第13話 転生2日目1-9
改めて、彼女の姿を観察してみる。ゲーム時代アバターを作製する際に、種族は違えど全員がこの世界での成人となる15歳からスタートとなる。そのアバターを使って転生したということは元の年齢は判らないが、現在は間違いなく“今は”15歳なのであろう。
確かアップと言われているヘアースタイルだったか。燃えるような力強いローズレッドの髪を襟足を見せるように束ね、後頭部で優雅にまとめられている。丁寧な話し方とは裏腹に、意思の強そうな紅い瞳は真っ直ぐナタクを見つめて放さない。
自分の理想を追求できるアバターを基にして作られた身体だけあって、非常に整った凛々しい顔立ちをしている。身体つきも抜群のプロポーションをしているが、けして凹凸の激しい曲線美などではなく、まるで博物館で見た有名な彫刻のような、見る者に感動すらあたえる美しさがそこにはあった。
その身体を浴衣のようなデザインの羽織にスカートを合わせた、どことなく自分の格好に似ているが、要所要所で女性らしい可愛らしいデザインが施されている装いをしていた。自分が侍寄りの格好だとすれば、彼女は忍者という所であろうか?
これはゲーム時代のアバターの特徴なのでナタクにも言えるのだが、細かく細部を変更できるプレイヤーメイキングのおかげで、プレイヤーは美男美女になる確率が非常に高い。よほどネタに走らない限り自分の理想を体現できるのだから、プレイヤー達はこのアバター作製に多くの時間をかけていた。
転生の際にナタクが自身の身体を変更しなかったのにはそういった理由もあるのだが、それにしてもナタクの前に座る彼女は、群を抜いて美しかった。どこかの女神様が言っていた、美の女神が裸足で逃げ出すとは、こういうことをいうのではなかろうか。
「まずは私がどういった者かを、お話した方がよさそうですね」
色々考え込んでいると、彼女から話を切り出してきた。
「私はゲーム時代、暁の旅団っという中堅クランに所属していた“上忍”になります。プレイスタイルは主に『斥候』『偵察』『情報収集』などを担当して遊んでました。“サブ職業”は“裁縫師”です。
“見習い”の情報は、とある上級プレイヤーの方、まぁリアフレなんですが、他言無用を条件に教えてもらっていたので実践したことはないのですが、知識だけはありました。うちのクランはそこまで大々的に活動していたわけではないクランだったので、たぶん私のことを知らないのは当然だと思います」
「成程、それで俺があなたのことを知らなかったんですね。この情報を正確に知っているプレイヤーは全員知り合いなので、おかしいなぁと思っていました。自己紹介がまだでしたね、確かに俺は転生者の人間で、名前を那戳と言います。
ゲーム内では“鍛冶”の派生職業でしたね。今は、まだ準備段階で錬金術師をやっていますが、こちらもほぼメインのようなものです。
ゲーム時代は色々やらかしているので詳しい話はご遠慮ください。ご指摘の通り、上位プレイヤーの一人をやっていました」
「分かりました。それで、ナタクさんに折り入ってお願いしたいことがあるのですが・・・・」
(なんだろう?美人にお願いされるのは吝かではないのだけれども、この世界に来て以来どうやら女難の相が出てる気がしてならないんだが・・・・)
そして意を決して彼女の口からこう述べられた。
「・・・あの!私の“お師匠様”になって頂けないでしょうか!」
(お師匠様とな?って事はゲーム時代でいう指導役って意味でいいのかな?別にゲーム時代にクランや他のプレイヤー達に鍛冶関連で師事されていたので別にかまわないのだけれど、まさか転生2日目で弟子志願者が出るとは思わなかった)
「失礼、質問させてもらってもいいですか?」
「はい!何でも聞いてください!」
(うん?今何でもって?って、ここでスリーサイズとか聞くほど勇者(笑)じゃないからね!ヘタレじゃないからね!!)
馬鹿なことは置いておいて、気になることを聞いていく。
「では、師事したいとは具体的には何を指すのでしょうか?“サブ職業”も結構色々と育てていましたが、メインとしてやっていたのは、鍛冶関係と錬金術関連が殆どです。確かに裁縫も多少できますが、メインでやられた方よりは、やはり知識が少ないですよ」
「いえ裁縫もできれば他の職の有用なスキルなどを教えて欲しいですが、どちらかと言うと戦闘やステイタス関連などの育成関係で私を鍛えて欲しいんです!
