第61話
『フギンとムニン』
確か、北欧神話に出てくる主神オーディンの配下であり、世界を飛び回り主人へ情報を届ける役割を担っていた、二対一体のワタリガラスの精霊だったはずだ。ゲームの頃にも世界中でその目撃情報が多く寄せられ、どうやらこの世界では契約可能な精霊であることが確認されると、数多くのプレイヤーが彼女達と契約を結ぼうと躍起になって捜索活動がおこなわれていた。
だが、彼女達の特性でもある『世界中を飛び回って情報を集める』という習性のおかげで、まず遭遇することすら困難であり、唯一会える可能性が高いとされていたのが何か大きな事変や災害などが起こった現場なのだが、ついぞその精霊と契約を果たせたプレイヤーがいたとはナタクも聞いたことがなかった。
そしてその数少ない機会に恵まれ、彼女達と接触を果たしたことのある知人のプレイヤーに話を聞けたことがあるのだが、どうやら契約の条件が毎回バラバラなのと、直ぐに何処かへ飛んでいなくなってしまうため、契約を結ぶのはほぼ不可能に近いんだそうだ。
ちなみに、その人が契約時に要求されたのが、その月にうちのクランで初めて公表・発売したばかりの新商品のお菓子だったらしい。というか、そのアイテムの情報を知ってた精霊にも驚きだが、うちのクランがそのお菓子を売り出したおかげで契約が出来なかったと、偶々居合わせた俺に苦情を言われたので、余計に印象に残っていた。
しかもその後、何故かお菓子を驕らせた上、散々各地に連れまわされたという出来事もあったのだが・・・・まぁ、今は止めておこう。
他にもあった似たような噂を要約すると、どうやら彼女らとの契約には最新のお菓子が鍵となっているらしい。それも“話題”の商品であることが必須条件になるようで、作ったばかりの新レシピを持参して彼女達の前に提示しても見向きもされなかったという報告もあるので、ある意味上位精霊よりも契約条件の難易度が高いと言われている、かなり変わった精霊でもあった。
「・・・・この子達と同じ格好をした、栗毛の女の子を捜してほしいの。たぶん街の南側の何処かにいると思う」
『かくれんぼ?私達が見つけるの!』
『街だけなんてちょ~簡単、直ぐ見つけてオニさん交代です!』
「・・・・ちなみに、そこにいるのはその子お母さんだから違う人だよ?」
『あいあいさぁ!』
『じゃ、ちょっと行ってくるです~』
「・・・・よろしくね~」
そう言って彼女達はナタク達の頭の上を大きく数回クルクルっと旋回した後、街の南側へと飛んでいってしまった。
「・・・・たぶん、リリィがこの街から出ていなければ30分ぐらいで見つけて戻ってくると思う。だから、早く準備しておこう」
「了解です。それにしても、アテナさんは彼女達とはいったい何処で知り合ったんですか?」
「・・・・フギン達?えっと、数年前にあった大きな嵐の次の日、森へ狩りに出かけたら木に引っかかってグッタリしている二人がいたから助けてあげたの」
「もしかして、その時なにか食べ物を要求されませんでしたか?」
「・・・・食べ物?」
「たぶんお菓子とかだと思うんですけど?」
「・・・・そういえば、お腹が空いているって言ってたから、朝にお姉ちゃんから貰ったクッキーを一緒に食べたかも。でも、ナタクは何でそれを知ってるの?」
(なるほど、たぶん姉のアルマさんが手渡したクッキーこそが、その時街で話題になっていたお菓子だったんでしょうね。そう考えると、アテナさんはかなりの幸運の持ち主かもしれません)
「いえ、彼女達のとの契約条件を昔友達に教えてもらったことがあったので、確認してみたかっただけです。もしかして、他にも契約している精霊がいたりしますか?」
「・・・・うん、大きな鷹と狼がいるよ。でも、街だと魔物と勘違いされて騒ぎになるから呼べないけどね」
「片方は姐さんの二つ名の代名詞と言える精霊だな。まぁ、そのうち見せてもらえるだろうよ。どうだ、姐さんってすげぇだろ?」
「えぇ、召喚師自体なかなか就けない職業ですからね。てっきりアテナさんは狩人だと思ってました」
「・・・・私の場合、気が付いたら発現してたの。そしたら教会のシスターに『こっちでも弓は使えるからお勧め!』って言われたから、その時からずっとこの職業にしてるの」
「貴重な情報ありがとうございました。それじゃ、彼女達が帰ってきたらこれをお礼にあげて下さい。俺が持ってる最後のキャラメルになります」
「・・・・ありがとう!二人とも甘いものが大好きだから、きっと喜ぶと思うよ」
そうこうしているうちに、精霊の二人が戻って来てアテナの肩に止まってなにやら報告をしていた。アテナの表情を見る限り悪いニュースではなさそうなので、どうやら無事にリリィを見つけてきてくれたようである。
