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幕間:とある冒険者の苦悩

 

 SIDE:ガロン


 俺の名はガロン・レーベント。イグオール冒険者ギルドに所属する、シルバークラスの冒険者だ。


 小さい頃から我武者羅(がむしゃら)に剣の修行に明け暮れ、かつてこの街で生まれた伝説の冒険者のようになりたいと、8歳の頃にせめてもう少し待って領兵になってくれと強く勧めてくる両親を何とか説得し、仮契約の下積み期間からこの世界に飛び込んだ、叩き上げの冒険者であるのが俺の自慢だ。


 幸いなことに、師事した先輩達にも実力を認めてもらえメキメキとその頭角を現し、順調にクエストを重ね実績を積んでいき、18歳になる頃には同じ冒険者仲間であり、後の伴侶となる妻のルシカとも巡り合うことが出来て、順風満帆な人生を謳歌していた。


 ただし、冒険者の世界は完全実力主義でもあるため、中には俺以上の才能を開花させて、あっという間に追い抜いていった天才少女なんかも中にはいたのだが、持っている実力が違い過ぎたこともあり、特に嫉妬を起こすことも無く、お互い良きライバルとして日々の仕事に励んでいた。



 そして一昨年、ついにルシカとの間に待望の第一子となる女の子のロスカが生まれ、時を同じくして俺の冒険者クラスもシルバーへと昇格することが決定し、まさにあの時が俺の人生最高の瞬間だったんじゃないかと思えるほど、たくさんの幸せを噛み締めていた。


 しかしその一年後、全てをひっくり返すような最悪と言ってもいい出来事が、俺の家族を襲うこととなった。



 その年は、数年に一度あるかないかの麦の当たり年で、豊作のために、小麦の価格が去年よりかなり下がったこともあり、妻と一緒にパンが安く買えると喜んでいたのだが、少し後になって、俺達夫婦が世界で一番大切にしている一人娘のロスカが、高熱を出して寝込んでしまった。


 最初に見せた医師の話では、ただの風邪(カゼ)なので安静にしていれば直に良くなると言われ、その時は安心して家に帰ったのだが、処方された薬を与えて3日が経っても娘の病状は一向に良くなる兆しが感じられなかった。


 次第に「これはただの風邪とは違うのではないか?」と俺達夫婦も不安に思い始め、昔に仕事で知り合った商人に無理を言って街でも名医として有名な医師を紹介してもらい、彼に娘を再度診察してもらえることになった。


 その時明らかになったのは、これはただの風邪などではなく『ライレッド病』と言われる流行り病の一種で、幼い子供がこの病気に(かか)ると、最悪死亡することすらあるとても恐ろしい病気なんだと教えられた。


 幸い、薬は診療所に完備されていたので、すぐに処置がおこなわれ、娘は命を取り留めることが出来たのだが、薬の投与が遅れてしまった為に、娘には後遺症が残ってしまう結果となってしまった。


 医師の話によると、この後遺症は眼に関する進行性の症状らしく、次第に視力が低下していき、最終的には失明してしまう事もあると告げられ、俺はこの世界と娘の辛さを理解できなかった自分の愚かさを全力で呪いたくなるほど、激しい後悔の念に襲われた。


 もしあの時、最初にこの医師の下へと娘を連れてきていればと、思わずにはいられなかった。



 ただし、まだ希望もあるらしく。現在、この街で手に入る薬でも多少は病気の進行を遅らせることが可能であること。そして、王都の錬金ギルドかこの街でおこなわれる大きなオークションなどで、もしかしたら視力を回復させる特効薬が出展される可能性も残されているとの情報を教えてもらえた。


 しかしながら市場に出回る数の少なさから、入札にはかなり高額になることを覚悟した方がよいも教えられたが、金を用意すれば娘の眼が治るのであれば、是が非でも集めない訳にはいかなかった。



 その後、一旦娘を妻に託して一人で王都の錬金ギルドを訪れ、現在薬を取り扱っているかを確認もしてみたのだが、どうやらとても人気の高い商品らしく、大抵入荷しても直ぐに買われてしまってい、予約待ちの状態であることが告げられた。