ゲーム時代は、どうしても中堅クラスで伸び悩んでしまっていたので、是非ナタクさんに師事したいんです」
成程、確かにゲーム時代ならばスキル取得状況やステイタスの選択次第で途中で詰んでしまう事がよくあった。ゲームなら諦めがつくかもしれないが、ここは既に現実である。できれば失敗はしたくない気持ちは良くわかる。
「後もう一つだけ、この世界に招かれたあなたの“適正者”の条件ってなんだか分かりますか?これは単に興味があるだけなので、言えなければ無理に答えなくてもいいですよ。ちなみに俺の場合は、技術革命をもたらすとかでした」
「別にかまいませんよ。たぶん私の場合はこの“裁縫師”に関係することだと思います。地球でもデザイナー関係の仕事をしていて、こちらの世界でも地球では作ることのできない様々なデザインや機能美を持つ洋服をたくさん作っていたので、きっとそのせいだと思います」
(ということは、レベルに関係なく技術力を認められてこの世界に招かれたと言うことか。ただ、戦闘職などはそこまで自信が持てない感じかな。ここは女神ユーミアちゃんへの恩返しも兼ねて受けることにしますか。どうやら“見習い”の知識もあることだし、最初から鍛えることができるのであれば、かなりよい感じに導くことができる自信もありますしね)
「そうだったんですか、教えていただきありがとうございます。師事の件ですが、俺でよければお受けいたします。ただ、一つだけ条件を付けさせてください」
「本当ですか!!ありがとうございます!!!私にできることであれば何でも言って下さい!」
(また何でもって・・・この子結構危いな。俺が盛ったサルだったらどうするんだまったく。ほんと変態じゃない方の紳士でよかったですね!その辺もおいおい教えていきますか。なんか、弟子というより、会社の新人を受け持った気分です)
「“お師匠様”だけは、勘弁してください。知り合いとあだ名が被るので・・・・」
「はい!それでは、ナタク“先生”で♪」
こうして転生二日目にして、新たな弟子が誕生した。
「それでは本格的に暗くなる前に帰るとしますか。定宿などあるのでしたら送っていきますよ」
「いえ、昨日街に着いたばかりなので特に決まっていませんよ。昨晩は表の大通りに宿屋を取っていたのですが、宿泊費が高かったので、今日は別の所を探そうかと思っています」
「なら、俺が泊まってる宿をご紹介しましょうか?料金も良心的で、何より食事が驚くほど美味しいですよ」
「本当ですか?ではお言葉に甘えさせていただいてもよろしいですか?」
「えぇ、それでは行きますか」
喫茶店の外に出ると、外は昨日ナタクがこの街に到着した頃と同じ、オレンジ色に包まれた世界に様変わりしていた。宿までまだ少し距離があるので、お互いのことについて話しながら向かうことになった。
「昨日街に着いたって言っていましたが、アキナさんは転生したのはいつ頃なんですか?」
「私は昨日こちらの世界に来たばかりですね。目が覚めると少し街道から外れた森の中に転生したみたいなんですが、街道に出たらすぐにこの街が見えたので昼前にはもうイグオールの街に着いてましたね」
「なんとうらやましい。俺も昨日の朝に近くの森で目が覚めたんですが、場所が結構奥の方だったのか夕方の4時頃まで森を彷徨ってましたよ。まぁ、おかげで錬金術の素材を結構集めることができたのですが、この街に着いたのが大体今頃の時間でしたね」
「おぉ、ではほぼ同じタイミングでこちらの世界にいらしていたんですね。って、先生は時計をお持ちなんですか!?」
「あぁステータスボードの上の欄にオプションがあって、そこから各種ツールが設定できますよ。女神様が頑張ってゲームの機能を再現してくれたみたいで、非常に助かってます」
「本当だ!アラーム機能まで搭載って本当に便利ですね。わっとと、歩きながらは危険ですね。後で落ち着いた時に設定してみます」
「そうですね、歩きスマホならぬ歩きボードは事故の元です。そういえば、ここにも裁縫ギルドありましたか?」