「・・・・ナタク、二人がリリィを見つけたって。南門の近くの小さめな公園の横にある“青い屋根の家”に昨夜連れ込まれるのを見ていた子がいたらしいよ。今も地下の覗き窓から見えるって」
「青い屋根だと、コンゴの自宅の方だな」
「それでは、今から助けに向かいましょう。皆さん用意はいいですか?」
「おぉよ、暴れてやるぜ!!」
「任せてくれたまえ、私も先陣きって大立ち回りをしてやるさ!」
「隊長さん、アメリアさんが無理しないようにフォローお願いしますね。何かあったら領主様に殺されかねないので」
「心得ております、お任せください」
「ナタク君、それはあんまりだよ」
「まぁ、今回はお互い血を流さずに解決するつもりなので、大丈夫だとは思いますけどね」
「なんだい?ここまでやられて、まさか話し合いで解決させるつもりじゃないだろうね?」
「いえいえ。そんな勿体・・・・平和的に片付けるつもりはありませんよ。彼らには報いとして“ちょっと”した地獄を体験してもらう予定なので」
「「「(今、絶対勿体無いって言いかけたぞ!?)」」」
「まぁ、現地についてからのお楽しみで。アキ、例の物を出発前に皆さんへ配っておいてください」
「了解です!在庫はいっぱいあるので、それぞれお好きな物を持っていってください!」
出陣の準備も完了し、ガロンとアテナの案内で到着した建物は、高級住宅が建ち並ぶエリアの中に存在していた。精霊達もこの場所を示していたので、リリィが捕らえられているのは、ここで間違いなさそうだ。周囲を確認してもらうと、どうやら見張りは門の前に立っている二人だけのようなので、他は建物の中にでも配置されているのであろう。
(実に舐められたもんですね。おそらく、こちらが強行手段にでないと高を括っているのでしょう。それでは、彼らには激しい後悔をしてもらいましょうか・・・・)
まずはどうやって表の警備を黙らようかと考えていたら、アメリアとガロンが少し目を離した隙に、ターゲットに声すら上げる暇もなく気絶させてしまっていた。こういう時、レベルが高いのが羨ましく感じる。
「・・・・ナタク、リリィを見つけた!建物の西側にある地下の覗き窓から様子が見れたよ」
「ありがとうございます。ちなみに、頭にスカーフは付けていました?」
「・・・・うん。お店の時と同じ格好だった」
「了解です。それでは、救出作戦を開始しますね」
「おぅよ、待ってました!」
「まず最初は“これ”で攻撃しますので、今から作戦を説明しますね」
「これはなんだい?」
「このアイテムは『催涙煙幕』と言って、煙幕の効果に加えて『一定時間、相手の視力・嗅覚・呼吸器官に機能障害を与える』といった代物になります。まぁ簡単に言うと、中に入っている成分の関係で、目・鼻・口に強い痛みを伴う刺激を与えて、相手の行動力を一時的に奪ってしまうことができるアイテムになりますね。水などで洗い流さないと一時間は正常な状態に戻れないはずですよ。しかも、これは体を鍛えていようがいまいが関係なく効果が見込めますね」
「また、えげつない物を用意したなぁ」
「・・・・そんなの使って、中にいるリリィは平気なの?」
「そこで必要になってくるのが、出発前に皆さんにアキが配っていたこちらの『防塵スカーフ』というアイテムになります。これは必ず『頭部』に装備する必要があるので、皆さんも忘れずに装備しておいてください。このアイテムを装備していると、アイテムの効果で煙幕を無効化してくれますので。ちなみに、リリィさんが頭に付けているのと同じアイテムになります」
「これは口に当てていなくてもいいのかい?」
「頭に鉢巻や髪留め代わりに使っても、効果があるのは確認済みですね」
「それじゃ、これを装備してからこの煙幕を建物に投げ入れればいいんだな?」
「そうなりますね。それと使い方は、ボールの後ろにある出っ張った部分に少しだけ魔力を流すと起動しますので、後は煙が出る前に投げちゃってください。本当はこめた魔力によって起動するまでの時間が異なるのですが、今回はそれ程気にしないでも大丈夫でしょう。一応投擲スキル持ちが二階部分を、それ以外の人は一階と地下に投げ入れてください。煙がある程度充満したら突入しますよ!」
「ほぉ、ここの家は贅沢にガラス窓なんだね。これは投げ入れるのが楽しそうだ!」
「それでは、“害虫駆除作戦”開始しましょう!!」
作戦開始の合図と共に、煙幕を受け取った人達が次々に建物の周囲に散開していき、全員で一斉に煙幕を建物に投げ入れ始めた。一応、煙幕から引火して火事にならないよう『炎結界の魔導具』も持ってきているので、起動して入り口の横に設置しておいた。
(こっちまで放火魔扱いされては堪らないですしね)
暫くすると建物のいたるところから煙が上がっているのが確認できるようになり、中から怒号や叫び声が聞こえ始めたので効果の方も申し分ないようだ。
(おっ、遂に最初の脱出者が出てきたようです!)