 ダメ元で何とか無理にでも購入できないかとも頼んでみたのだが、対応できないと言われてしまい、もし直ぐに手に入れたい場合は、新たな遺跡調査に参加して自分で発見するか、オークションで競り落とすしかないと言われてしまった。


 確かに俺は、シルバークラスの冒険者なので、大抵の場所ならば発掘にも参加させてもらえるだろうが、遺跡調査で狙った物を運よく入手できる可能性など皆無であることは、自分でもよく理解していた。というか、以前に仲間達と遺跡調査に挑んだことがあったのだが、あれはそんなに甘いものではなかったからだ。


 なので一応予約だけは入れさせてもらって、一旦イグオールの街に帰ってきて、今の自分に受けられる高額の依頼を片っ端から請け負ってお金を稼ぎ、一縷(いちる)の望みを託してオークションの出展に賭けることにした。



 嬉しいことに、事情を知って依頼を譲ってくれたり手伝ってくれる昔からの冒険者仲間も多くいてくれ、一年でそれなりの金額を稼ぐことは出来たのだが、残念ながらその年のオークションでは、目当てのアイテムを確認することはできなかった。


 それでも諦めきれず、知り合いの商人達にも協力を仰いで情報を集めてもらってはいたのだが、ついにその年は情報を掴むことは出来なかった。



 しかし分かったことも少くなからずあって、過去の落札金額の詳細を知っている人物に出会うことができ、現在の手持ちではまだまだ足りないことが明らかになったので、次の機会までにまた金策に励むことになった。



 ちなみに娘は順調に成長しており、妻に似てとても可愛らしい顔立ちの優しそうな子供へと育ってくれていたので、彼女の眼を治すためなら寝ないで働くことも苦にはならなかった。それと俺の身を案じて、妻のルシカも仕事に復帰して一緒に金策を手伝うと言ってはくれていたのだが、その間、娘に寂しい思いはさせたくなかったし、なにより俺のような碌でもない親父の顔より、少しでも母親の顔を娘に覚えさせてやりたかったので、頑なに彼女の仕事復帰を認めることが出来なかった。


 それに高額な仕事はそれだけ危険も伴い、嫌な汚れ仕事もあるので、もし両親揃って亡くなるといった最悪の事態になってしまったらと思うと、妻にはなるべく無理をして欲しくなかった。



 そう、まさに俺が今受けているこの護衛の仕事こそ、その“汚れ仕事”の最たるものと言えた。


 元々、街中の護衛の仕事にしてはかなり高額な依頼であったし、受注表にもシルバー以上の冒険者向けと記載されていたので、最初は俺と同じシルバークラスの冒険者であり、護衛任務を得意とする『サラマンダーの牙』の面々にギルドはこの話を持っていくつもりだったらしいのだが、俺が無理を言って依頼を譲ってもらえないかと頼んだところ、事情を知っていた彼らは快く頷いてくれた。


 本当に申し訳なく思っているのだが、次のオークションまでにそこまで時間が無かったし、それまではなるべくこの街から離れたくなかったので、譲ってくれた彼らには感謝しても仕切れなかったのだが、残念ながら思ってた以上にその依頼主は畜生以外の何者でもなかった。



 まず俺以外に雇われていたのが、冒険者ギルドでも札付きと言われる問題行動ばかり起こしている連中であったり、他にも自分は裏で犯罪ギルドと繋がっているなどと(うそぶ)き、それを武勇伝のように語る碌でもない連中の巣窟であった。


 そこのギルド、もし本物の組合員を一人捕まえるだけでも金貨数十枚は下らないのだが、こいつを領兵に突き出しても良いだろうか?