「はい!有名どころのギルドは殆どあるみたいでしたね。職人関係はだいたい西大通り周辺に固まってるみたいでした。東の大通りで一番大きい施設は、異世界の華“冒険者ギルド”とかがありましたよ。昨日は場所だけの確認で中には入りませんでしたけど。あと正面の大通りは商業関係が多いイメージですかね?」
「昨日ついたばかりなのにだいぶ調べてありますね。俺なんて昨日は宿について風呂飯を済ませた後は、すぐに爆睡してしまってましたよ」
「えへへ♪街歩きや情報収集は趣味みたいなものなので。もう少し時間があったら、もっといっぱい情報仕入れてこれますよ!」
「さすがは上忍。恐れ入ります」
「いえいえ。そういえば先生、私に対して敬語じゃなくても大丈夫ですよ。名前も呼び捨てでかまいません。なんか師匠をお願いした手前、敬語で話されるのがちょっとむずがゆくて」
「あぁ、すいません。このしゃべり方は完全に素なんですよ。社会人になってからずっと目上の人とばかり話す機会が多くて、すっかりこれに慣れてしまって。親しい友達と話す時はもう少し砕けた感じになるんですが、どちらかと言うと遠慮がない喋り方になる感じでしょうか?あまり好ましくないので、おいおい直してはいくので、慣れるまでもう少し我慢してもらってもいいですか?」
「そうだったんですか、分かりました。それではせめて名前はアキと呼んでください。親しいフレンド達にはいつもそう呼ばれていたので」
「わかりました。ではアキ、これからよろしくお願いしますね」
「はい!こちらこそよろしくお願いします、先生♪」
そうこうしている間に、宿屋“満月亭”前に到着していた。
「ここが、俺が利用している宿屋の“満月亭”です。大通りの宿屋よりは大きくありませんが落ち着いた雰囲気で非常に気に入っています」
「わぁ、結構お洒落な宿屋ですね。先生のお勧めの食事の方も凄い期待できそうです!」
宿屋の扉を開けると小さなベルの音が鳴る。今日はすでに受付の席に女将さんが座っていたので、そのまま声をかける事にした。
「女将さん、ただいまです。同郷の方をお連れしたのですがお部屋に空きってありますか?」
「ナタクさんお帰りなさい。まぁまぁ、すごい美人さん!ナタクさんの彼女さんですか?今日から二人部屋に移りますか?(ニヤニヤ)」
「いえ、彼女じゃないですよ。さっき街で偶然会うことができて、定宿も特にないそうなのでここを薦めさせてもらいました」
「あら残念。こういう時は、もうちょっと慌てたほうが可愛いですよ。お部屋でしたらナタクさんの隣の204号室が今朝空きましたので、そちらをご用意できますよ」
「それでは、そちらをお願いします。先生は何泊お部屋を取っているんですか?」
「そういえば、宿泊数延長を頼もうと思っていたので、合計で10日分お願いします」
「それでは私も同じ日数でお願いします」
「畏まりました。それでは彼女さんはこちらの宿帳に記帳をお願いします。料金は一泊大銅貨4枚なのでナタクさんが5日追加で銀貨2枚、彼女さんが9日分で銀貨3枚と大銅貨6枚になります」
「じゃ、これでお願いします」
そういって金貨を1枚女将さんへと渡す。ここはアキの分も一緒に払うことにした。
「先生!さすがにそれは悪いですよ。ちゃんと自分の分は払います」
「いえ、気にしないで大丈夫ですよ。これは今日稼いできたほんの一部なので。ちなみに明日にはアキにも働いてもらって、お金を稼げるようになってもらいますので、それのほんの投資です。それに、俺を探すために一日潰させちゃったみたいなので、その事のお詫びも兼ねているので」
「あぅ。それでは明日、先生の恩に報いることができるように頑張って働きますね!!」
「あのぉ、やっぱり二人部屋に案内しましょうか?随分といい雰囲気だし♪」
「「いえ!普通の部屋に案内してください!」」
「あは!息ぴったりですね、とってもお似合いですよ!」
こうして色々あった転生2日目は、最後までバタバタとしながらもやっと終了した。
やっぱり女難の相が出てると思う。近いうちに教会に・・・って、あそこも女神様だったか。
ヘタレめ・・・・(* ・Д・)ケッ