノが湧いてきますな」
「いや、二人して楽しそうにされても困るんだが!?どうやれば数週間でこんなに仕事が溜まるのだ?簡単なものはクロードの方で全部処理して良いと前々から伝えてあったよな?」
「左様にございます。ですから、それ以外の旦那様の承認が必要な物だけをここに集めさせていただきました。私の方で処理いたしました書類は別室にて保管させていただいておりますので、後で確認をお願いいたします。あちらもかなりの量となっておりますので」
「なんだと・・・・」
「それと先ほどモーリスより、新たに三ヵ所の闇ギルドの拠点を制圧することに成功できたと報告が入っておりますので、暫くしたら不正取引の証拠や犯罪者達の詳細なども、纏めて此方に運ばれてくるかと思われます。また仕事が増えますな、旦那様」
「そろそろ置く場所もなさそうですし、机を運ぶならお手伝いしますよ?」
「それは助かりますな、是非よろしくお願いします」
「お前達、随分と仲良くなったみたいだな」
「クロードさんとは、最近一緒に仕事をさせてもらっていましたからね。地質調査や領内の麦の収穫量の算出データ、新しい野菜の最も栽培に適していそうな土地の候補まで、色々アドバイスを頂戴していたのですよ」
「いえいえ、私も中々に楽しめました。やはり新しい作物とは良いものですし、街の住人に早くも受け入れてもらっているようで、この後の本番ではさらに期待が持てそうで何よりでございます」
「それは先ほど優先順位の高い仕事として渡された、この『トマト』と言う野菜のことか?」
「左様にございます。そちらがナタク様がだいこんと同じ様に新たに生み出された、とても興味深い野菜となっております」
「今日はそちらの取引の交渉も、させていただこうと思っています。それと、先ほど催し物で振舞われていた各種料理も持参させていただきましたので、領主も是非ご賞味ください。どれも一流の料理人が手がけた、一級品の『トマト』料理となっておりますよ」
「まったく、お前の準備の良さには本当に呆れる。もう料理のレシピまで開発しているのか・・・・・」
さて、それでは『トマト』の交渉から始めさせてもらうといたしますか!まだまだたくさん領主様には取引してもらわなくてはなりませんからね、気合を入れてプレゼンさせていただきますよ!
いやぁ、中々に壮観でありますな(*´﹀`*)
達成感がありますね(*´∀`*)
おまえらなぁ・・・(; ̄д ̄)