 まぁ、話す内容が稚拙過ぎるので、少し聞いただけでも嘘なのは丸分かりなのだが。


 どうやら俺は、こいつらのまとめ役として雇われたらしい。本当に、頭が痛くなってきた・・・・


 それと、この『コンゴ』という雇い主、なんと貴族の隠し子だったらしく。実家もそれなりに裕福な商家であり、小さい頃から我がまま三昧の生活をおくっていたようだ。


 もちろん、金も自分で殆ど稼いだことも無く。唯一の取り得が料理だったらしいのだが、コイツぐらいの腕前の料理人はこの街にもゴロゴロいるため、努力もしないこんな男に普通はここまで大きな店舗を経営できるはずはないのだが、(ひとえ)に実家の御威光(ごいこう)あってのモノなのは、ここに来て直ぐに理解することができた。



 それでも雇い主には変わりないので、せめて冒険者達だけでも悪さをしないように上手く纏めていたのだが、珍しく雇い主が俺を連れないで出かけた時に、どうやら盛大にやらかしてくれたらしい。


 なんでも、いつも勝手にライバル視して嫌がらせを繰り返していた向かいの店に対して、ギルドから不正としか思えない方法で入手したであろう『融資契約書』引っさげて乗り込み、見事返り討ちにあって戻ってきたんだとか。しかも、冒険者の下っ端共に店の入り口まで破壊させていたと言うのだから、実に笑えない。


 正直この話を聞いた時、胃に穴が開くかと思った。あれだけ犯罪には手を貸すなと執拗(しつよう)にコイツらには言い聞かせていたのにも関わらず、ついに言いつけを破ってやらかしやがった。


 コイツらの頭には空気でも詰まっているのではないだろうか?


 しかも、現場で『融資契約書』の取引を邪魔したというのが、最近噂になっている『王虎殺し』とアメリア嬢と思しき女性って・・・・・


 その二人は最近、冒険者達の間で一番噂されてる組み合わせではないか。絶対手を出しちゃいけない相手だと、その辺の子供でも分りそうなモノだが。


 あぁ、コイツら馬鹿だったわ・・・・



 ただ、その契約書自体は本物だったらしいので、取り敢えず、俺が分る範囲内でちゃんとした言い訳を考えて対策をし、もしあちらが扉の修理代を請求してきた際には必ず払うようにと伝えたところ、顔を真っ赤にして怒り始めたので、「もし払わない場合、領兵がここに突撃して全員逮捕されますよ」と言ってやると、苦虫を噛み潰したような顔になりながら、しぶしぶと払うことにも了承した。


 どうやら、この馬鹿でも自分が犯罪行為をおこなった自覚はあったようだし、ここの領主が公爵でもあるため、例え自分の父親の名前を出してもどうにもならないことは一応理解はできたみたいだ。


 まぁ、納得はしていないみたいだがな。



 それで、そんな危険な契約書は無かったことにして、さっさと処分しようと言ったところ、『王虎殺し』に手渡したまま帰ってきたとか抜かしやがった・・・・


 このタイミングでコイツをぶん殴らなかった俺を、誰か褒めてほしい。


 もう取りに行っても返してはもらえないだろう。というか、契約満了時の契約用紙は、控え以外は相手に返すことが法で決まっているので、よっぽど上手く口車に乗せて回収しないかぎり元々回収は不可能なのだが、仮に知っていてもこの馬鹿共だけでは最初から無理だったであろう。


 あぁ、たぶんこれを横流しした奴も近い内に捕まるだろうな。



 その後、事後処理をなんとか終えて、やらかした冒険者達にも再度犯罪には加担するなと忠告してみたものの、何が不満なのかは知らないが、不貞腐れた態度のまま部屋を出て行ってしまった。


 俺もそろそろ我慢の限界なので、ここを辞めることを真剣に考えた方がいいかもしれないな。そもそも俺は護衛であってあいつの相談役ではないのだし、流石に犯罪の片棒を担がされて捕まるなんて御免被る。



 しかし、どうやって契約不履行ではなく、契約破棄をアイツに言わせようかと考えていると、そう時を措かずにそのチャンスは訪れてきた。


 どうやら、向かいの店のオーナーとなった『王虎殺し』がなにやら裏で手を回したらしく、コイツが唯一自身の力で勝ち取ったであろう調理ギルドのギルドカードの登録取り消しと、調理ギルドからの『永久追放(破門)』を訪ねてきたギルドマスター本人の口から宣告される珍事が発生したのだ。


 その時の、コイツの間抜け面ときたら、危うく腹を抱えて笑ってしまいそうな程であった。


 ちなみに俺の睨んだ通り、契約書を横流しした奴も捕まったらしく。コイツにもその件で罰則金の支払いを伝える用紙を渡されたみたいなのだが、後日改めて回答するとその場では明言を避けていた。