「中から出てきた人を直ぐに縛り上げて、終わったらこの樽に入っている水を頭からかけてあげて下さい。それで症状はだいぶ治まるはずです」
「この水は何か特別なモノなのかい?」
「いえ、ただの水に『治癒のポーション』と『解毒のポーション』を1瓶ずつ入れて混ぜ合わせただけですよ。これだけでもだいぶ症状が緩和されるはずなので」
「それにしてもとんでもないアイテムだね、この『催涙煙幕』ってやつは・・・・」
「本来、畑にいる害虫を駆除する為のアイテムとして領主様に売り込む予定だったんですけどね。まぁ、暴徒鎮圧にも効果絶大なのでいい予行練習になりそうです。それでは、俺は今から中に入って煙が行き届いていないところに追加でこいつを投げ込んできますね」
「確かに、これなら無血での事態の解決が図れそうだ。まぁ、相手はまったく無事ではないけどね・・・・」
「しっかり報いは受けてもらいますよ。それでは、ちょっと行ってきますね」
まずは一人で建物の正面玄関から進入すると、廊下部分にも多少は煙が回っていたのだが、まだ充満には程遠かったので、この辺りにも重点的に煙幕を散布していく。なにせレベル上げのためだけに数百個単位でアキナと作ったので、ここは大盤振る舞いさせていただこう。
ナタクが建物に侵入してから暫く経つと、先ほどより更に家屋から吹き出る煙の量が増していき、それに比例するかのように建物の外へ脱出する人の数も一気に増えていった。その中には二階の窓から飛び降りたり、泣き叫びながら窓を突き破ってくる者まで現れ始め、まさにナタクが最初に言っていた地獄絵図そのものと化し始めていた。
その逃げてきた人々を先ほどから領兵に混じって、ゴッツとガロンも一緒になって縛り上げていたのだが、最初は楽しく捕まえていたはずが、彼らの惨状を見続け、次第に同情したい気持ちが二人の中で大きくなっていた。
「なぁ・・・・、ガロンよぉ」
「なんだ?」
「俺は決めたぜ。今後、どんなに報酬が良い依頼だろうが、あの兄ちゃんの敵に回る仕事だけはぜってぇ受けねぇことにする」
「それは同感だ。俺も、もし依頼を辞めるのが少しでも遅れていたらと考えると、正直ゾッとする。それに今縛り上げられているコイツら、チンピラ崩れと言っても一応ブロンズの冒険者だぞ。こうまで簡単に無力化されてしまっては、正直目も当てられん・・・・」
「体を鍛えていても関係なしか。多少は我慢できるかも知れないが、確かにまともに動けるとは思えねえなぁ」
「まったくだ」
「しかもこれ、本来は畑の虫を退治するためのアイテムらしいぞ」
「この威力でか・・・・」
「「(・・・・おっかねぇ!!)」」
自分のいない所で、何故か知り合いにまでかなりの要注意人物として認知されてしまったナタクであった。
バル○ン!(`・ω・´)
「「「エ・・・エグい!」」」( ̄□ ̄;)!!