 まぁ、どうせ実家に泣き付くつもりなんだろうが、俺に聞かれても答えようもない。



 これで少しは大人しくなってくれればいいとは思っていたのだが、朝になると直ぐにコイツの実家から相談人と名乗る胡散臭そうな人物が送られてきて、二人で不当に資格を取り上げられたギルドを相手取って争うことを相談していた。不当もなにも、やらかしたことは事実なので、弁解の余地はないと思うのだが、どうやら金の力でどうにか出来ると本気で思っているらしい。


 大方、領主に賄賂でも贈って便宜を図ってもらうつもりなんだろうが、コイツらうちの領主のことを知らな過ぎだな。あのお方が賄賂なんかを受け取ることはまずないだろうし、その部下達も然りである。


 あそこにいるのは王家以上に領主に忠誠を誓っているような、石頭達の巣窟だぞ?


 失敗する方に全財産をかけてもいいが、誰も俺の反対には掛けてくれないだろうな。



 そんな話で盛り上がっている最中にも、お向かいさんは更にやってくれたみたで。


 俺も少しは外の空気でも吸いに行くかと、休憩がてら噴水広場にやって来た時に、なにやらその一角で長い行列が出来あがっていたので、なじみの屋台のおっちゃんにあれは何かと聞いてみたところ、我が街の二大ギルドが共同で新しい料理を開発したらしく、それの試験販売をしているのだと教えてくれた。


 それと一緒に面白いチラシも配っていたので、余分に貰っていたのを一枚譲ってもらい、店にいるあの馬鹿にも見せてやったのだが、案の定、顔を真っ赤にして癇癪(かんしゃく)を起こして暴れまわって大変だった。


 まぁ確かに、この条件に当てはまらない者の方が少ないので、明らかに誰かさんを狙ったかのようなこのチラシには悪意を感じたが、自業自得なのも事実なので仕方がないとは思うがね。『王虎殺し』は随分といい性格をしているようだ。



 それだけでもアイツは怒り心頭だったのに、さらに追い討ちをかける事件が起こってしまった。数日前から営業中止をしていた向かいの店に、夕方から閉店まで殆ど途切れることも無く、長い行列が出来ていたのだ。


 気になって直ぐに下っ端を使って調べに向かわせたのだが、どうやらこの街の有名店とギルドが協力して、先ほど広場で行列を作っていた食材を使った他の料理を提供することになったらしく、その一つにお向かいさんが選ばれたらしいのだ。


 このことを知った雇い主の癇癪といったら、それはもう。直ぐにでも、部下を連れて邪魔をしに行こうしていたが、あそこで客の先導していたのは俺に仕事を譲ってくれた『サラマンダーの牙』のゴッツとその仲間達であり、人がかなり集まっていたため、領兵も近くの巡回を強化しているようなので、あそこで暴れたら分りやすい破滅が待っているのは明確であった。


 何とか落ち着かせてその日は何もさせなかったが、聞くに堪えない罵声を上げながら店の上で暴れまくっていたので、この建物にいた殆どの者にコイツの醜態は知れ渡っただろう。



 そして最後に俺に向かって、「アイツらを皆殺しにして来い、これは命令だ!」というありがたいお言葉をいただけたので、雇い主側の契約違反を理由に護衛任務を辞めさせていただく旨を伝えて、その場を後にしてやった。


 俺は護衛であって、暗殺者ではないんだがね。そもそも、冒険者に向かって殺人を依頼するとか、本気でどうかしている。


 その後、あの店でどんな騒ぎが起こったのかまでは知らないが、犯罪行為は見逃せないので、このことはきっちりギルドへ報告させてもらい、犯罪防止に努めてもらうとしよう。



 やっぱり、少しは仕事を選んだ方が良かったのだろうか?


 取り敢えず、今は愛する家族の顔を直ぐにでも見たい、そんな思いを胸に(いだ)きながら、未だ賑わう街中の雑踏に一人の男が姿を溶け込ませてゆくのであった。

【コンゴ陣営】良心さんがログアウトされました(´・ω・`;)


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